想像以上の慈愛力
カレンちゃん達が剣聖対ミュラーの対戦映像を楽しんでる間に、ヘレナさんに我が家の現在置かれている状況についての説明をしたのだけれど。
案の定、話し始めて直ぐに「神? 女神様って、あの? え、別の女神様なの??」と会話ができない状態になってしまった。実際に話してみればそんな大した存在でもないと分かるんだけどね。
「なので、神殿で暮らしてみるのはどうかという話になりまして。神殿は元々神の為に用意された施設でもありますし、私の家に神がいるという状態よりは政治的にも助かる、みたいな話をしていました」
「なるほど、そういう事情だったのですね」
思考を停止した主に代わり、シャルマさんが会話を引き継いでくれた。頷く様子が実に絵になる。
ちなみに私は自分で発言していながら「そういう事情」というものが具体的にどういう事情なのかを全く把握していない。
政治的にとか言われても、悪意が意図的に取り除かれたこちらの世界では戦争なんか起こりそうもないし。神を取り合って、戦争以外の……えー、なんだ。……話し合い? 嫌味の応酬? いやでも、カイルに嫌味を仕込むのすら数年単位でかかったしなぁ……。
具体的にどういう会話が交わされるのかは分からなくとも、実際に対応するお母様が面倒になると言うのなら面倒になるのだろうことだけは確定している。むしろ面倒になるのが確実なら私はその内容なんざ知りたくもない。私の知らないところで解決してくれるのが私にとっての最善だ。
つまり、必然的に。状況を正確に把握してない、するつもりもない私の答えは、どうしてもこういうものになってしまうのだ。
「そーなんですよー」
私はよく知らないんですけどね、という注釈は、心の内に留めておいた。まあお母様の下した判断に間違いはないでしょ。
ヘレナさんが半ば放心したまま「アイリスは大変ね……」なんて呟いているけど、その点に関しては……まあ、うん。私もそう思う。思うけど、その大変さを生み出した者として私に出来ることは、お母様から下知された使命を粛々と遂行することだけだと思うので。今はこーして着々とお引っ越しの準備を整えている訳なのですよ。
もしも私がお母様の立場で、面倒を持ち込んだ張本人に「大変そうですね」とか言われたら「アンタのせいでしょうがァッ!!?」ってなると思うし。
唯々諾々と従って申し訳なさそうな顔するくらいが丁度いいんじゃないかと思うんだよね。
とはいえ唯ちゃんの前で露骨にそんな態度を取ると、今度は唯ちゃんがしょぼくれちゃうし。
唯ちゃんを優先すると決めている以上、私にはお母様の苦悩を横目に明るく楽しい毎日を送るくらいしか出来ることは無いのでした〜♪ みたいな?
こう見えて、私もけっこー周りに気を遣ってはいるんですよね。その分楽そうなトコには苦労のお裾分けとかもしてるんだけどね。てへり。
そんな気遣い上手のソフィアちゃん、どう? 偉いでしょ? いつもみたいに美味しいオヤツで癒してくれてもいいんだよ? とちょっぴり期待を込めた視線でシャルマさんを上目遣いに見上げてみたら、私の視線を受け止めたシャルマさんは、委細承知とばかりに柔らかい微笑みを浮かべて――
突然、労るような手つきで私の頭を撫で始めた。
「その歳で親と離れて暮らすことになるとは、不安も多かったことでしょう。しかし、ソフィア様はそれでも、お母様を助ける為にその提案を受け入れることを選んだのですね。私などでは頼りないかもしれませんが、ソフィア様が困った際には必ずお力になります。一休みしたい時にはどうか御遠慮なく、こちらを訪ねてきてくださいね」
――んッ、んんっ。そ、そう来たかー。流石は慈愛のシャルマさん、愛情が深いねっ!
不意打ちで揺らいだナニカを必死に押し留めていたら、物理的に頭を抑え込まれた。愛情が深いシャルマさんは、慈愛がパンパンに詰まったその胸元で、押し潰さんばかりにぎゅうっと強く私の頭を抱き締めている。
温かさと柔らかさと、そしてなにより同時に顔面に押し付けられた持つ者と持たざる者の絶望的なまでの差異を肌身で感じて、私は少し冷静になれた。初めとは違った理由で涙出そう。
「――ありがとうございます。シャルマさんの優しさには、いつだって救われていますよ」
ポロリと零れ落ちた本音に私自身が驚いた。
あー、ダメだこれ。やっぱ私、人肌に弱いわ。弱々だわ〜。
モゾモゾと抵抗すればシャルマさんからは呆気なく開放された。今のやり取りをカイル達には……たぶん、見られてはいないと思う。
ヘレナさんが気持ち悪いくらい優しい顔してるから、こっちには多分見られてるだろうけどそれはいいや。恥ずかしさはあるけど、シャルマさんの優しさを享受する必要経費と思えば我慢できないこともない。ヘレナさんはうざ絡みとか下手くそだからね。
てゆーかカレンちゃん以外は二回目のはずなのに、キミら映像にのめり込み過ぎじゃないですかね。
提供したのは私とはいえ、この入れ混み具合を見るに今後面倒な事になりそうな予感をひしひしと感じる。早いうちに映写機的な魔道具でも用意しておかないと、そのうち私の身体が持たない事態になりそうな気がする。
……開発に成功したら一般向けでも売れそうだな。そしたらヘレナさんの金銭問題も解決するかな?
あれ、なんか、これはとても良い案なのではないかと思えてきた。あの戦いは見れなくて嘆いてる人もいるとか聞くし、作ったら売れるだろう。結構高くてもバンバン売れそう。
……引っ越しの件とか落ち着いてきたら、ちょっと真剣に検討してみようかな。
キラキラした瞳で空中に映し出された映像を見つめるカレンちゃん達を見ながら、私はそんなことを思ったのだった。
お金には困ってないけどお金稼ぎには興味津々のソフィアちゃん十三歳。
彼女の辞書に「大人しくする」という単語は未記載なのかもしれない。




