不満は大抵食べれば収まる
私は学んだ。
普段から人を弄り慣れてない人達には、無言での抗議がとっても効果的だということを。
「……ソフィア? 怒った? ……ねえ、怒ってるの?」
「…………うぅ」
「そのー……ソフィアちゃん? 誤解してたのは謝るから、そろそろ機嫌をなおしてくれないかしら……?」
何を言われても黙ったまま、ふいっと顔を背ければ、申し訳なさに溢れた空気をひしひしと感じられる。これがさっきまで私を弄って遊んでいた人達だとは俄には信じられないくらいの変貌ぶりだ。
お陰様で地獄のような怒涛の言葉責めからは開放されたものの、この方法には欠点もあって。具体的には私の罪悪感が半端なくツラい。胸の辺りが変に締め付けられて、しくしく痛む感じがするの。
仏頂面で食べるご飯は美味しくないし、過度に気遣われるのも嬉しくない。でもでも簡単に許しちゃって「ああ、今までの不機嫌な様子は全部演技だったんだな」と思われても困る。
解決方法を探して辿り着いた先で更なる絶望が待ってるとかいうこの手詰まり感、どうしてくれよう。
誰も得しないこの状況に、何がどーしてこんなことになってるんだっけと、わたしは心の中で一人、ひっそりと頭を抱えるのだった。
…………ああ、早く家に帰りたいなぁ。
家に帰ったら思う存分エッテたちをモフモフして、たっぷりじっくり癒されるんだぁ、うふふ。
精神的負荷から思考の海へと現実逃避をした私の耳に、不意にドアを開閉する音が届いた。
入ってきたのはシャルマさん。
ガラガラと運ばれてきたワゴンからは、パンとベーコンの芳ばしい香りが漂っていた。
「お待たせしました。どうぞ、簡単なものですが」
「あ、ありがとうございます。いや、十分美味しそうで、ハイ。有難くいただきます」
配膳先はカイルのところ。
話の切れ目に昼食をということで、シャルマさんがみんなの分のご飯を用意してくれる事に相成ったのだった。……私以外の、全員分を。
――ああ、そうだ。そういえばカイルが私を嘲笑ったのが全ての始まり、現状を招いた元凶でしたね。
他人の不幸を嗤ったカイルだけがシャルマさんの給仕という幸福を享受していて、その他の全員が不幸の真っ只中にいるとはなんたる非合理、不平等なのでしょう。これを是正するためには先ずカイルを不幸にするところから始めないといけませんよね。
シャルマさんの手料理とかいう羨ましすぎる存在を前にちょっぴり浮かれてるカイルに向かって、私は殊更に不機嫌さを滲ませた声を上げた。
「そっちのも美味しそうだね、カイル。良かったら私のと少し交換しない?」
「え? ……どっちのも同じだろ? ……え、本気で言ってるのか?」
本気も本気、ガチもガチよ。
昼食の準備の有無を聞かれた時、何も考えずに「持参してます」と答えた自分の愚かしさをどれだけ呪ったことか。
ヘレナさん含め用意の無かった人にシャルマさんの手作り昼食が振る舞われると知った時、迷わず「私もそっちが良いなぁ」と意思表明したにも関わらず、まさかのメニュー被りという不幸に見舞われた私はガチで凹んだ。ベッコベコに凹んだ。その凹みっぷりもあって集中砲火から逃れられたと理解している。けど、欲しいものは欲しかったんだッ!!
てゆーか見れば分かるでしょ? 私の作った雑なサンドイッチとヘレナさんの作った愛情たっぷりホットサンドの違いくらい一目見れば一目瞭然じゃないか! これが同じモノに見えるとかカイルの目はどうかしている!! そんな輩にシャルマさんの愛情を食す権利は無い! と断言出来る!!!!
断面見なよ。切り口が綺麗でしょ? あれはね、食べる人のことを考えて食材の大きさや形に気を使っているからこそできる優しさの証なんだよ。私のサンドイッチを見てみなよ。いかにも材料適当に挟みましたって感じでしょ。ありものポポポイと乗っけただけで具材のバランスも何もかもが適当だからこそできるザ・適当を極めたような断面でしょうよ。食べる時に具材が零れ出るような残念さが食べる前から分かっちゃうでしょ。愛情の欠片も存在しないの!
本来であればそんな私の料理とも呼べないような非常食でしかない食事とシャルマさんの慈しみの心が具現化したかのような料理との交換なんて価値が違いすぎて交換の申し出をすることすら烏滸がましいのだけど、価値を理解しない人にとってはシャルマさんの手料理だろうとそこらのおっさんが脇で握ったおむすびだろうと価値は同じ。なら価値の分かる私がシャルマさんの料理を有難く頂くことに何の問題があろうというのか。
言わば救済。救済なのだ。
これは料理の価値を保全する慈善事業。豚が真珠を噛み砕く前に同量の餌と交換することによって豚も嬉しい、私も嬉しい幸福な世界が出来上がるという両得の理論。誰も損をしない優しい世界。
そんな幸せに溢れた世界を構築するお手伝いを、私は申し出ているに過ぎないのだ。
「もちろん本気だよ。シャルマさん、お願いします」
「えええぇ……。いや、別にいいけどさ……」
本来なら私のと丸ごと交換して欲しいところだけど、私の食べかけをカイルに食べさせる訳にもいかないからね。手付かずの半分を交換というのが妥当なところだろう。
シャルマさんの愛のこもった昼食を食べれば私もハッピー。広い心でミュラー達を許せると思う。
だからさあ、さあ! その出来たてほかほかホットサンドを、さあ! 私に寄越すのだ!
カイルだけがソフィアの怒り度合いを正確に把握している現状で、怒れるソフィアと普通に会話するカイルのことを周囲の人たちはどう思うか。
恋人?姉弟?
いいえ、これはもはや夫婦の仲です。




