フルボッコ!!!!(されてる)
茶道ってあるじゃん。心穏やかにしてお茶を飲むやつ。
あれって心理学的にも有効そうな瞑想の方法だよね。
――なんてことを、私はつらつらと考えていた。
温かい紅茶を口に含む。優しい味と芳しい香りに心と身体が解きほぐされる。リラックスする。
はあ〜幸せ〜。
……と、そうなるのが自然じゃん。幸せになったらそこで満足してればいいじゃん。それだけで皆がハッピーになれるのに、何故人は更なる幸福を求めるのか。今手元にあるものだけで満足ができないのか。
幸福とは平等なものだ。誰かが幸福になれば、その影で誰かが不幸を嘆いてる。
そして今回、みんなの幸福の代償として、私が不幸になることが確定していた。
強欲にも好奇心という禁断の果実に手を伸ばしたミュラーが、口火を切った為である。
「それで……やっぱりソフィアとカイルは付き合っていたの? いつから? ……なんで私達にも話してくれなかったの?」
「そ、そうだよ! 言ってくれたら私だって、その……きっと、あ、あき……あきら、め……」
「「付き合ってないから」」
ああ、一つだけ訂正を。
不幸になるのは私だけじゃなくカイルもでしたね。
まあ彼は原因を作った側でもあるので、本当の意味での被害者はやはり私一人ということになるのでしょうけど。
不幸になる人数が増えたって私の不幸は等分されない。むしろ相手の幸福が増えた分だけ、私は不幸はさらに加速されることとなった。
どういうことかって? そんなもんヘレナさん見りゃ一発で分かるでしょうよ。
一見子供たちを見守る為に一歩引いた立ち位置にいるように見えるけれど、あれ私達を観察して愉しんでるだけだからね。さっきシャルマさんに小声で「どうしよう、私修羅場見るの初めてなんだけど!」って嬉しそうに言ってるのが聞こえてたから間違いない。ヘレナさんは私が不幸の渦中にあることを楽しんでいる。
私の不幸を嬉々として眺めているヘレナさんを見て、私は深い確信を得た。
――やっぱり誰かの幸福ってのは、誰かの不幸の上でこそ綺麗に花開くものなんだな、と。
……これ、自力でどうにかしないと解決しないね?
――ヘレナさんは喪女で、恋愛話に飢えてる。
そう説明ができたら楽に今の状況を脱せるとは思うのだけど、生憎と私はそこまでの外道ではなかった。
……選択肢に入れてても選ばなければ無罪だよね?
ともかく、クラスで言われてるようなのと同じことで、私と一緒にいるカイルを見てヘレナ先生が勘違いをしたと懇切丁寧に説明することで、ミュラーには一応納得してもらうことができたと思う。
だが意外なことに、その説明に意を唱えたのは普段は大人しく……基本的には大人しく、素直に話を聞いてくれるカレンちゃんの方だった。
「……二人が、違う、って言うのは、分かってるよ。でもね、本当にそうなら、二人の距離は少し、近すぎるんじゃないかなって、思って……」
「それは確かに」
「いやお前が言うのかよ」
カレンちゃんの説明に思わず納得してしまった途端、間髪入れずにカイルから鋭いツッコミが入った。そーゆーとこだぞカイルくん。
「確かに近いわ」
「近かったわね」
「仲は宜しい様に見受けられますね」
そんな、シャルマさんまで楽しそうに!!
……でもシャルマさんが楽しめてるならいっかな、なんて考えも少しは頭に浮かんだものの、ここで認めることは即ちミュラーとカレンちゃんを通してクラス中にも広まることだと認識した途端、私の意識はぱっちりと目覚めた。
……ここで誤解を解いておかないととんでもないことになるね!!
そう考え始めたら、なんだかシャルマさんの笑顔まで恐ろしいもののように思えてきた。
シャルマさんの笑顔は純粋なものだ。恐ろしく感じるなんてあってはいけない。
自身の感性を正す為、私はカイルとの誤解を解く方法について少し真剣に考え始めた。
「――私とカイルは幼馴染みですから、確かに他の人よりかは距離が近いのかもしれません。言わば家族のような関係……そう、カイルは弟のようなものというか――」
家族だから仲良くしててもおかしくない。
そう主張しようとしたのに、例によって例のごとく、私の計画はカイルの一言によって崩された。
「は? 弟? 俺が?? ……ああ、いや、いいよ。そうだな。俺が弟でいいよソフィア姉ちゃん」
「……………………」
……が、我慢だ。カイルの子供地味た煽り文句にいちいち付き合ってたら話が進まない。今はみんなの誤解を解くほうを優先しないと……。
「ソフィアちゃん。……ソフィアちゃんがお姉ちゃん側というのは、少し無理があると思うわよ?」
「私達同い年ですからね!?」
ヘレナさん私のこと何歳だと思ってます!? 私たち同級生だから何も無理なんて無いんですけど!?
心外だ!! と文句を言うも、場の空気はヘレナさん優勢の様子。
「まあ性格は確かに、ソフィアの方が姉っぽいところも無いわけではないけど……」
「ソフィアは妹の方が、似合ってると、思うよ?」
「それに言葉遣いが畏まってるのが何より怪しいのよね」
「……! た、確かに。それは、そうかも……!」
「言葉遣いはカイルが『失礼なことするな』って言ってたから直しただけでしょ!?」
「切羽詰まると声も大きくなるのよね」
さっきからなんなの!? ミュラーとカレンちゃん息合いすぎじゃない!? フルボッコじゃんやめてよ! 私が一体何したっていうのさそんな寄ってたかってイジメないで!!
なんでこんな責められてるんだと涙目になるも、この場に私の味方はいない。
……いや、本当に追い詰められればシャルマさんは助けてくれるハズ! それにカイルだって弄られる側で……!
負担を分け合ってこそ真の仲間!! と希望を胸に振り向いた先では――
「ハハハハ! ソフィアが、ソフィアが……! ハハハハハ!!」
――カイルが腹を抱えて笑っていた。
「――アンタはこっち側でしょうがぁ!!!」
ソフィアが笑顔でカイルを弄ぶ様を見続けてきた結果、彼女たちはそれが楽しいものであると学習した。してしまった。
人を弄ぶ快楽。
それはソフィアがこの世界に持ち込んだ負の遺産なのかもしれない……。




