お菓子を食べる運命の下に生まれた
ヘレナさんに「今日は家で用事があるので放課後は来れません。もしかしたら数日は来れない状況が続くかもしれません」と伝えたところ、背後にいたカイルが空気も読まずに「えっ、言わないのか?」などと失言したため、部屋の空気はとても居た堪れないものになった。
具体的には、そう。
ヘレナさんとシャルマさんの私を見る視線が、痛ましい者を見る目に変貌したのだ。
「……そう、分かったわ。でもこれだけは約束してくれる?
――絶対に、一人で抱え込まないで。
辛くなったら私や周りにいる人達に相談するのよ。約束できる?」
まるで子供をあやす様に言われてしまったけれど、別にそんな心配が必要になるほどの大事じゃないから。
……いや、大事と言えば大事ではあるのか?
「面倒を見ないといけない子が家に来ている」というだけの事ではあるんだけど、彼女の素性が創造神ということが面倒に拍車をかけてる気がする。
黙ってると騙した感じになるし、かといって親戚の子などと嘘を吐くのも……うむむ。
「えっと……実は家で預かった子がいまして……。早く帰ってあげたいなと思っているだけなので……」
とりあえず素直に伝えてみた。
案の定、またもやカイルが余計な口を差し挟む気配を感じたが、遮音結界は既に展開を終えている。
同じ失敗は一度だけで充分。
カイルという異物が私の計画を再び邪魔するだろうことくらい、賢いソフィアちゃんにはまるっとお見通し……あっ、今シャルマさんだけ妙な反応したな。……ああ、そういえばカイル君は顔芸もお達者でしたね。部屋から追い出しておくのが正解でしたか。
後悔しても後の祭り。
私の言葉を素直に受け取ったヘレナさんと、私の言葉は真実を隠す隠れ蓑だと確信してしまったシャルマさんの二正面作戦を強いられた私の採るべき方策は、果たして。
「あ、ああ! なんだ、そういうことなのね! 良かった、家で何か不幸があったのかと心配しちゃったわよ!」
「誤解させてしまってすみません」
ペコリと頭を下げつつ現状の確認。
ヘレナさんは勘違いを恥じているのか僅かに赤面。無意識だろうが、声も大きくなっている。
シャルマさんは沈黙を貫くことを選んだようだ。しかし私を見つめる瞳には明確な心配の色が宿っている。
カイルは一人で奇っ怪な踊りを披露していた。声出せなくなった程度で楽しそうだね。そのまま一生踊り続けてればいいと思うよ。
――一応、私がバラさなければやり過ごせる状況ではある。が、その選択が正解かどうか……さて。
唯ちゃんの事。お兄様の事、お母様の事。神殿騎士団や聖女としての守秘義務。神様の存在を明かすメリットとデメリット。
様々な考えが頭を過ったが、結果的にはなにより、私なんかを心配してくれるシャルマさんの優しさに応えたいという想いが全てに勝った。
言うなればシャルマさんに心配そうな顔を向けられた時点から私の答えは決まっていたということだね。
何せ私が気になっちゃう。
シャルマさんの美味しいお菓子を食べてる時に「でもこのお菓子を作ってる時、シャルマさんは思い悩んでたかもしれないんだよね……」とか考え出したら素直に味わってらんないもん。シャルマさんの心労はこのソフィアが万端排する所存であります!
「――うーん、本当は簡単な報告だけで済まそうと思ってたんですけど、やっぱりお昼にもう一度来ますね。相談とも違うんですけど、我が家の状況についてきちんと説明しておいた方が良いかと思いまして。ヘレナさんとしてもそちらの方が安心できますよね?」
「それはそうね」
ということで、私の昼食におやつが付くことが確定した。
……いや、もちろんそれが目的ってわけじゃないんだけども!! あくまで副産物として! オマケ的な要素としての話よ! ね!?
邪な感想を抱いてしまった罪滅ぼしという訳では無いが、心配そうだったシャルマさんに安心して貰えるようにと思い、にっこり笑顔を作って向けてみた。シャルマさんからの反応も上々で、先程まで浮かべていた不安気な様子は今やすっかりなりを潜め、現在はまるで聖母のように、全てを包み込むような微笑みで――ってぅおお?
肩を強く揺さぶられて振り返れば、口パクで迫るカイルが目前にいた。
突然のことで一瞬惚けてしまったが、言葉を発せなくて焦るカイルを見ることで私のメンタルは秒で回復した。
そう、これこそが私の求めていたカイルの正しい姿なんだよ!!! はっはっはっはー思い知ったか!
いやあ。それにしてもホント、いやあとしか言いようがない。
ぷぷぷのぷ。慌てふためく様子が実に滑稽、滑稽ですなぁ。
口の悪ささえ封じてしまえば、カイルなんてどれだけ図体がデカくなっても可愛いものよ!
あまりにも完全に無害化の成功したカイルの様子に、思わずニヤけてしまった私を見て、カイルの頬がひくっと動いた。
お? おおっ?
なんだい、いいのかいカイルくん? いたいけな少女の胸ぐらとか掴んじゃって?
紳士で騎士様な男の子が? か弱い美少女を力尽くで? いやーんそれなんてえっちぃ! 私の魅力が溢れすぎてるからってそんなそんな!! ふはははは!
「やっぱりその子、彼氏なんじゃないの?」
「え!? 違いますよ!!?」
シュババッ! と離れる私たち。
いけないね、久しぶりに掴んだ圧倒的優位な立場に高揚して、ここがヘレナさんの研究室だという事実が一瞬頭から抜け落ちてたよ。
カイルで遊ぶのは楽しいんだけど、楽しすぎて夢中になりすぎちゃうのが難点だよね。
折角クラスでのからかいも収まったのに次はヘレナさんに弄られるとか冗談じゃない。
仕方がないので、カイルで遊ぶのは教室に戻る道中、二人きりの時だけにでもしましょうかね! うふふのふ!
「余計なこと言ったのは悪かったけど、なにもあそこまでする必要ないだろ」
「声出ないようにしただけじゃん」
「それがやり過ぎだって――」
研究室を去る二人の背中に注がれる二つの視線。
「あれ、どう思う?」
「見たままだと思いますよ」
「そうよね」
その後の研究室内では、少しの間、楽しげな声が飛び交っていたとかいないとか。
女性はいくつになっても恋に恋する乙女なのです。




