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スペック・アウト  作者: 黒山ひつじ
9/10

出会い

誤字脱字、ご感想などありましたらよろしくお願いします!!

 この日アルトス・マスグレイブは夢を見た。懐かしく、とても大切な”家族”と出会った夢。父はブロンドの髪に僅かな白髪が混じったじいさんで姉は自分とは似ても似つかない綺麗な銀色の髪の毛を有した美少女。二人は『悪魔の落胤ルーザー』である自分を実の息子の様にそして弟のように接してくれた数少ない心の底から信じられる家族だった。血の繋がりだけが家族ではない。そう断言できるほど彼らは本物の家族だった。そして、この夢を見る時の始まりはいつも最悪から始まる。


*********


 アルがこの世界で生を受けた家は、とても裕福とは言えない貧しい所だった。その日食べるものがない事もザラにある家庭において、子供はいわば頼みの綱でもあった。もし生まれてくる子が優秀な魔術師になれればそれだけで生活は一変するのだ。子は宝という言葉はこの世界に置いて言葉通りの意味を持っていた。だからこそ、生まれてきた子が『悪魔の落胤ルーザー』である事は断じて認められない。ましてや、貧民層に位置する家庭においては特に。


「嘘よ! こんなの嘘! 何でよりによってうちに生まれてくるのよ!?」


 己が命をかけて産み落とした子が、悪魔の子である事実にヒステリックに喚き散らすやつれた母は、汚物でも見るかのような視線を我が子に向ける。その視線の先には元気な産声を上げる黒髪の赤子。


「落ち着け、もしかしたら有能なアビリティがあるかもしれないだろ。そしたらそこそこの値で”売れる”」


 妻を窘めるようにやさしい声をかける父親も決して子の方を見る事はなく、半ば絶望した表情で慰めの言葉をかけていた。


「そう……そうね。分かった……アビリティが分かるまで一応育ててあげる」


 アビリティは『悪魔の落胤ルーザー』として産まれた子が自然と発揮する能力で、本人が自覚し使わない限りその能力が何なのかは分からない。しかし、それは生まれながらにして宿している力。アビリティの使い方は、魔術師が魔力を操り魔術を行使するのと同じで本能で扱える。無意識に力の使い方を理解し行使する事は必然だった。そしてその能力の理解ができる年齢はおおよそ四歳程度の年齢と言われている。


 そして、アルが五歳の生誕を迎えた日アビリティが発覚した。『龍脈チャクラ制御』――それは、この世で最も役に立たないアビリティ。


 ”これで少しは役に立てる”


 そうとは知らず見当違いな思いを抱き、笑顔を浮かべ両親を見つめたアルは、その場で愛すべき母と父に罵倒され張り手を打たれる。訳も分からぬまま貶され殴られ足蹴にされるアルは泣きながら謝罪の言葉を口にする。ただひたすらに「ごめんなさい」を延々と繰り返す。この世に生れてから五年、アルは母の温もりも父の優しさも知らぬまま育った。



 アビリティが発覚してから数か月。まともな食事も与えられず、残飯などで食い繋いぎやせ細ったアルは、虚ろな瞳で部屋の隅に蹲っていた。”あぁ、もうすぐ自分は死ぬんだ……”と幼いながらも自覚し静かに涙を零す。そんな時だった。不意に誰かが近づいてくる音が聞こえた。


「――ッ!」


 親である人達に見られたらまた殴られる事をこの数年で学んでいたアルは素早く涙を拭ったすぐ直後、荒々しく近づいてきたのは父だった。


「来い」


 ただ一言そう言ってアルの腕を乱暴に取ると、日も沈み暗闇に包まれた森の中へと入っていった。程なくして立ち止まった父はアルをその場に放り投げた。枝のようにやせ細った手足が大地に投げ出される。


「ったく……お前みたいなヤツが産まれてくるとは思わなかったぜ。よりによって『龍脈チャクラ制御』なんて奴隷商にすら売れねぇじゃねぇか。まぁ、でも殺さないだけありがたく思いな」

「う……あ……?」

「助け合うのが家族だろ? じゃぁ、負担にしかならない物はなんだ?」

「…………?」

「要らないもの、つまりゴミだ。じゃぁな、運が良ければ生き残れるかもな。だが二度とその面見せるな気持ち悪ぃ」


 そうしてあっけなくアルは親に捨てられた。その言葉通りゴミのように当たり前に。躊躇なく踵を返し背中を見せる父だった男はあっという間に森の闇へと消えた。


「は、は、はははは」


 最早笑うしかない。たった五年で両親に見限られた挙げ句、森の中に捨てられるとは自分の産まれてきた意味が分からず、ただただ笑い声を上げる。しかし、次第にその中に嗚咽が交じり始める。そして、気が付けば笑い声は泣き声に変わっていた。家に居た時は泣けば殴られていたせいで満足に泣くことも出来ずにいたが、捨てられて初めてしっかりと泣けたのはどんな因果か。とにかくアルは、今までの悔しさを吐き出すように大声を出して泣いた、ひたすらに泣き喚いた。


「ヒック……ック、ヒッック」


 暫く大声で泣いたお陰でスッキリとしたのか、捨てられる前よりかはどこかスッキリとした表情になっていたが、暗い森の中で大声を出すという行為は自殺行為に等しい行いだった。不意に茂みが揺れる。音がした茂みに視線を送り目を凝らすと黒い毛に覆われた異形の生命体『捕食者ヴェノム』が茂みをかき分けて現れた。


「!!」


 咄嗟に逃げようとするも満足な栄養を与えられていない身体ではロクに動くことすらできず、尻もちを付いた。


「GRYAUUUUU!」


 唸り声を上げながら近づく全身を黒く硬い毛に覆われた猿人型の捕食種ヴェノム。特性は豪腕。成人男性の身体ほどもある腕と巨木のような足は深い毛に覆われ、異常に発達した筋肉の盛り上がりは幼き瞳から見ても恐怖を抱かせる。何よりその巨躯に対して小さすぎる頭は赤子程度しかない。そのため、人間を捕食する場合は小さく引き千切りながら喰らうと言われており、最も食べ方がエグく残酷な捕食種ヴェノムだった。


「し、死ぬの……? なんで? いやだ……いやだ!」


 あまりの圧倒的存在感に目を背けることができず捕食種ヴェノムを見つめながら必至に後ずさる。そして、指先に触れた少し大きめな木の枝を掴み剣のように構えた。


「死にたくない! 死にたくないよ!!」


 言葉に呼応するように『龍脈チャクラ制御』のアビリティが発動し身体強化を施す。


「いやだ! 死にたくない! くわれてしぬなんていやだ!!」


 目の前に迫りくる死を拒絶するように枝を振り回し捕食種ヴェノムを威嚇する。しかし、人間の子供の力など、ひいては『悪魔の落胤ルーザー』の力など捕食種ヴェノムにとってはそよ風もいいとこで、あっけなくアルの腕を取ると指先で摘み上げる。眼下には涎を垂らす捕食種ヴェノムが舌なめずりをして口を開けていた。


「(いやだ、こわい、しにたくない、なんでこんなめに! だれか! おねがい!)なんでもいいからだれかたすけて!!!」

「うむ、任せよ少年」


 アルの悲痛な叫びに応える声が一つ。飄々としたその声の主は、そう言ってアルを掴む毛むくじゃらな腕を閃光と共に切り落とし落下するアルを優しく受け止める。受け止めた人物は、真っ白なローブを纏った初老の男だった。腕を斬り落とされた痛みより獲物を奪われた怒りが勝るようで、捕食種ヴェノムは躊躇なく大地を蹴り突貫。その体躯を使っての体当たりを繰り出してきたが、男が一つ指を鳴らすと捕食種ヴェノムの上空に展開された魔法陣から極太の白雷が落ちた。大気を劈く轟音と闇夜を照らす閃光が同時に発生し目を瞑ったアルが次に目を開けた時には、黒焦げた大地があるだけでそこには何の驚異も存在していなかった。


「間一髪じゃな少年。よく頑張った」


 腕の中で呆然とするアルを優しげな眼差しで見つめる男は、ニッと気持ちのいい笑顔を浮かべそう言った。その笑顔を見た瞬間、どうしてか分からないが”もう、大丈夫だ”という安心が広がり、張り詰めていた緊張が解けると同時に意識を手放した。


 ――これがアルトス・マスグレイブと後に父と仰ぐことになる恩人の一人、ヴァイロン・マスグレイブとの出会いだった。


==============


「うぅん……あれ、ここは……?」


 目を覚ましたアルは、見知らぬ天井に戸惑いながら体を起こす。周囲を見れば板張りの壁に囲まれたこじんまりとした小部屋。しかし質素な雰囲気はなく、暖かな空気に包まれる上質な空間だ。壁に備え付けられたランプの光は落とされ、天窓から差し込む太陽光を見て朝、ないし昼の時間帯であることを察する。そして自身が寝ていたであろうふわふわなベッドの傍らには、水の張った桶に綺麗な白いタオルが浸されている。そして、起きた拍子で額からポトリと落ちてきたのは僅かに湿っている同じような白いタオル。見れば身体には包帯が巻かれ着ている服も覚えのない物だ。戸惑うさなか、不意に扉が開いた。 


「あ、起きた! 調子はどう? 大丈夫……では、ないわよね」


 扉が静かに開いたと同時に矢継ぎ早に言葉を掛けてきたのは、腰まで伸びる輝く銀髪に翡翠色の瞳が特徴的な齢十くらいの少女だった。 少女は手に持っていたお盆をベッド近くのテーブルに置くとそっとアルの頭に手を伸ばす。思わず身体を竦ませ身構えるアルに柔和な微笑みを浮かべると優しく髪を撫でた。


「取っ手食ったりしないわ。安心しなさい、ここは大丈夫よ」

「た、たすけて、くれた?」


 掠れる声で何とか尋ねたアルに向かって無言で頷き再び髪を撫でる。途端に心に広がる安堵の風。それはゆっくりと身体に伝わり大きく息を吐き出すと同時に空腹を知らせる音が響いた。


「ご、ごめんなさい。べつにだいじょうぶです」


 咄嗟に謝罪の言葉を口にし自分の腹を抑える。気まずそうに俯くアルの肩に手を置き顔を挙げさせると少女は、持ってきたお盆をアルの前に置く。そこには湯気を立ち上らせる野菜スープが置かれていた。


「食べなさい」

「え……?」

「お腹空いているのでしょ? 食べなさい」

「い、いえ、こんなのたべれないです。みずだけもらえればそれで……」

「あなたは植物か何かなの? 子供が遠慮なんかするんじゃない。もっとも私も似たような年齢だけどね」

「でも……」

「……アナタその歳でなかなかパンチある人生を歩んできたみたいね。まぁ、無理もないかな……ほら」


 そう言ってスプーンでスープを掬いアルの口元へと近づける。最初は首を振り頑なに断っていたが、鼻腔をくすぐる芳しい香りと空腹には勝てず恐る恐る口に含んだ。途端に全身にじんわりと染み渡るように広がる温もり。こんなに美味しいスープを生まれて初めて口にしたという感想が湧き上がるが、胸につっかえたようにそれを上手く言葉にすることが出来なかった。


「うっ……うっく……っく、っっう」


 代わりに気付けばアルは涙を流し嗚咽を零していた。温かい食べ物を食べたのも、温かいベッドで横になることも、温かい部屋にいられることも生まれて初めてのモノばかりで、何より――。


「ゆっくり飲みなさい。これはあなたのスープよ」

「うっ、うう、ぅぅぅぅぅうわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ――初めて触れる人の優しさにアルは決壊したダムのように涙を溢れさせるのだった。



「ふぅ、なるほどね。実の子に対しなかなか酷い事するのね」

「いえ、ぼくのせいですから……」


 スープを飲み終えたアルは自分がなぜあんな夜中に森に居たのかを説明をしていた。それを聞いていた少女は、眉間にシワを寄せ溜息を吐く。


「あなたのせいではないでしょうに。だって生まれ持った体質なのよ、それはイコール神様の贈り物じゃない。属性魔力と何が違うのか分からないわ」


 あっけらかんと言い放った少女に目を白黒させる。なにせ今まで聞いたことのない言葉だった。産まれた瞬間に絶望される自分の体質を神様の贈り物と称するなんてあり得ない事だ。それは、五年という短い年月で骨身に沁みて理解している事である。


「なに驚いた顔してるのよ? 変なこと言ったかしら……」


 しかし、当の少女本人は首を傾げ分かっていないようだった。そんな様子が可笑しくて思わずアルは「ふふ」と笑い声をもらしていた。


「む、笑ったなぁ?」

「ご、ごめんなさい!」


 思わず口を抑え謝罪するアルは、頭を護るように蹲る。あの家に居た時は笑えば殴られ、泣けば殴られ、口を開けば殴られるような生活をしたせいで、この反応はもはや条件反射だった。


「あのねぇ、面白かったら笑って、悲しかったら泣いて、ムカついたら怒っていいの。それは謝るようなことじゃない。人として当たり前の感情よ」

「でもぼくは人じゃないから……」

「バカなこと言わないの。あなただって人間よ」

「!? ほ、ほんとに……? ぼくはごみじゃないの? ばけものじゃない?」

「えぇ、あなたは人間、私達と何ら変わらない。叩かれたら痛いし、苦しい。みんな同じよ」

「そっか……そうなんだ。ぼくもにんげんでいいのか」

「当たり前じゃない、あなたバカなの?」

「へへ、うん。バカだね」


 年相応の笑顔を浮かべたアルを見て嬉しそうに頷いた少女は、空になった食器を持って立ち上がる。


「さて、ちょっと元気になったようだけどまだ寝てなさい。あとでお祖父ちゃんを交えて話さないといけないからね」

「おじいちゃん?」

「そ、あなたをここに連れてきた人」

「あ、おれい言わなきゃ」


 あの時の状況を思い出し咄嗟にベッドから飛び起きたアルは、目眩に襲われその場で膝をつく。


「無理しないの。そんなに焦らなくてもお祖父ちゃんは消えたりしないわ」

「でも――」

「それに今はここに居ないのよ」

「え?」

「ちょっと今、依頼遂行中で家を空けてるのよ」

「いらいってどんな?」

「ん~? 世界平和」


 そう言ってウインクと共に扉の向こう側へと消えた少女は、悪戯っぽい笑顔を浮かべるのだった。



 アルがこの場所に来てから七日。命の恩人である”お祖父ちゃん”が帰って来た。どうやら世界平和は数日で果たせるようだった。


「うぉぉい。帰ったぞぉい」


 玄関の扉を開け姿を見せた白いローブ姿の男は「よっこいせぇ」とヤケにジジ臭い言葉と共にソファに腰を掛けた。


「おかえりお祖父ちゃん」


 キッチンから姿を見せた少女は、ねぎらいの言葉を送る。その手には絶賛料理中だったのであろう木ベラが握られていた。

 

「おぉ、ただいま。あの子は無事か?」

「うん、だいぶ元気になったよ。姿見る?」

「もう動けるのか?」

「うん、若いからかな? 回復が早いのよ」

「……ババ臭いぞ」

「うっさい」


 頭に張り手を放った少女は、アルを呼びに二階の部屋へと向かい、程なくして少女と共に黒髪の少年が吹抜け越しの柵の向こう側に姿を見せた。その身体つきは助けたばかりの頃に比べると幾ばくかマシになっていた。その姿に”お祖父ちゃん”は「元気そうで何よりじゃ」と目を細め嬉しそうに微笑んだ。対するアルは急ぎ足で階段を降りると深々と頭を下げお礼を述べた。


「たすけてくれてありがとうございました!」

「ふぉっふぉっふぉ! 良い、人助けはワシの生きがいじゃて」

「いいえ、それでもありがとうございます」

「……年齢に似つかわしくない言葉じゃな。もっと気楽に生きよ」

「は、はい」

「して少年。名は何という?」

「え……?」

「名前じゃよ名前。あるじゃろ? ワシはヴァイロン・マスグレイヴじゃ。そっちの娘っ子はエレノアという」


「名前……」


 思えば名前すら与えられていない事に今更ながらに気付いたアルは、静かに首を振り名無しである事を伝える。


「そうか、名も与えてくれなかったか……。であるならば、名付けてやろうかの」

「え?」

「名がないと不便じゃろ。ワシ等もどう呼んでよいか迷うし」

「あ、だったら私に案があるわ!」


 木ベラを持つ手を高々と挙げて銀髪の少女――エレノアは満面の笑みを浮かべて言った。


「”アルトス”」

「アルトス? ほぉ、聞いたことの無い名じゃの。意味はあるのか?」

「モチのロンよ。神秘を意味する”アルカナム”それから彼の持つ色である闇を意味する”スコトス”のミックスよ」

「ほぉ、神秘の闇か。言い得て妙じゃな、うむそれにしよう」


 戸惑うアルを尻目にトントン拍子で名が決まるとヴァイロンからその名を授けられた。


「アルトス。それが主の名じゃ」

「アル……トス」

「うむ、アルトス・マスグレイブ。今日からはそれを名乗るように」

「マスグレイブって……え?」

「なにを戸惑う。ワシ等の家族になったのだから当然じゃろう」

「!!!」

「凄い驚きようね……そんなにビックリすることかしら? 差し当たり”アル”って愛称が可愛くていいわね」

「アルか……良いのぉ。呼び名はそれじゃな」

「ま、待ってよ! 何で家族……?」

「え、嫌なの?」


 ジト目を向けるエレノアに勢いよく首を横に振るとアルは叫ぶように言う。


「嫌な訳ない! だ、だけど! ぼくこんな体質で役に立てないし、めいわくかける。だから捨てられた……だから……もう、いいや」


 「捨てられるのは一度でいい」そう言って俯くと涙を堪えるように肩を震わした。


「アルよ……それは覚悟無き者達だったが故じゃ。決めたら最後、やり通す貫き通すどんな壁が出てこようとぶち抜く覚悟がなかった弱き者だったからじゃ。というか子供に色々期待しすぎじゃ」

「?????」


 良く分からないと言った様子で首を傾げた涙目のアルの頭を優しく撫でながら、笑顔を浮かべるヴァイロンは言う。


「ふぉっふぉっふぉ、簡単に言うとワシメッチャ強いから、アル一人程度の負担なんぞ取るに足らんという訳じゃ。そんなのいちいち気にするでない」

「ここに居て、いいの?」

「構わぬ。むしろ家族なのじゃから一緒にいるのが当たり前じゃ」

「で、でも……変だよ」

「変ってなにがかしら?」

「二人と違うし……髪も目も。黒くて汚い悪魔の色だ」


 俯き自分の髪の毛を鷲掴む。ボサボサに伸び放題の髪の毛を見つめ嫌悪の表情を浮かべる。その様子を腕を組んで見ていたエレノアが唐突に言った。


「そう言えばここに来てから一度もお風呂入ってなかったわね……て言うか入った事ある?」

「なにを……?」

「ま、なんでも良いわ、行きましょう。ついでに髪も切っちゃいましょう。男のくせにウザいわ」

「ちょっ!?」


 有無を言わせずアルの手を取り浴場へと連行していくエレノア。そんな様子を微笑ましそうに見ていたヴァイロンは「ふぉっふぉっふぉ」と静かに笑い声を漏らしていた。


 それから程なくしてアルとエレノアは身体から湯気を立ち上らせ戻ってきた。


「ねぇアル。あなたは悪魔の色と言うけれど私はそうは思わないわ」

「…………」


 アルを椅子に座らせ、髪の毛を風の魔術を使い乾かしながらエレノアは続ける。


「確かに黒色は良くない色として言われているけれど、そんなもの迷信、都市伝説よ。本気にしている奴らがおかしいわ」

「でも事実だよ。ぼくは『悪魔の落胤ルーザー』ってやつなんでしょ?」

「えぇ、そうね。あなたの体質はそれね」

「やっぱり――」

「でもそれがどうしたの。たまたま魔力がないだけで悪魔の子なの? 黒を宿してるからって悪魔?」


 髪を乾かし終えると小型ナイフを取り出し手際よくアルの髪の毛を切り始める。


「…………」

「小さいわ、世界が小さい。そんな世界で物を語っていたらもっと貴重で大切なモノを見落としちゃう。そんなの勿体無いことよ」

「じゃぁ、この色は平気なの? 気持ち悪くない?」


 自分の傍らにパラパラと落ちる真っ黒な髪の毛を見ながら消え入るような声で尋ねた。


「えぇ、全然」

「悪魔の色なのに……?」

「これを見て悪魔の色という人の気が知れないけど?」


 そう言ってアルの顔を上げさせる。彼の目の前には鏡があり、そこに映っていたのはボサボサの髪の病的にやせ細った子供ではなかった。風呂上がりで上気した血色の良い肌にキレイに切り揃えられた髪はツヤツヤと輝いている。加えてバランスの良い食事を摂っていた効果が早くも表れたのか、痩せてはいるが幾分か肉付きもマシになっていた。そんな鏡にうつる自分の姿がにわかに信じられず、アルは恐る恐る髪に触れ、まぶたを撫でる。


「他の人達がどう思うかは知らないけれど、私は好きだよ。だってキレイじゃないその黒髪」

「!! あぁ……ッ、ありがとう」

「…………ここに来てからあなた泣いてばかりね」

「な、ないてないし!!」

「暴れないで、髪の毛が散るじゃない」

「あ、ごめん」

「ふぉっふぉっふぉっふぉ!」




*************



「…………夢か。にしても、ハッキリとした夢だなオイ」


 学院寮のベッドで目を覚ましたアルは、寝そべったまま静かに呟いた。久方ぶりに見た夢は、昔懐かしい大切な”家族”との夢だった。最近はめっきり見なくなった夢だったのだがなぜ今なのだろうと訝しむもすぐに原因は思いつく。


「クレア・アークライトか……まさか、エレノアと同じような事を言う変人がこの世にいるとはビックリだ」


 ゆっくり起き上がると頬を流れる水滴に気付き指先で静かに触れる。それは、瞳から溢れた一筋の涙。


「泣き虫はまだ治ってなかったってか? やめろ恥ずかしい」


 素早く袖で拭うと学院に向かうべく準備を急ぐのだった。


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