血気盛んな若人
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アルの登場により張り詰めていた空気が僅かに弛緩するも、ピリピリしていた空気を察したアルは頬を掻きながら言葉を零す。
「これは……一体何事?」
「おぉ、ちょうど良かったマスグレイヴ。自己紹介お前で最後なんだよ。頼むわ」
沈黙を貫いていたホワイトが目を擦りながらアルに自己紹介をするよう促す。
「え? あ、え、今? だって彼女まだ立ってる……」
”このヨレヨレローブの人が担任? 何か汚ねぇ””あの子はなぜ教師に背を向けている?””自己紹介してた雰囲気じゃないんですけど?”などなど疑問を胸中に抱きつつもアルは、クレアを指差しながら首を傾げる。
「あぁ、気にするな入学ハイだ。この空気も入学影響でテンション爆上げ状態なんだわ」
改めてクラスを見渡すも何人かの生徒たちの顔が、どこか居心地が悪そうに歪んでいる。アルは気付きようもないことだが、歪めている者達は全員が平民出身の者達だ。そんな彼等を見て確信する。
「…………いや、嘘ですよね? なんなんすか?」
「いいから早くやれ」
にべのない言い方に首を縦に振らざる得なかったアルは、もう何度目になるかも分からない後悔を抱きながら自己紹介を始めた。
「……では改めまして。アルトス・マスグレイヴです。えっと……せっかくかの有名な学院に入ることが出来たのでしっかり勉強したいと思います。よろしくお願います」
頭を下げるアルの鼓膜を震わしたのは、バカにしたような笑い声だった。そして、アルに向かって掛けられた言葉はとても歓迎するようなものではなかった。
「なぁ、何を勉強するって? 君、『悪魔の落胤』だろ?」
アルの目そして髪を汚物でも見るかのような視線で見つめながらレイス・グラントは言う。言わずもがな貴族性である。そして、この言葉をきっかけに一斉に広がる侮蔑の波紋。嘲笑を隠すこと無く浮かべ、口々に容姿、体質のことを面白そうに蔑む。「嫌だ、ホントに黒いじゃん気持ち悪い……」「人間未満のクセに俺達と同じ空気吸うとかあり得ないんだけど」「ゼッテェ何かの間違いだから早く帰れよ。て言うか死ねよ」「創造主に背徳してまで生きていたいのかな……その時点で私達とは根本が違うよねぇ」「ホントにな。俺だったら生きていけねぇ」
「ふぅ……」と小さく息を吐き出し”どこだって俺の扱いは同じだ”そんな事を想いながら、アルは色のない瞳で周囲のクラスメイトを見やる。口元をだらしなく歪め口汚く罵るその様は、自分よりよほど醜く映る。そんな中、毛色の違う瞳で自分を見つめる人物がいることに気付きそちらに視線を向けた。
目が合ったのはホワイトに背を向けて立っていた少女。彼女が宿す目の光は侮蔑でも同情でも無い、どこまでも澄んだキレイな光で彼女の黄金色の瞳が眩しい。
そして、これに近しい光をアルは知っていた。それは、かつて姉と慕った女性と父と仰いだ初老の男性が宿していた偏見の無いごくごく普通のフラットな光だった。
「(まさか、こんな目をする奴がこの学院にいるとは思わなかった……。あいつ価値観狂ってるのか?)」
失礼極まりない事を思っているアルに向かって荒々しい粗暴な声が掛けられた。
「ゴチャゴチャ分かり切ったこと喚くな愚民共が! んな事よりオイ『悪魔の落胤』てめぇ、どんな手品使った? どうやってここに紛れ込んだ?」
赤髪を逆立たせ怒りの形相を浮かべるアイザックは、犬歯をむき出しにしてアルに食いついた。アルのような出来損ないに対しあからさまな嫌悪を向ける奴は多いが、こうして敵意を剥き出しにしてくる奴は少なかった。というのも『悪魔の落胤』は基本的に人間と看做される事がなく、産まれ落ちた時点で殺されるか良くて奴隷商に売られるしか生きる道は無いというのがこの世界の現実だ。人間以下の生き物に対し怒りをぶつけるよう稀有な人が今までいなかったせいなのか、とにかくそんなアイザックの様子が新鮮でアルは思わず口元を緩めた。
「何笑ってんだ? あぁ?『悪魔の落胤』の分際で貴族の俺を笑ったのか?」
青筋を浮かべ立ち上がりクレアを押しのけアルの元へと歩み寄る。
「あ、いや。笑った訳ではなくて……」
「いっぱしな口聞くんじゃねぇ。ただ聞かれた質問に答えりゃいいんだよ」
言いながらアルの胸倉を掴み持ち上げる。片腕で吊り上げられたアルは苦しそうに呻き咄嗟にアイザックの腕を掴んだ。
「クックッックッ。なるほど確かにアークライトの言う通り、こんな奴が学院に入れたんだ。そこのチンチクリンが王国騎士団に入れる確率の方が高いかもしれねぇなぁ?」
「止めなさいラザフォード! 手を放して!」
クレアが叫びアイザックの腕を取り睨み上げる。「あぁ?」とクレアを睨み付け一瞬の火花が散った後、アイザックは視線をアルへと戻す。
「フン、それで? もう一度聞くがどうやって入った? この学院に」
言い終わるとアルから手を放し「ゲホッ、ガハッ」と咽て蹲るアルを見下ろす。対するアルは労わるように自身の背に手を当てられたクレアの腕を優しく払うとアイザックを見上げる。
「言ったところで信じないですよね?」
「あぁ……確かに。それじゃぁ、テメェのアビリティは?」
アビリティとは『悪魔の落胤』だけが持つ固有の特殊能力の事を指す。その能力は魔力を必要としない独立した力であり、魔力がなく魔術が使えない彼らにとって生命線にもなる能力だ。そして、これが優秀であるとまだマシな人生が送れる頼みの綱である。
「アビリティは『龍脈制御』」
「……プッ。クックックックハッハッハッハ! マジかよテメェそんなクソアビリティかよ!」
腹を抱えて笑いこけるアイザックとそれに同調するように笑うクラスメイト。教室が一瞬にして大爆笑に包まれた。アルの隣にしゃがみ込むクレアは驚きの表情でアルを見つめ、ニアや数人の生徒たちもどこか気まずそうに視線を俯かせる。
「はいはぁい、そこまでそこまで。いい加減にしろ。お前ら俺の存在忘れてない? 今年の一年は血の気多過ぎだろ」
手を叩きながらホワイトはこの場を鎮めようと声を張る。
「いやいや、でもよぉ『悪魔の落胤』がリエメルに入れる唯一の手段なんてアビリティ以外にねぇだろ? 余程強力なヤツかと思ったら『龍脈制御』て」
「「「「アッハッハッハッハッハッハ」」」」
再び巻き起こる嘲笑の嵐。留まることを知らない悪意ある嗤いは、一つの意思で動かされているかのように一瞬でアルを飲み込んだ。
「いやぁ、マジテメェ使えねぇ奴なんだな。親も可哀想だわ。こんなお荷物背負った上で学院に入れちまうんだもんな? とんだ物好きか、ただのバカか。何にせよ『悪魔の落胤』をこの世に産んじまった親なんてクズもいいとこだな。まぁでも一番のクズはおま――!?」
アイザックの言葉を遮り破裂した乾いた音は、薄汚い嗤いに満ちた空気を吹き飛ばした。水を打ったように静まり返る教室で、張り手を振り抜いた姿勢で止まるクレアは射殺すようにアイザックを睨む。
「……何のつもりだクソ女。誰に向かって手ぇ出してんだ」
瞳孔が開いた目でクレアを見下ろし、怒りに呼応するようにアイザックの身体を這うように赤い紫電が僅かに奔る。叩かれた左側の唇からは僅かに血が滲むも身体から湧き出る紫電がそれを焦がし塵とする。
「私としたことがどうやら勘違いをしていたみたい。あなた、貴族うんぬん平民うんぬんという話ではなかったみたいね」
「あぁ? 何言ってんだ?」
「あなた。人としてクズね、恥を知りなさい」
瞬間、轟音と共に赤き紫電が空気を焦がした。遅れて発生した魔力の奔流が教室を襲い、多くのクラスメイトが後方へと吹き飛んだ。
「なぁ、俺の聞き間違いか? 誰が何だって?」
身体に赤い紫電を奔らせながらアイザックは片腕を掲げて瞳孔が開ききった目で問う。
「何度でも言って上げるわ。あなたはクズよ」
アイザックの掌を正面に見据えるクレアは、衝撃波でローブを靡かせながら無傷の状態で佇んでいた。眼の前には十字架を型どったシルバーカラーのアクセサリーが彼女を護るように間に浮かび、周囲には剣型のアクセサリーが切っ先をアイザックに向けた状態で漂う。
「そうか、死ね」
右腕を振りかぶると同時に絡まるように溢れ出す炎。そして炎を纏った腕を躊躇いなく振り下ろした。
「はぁ……マジお前ら血の気多すぎ」
緊張感ゼロの声と共にアイザックの燃え盛る腕が掴まれ、逆の手でクレアの剣型のシルバーアクセを握り潰すホワイト。
「全く……その歳で属性強化にマジックウェポンの同時展開が出来るなんて大したもんだ、天才って奴だね。だがいかんせん、時と場合が何もわかってない。まぁ、子供だからしょうがないとは言え……お前ら調子に乗んなよ?」
「ッ!?」「ウオッ!?」
燃える腕を直接掴んでいるにもかかわらずホワイトは熱がる素振りを見せず淡々と述べた後、クレアとアイザックの二人を一瞬にして組み伏せた。驚きに声を上げる二人は床に這いつくばる。燃える腕も元に戻り、クレアの周囲を漂っていたアクセサリーも腰のリボンに収まっていた。
「いいか? お前らは敵同士じゃないの。分かる? フレンドなの、フレンドシップを発揮してくんない?」
「は、はい。スミマセン」「わ、悪かった……」
クレアとアイザックが口々に反省の言葉を述べるとホワイトはあっさりと掴んでいた手を離し、身体を起こす。
「お前らもだ。ここにいる全員が仲間だ、それをまず理解しろ。ただでさえ終戦直後に加えて妙な事件でピリピリしてんだ仲間割れは止めろ。ちなみに仲間ってのは、アルトス・マスグレイブも含めて、だ。どういう経緯にしろここにいる以上は学ぶ資格がある。それをお前らの勝手な価値観で奪うな。お前ら何様だ」
教室の後方でもんどり打つ生徒たちに鋭い視線を向けながら言う。
「マスグレイヴ、お前もお前だ。お前の体質上こんな嫌味は日常だったのだろうが、ここに入学した以上立場は対等。実力が物を言う世界なんだ手前勝手な文句は力でねじ伏せても構わない。無論、分別をわきまえた上での話だがな。お分かり?」
「は、はい」
「ふぅ、まぁ何にせよ、今年の一年は色々優秀そうなやつがいそうで学院としては嬉しい限りだ。だが、くれぐれも問題は起こさないように。以上、解散。また明日」
言いながらアイザックの放った魔術の波に流されず、その場で防御術を行使した優秀な生徒達を一瞥する。その中にはニア・キャンベルの姿もあり、”あぁ、確かにアークライトの言う通り優秀かな”と想いながら教室を後にするのだった。
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学院の廊下を下腹部を掻きながら歩くホワイトは、先程の教室で起きた出来事を思い返していた。
アイザックが最初に放った術は、雷属性の『幻電』と呼ばれる術で、詠唱を省略する事が出来れば放つと決めた瞬間には発現できる威力より速さを重視した魔術だ。威力は低いとは言え術者に左右されるが、アイザックの術士としてのレベルは高い所にあるのは明らかだ。それは、余波だけで吹き飛んだ生徒たちが証明している。そして、発現速度が早いということは防ぐ事も難しい。クレアはそれを至近距離で見事に防いだ点を考えると流石は主席と言ったところか。そして、魔術が衝突した際に発生した衝撃を見事に防いだニアを始めとする数人の生徒たちも光る所はあるだろう。だが、それは距離があったからではないかという憶測が立つ。少しばかりの空間があったからこそ、適切な対策を講じれたのではないか。冷静に対処した事実を否定する気は無いが、状況を鑑みるとそういった事情も考慮することが出来る。
「……けども。『あいつ』の場合話がちょっと変わるな」
ホワイトの脳裏に浮かび上がったのはアルトス・マスグレイブだった。彼の場合、状況的にはクレア同様ほぼゼロ距離での魔術攻撃。仮にクレアが術を打ち消していたとしてもその余波までは消せていない。にもかかわらず、その場から吹き飛ぶわけでもどこかしら負傷するわけでもなく、変わらない様子でその場に居た。別段何かをした様子もない。と、言うかそもそもあの状況で『悪魔の落胤』に何か出来ようはずもない。
「ハズ何だけどなぁ……。アビリティか?」
と、自分で言いつつもそんな事はあり得ないと自嘲気味に笑い首を振る。アルのアビリティ『龍脈制御』は数あるアビリティの中でも最底辺と言える使えない能力だった。そもそも”龍脈”とは、マナと対極に位置するエネルギーだ。大気に溶け込んでいるのがマナである事に対し龍脈とは、大地に流れるエネルギーを指す。
魔力を宿す”普通の人間”にとって大気に漂うマナを感じ取る事は息を吸うことのように自然と出来る事で『悪魔の落胤』にとってもよくよく神経を研ぎ澄ませれば”あぁ、何か空気が澄んでる気がする”という些細な気付きではあるが、確かに感じ取る事が出来るエネルギーだ。
しかし、龍脈は誰も気付けない。足元に流れる見えないエネルギーは”普通の人間”だろうと”欠陥人間”だろうと感じ取る事は不可能で、唯一それを感じ取れる事が出来るのは『龍脈制御』のアビリティを持つ『悪魔の落胤』だけ。極論を言えばそんな限定的なエネルギーは存在しないものと同義だった。
そして、その能力で出来る事と言えば”身体強化”ただ一つである。しかしそれは特別な力ではない。魔術による身体強化がメジャーである事は勿論の事だが、それ以上に強化の多様性が皆無。魔術による強化は身体能力向上だけでなく、視覚、聴覚、嗅覚、思考力にまで至るありとあらゆる能力を向上させる事が出来るのに対し、龍脈による強化は身体能力一択だった。しかも、その向上レベルは精々素の能力の五倍程度。これは魔術による強化の僅か十分の一と言われている。この事から『悪魔の落胤』の中においても『龍脈制御』のアビリティ持ちは価値が低く、奴隷としても役に立たない存在である事がこの世界の常識だった。
そんな当たり前の事を確認するように脳内で反芻していた時だった。ホワイトは不意に自身が発した言葉を思い出し思わず「ハハッ」と笑い声を静かに零す。
「何を言ってんだ俺は……いよいよ焼きが回ったか? 」
”文句は力でねじ伏せても構わない”
あろう事か最悪のアビリティを引き当てた不運としか言いようのない『悪魔の落胤』に魔術師のエリートが集まる学院で、まるでお前は強者であるかのような言葉を送っていた。そんな事は天地がひっくり返った所であり得ない、と自分の持つ常識がそう言ってくるが、頭のどこか片隅にそれを否定する自分がいる事に気付き再び苦笑いを浮かべる。
「悪魔の落胤、多種属性、同時展開ねぇ……。ハァァァァ今年は何かいろいろスゲェなぁ」
ホワイトはそう言って尻を掻き毟りながら、赤味がかる空を窓越しに見つめていた時だった。その背中に向かって遠くから自身の名前を呼ぶ声に振り返る。その視線の先には緊張の面持ちで廊下を駆ける藍色のローブを纏う一人の青年。そのローブは王城に士官する魔術師にのみ着用を許される誉れ高きローブだ。そして、城付きの術士が学院に出入りする事は珍しいことではないとは言え、そのほとんどが学院長への公用が大半を締め、一教師でしかない自分に直接話しを持ってくる事は珍しい事だった。
「はぁ、見つけましたよランス先生。今お時間よろしいですね?」
ホワイトの前にたどり着くと腰に手を当て乱れた呼吸を整え居住まいを正すと、時間の確認ではなく時間を強要する発言を吐いた。その言葉にますますきな臭い雰囲気を感じ取りながら、ホワイトは青年を正面に見据えて頷く。
「……どうしました?」
訝しみながら先を促したホワイトの胸中は嫌な予感が色濃く渦巻く。そして、その予感は彼の次の言葉で見事に的中したと言える。
「王令です。全職員及び生徒に至る全ての魔術師に」
「それは、一年も含め?」
「無論です」
「内容は?」
「読み上げます」
そう断りを入れると懐から一枚のプレートを取り出し、そこに書かれている文言を読み始める。そして、その文言はホワイトの眉間のシワをより深くさせ、無意識に頭を掻き毟る事となった。
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