貴族と平民
誤字脱字、ご指摘ご感想などありましたらよろしくお願いします!
リエメル魔術学院は魔術を学ぶのに必要な物は全て揃っていると断言できる。それは、膨大な図書しかり、優秀な魔術教師しかり、完成された魔術理論しかりである。魔術大国と言われているほど魔術に秀でているこの国家は、この学院を中心として国が成り立っている。
というのも、国という体裁をとっている以上王族と呼ばれる者たちもいるが、彼らの住まう王城よりも荘厳で巨大な建築物が学院なのだ。また、その立ち位置ならぬ立地もそのパワーバランスを物語っており、国の中央にそびえ立つのが学院で、その影にヒッソリと立っている城が王城である。初めてこの国に訪れた者は、まず間違いなく学院を王城であると勘違いすること請け合いだ。
何せ国のトップである国王の発言よりも、学院の長である学院長の方が発言力があるとすら言われている昨今、魔術大国から学院都市と言われる日もそう遠くないのかもしれない。
そんな広大な学院の一室。先ほど入学式を終えた新入生達は、大陸一の魔術学院に入学した興奮とは別の意味での盛り上がりを見せていた。
「ねぇ、ホントに『落胤』いたの?」
「まっさかぁ。だって無理だろ、ここ『魔術』学院だぜ?」
「いやいや、俺見たぜ? マジで『悪魔の落胤』だった」
「え~? あり得なくない?」
「私も見た! ホントに黒かったよ全身」
口々に話し合うのは数分前に起きた入学式の騒動だった。魔術学院に魔力を持たない異端者が入った。そんな嘘のような真の話。嘲笑を浮かべながら話し合う生徒たちは、目を輝かせながら無人のままとなっている窓際の最後の一席を見つめる。
そんな喧騒に包まれているクラスの中にクレア・アークライトはいた。彼女もまた入学式の話題を話していた。
「ねぇ、クーちゃんはどう思う? ホントに『悪魔の落胤』なのかなぁ?」
クレアの机に頬杖を付きながら上目遣いで見上げてくる小柄な少女は、『クーちゃん』と愛称でクレアの名を呼んだ。
「ニア、その呼び方は止めて。嫌いよその別称」
「あははは、ごめんごめん。真面目だなぁクーちゃんは」
ニアと呼ばれた少女――ニア・キャンベルは、眉を潜めるクレアに向かって笑顔を浮かべ謝罪の言葉を口にした。口元から覗かせる八重歯と頭のてっぺんから覗かせるうす茶色のアホ毛が特徴的で、朗らかな声色でハキハキとしゃべるその様は元気娘そのものだ。そして、首をこてんと傾けながら「それでどう思う?」と続けた。
「全く……まぁ、それが事実かどうかはおのずと分かるわけだから待っていればいいじゃない。大人しく待っていろって先生にも言われたわけだしね」
コロコロと人懐っこい笑みを浮かべるニアに薄く微笑みながらの答えは、まさに優等生の発言そのものだった。
「え~それじゃぁつまんないじゃん! だって普通の人ですらこの学院に入るのって結構大変なんだよ? クーちゃんは余裕だったかもしれないけど、私なんて死に物狂いだったんだよ? 入学試験」
ニアの言葉通りこの学院の入学試験は実技一本で行われている。そして内容は単純だ。試験管である教師との模擬戦を行い一撃を入れること。
無論、一流の魔術教師と学生になる前の素人同然の者が普通に戦って勝てる訳もない為、ハンデはあるもののそれでも試験の突破は難しく、試験官の前に無残に散っていった夢追い人がそれこそ無数にいる中で、入学を許された者たちはそれだけで優秀と言えるだろう。
「それにお金もすっごいかかるし」
試験を突破したところで通う学費が払えなければそれまでだ。しかし、金がないならさようならはあまりに無慈悲であるため、補助金制度と特待生制度というものがあり、優秀な生徒は国からの援助または授業料などの免除を受ける事が出来るのだが、人数に限りがあるため貴族でない資金の無い平民の出の者達は必死にそこを目指す。逆に優良生徒になれなかった平民の者達は学院を去るという手しかないシビアな世界だ。
中には我が子を学院に通わせ続けるために、身売りをする身内すらもいる家庭もあるほど。そして、それほどの価値がある、まさに選ばれし者達のみが入る事を許可されるエリート学院なのだ。
そんな夢と希望を抱く学院に身体的なハンディキャップ、それも絶望的なレベルでの人間が入学したとなればこの騒ぎも確かに頷けた。
「う~ん、試験は結構ギリギリだったよ?」
苦笑いを浮かべながらそう答えたクレアだったが、
「嘘つけぇい! この主席合格野郎!!」
三白眼となりツッコミを入れるニア。「どの口がそれを言うかぁぁぁ」とクレアの胸倉を前後に揺らす。
「ちょ、ちょっと! 落ち着きなさい」
激しく揺すられながら窘めるクレアだったがニアの小言は止まらない。
「しかも『試験は』だもんね! さすが貴族様は言うことが違うね!!」
「うぅ、そういう意味じゃないぃ」
「貴族で主席で美人の三拍子たぁ、創造神様はとんでもない娘をお造りになられたモンだね!!」
「ニ、ニアも十分、可愛いし優秀じゃない。だから話してぺっ」
思わず舌を噛んだクレアは涙目でニアに訴えるが揺する彼女は、ある一点を見つめ聞こえていないようだった。その一点とは――。
「そして、なんて危険なのだそのおっぱい」
胸倉を掴み揺する動きに合わせて主張するかのように揺れるクレアの胸は、同性にして釘付けにする威力を誇っていた。
「――!?」
「やっべ、クーちゃんマジやっべ!」
最早、クレアの揺れるおっぱいが見たいが為に胸倉を掴み揺さぶり続けるニアだったが、
「いい加減にしろ!!」
「ハベッシ!?」
クレアの鉄拳制裁を受け錐もみしながら手を放したニアはどこか楽しそうだった。
「全く油断も隙もない」
恥ずかしそうに胸を抑え、乱れた制服を正しながら倒れ伏すニアを一瞥する。
「ふふふふ、羞恥に赤らむクーちゃん頂きました」
「ニア……貴女は一体なんなのよ」
「クーちゃんの成長を見守り隊」
「どんな隊よ……」
「ちなみに隊長はステラさん」
脳内でウインクしイタズラな笑みを浮かべた使用人に思わず頬が引きつるクレアは深々と溜息を吐いて首を振ると、話題を元に戻した。
「とにかく、試験は難しかったのは事実! それを突破したってことはそれなりの実力者! どんな人間かはもうすぐ分かるんだから待ってなさい」
その言葉を放った直後、クラスの扉が開き一人の男が喧騒に包まれる教室に現れた。その男はボサボサに伸びた藍色の髪を掻き毟りながら教壇の前に立つ。頭を掻くたびにフケのような白い粉が舞う。無精髭を生やし、ヨレヨレにくたびれた黒い煤けたローブを身に纏い、素足に皮のサンダルという様は一見すると浮浪者。よくよく見れば不審者。良い風に見て物乞いだ。
どちらにせよ碌な奴に見えない彼の登場は、喧騒に包まれた教室を静まり返らせるには十分な効果を発揮した。
そして、誰かが静かに呟いた。
「……誰?」
一拍の後思い出したかのように口を開いた男は自己紹介を始めた。
「あぁ……えぇぇっと……私はこのクラスの担任のホワイト・ランスだ。よろしく」
「「「「「ホワイト感ゼロじゃん」」」」」
生徒総出でツッコミを受けったホワイトは、頭を更に激しく掻き毟り頭を振った。途端に舞い上がるフケ、ホコリ、白い何かは彼の近くにいる生徒達を一気に引き下がらせる。そしてその光景を見て、どこからか悲鳴じみた声が湧き上がる。
「な? ホワイトだろ?」
両手を広げ笑顔を浮かべるホワイトに対し”意味が違う!”と心の中で盛大にツッコむ。女子生徒なんかは涙目になっていた。
「ま、とりあえずお前ら全員席につけ。まずは自己紹介すんぞ」
そう言って今度は顎を掻くのだった。
「えぇっと……とりあえず名前と属性、得意な術系統。それから何か一言意気込み的な事を言っていけ」
どこかしら掻いていないと落ち着かない体質なのかどこかしらひたすらに掻き毟りながら、自己紹介の内容を指定していく。ちなみに今は頬をボリボリと掻いていた。
===================
「ク、クリス・エアーズです! えっと属性は風。得意な術は特に無くて……えっと頑張ります! ヨロシクおねがいします!」
「ダニエル・クルーガーです。属性は――」
「ケイティ・ライター――」
緊張する声とまばらな拍手が交互に織りなしながら、淡々と進んでいく自己紹介の中、先程までクレアと話をしていたニアの番になりスッと立ち上がりクレアと話していた時と変わらない天真爛漫の笑顔を浮かべて自己紹介を始めた。
「えっと、ニア・キャンベルです! 属性は土で得意な術は強化系です、ヨロシクおねがいします!! ちなみに私の目標は王国騎士団に入る事!!」
そう宣言した瞬間、わずかにクラスの空気がざわついた。理由は彼女が目標に掲げた王国騎士団に起因しているのだろう。
というのも王国騎士団は、読んで字の如く国が抱える騎士団で国内の治安維持を担う組織であり、有事の際には筆頭で戦場に駆り出される。捕食種の討伐なども通常任務とされ、何かと荒事が多く常に命が危険にされされる職だ。しかしその分、市民から絶大の信頼と信用を得られ、最大級の名誉を授かる事がきでる。だが、王国騎士団への入団は簡単ではない。『リエメル』という国を護る盾であり外敵を排除する矛の役割を担うのだから当然と言える。確かにこの学院からは数多くの騎士団員を排出しているが、道のりは長く険しく狭き門。努力を怠らず才能に溢れる者でなければ門を叩くことすら出来ない。そして、始まりの騎士団である『銀戟師団』は今や王国騎士団の中でも選りすぐりの精鋭達が集められたエリート中のエリート集団だったりする。
そんな騎士団入団を目標として掲げるニアにクラスメイトは思わず瞠目する。
「カッカッッカッ。てめぇ、運良く学院に入れたからって調子に乗ってねぇ?」
嘲笑と共にニアの背後からバカにしている色を隠そうともしない言葉が掛けられた。ニアが振り返れば机の上に足を組んでふんぞり返っている赤髪の男と目が合う。釣り上がった大きな瞳に鋭い眼光はナイフのような鋭さがあり、制服を着崩し耳にはイヤーカフが付けられている。鼻筋が通り薄い唇と見た目は良いのだが周囲を威圧するような雰囲気がそれを霞ませている。
そんな男に向かってニアは怯むことなく睨みつけ言葉をぶつける。
「何がおかしいのさ」
「おいおい、冗談じゃねぇのかよ? てめぇみたいな平民が王国騎士団だと? これを笑わずにいられるかよ」
そう言って再び笑い声を上げる。そんな赤髪の男に向かってニアは大股で歩み寄ると机を叩きながら言い返す。
「ちょっとアンタ何様? 確かに私は平民だけど王国騎士団に入れないなんてルールはない!」
「わざわざそんなルールを設けなくても平民レベルが入れる事なんてねぇからだよ。ちなみに、平民ちゃんがここに入れた時点で運は尽きてる」
「それをアンタが決めんな。そもそも運で入ったわけじゃないし、実力だし。そういうアンタは大層立派な人なんでしょうね?」
青筋を浮かべながら睨みつけるニアは、怒りを抑えられないようでアホ毛が心なしかいきり立っていた。
「ラザフォード」
「……ラザフォード?」
ラザフォードと名乗った赤髪の家名を聞き、戸惑いながら後ろへ半歩下がるニア。
「あぁ、俺はアイザック・L・ラザフォードだ。この意味分かるな?」
不敵な微笑みを浮かべてアイザックはニアを睥睨する。彼の家名である”ラザフォード”は正真正銘の貴族性でその歴史は長く、『リエメル』が国として成り立つより前。魔術師リエメルと共に捕食種討伐に尽力した者の名である。また、当時リエメルから直接魔術の指導をされたともされ、術の扱いに秀でた人物が多く、特に攻撃魔術を使わせたら右に出るものはいないとも言われている。そして『王国騎士団』はもちろんの事、あの『銀戟師団』への入団を果たし、団長にまで上り詰めた者もいる程である。
「……フン。だとしてもアンタが凄いとは限らないもん」
由緒正しき貴族を前にして、面を食らいつつもなんとか反論するが言葉に先程までの勢いはなく、どこか弱々しさが見え始めていた。
「ちなみに属性は『炎』」
「何だ、ありきたりの属性だね」
すかさず付け入るように言葉を被せるニアは、なんとか優位に立とうとするも次の言葉でノックアウトされる。
「と『雷』」
「へ?」
「俺は炎と雷属性を持つ」
「な、な、な、な!? アンタ『多種属性』なの!?」
「分かったかグズが。俺みたいな才能をもった奴が騎士団に入んだよバァカ」
優越に浸り傲慢な態度を取るアイザックは、ニタニタと勝ち誇った笑みを浮かべる。ニアが言う『多種属性』とは、異なる属性の素養がある者の事を指す。基本的に持って生まれる属性は単一である事が多いが、稀に複数の属性を持っている場合もある。確率的には非常に低く『悪魔の落胤』よりも出現率は悪い。しかし、複数属性がある恩恵は計りしれず、その最たるものは持つ属性の数により術の幅が単純に二倍、三倍になるという事。それと同時に魔力量も属性数に比例すると言われ、貴族という元々のポテンシャルが高い事を考えると、なるほど確かに才能に溢れた男なのだろう。なにせ多種属性は、かの『超越者・守護王』と同様の体質であることを示すものなのだから。
ニアの発言の時とは違うざわめきが起こり、嫉妬や畏怖の視線がアイザックへと向けられる。
「む、ムカつくが言い返せない……」
そんなアイザックを横目に、すごすごと引き下がり着席するニアの背を優しく叩く手。見ればクレアが優しい笑みを浮かべニアを見つめていた。
「うぅ、クーちゃぁん」
涙をうっすらと浮かべるニアに向かって軽く頷き、スッと立ち上がりアイザックへと振り返る。
「あぁ? んだよ文句あんのか?」
「クレア・アークライト、属性は雷。ニアの親友よ」
「あぁ、アークライトね知ってるぜ? 時代遅れ貴族アークライト。クックッ、そんでもって絵に描いたような貴族の箱入り娘だろ? ただまぁ、ツレを選ぶセンスは無いみたいだがな」
嘲笑を止めないアイザックに怒気を孕んだ声でクレアは言う。
「あなたそれでも貴族なの? 正直程度が知れるわ」
「てめぇが見えてねぇだけの話だ、勝手に決めんな」
「そうかしら? けれどこれだけは断言できる。人の夢をバカにするような傲慢な貴族より努力を怠らない平民の方が価値があるわ」
「叶わねぇ夢は妄想と変わらねぇだろ? だから教えてやったんだ、現実を見ろってな。むしろ感謝してもらってもいいくらいだぜ?」
「それこそ勝手にニアの底を決めつけるのはやめなさい」
「いいや、底は見えてる。何せあいつは平民だ」
「いいえ、あなたは何も見えていない。ニアは優秀よ」
「言葉でならなんとでも言える」
「実際、あなたと同じ学院に入学しているわよ」
「偶然だ。ちらほら平民出がいるみたいだがいずれは消え去る」
「知ったような口を聞くのね?」
「じゃぁ、聞くが平民で騎士団に入った事のある奴を知ってんのか?」
「…………」
「いねぇだろ? 結果は見えてる。平民の行き着く先は良くて衛兵くらいだ」
無言で俯くクレアに「まぁ、女だとそれすら難しいか」とせせら笑いながらアイザックは、手を振り邪険に追い払う仕草を示す。
「えぇ……そうね。でも、ニアが『王国騎士団』平民出身の一人目になるかもしれないじゃない」
「カッカッカッカッ、あり得ないね」
「言い切れるかしら?」
「あぁ、断言できるね」
「それは、『彼』が学院に入ることよりあり得ない事?」
「あぁ? 彼?」
クレアの言う”彼”が誰を指すのか分からず首を傾げたアイザックだったが、その答えを示すようなタイミングで不意に教室の扉が開いた。
クレアとアイザック、そしてクレア達のやり取りを見守っていたクラスメイトもが一斉に振り返る。
「うぉ、ビックリ……あ、遅れてスミマセン、アルトス・マスグレイヴです。どうぞよろしく」
そう言って緊張した面持ちで挨拶をしたのは、リエメル魔術学院開校以来の異端新入生。
黒髪黒目の『悪魔の落胤』アルトス・マスグレイヴだった。