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スペック・アウト  作者: 黒山ひつじ
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リエメル魔術学院の異端児

誤字脱字、ご指摘ご感想などありましたよろしくお願いします!

 魔術師として大成するにはどうすればいいか? という質問を道行く人々に尋ねたとする。その答えの七割はリエメルに行けばいいと答え、残りの三割はリエメル魔術学校に入学すればいいと答えるだろう。そのくらいリエメルは魔術先進国として知れ渡っていた。


 では、そもそも魔術とは何なのか? という質問を道行く人々に尋ねたとする。その答えの全てが「創造神『ルーフェン』からの贈物ギフト」と答えるだろう。


 創造神『ルーフェン』とはこの世界において唯一絶対神であり、この世界は神が創ったとされている。その世界創造時に使った力は神術と呼ばれ、その神術の残滓は大気に溶け込み『マナ』と呼ばれるエネルギーに変性し世界中に広がると世界そのものに恩恵を与えた。


 緑豊かな大地を産み出し、清く澄んだ大気を満たし、澄み渡る清水を湧き上がらせる。


 そうして出来上がった世界に生命が誕生し人間の歩みが始まった。


 この世界に生まれた命は全て神の加護の元に生まれたと信じられており、事実この世に生を受けた人間には神術の一部として魔力を持った状態で生まれてくる。


 それを糧に大気に溢れる『マナ』に陣を描いて術へと昇華、発現させる。しかし、発現できる規模は人それぞれで、それこそ才能に左右される部分が大きい。しかし、生まれながらに属性魔力を持っている為、その使い方は本能で理解しており、幼少の子供たちですら火を起こす、水を湧き出させる、風を起こす、と言った基本的な術は行使できるのだ。また、それらの属性魔力は、身体的特徴に現れやすく、火属性を持つ者は赤毛や灼眼、水属性ならば青髪といった事が多く見られていた。そういったこともあり、魔術は生活する上であって当然、あるのが普通の世の中になっていた。


 そんな魔術が生活の一部として普及している中で、人々は時に武器としてそれを使うこともあった。理由は単純。人類の敵というべき存在がこの世にはあったのだ。


 なぜ、そんな存在があるのか? 世界創造時の神の失敗? 人類を間引くための神の使い? 様々な憶測が飛び交ったが理由は不明。それこそ神のみぞ知るといった状況だ。とにかく言える事は、その存在は人類の命を脅かす脅威の存在。気づけば異形の生命体『捕食種ヴェノム』という呼称が浸透していた。


 いつからいるのか、どこで生まれたのか、どういう生態系を持つのか一切不明。分かっていることは、狂暴、醜悪、人を襲い喰べる、といった凄惨たるもの。唯一の救いは、捕食種ヴェノムは魔力を持たず魔術を行使できないといったところだろう。


 それも当然と言えば当然か。神の力の一端を持って生まれる人間に牙を向ける存在が魔術を使えるわけもない。しかし、捕食種ヴェノムは魔術無しでも余りある圧倒的な膂力、瞬発力、敏捷性など人間には到達できないレベルの肉体強度を所持していた。


 その力を以って本能で人間を捕食する、まさに人類の敵である捕食種ヴェノムから身を守るために人は魔術を使って防衛、抵抗するようになったのは自然の摂理とも言えるだろう。当然、捕食種ヴェノムも大人しく淘汰されるわけもなく争いは避けられなかった。その過程で当然命を散らす人々もいる。毎日のように捕食種ヴェノムによる犠牲者が後を立たず、多い時には集落ひとつが消えて無くなる事もあった。そこで人間サイドは生き残る確率を上げるために、魔術を効率的に学び強くするという考えの元ある組織を立ち上げた。


 それがリエメル騎士団だった。


 創立者は当時すでに魔術師として名を馳せていた『シルヴァリアル・リエメル』という男。彼は人類の守護を目的とする騎士団を立ち上げ魔術の指南をすると同時に、自身の捕食種ヴェノム討伐の経験を生かした具体的な攻略や対処方法、効果的な術などの教鞭を取っていた。


 そんな彼の尽力もあり捕食種ヴェノムの活動が沈静化していき人々が落ち着いて生活できるようになると、騎士団を中心として徐々に生活の輪が広がり、いつしか巨大な集落が出来上がった。それが時代の流れと共に変化し国と呼ばれるようになり、リエメル騎士団も魔術を学ぶ学び舎と魔術を使って市民を守る騎士団の二つに分かれる事となる。


 騎士団はシルヴァリアルの名を掲げた『銀戟師団シルヴァリオス


 学び舎はリエメルの名を掲げた『リエメル魔術学院』となった――。

 


 ――そんな歴史ある魔術学校の入学式がメインホールにて執り行われていた。


 延べ数百人はいるであろう新入生に加え、巨大な学院の全教員などが一堂に会してもなお息苦しさを一切感じさせないのは建物の大きさだけではなく、室内と感じさせないその造り――景色が大きいだろう。


 天井には青空が広がり、フロアや壁はない。あるのはどこまでも続く草原。ともすれば風すらも感じるこの空間はもはや自然溢れる大地そのものだった。


「…………何でもありかよ魔術師め」


 空を見上げるアルトス・マスグレイヴはボソリと呟きながら場違い間をひしひしと感じていた。上を見ればリアルな空。下を見れば感触すら再現している草原。規則正しく並んでいる同級生達は、これからの未来に目を輝かせている。


「ハァ……鬱だ」


 彼の胸中を渦巻くのは早速の後悔。


 やはり来るべきではなかったか……。


 そんな風に思っても今更だなと思い直し、極力目立たないように地味にしていようと決心したもののその思いは一瞬で砕けた。何せ彼一人だけ服装が違うのだ。皆が一様に学院の制服に袖を通している中で、アルは着の身着のままで走ってきた為、普通のロングコート。悪目立ちしまくりである。しかしアルの周りにだけ見えない壁があるかのように不自然な空間があるのは、それだけが理由ではない。


 学院の説明や学院長のメッセージは既に終わり、そして、教師の紹介をしているところをみると式はもう佳境でこの針の筵状態ももうすぐ終わる。そう思っていた中で誰かがポツリと呟いた。


「あれ……あいつ『悪魔の――」


 それは決して大きい声ではなかった。むしろ、式の最中なのだからささやき程度の声量でしかない。しかし、それは確かな引き金となり伝番し大きなうねりを生み出す。


「ねぇ……ちょっとあの子」「おい、あいつ見ろよ」「あいつ、髪の毛黒いぞ」「うん……間違ない」


 ”あの男――――『悪魔の落胤ルーザー』だ”



 魔術が扱えない生き物は確かに存在する。



 その筆頭が捕食種ヴェノムだが他にも、家畜や小さな昆虫、植物などが主な生き物だ。そして、人は神の加護を授かり生まれる。それは疑いようのない真実ではあるが全ての人間に? 


 と問われれば答えは――否。


 全ての人間に加護を与えるほど神もお人好しではなかったのか、中には全く加護を受けずに生まれる者達もいたのだ。


 人でありながら人ではなく、人の皮をかぶった何か。

 神の加護を授けて貰えなかった人の道から外れた外道の子。

 生まれながらにしての敗者、無価値で無意味な存在。

 悪魔の寵愛を受けし悪魔の申し子。

 それが『悪魔の落胤ルーザー』と呼ばれる神の失敗作。


 特徴は黒髪、黒目。そして――――魔力が無く魔術が一切使えない。



「皆さん静粛に! 静かにしなさい!」

「動き回るな! 静かに!」



 気づけばざわめきは喧騒に変わり、学院の教師達が鎮めようと声を荒げていた。しかし、そんな声などどこ吹く風。百人近い人数が好き勝手に喋りまくり、挙げ句アルを一目見ようと列を乱しそばに来る生徒たちまでいる。


 静かにと言われたところで土台無理な話だ。そんな騒然とする中で渦中の人物、アルトス・マスグレイヴは無言のまま前を見据えていた。その顔に感情の色はなく無表情。何のリアクションもないアルに声をかける者はいない。ただ遠巻きに見ているだけだが、その者達の顔には好奇の色がありありと浮かんでいた。


「いい加減にせんか貴様らぁ! 『爆裂ブラスト』!」


 収拾がつかない事に苛立ちの限界が超え、怒鳴り声を発すると同時に天井に向け『爆裂』の魔術を放った。炎属性の初級魔術が天井に着弾すると爆発音とともに僅かな振動をホールに生み出す。その効果は抜群で水の打ったような静けさが訪れる。


「……これで入学式は終わりだ。各自割り当てられたクラスへ行き、担任の教師が来るまで大人しく待っていなさい」

 

 『大人しく』を強調した司会の教師が腕を横薙ぎに一振りすると、周囲の風景が一変。自然豊かな景色は消え、武骨なつくりの大ホールへと変わる。ぞろぞろとホールを後にする生徒たちは、無言ではあるがアルへと視線を送る。

 対するアルは溜息を軽く吐いただけで、気にする様子もなくその流れに乗り、クラスへと移動しようとするがふと足を止める。


「……俺、自分のクラス知らないじゃん」


 数時間前にリエメル魔術学院への入学が決まったため、制服どころかクラスも何も知らない状態だったのだ。さて、どうしたものかと思い悩んでいたら肩を叩かれ振り返ると、先ほど『爆裂ブラスト』の魔術を放った司会を担っていた教師が眉間にシワを寄せながら立っていた。


「アルトス・マスグレイヴだな。話があるからついて来い」

「は、はい……」


 有無も言わさない圧力にたじたじになりながらアルが連れられた先は、壁一面が本で囲まれた一室だった。理由が分からず立ち尽くすアルに声をかけることなく司会の教師はまず、大きな窓の前に置かれた肘掛け椅子に腰を掛けた。そして、大きく息を吐き出し空を仰いだ。


「…………あんな騒々しい入学式は長い教師生活の中で初めてだ」


 不意にそんな言葉を呟いた教師に対しアルはただ「はぁ」と曖昧な返事しか返せなかった。自分が理由であるのは自明の理だが、それに対してアルが謝罪の言葉を口にするのはどこか違う気がしたのだ。


「既に式の最中に軽い自己紹介はしたが改めて言おう。私はルーカス・ハイト。一応この学院の副学院長をしている」


 くたびれた様子で簡単な自己紹介を終えたルーカスは、おもむろに立ち上がると部屋の隅に積まれていた箱を手に取るとアルの前に置いた。


「えっと……これは?」

「制服一式と授業で使う教材だ」

「ありがとうございます。すみません、こんな格好で」


 箱を受け取ると苦笑いを浮かべ素直に謝る。


「それは、別に構わない。何しろギリギリの滑り込み入学だったからな」

「……ホントにすみません」

「しかし、本来はこんな入学は認めていない」


 腰を落ち着かせ窓の外を見ながら語るルーカスの表情は見えない。しかし、いい顔はしていないのは雰囲気と声で察することはできる。


「ですよね」


 引きつった笑みを浮かべながらアルは肯定の意を示す。


「そもそも、入学式の当日に入学申し込みなんてあり得ん」

「はい……」

「それ以上に知り合いからの紹介か何かは知らないが、入学試験を受けずに入学を認める学院長もどうかしている」

「それは、俺も思います」

「しかし、学院長がそれもでも良としたのは余程優秀な人物なのだと思っていた」


 そこで言葉を区切ると真っ直ぐにアルの目を見つめる。逆光を受けながらでも爛々と輝く鋭い眼光は殺気すら込められているかのようだ。


「…………偏見はない。しかし、この学院にお前の居場所はないだろう」


 目を逸らすことなく断言するルーカス。


「…………でしょうね。さっきの状況で良く分かってますよ」


 対するアルも目を逸らす事無く頷く。こうなることなど分かっていた、火を見るよりも明らかな話だ。

創造神が絶対である世界である以上、自分のような神への反逆者みたいな異端が好まれるはずがない。


「ならばどうする?」

「どうするも何も学院だろうとなかろうと俺の居場所は無いですし扱いは変わらない……。それにこの学院以外に行くところはないので、辞めるつもりも無いです」

「そんな事はあるまい? お前が今までいた場所に帰ればいいだけだ」

「それは考えていません」


 アルの脳裏に浮かんだのは、人の良さそうな笑みを浮かべて送り出してくれたマスターだった。半ば強制的に入学させられた手前、義理立てする理由もないがどうしてか”帰る”という選択肢は浮かばず迷いなくそう答えていた。


「……質問を変えよう。何しにここへ来たのだ? まさか自分は特別で魔術が学べるとでも?」

「いいえ、まさか。自分の体質は自分が一番知ってます」

「ならば最初の質問に戻るな。一体お前は何をしにここへ来た?」


 再び問われアルは口を噤む。


 一体自分は何をしに来たのか? そんなもの自分が一番聞きたいことだと、声を大にして言いたいアルだったが、そんな事を言ってしまうと後々めんどうなことになる事は必至である。ならばどう答えるべきか悩んだ挙句、不意にここに来る前にマスターに言われた言葉を思い出したアルは、自然とそれを口にしていた。


「未来を……いや……夢を持ちたいんです」


「夢?」


「はい、夢です。生まれ持ったこの体質のせいで俺はろくな人生を歩めない。だけど夢くらいはみたい。騎士になりたいだとか、魔術師になりたいなんてバカげた夢じゃなくて、ちゃんと地に足をつけた夢が……欲しい」

「…………その夢を得るために学院ここに?」

「はい、ここならそれが得られるのではないかと……それとも俺みたいな『悪魔の落胤ルーザー』は夢すら持つなと言いますか?」

「……いや、いいんじゃないか? 夢探し」


 僅かな間の後ルーカスは頷き「試すようなことを聞いて悪かった、他意はない」そう言って頭を下げたルーカスに目を瞬かせながら焦ったように首を振るとアルは「気にしてません、よくあることですから」と答えた。


「とにかく、入学おめでとうアルトス・マスグレイヴ」

「はい。ありがとうございます。では、失礼します」


 手早く制服に着替えたアルはそう言ってお辞儀をすると、自分が割り当てられたクラスへと向かうべく部屋を出たのだった。



 アルが出ていった扉を暫く見つめていたルーカスは、大きく息を吐き出すと背もたれに身体を預け、天井を仰ぐと静かに呟いた。


「……この世界では夢を持つことすら難しいのだよ『悪魔の落胤ルーザー』には」



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