プロローグー2-
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「……ヨシッ、これで準備はいいわね!」
サイドアップにたくし上げた金髪を結わえ、大きな姿鏡の前で小さな握りこぶしを作る少女。負けん気の強そうな吊り上がり気味の黄金色の瞳には、緊張の色が浮かび不安げに揺れていた。
「お似合いですよ、お嬢様」
彼女の背後に控えていたメイドから称賛が飛ぶ。しかし、その声が聞こえていないのか、彼女は鏡に映る自身の姿を身体を捻るなどしてしきりに確認していた。
「うぅぅ、とは言っても……。ねぇ、ステラ。この結び目曲がってない?」
鏡で確認しきれないところは、先ほど称賛を送ったメイドのステラに確認する。
「大丈夫ですお嬢様、完璧です。それにもうその確認五回目ですよ」
家主に仕えるメイドとしては、やや不躾ないい方だが少女は気にする様子もなく「そっかぁ」と言いながらも後ろ手で蝶々結びにされた黒いリボンを弄っていた。年齢が近く同性であることもあり、彼女達はメイドとお嬢様という関係の割には、フランクな付き合い方をしているようだ。
気心知れた親友といったところなのだろう。その証拠に彼女達がいる部屋の所々に、二人が今よりも小い姿で肩を組み、楽しそうに笑っている写真が飾られていた。しかしそれでも成長していくにつれて徐々にステラが一歩引いている写真が多くなっていく所を見ると、尽くすべき主とメイドという関係が強くなっているようにも見える。
「ねぇ、ホントに似合ってる?」
未だに納得いかないのか再度確認する。
「大丈夫です、よくお似合いです、可愛いです」
「ちょっと今の適当すぎじゃない?」
振り返り大きな瞳を細める。
「いえいえ、心の底からの想いです」
胸の前で手を振り否定する。その飄々とした態度に何か思うところがあるのか、少女は目を細めたまま一歩近寄る。
「ステラ。それ仕事人として答えてない? 本音は?」
「ですから、心の底からと申してます」
「もう一度、親友として聞くわ。この格好おかしくない? 正直に答えてどう思う?」
ズイと顔を近づけジト目で尋ねる。真剣な面持ちな彼女にステラはしばし逡巡した後、小さく嘆息するとメイドから幼馴染へと立場を変え答えた。
「……そうね、どうかと問われれば正直に答えるとどうでもいいわね」
そして、出てきた答えは予想以上に辛辣なものだった。
「ど、どうでもいいってどうゆう?」
その言葉のダメージは大きくふらふらと後退する。
「そのままの意味よクレア。意中の男性との逢瀬ならまだしもただの入学式。来ている服は制服。当然そこの学生はみんな同じ恰好をしてる。…………うん、改めてどうでもいいわね」
制服。デザイン性の良し悪しはあるものの、ある一定の集団が決められた場での着用を義務付けられているそれ。入学式と言う事は学生の制服だ。
見ればクレアと呼ばれた少女は、白いブラウスの上から黒生地のケープコートを羽織り、首元から赤いリボンが見切れている。コートの背中には学院の紋章(四本の剣で菱形を形取られた中央には炎が据え置かれ、剣に纏わり付くように蔦が絡まっており、その蔦の出処は開かれた魔書)が白い糸で刺繍されている。黒と赤のラインが入ったダークグレーのテールスカートから伸びるしなやかな足は、白いタイツに包まれ、落ち着いた色で統一されている制服に明るい色を添えていた。そして、クレアがずっと気にしていたリボンは腰の部分に巻かれていた。そのリボンには小さな剣や十字架など複数のシルバーアクセサリーが吊り下げられ、窓から射し込む太陽の光に反射し煌めいている。
「だ、だとしても言い方というのがあるでしょう」
「あら、クレア自身が本音を望んだんでしょ? それが私の本音」
「うぅ」
「そもそも、制服が似合うと何か特典があるの? 似合わないと何か不都合が?」
「いや、ないけど」
「だったら背筋をしゃんと伸ばして、自信を持って前を見てればいいの」
「は、はい」
言われるがまま背筋を伸ばす。腕を組み仁王立ちする使用人と直立する主人。気づけばどちらが主人なのか分からない構図となっていた。
「分かればいいのよ。それで、まだ気になる所とかあるの? ん?」
「い、いや。さすがにもう無いわ。そこまでドストレートに言われたあとに何か言う気にもならないし」
「そっ、なら大丈夫ね。全く、昔からクレアは変わらないわね。どうしてそう自分に自信がないのよ」
「自信がないわけではないわ……。ただ、アークライト家を背負う身として不甲斐ない姿は見せられないと思ってるだけで」
「はぁ……家の重みってのはメイドでしかない私にはわからないけど、あなたは優秀よ。お父上である旦那様もそう評価しているし、今回入学する学院にだって主席で入るじゃない」
「でも、アークライトの人間としてはそれくらいは普通にできなきゃ」
「それを普通に出来るのが凄いってのよ。あのリエメル魔術学院に主席入学よ? 胸張んなさい。何のためにそのデカい乳ついてるのよ。羨ましいったらないわ」
クレアより四歳年上であるステラは、クレアに比べ圧倒的に胸のボリュームが足りていない。しかし、クレア程ではないが綺麗な顔立ちをしているのは間違いないだろう。薄い水色の髪をショートカットで切り揃え、髪と同じ色の瞳はクレアに負けないくらい大きくクレアよりも強い目力を宿していた。メイド服から伸びる手足は細く長い。ニーソックスとスカートの境界線はまさに絶対領域と言わんばかりだ。まさにクールビューティという風体である。しかし、自身の胸を鷲掴みにしながらクレアの胸と交互に見ている様は残念と言うほかなかった。
「いや、胸張るために大きいわけでは……ってむ、胸の大きさは関係ないじゃない!」
そんなステラに腕で胸の前を隠しながら抗議する。スタイルが分かりにくいケープを羽織っているがその双子山は隠しきれておらず、クレアが身動きするたびにたわわと揺れる。
「小さい頃から同じご飯食べてきたのにこんなに発育が違うとは……。神はよほどクレアの事が好きなのかな?」
「し、知らないわよ」
クレアは胸を凝視するステラから隠すように身を捩る。
「しかも、出るとこは出てるけど絞まってるとこは絞まってるときたもんだ! 理想的なボン、キュッ、ボン。かぁ、不公平だね」
身を捩ったことによりくびれが強調されクレアのスタイルが浮き彫りとなった。上から下まで舐めるように鑑賞するステラがどこか吞んだくれの浮浪者のように見える。
「ス、ステラ! いい加減にしないと怒るわよ!?」
顔を赤らめどこをどう隠したらいいのか分からずしゃがみ込むクレア。そんなクレアの前に立ったステラはふんぞり返って断言する。
「あのさぁ、クレアは顔ヨシ、スタイルヨシ、家柄ヨシ、気立てもヨシ、魔術師としての才能も有る。こんだけ恵まれて何が不安にさせるの? 私だったら天狗になってるところよ」
「うぅ、そうなんだけど。それでもやっぱり、って思うこともあるわけで」
「思わなくてよろしい! そんな凛々しい顔しといてウジウジすなっ!」
言うや否やしゃがみ込んでいるクレアの両頬を強めに挟む。
「はぶばっ!?」
「聞きなさいクレア。あなたは優秀。それは疑いようがない」
「うぅ」
「アークライトだから、貴族だからっていうのは抜きにして。クレアがクレアだから優秀なのよ」
クレアの瞳を真っすぐに見つめ言い聞かせるように語り掛ける。
「あなたは気負いすぎる所があるけど適度に力を抜いていいの。貴族ではあるけどまだ子供、少し抜けてたほうが可愛げがある。って、私が言っても説得力ないかもしれないけど」
その言葉に首を振るクレア。その様子が可笑しかったのかステラは一笑すると、「とにかく」と続けた。
「言いたい事は一つ。クレアは私自慢の幼馴染。今まであなたに出来ない事はなかった。その事実をしっかりと覚えておきなさい」
「ふぁ、ふぁかったほ」
「分かればよろしい」
そう言ってステラは、手を放し満足げに笑った。
「イテテテ……全く容赦ないわね。まぁ、いいわ。おかげでスッキリした」
頬を擦りながら笑顔を返すクレア。その笑顔を見て安心したのか一つ頷きステラは今一度メイドの立場に戻る。
「それではお嬢様、そろそろお時間もありません。旦那様がホールでお待ちです、行きましょう」
ステラの言葉に頷きクレア・アークライトは部屋の外へ。その顔に迷いや不安はなく、あるのはこの未来にある希望に満ちた光だった。
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