プロローグ1
誤字脱字、ご指摘ご感想などよろしくお願いします。
屋敷と呼ぶには不格好でただの小屋と呼ぶには大きすぎるその丸太造りの家は、大森林と呼ぶに相応しい壮大な森の中にあり、鬱蒼と生い茂る木々の僅かな隙間を縫うようにして作られていた。木々の数本がその建物の一部と一体化しているところをみると、森があとから出来上がったようにも思える。ところどころが歪に湾曲し一見するとただの廃れた木造小屋ではあるが、よくよく見ると確かに人が住んでる痕跡がうかがえた。
僅かな彩光を取り入れる為の数々の窓、均一幅にカットされ綺麗に並んでいるログウォール、ささくれひとつ立っていない正面デッキなど、家を造作している全ての建材が何一つ劣化せず綺麗にメンテナンスされた状態でそこにあった。
森の一部と一体化しているかと思えたそれは、建物を押しのけ癒着したのではなく、成長した木々が意図的に造られた歪みに綺麗に収まっているだけ。それはまるで、成長する木々がどのように枝葉を伸ばし成長するかを知っていたかのような造りだった。
そんな歪で不思議なログハウスの窓際に、頬杖をついている少年がいた。
「…………」
木々の隙間から僅かに見える青い空を眺めるその黒い瞳に輝きはなく、全てのことがどうでもいいかのようなそんな諦めきった表情だ。幼さが残る顔だちとのギャップもありどこかアンバランスで、すぐにでも消えてしまいそうな希薄さがある。
「……いつまで、そんな辛気臭い顔でいるつもりですか?」
そんな少年に静かで優しい声が降りかかった。
「…………」
窓ガラス越しに写った銀縁の眼鏡をかけた優男を一瞥すると、無言のまま空へと視線を戻す。そんな態度の少年を見て優男は鼻から大きく息を出すと、軽く首を横に振る。絹のように細く、艶やかな腰まで伸びる銀の長髪が流れるように揺れた。
「無視をするのはいいのですけど、気持ちのいい朝からそのような顔でいられると私まで気分が沈みそうですよ」
所々に複雑な金の刺繍が施された真っ白なローブを身に着けた優男は、少年の隣に椅子を置くと静かに腰を落ち着かせ、同じように外を見つめる。床を引きずるほど長いローブだが、一切の汚れがなく木漏れ日のように射し込む太陽光をまぶしく反射させていた。
対する無気力な少年は黒いロングコート。瞳も髪も衣服ですら黒い。さらに表情も暗いとなったら喪に服しているようにも見える。唯一の色と言えば首に巻かれたチョーカーだろうか。しかし、色と言っても黒地に白いラインが三本入った程度のものだ。
そんな白い男と黒い少年は、お互いしばらく無言のままだったが、やがてゆっくりと白い男が口を開いた。
「あなたがここにきてからもう三年ですか……。いろいろありましたね。覚えてます? 最初に来た時の事」
「…………さぁな。その時の事は覚えてない」
ぶっきらぼうに言い放った少年の声はやはり若い声だった。
「そうでしょうね……。どうですかココは?」
「どう、とは?」
「あなたの家族の代わりになるとは思ってませんけど、遜色のない関係性が築けていると思っているのですが?」
「……どうでもいい。俺にとってはあの人達が居ない世界に興味はない」
「その割には先の戦争においては、だいぶご活躍なさったようですけど?」
「”依頼は確実に。”それがオヤジの口癖だったからだ、違える訳にはいかない」
「何と言いますか……そんな脅迫概念に囚われる生き方辛くないですか?」
「あぁ、死ぬほど辛い。けど、自分から死ぬわけにはいかない。そんな事をしたらあの人達への恩を仇で返すようなもんだ。”生きて”それがアイツの遺言でもあるしな」
「いっその事、誰か殺してくれると助かるんだがな……」と、至極どうでも良さそうに呟く黒い少年を淋しげに見つめる白い男は消え入るような声でささやいた。
「そんな寂しい事言わないで下さい」
「それこそどうでもいいわ」
話はそれだけか、と言葉無く視線で問うと「あぁ、っと。こんな話がしたかったわけではないのでした」と言うと続けた。
「…………聞いてください、アル」
柏手を一つ打ち、アルと呼んだ黒い少年――アルトス・マスグレイヴに向き直る。
「…………なんだよ」
訝しげになりながらアルは男に身体を向ける。
「この際、学生さんになってみてはいかがでしょうか?」
「それは依頼か?」
「いいえ、私事で」
「……いきなりどうした、いよいよボケたか?」
本気でわからないといった表情で首をかしげる。
「ボケてませんよ。これは正気の発言です」
「これを耄碌爺と言わずになんとする?」
「ひどいですね、わたしが管轄する全てのモノはメンテナンス常時完璧です」
つまり自分も完璧と言わんばかりに胸を張る。
「あっそ。なら何だってそんな世迷言を」
「世迷言もなにも現在一六歳のあなたは、ドンピシャの学生さん年齢ですが」
「だとしても今更俺が学校に行ったところで何になる? しかも学校なんてどうせあの国お抱えの魔術学校だろ?」
「その通りですが、その口ぶりですともう学校などで教わる事など何もなく、全てを知り尽くしたとでも言うおつもりで?」
「…………逆だろ。何を教わっても俺には何も理解できないし、何もできない。魔術師の教えなんて俺にとっては異世界言語だ」
視線を床へ落として吐き捨てる。
「アル…………顔を上げてください」
顔を伏せるアルの肩に手を置き、憂いを含む瞳で顔を上げるよう促す。そして、億劫そうに顔を上げたアルに向かってサムズアップ。
「だから。行くんです」
笑顔で言ってのけた。
「…………俺の体質知ってるよね?」
満面の笑みを浮かべる彼に対しアルは、能面のような表情となり尋ねる。
「モチのロンです」
「魔術学校に魔術使えないし理解できない奴が行って何になる?」
「何にもならないです」
「時間の無駄じゃね?」
「ここにいたところで時間の無駄です。ここだけの話、アホ面で外ばかり見ている最近のアルの存在が鬱陶しいです」
「毎日毎日かまってちゃんですか?」などと言いながら笑顔を浮かべる。
「そもそも、『入ります』。って言って『はいどうぞ』、ってならんだろ」
アホ面はほっとけという言葉は飲み込み、根本的な問題を指摘する。
「ノンノン、学院長は古くからの友人です。わたしからの推薦と言う事で二つ返事で了承してくれました」
人差し指を左右に振りながら反論。
「……なら金は? 金がなきゃ入ることなんてできないだろ!」
「貴方はバカですか? お金なんて湧いて出ますよ」
口元に手を当て「それこそ湯水の如く」とイヤラシイ笑みを浮かべる。
「て、手続きは?」
「既に必要書類の準備万端」
言いながらアルの右手を取ると、いつの間にか用意されていた一枚の用紙に押し付ける。
「なにす『契約』んだ!」
アルが抗議するよりも早く彼は、素早く契約の文言を呟いた。淡く紙が光るとすぐに元の用紙に戻る。唯一違う部分は赤いラインで枠ぶちが引かれたくらいか。
「あとは入寮や入学するにあたっての規則などの契約書へサインが必要でしたが、今終わりました」
それを確認すると満足げに笑顔で頷く。
「か、勝手な事すんな! そもそも契約者俺なのに俺内容知らねぇし!!」
契約書を奪い返そうと手を伸ばすも彼の手に用紙は既に無い。
「ふふん、もう学校に送っちゃったもんね」
「こ、このくそボケ爺め」
勝ち誇った笑顔を浮かべる様が余計に腹立たしく青筋を浮かべる。
「爺は否定しませんが、くそとボケはやめて欲しいですね」
反論する点がどこかズレている事には目をつむり、半ば諦めつつアルは最終弁論を試みる。
「真面目な話、魔術学校なんかに何しに行くんだよ俺なんかが」
「確かにあなたに魔術は使えません、それは絶対。ですが、魔術などに頼らなくてもでもどうとでも出来る『力』はあります」
「だから何だ? 力の有無は関係ない、あそこは俺の存在を認めてくれない」
「認めさせればいいじゃありませんか。良くも悪くもあの学院は力が全てですよ?」
「だとしても、だ。そもそも、あそこに行くような奴らは……行けるような奴らは、将来の輝きを確かなものするために行く。将来を――ひいては人生そのものを賭けにやって来る場所だ。そんなとこに俺みたいな半端者はいるだけで失礼だ」
「そんな方々が多いのは確かですが、夢追い人しか来てはいけないなんて事はありません。それに、もしかしたら行ったらアルにも夢ができるかもしれませんよ?」
「それは無ぇよ」
「ふふ、分かりませんよぉ。どうなるか分からないのが未来ですから」
「ふん、よく言う。『未来視』ができるくせに」
「そうですね。確かに私に見通せない事象は有りませんが……。ただ一つの例外があるのは貴方自身が知っているじゃありませんか」
「――ッ」
思わず言葉を詰まらせ視線を泳がせる。そんなアルに畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「本来、未来なんてものは不確かなもので見えないほうがいいんです。特にアルのような若者は、ガムシャラに自分の信じる未来へ突き進めば良いのです。その先がどうなっているかなんて後で知れば良い事。”未来”を”今”、気にしても仕方がありません」
「…………魔術の使えない人間は人間扱いされないこの世の中でもか?」
「魔術が全てと捉える世の中なんてクソくらえです」
「クク……あんたがそれを言うのかよ……」
「私だから言うんです」
「クックックックックッ。そりゃ笑える」
楽しそうに小さく笑っているアルに再度問いかけた。
「どうでしょうかアル。リエメル魔術学院へ行ってみませんか?」
「……………………嫌だと言った所で聞かないんだろ?」
「…………」
笑顔を浮かべ無言の肯定をする様子を見て、観念したかのように溜息を吐く。
「はぁ……分かったよ。行けばいいんだろ行けば」
入学適齢期の年齢で、入学金は支払われ、その後の授業料等のお金も余裕、サインのされた契約書は転送された。そして、学校へ行ったところで時間の無駄だと知ってはいるが、それはどこにいても同じこと。アルは諦めたように首を縦に振った。
「そうですか、良かった行ってくれますか! いやぁ、断られたらどうしようかと思ってましたよ」
「白々しいわ。まぁでも、こうなったら行くしかないだろ。暇つぶしくらいにはなる」
「葉っぱ数えるのも飽きてきたし」などと言いながら大きく身体を伸ばす。そして、荷造りでもしようかなぁ、などと考えながら自室に戻ろうとするアルの背中に声がかかる。
「どこ行くんです?」
「どこって荷造りしに部屋へ戻る」
「以外と悠長なんですねぇ」
「…………は?」
「実は入学式って今日なんですよ」
「ふざけんなっ!」
間髪入れずに振り向きざまにツッコミを入れる。
「ふざけてませんよ。昼からですのでまだ大丈夫。サプラァイズ、サプラァイズ」
満面の笑みを浮かべ両腕を軽く広げ左右に揺らすその様は、イタズラが成功したクソガキのようだった。
「全然嬉しくねぇサプライズ! あと数時間しかねぇじゃん!」
「転移魔法を使えば余裕です」
「使えねぇよ!」
「それはそれは大変ですねぇ」
「誰のせいで大変だと思ってんだ!」
「あなたの体質のせいです」
「おめぇのせいだよスットコドッコイ!」
「おやおや、急に元気ですね」
慌てふためくアルの姿を喜劇でも見るかのように楽し気な笑みを浮かべて見つめる。その瞳の中にある光は、優し気で子を見る親のような慈愛に満ちたものだった。
「ハァ、ハァ……いろいろ言いたいことがあるけど時間もないし。行ってくる」
数分後――ツッコミを挟みながらも必要最低限の荷物を持ったアルは、息も絶え絶えになりながら優雅に椅子に腰かける男を睨みつける。
「その他の必要な荷物は後から送っておきます。では、身体には気を付けて、お友達の一人や二人作って来て下さいね」
「あぁ、あんたも適当にがんばれ――――じゃぁな、マスター。ちなみに友達は期待すんなよ?」
そう言ってアルは、ギルド『アウトサイド』を後にするのだった。
次話もプロローグとなります。一応この作品は速い展開を心掛けているつもりですが、どうなるか分かりませんww飽きずにお付き合い頂ければ幸いです!!