序章
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そこかしこから怒号や悲鳴、怨嗟の叫びなどが響き渡る混沌とした戦場。阿鼻叫喚が跋扈するこの地にて今この瞬間も幾人もの命がその灯火を消し倒れ伏す。血に塗れた甲冑を纏い吐血しながらも敵を屠らんと凶刃を振るい、時には虚空に浮かび上がる幾何学模様の魔法陣から爆炎を吹き上げる。皆、殺意を滾らせ眼の前の怨敵を殺し殺されを続けている。しかし、その血塗れの戦場にて背中合わせとなり周囲に気を配る六、七人程度の一団があった。身に纏うは異なる紋章を背負う鎧やローブ。つまり戦場においての敵同士だ。それが、どうしてか互いの背中を預け守り合う形をとっていた。
彼らは油断なく周囲を見渡し怒号や爆音の音を遮断し、ひたすらに目を凝らし僅かな気配をも見逃さんとしている。そんな彼らと同じように背中合わせと成り周囲を警戒する一団が多数あり、見ればこの塊は戦場にいくつも出来ており皆殺し合いを止め息を殺しながら剣、ないし杖を構えていた。
そんな集団形成の流れは徐々に広がっていき、今の今まで殺し合いをしていた者達は敵と背中を預け合う自国の兵士達を見てと怒号を飛ばす。
「貴様ら! 何をしているかこの売国奴め! さっさとその背中に立つクソ野郎共を殺――!?」
眼の前の敵兵を炎属性を付加させた剣で焼き斬った隊長格の男は、部下である兵達に視線を送るも不意に言葉を区切った。
彼の眼前に映るは、首無しとなった肉体。”あぁ……誰かの首が飛んだのか……”と認識するも声は出ず、ただただ首を失くした身体から吹き上がる血飛沫を上空から見つめていたが、それも直ぐに暗転し瞳は静かに光を消した。武を成した彼が人生最後に見た光景が、己の首無し死体だったのは何の因果か。
眼の前で隊長が首無し死体となり息を呑む部下と眼の前で首が飛んだ憎き敵兵の隊長を色のない瞳で見つめていた兵士は生唾を飲み込む。
僅かな無音の時間が過ぎ去り、舞い飛んだ生首が血溜まりの中に落ちる。
ベチャという生々しい音の後、コロコロと転がる生首は虚空を見つめている。未だに争う音が響く戦場において、この場だけ異様な静けさと肌寒さに包まれていた。その中で立っている若い兵士は「はっ、はっ、はっ」と短く浅い呼吸を繰り返しながら視線を彷徨わせ、その瞳には明らかな恐怖の色が浮かび、光の消えた敵の隊長の生首と目が合い「ヒィッ」と小さな悲鳴を上げる。否応なく奥歯はガチガチと鳴り、手に持つ剣は自然と切っ先が震える。
――そして、恐怖に震えている兵士の両腕が飛んだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
肘から下がなくなった激痛に蹲る時には既に首は無く、糸の切れた操り人形のように倒れ伏す。隣に立っていた同郷の兵は、蹲るのが先か首が飛んだのが先かも分からぬまま事切れた仲間を見下ろしていたが、無意識に顔に飛び散った鮮血を指で撫でる。傷だらけの甲冑についた赤黒い血を見つめ、気が触れたかのように周囲に向け魔術を乱発し始めた。
「「「「――――――――――ッッッ!!」」」」
恐慌状態に陥ったそれは周囲に伝搬し、焦点の定まらない瞳で多くの魔術が発動し四方八方に向け一斉に放たれた。大地が隆起し氷塊が押し潰し炎の旋風が燃やし尽くす。雑多な属性の魔術が同時に顕現し小さくはない爆発を巻き起こした。辺りを吹き飛ばすような爆発で自死した者達もいるが、生き残った兵士達は土煙の中で周囲に目を凝らす。
そして、煙が晴れた中から出てきたのは黒い人影。
全身を黒い布に包み手に携えるのは黒い刀身の刀。反対の手にはひしゃげた甲冑。戦場に散らばる甲冑を盾に猛攻を防いだようで目立った外傷は特に無い。
綺羅びやかな甲冑や純白のローブとは対局に位置する風体で、そこに立ち存在しているのにも関わらず瞬きの瞬間にどこかへ消えてしまいそうなそんな薄く稀薄な存在がそこにいた。
「……あ、あいつが……」
手に持っていた甲冑を放り投げる様を遠目に確認した誰かが、消え入るような声で呟いた。そして、
「こ、殺せぇぇぇ! 全員でありったけの術を叩き込めっ!!」
誰かが叫び全員がそれに答えた。敵味方関係なくたった一人に向けて幾百もの魔術が乱れ打たれた。再び舞い上がる轟音と土煙。しかし、戦場に立つ兵士たちは攻撃の手を緩めない魔力切れを起こすまでひたすらに打ち続けた。そして、程なくして攻撃の手を止め息を潜めて煙の向こう側に全意識を集中させる。
早急に結果を知りたい焦る気持ちがそうさせるのか、手早く煙を晴らそうとローブを身に纏う術士が、風属性の術を行使しようと腕を掲げた。
――瞬間。煙の向こう側から放たれた槍に腕ごと心臓を貫かれあっさりと絶命した。そして、土煙を切り裂いて放たれた槍は、煙の尾を引きながら勢いを止めること無く、数人の身体を貫いてから地面に突き立った。見れば槍の柄の部分には、持ち主のものであろう腕がぶら下がり未だに鮮血を滴らせている。
小さく抑える息遣いと死が歩み寄る音なき音が聞こえてきそうな静寂に包まれた。
眼の前で起こる理不尽に兵士達は突き立った槍を呆然と見つめるか、状況を確認できない者達は異様な空気に包まれた戦場に呑まれ争う手を止め静かに佇む。そして、招かれざる何かがこの戦場に混じっている事を本能で理解した。
気がつけば音が消え無音の戦場となっていた。誰しもが口をつぐみ魔術が殺到した爆心地へ目を向ける。煙が晴れた先は無数の魔術が打ち込まれた影響でクレーターがいくつも穿たれていたが、そこに例の人影は無い。血走った瞳で姿を探すが見当たらず、視界に入ってくるのは自分たちと同じように恐怖に彩られた引き攣った顔か物言わぬ死体ばかり。
「……さて、あと何人死ねばこの争いをやめる?」
不意に聞こえて来たのは若い男の声だった。
「お前らが武器を置き戦場を放棄するのであれば殺さない」
若いどころか子供のような声色で聞こえる声は決して大きくはないハズだが、この静まり返った戦場において大きく響き渡る。
「逆に俺を殺そうと向かってくるのであれば、四肢を切り落とし首を飛ばす」
淡々とした宣言に自然と一歩後ずさり周囲を見渡す。ハッキリと聞こえてくる声だったがその声の主がどこにいるのか分からない。上下左右に視線を巡らせながらも「ど、どこにいる!? 姿を見せろ!!」と杖を掲げるローブ姿の術士が叫ぶ。
「…………ここだ」
そう言って叫んだ術士の前に唐突に現れた男は、頭から爪先まで全身を黒い布で覆う小柄な人物。
「「「「――ッ!?!?」」」」
顔すら黒衣に覆われているせいで容姿は確認できないが、まるで何もない空間から浮かび上がったかのような登場は、幽鬼を思わせ、兵士達は男を中心にして包囲網を一瞬で敷き、生唾を呑み咄嗟に武器を構える。
「…………それがお前らの答えでいいのか?」
何千という兵に取り囲まれている状況の中、静かに尋ねるその言葉に感情の色はなく、確認事項を問う行政官のような口調だった。対する兵士達は怒りと恐怖がごちゃまぜになった複雑な表情を浮かべるも、幾人もの仲間がやられたという理由は勿論の事、現れたのが小柄な人物であることが影響しているのか全員武器を下ろそうとはしなかった。そんな言葉なき決意表明を受けた黒衣の男はやれやれと首を振る。
「そうか、ならば仕方がない。せいぜい足掻いて見せな」
言い終わると同時に背後の兵士が剣を振り上げ黒尽くめの男に斬りかかる――が、気付けば彼の姿は無く、変わりに兜の僅かな隙間から差し込まれた刀が後頭部から突き刺さり、喉を貫いていた。「ゴフッ……」と血塊を吐き出し倒れ伏す。ガシャンと甲冑が地面に打ち付けられたその背後には、刀に付いた血を振り払う黒衣の男。
「――さぁ、覚悟はいいか?」
顔全体が黒衣に覆われており全容は確認出来ないが、どこか楽しげな口調で男は蹂躙を始めた。マスクの下で凄惨な微笑みを浮かべて――。
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最後の一人を切り捨てた黒衣の男は、刀を振り血を払うと何事もなかったかのように鞘に収め戦場を後にする。その背中に向けて弱々しい声が掛けられた。
「バ……バケモノ、め……」
振り返れば今しがた斬り伏せた、今にも命を散らそうとする立派な甲冑を纏った大柄な男。息も絶え絶えになりながらも黒衣の男を睨み付けながら言葉を更に紡ぐ。
「き、様の……目、的は? なん……」
「戦争終結」
男の傍まで歩み寄り一瞥する。片腕は千切れもう片方の腕からは白骨が突き出ている。顔面は陥没し脇腹は鎧ごと抉れており、まさに瀕死の状態だった。よく生きているもんだ、と内心感心しながらも端的に答えた。
「所、属……? な、んで」
「俺達に決まった国は無い。今回の雇い主が”リエメルの国王”で”戦争を止めてくれ”って依頼だっただけだから」
「おれ、達? そ、うか……ギ……ルドの……貴、……さま……名は?」
「…………」
「……は、ハ……は、神…………罰が……くだ……r」
引き攣った笑い声を上げて男は静かに息を引き取った。暫く佇んでいた黒衣の男は、頭に手をやりおもむろにマスクを脱いだ。
衣装と同じ黒色の髪の毛と瞳を持つ年端のいかない少年が姿を見せた。空を仰ぐ瞳は年相応のあどけなさと冷たい無機質な光を帯びている。
「神罰上等。神なんかクソくらえ」
憎悪にまみれた小さな声で呟かれた言葉は無音の戦場に消えた直後、不意に戦旗が風と共に舞い上がり、少年へと迫る。しかし、旗が覆い被さる時には既に少年の姿はなく、残されたのは荒れ果てた大地とおびただしい量の躯だけだった。
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この『空虚の戦争』と呼ばれた大陸全土を巻き込んだ大戦が終結し、ひとまずの区切りを迎えた。思えばこの大戦はわずか二年で終わりを迎えた短い期間の戦争だったが、国々へのダメージは大きく被害も甚大だった。というのも、終戦となった理由がたった五人の化け物達による蹂躙劇によるものだった為、喧嘩両成敗な結果となり、負った負債はどこの国も似たようなものとなったのだ。
その五人の化け物は戦争が終わると同時にどこかへと消え去り、闇の中へと消えてしまった為、詳しい人物像が判明することはなかった。唯一の情報はどこかのギルドに所属しているメンバーであるという事だけ。しかし、彼らが持つ超越した力のせいで一つの戦争が終わった事は事実で、そんな彼らに畏怖と尊厳を込め王の名を冠する二つ名と彼らの通り名が、『ガロン』『ジ・ドレ』『イルガルド』『サランバ』『リエメル』の国王連名でのお触れが回った。
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『空虚の戦争』において猛威を振るった者達は単身で一国の軍事力に匹敵する力を保有していると定め、以下の通り王として認めそれに準ずる通り名を設定する。
・無尽蔵の魔力量を誇り、ありとあらゆる外敵を不条理なまでの魔力量でねじ伏せる魔力タンク。術すら行使せず魔力だけで全てを圧殺する魔を統べる王――此の者『魔王』と定める。
・全身に炎の魔力を滾らせ手足のように炎を操る。空を大地を焦がす暴力的なまでの炎の術士。紅く燃える頭髪と輝く好戦的な瞳を携える炎に愛されし紅蓮の皇女――此の者『焔王』と定める。
・絶対不可侵、移動要塞とも揶揄されるほどの防御魔術をあやつる護りのスペシャリスト。全属性の魔術を十二分に扱う魔術師の極地に達したガーディアン――此の者『守護王』と定める。
・癒やしの魔術を極めし聖女。刹那ほどの時間で生きてさえいれば全快させる神の御業。それと同時に戦うことを止めさせない、逃げることを許さない悪魔の癒し手――此の者『聖王』と定める。
・黒衣に身を包み刀を携える暗殺者。気付けば首が飛ばされ気付けば目の前から消えていなくなる理不尽の権化。相対したら最後、生き残る術は無い漆黒の殺戮卿――此の者『死王』と定める。
――――以上彼ら五人の王を『超越者』と呼ぶ。
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