53話「忙しない朝と、ウザい姉」
1月13日(木)
いつもの朝。今日は特に弁当を作る予定がないので、俺はゆっくりと朝の時間を寝ていた。そして本来のいつもの起きる時間に、目覚ましによって目を覚ます。だけれどこの冬の寒さだ。布団から出るのが非常に億劫だった。布団からちょっとでも体を出せば、すぐに冷たい空気で体が冷えてしまう。でもこのまま布団にくるまっていると、心地のよい睡魔が襲ってきて二度寝してしまう。天秤にかけることのできない両者に、俺は苦しめられていた。
「……起きるかぁー」
だけれど、このままじっとしていては明日美が叩き起こしに来てしまう。それはいくらなんでもこの寒さよりも勝っていた。なので俺は渋々ながらもベッドから起き上がり、制服に着替えることにした。そしていつものように下へと向かうと、なんと不運にも明日美は今日は先に出ていたのだ。書き置きと、机に並べられた朝食たち。こんなことならば、ギリギリの時間まで寝ていればよかったと後悔する。
ただもう時既に遅し。今から二度寝するには意識は覚醒しすぎている。しょうがないので俺は洗面台へと向かい、まず顔を洗うことにした。それからテレビでもつけながら、1人寂しく朝食を食べていくのだが――
「ん、誰だ? こんな朝早くに」
食べ始める前に、インターホンが鳴った。こんな朝早くの来客はまず滅多にないことなので、不思議に思いつつも俺は玄関へと向かった。
「はーい……ってお前らか、どうしたの?」
玄関の扉を開けると、そこには諫山姉妹が立っていた。いつもの渚と、その後ろにいつもの澪。見慣れた光景がそこにはあった。
「おはよう、煉。今日一緒に学校行かない? というか行くわよ」
どういうわけか、渚は今日は前とは違って恥ずかしげもなく、やけに強引に誘ってくる。
「え、なんで強制? 別にいいけど、俺まだ朝飯食ってない」
そんな渚に違和感を覚えつつ、俺はまだ朝食も食べていないことを渚たちに明かす。流石に朝食抜きは成長期真っ只中の男子高生にはキツイものがあるので、できれば食べさせてほしかった。
「あ、そう。なら待ってるから、早くしてね」
さっきの感じとは違って、今度は素直に俺の言い分を受け入れてどうやら待ってくれるみたいだ。そんなワケのわからない渚に振り回されつつ、
「あいあい、んじゃちょっと待ってて。なんだったら、終わるまであがってく?」
俺はそう言って、そんな気遣いの言葉をかける。
「いいわ、ここで待ってるから」
「いやでも、寒くない?」
ただでさえ、この玄関先でも外から冷たい風が入ってきて寒いというのに、渚たちはしかもスカートで余計に寒いはずだ。だからちょっとそれが心配だった。それに渚が『いい』と言っても、後ろの澪は寒いかもわからないし。
「大丈夫。それよりそう思うなら、早く食べてきて」
「わーったよ」
まさか、こんなにも急かさる朝食になるとは思わなんだ。あの寒い場所で待っている渚たちをそう長いこと待たせるのも悪い。なので俺はすぐさまリビングへと戻り、なるべく急いで、でもよく噛んでむせたりしないように気をつけながら食べて、食器も洗っている時間もないので、とりあえずキッチンに保留にしておき、玄関へと向かった。
「悪い、待たせたな」
「大丈夫。じゃあ行きましょっか」
というわけで俺たちは3人で登校することとなった。ただ、相変わらず昨日の放課後と同じで並び順がいつもとは違う。なんとなくではあるが、渚の思惑が読めている俺にはそれはちょっとウザいものとなっていた。そんな感情を抱きつつ、でも言うわけにもいかないので、そのまま違和感を抱えたまま俺たちは歩いていく。
「――ねえ、煉ってさ、あの映画みた?」
その道中、渚が唐突にそんな話題を出してくる。
「あの映画って?」
『あの映画』と言われても俺には思い当たるフシがなかった。そういうのに疎いということもあって、流行のものがすぐにピンとはこないのだ。
「ほら、今CMでやってる『キミに、恋焦がれて』ってヤツ」
「あぁー面白そうだとは思ったけど、観に行ってはないな。てか、観に行く予定はないな」
そんな流行に疎い俺でも何度もCMで見たことがある映画のタイトルだった。CMの作り方がとてもうまく、面白そうとは思っていたけれど、映画館にまで行って見たいと思うほど俺は熱心ではなかった。そもそも恋愛映画にそんなに興味がないし。
「ふーん、あの映画、澪すっごく見たがってたよね!」
そんなどこかつまらなそうな反応をしつつ、今度は澪にその話題を振っていく。
「えっ!? あっ、うん。私、あの原作の漫画持ってるから、実写がどうなってるか気になってるんだ」
「へぇーじゃあ、テスト明けぐらいに行く感じ?」
その話しぶりからしても俺とは打って変わって、澪はいわゆる『ファン』なのだろうから、そういうのには熱心であろう。俺としては『実写化』というのはあまりいい言葉には聞こえないが、それは今は俺の内に留めておこう。
「うっ、うん。その予定」
テスト中にも休日はやってくるが、そこにまさか映画観に行くほど澪はバカではないだろう。流石にテストの直前の土日だから、いくらなんでも勉強をするはず。だとするならば来週の土日だけれど、たぶんファンの澪からすると今待ち遠しくて仕方がないことだろう。今も期待に胸が踊っているかもしれない。そんなことを思いつつ、俺はそれに軽く相槌を打つ。すると、
「……」
会話が途切れてしまった。渚がそれに何か言ってくるのかと思えば違く、俺も特にこれ以上その映画に話すことがなかったので黙ってしまった。そもそもこの話題を出したのは渚なのに、そっちが黙るというのはどうなのだろうか。そう思い、渚の方へと目を向けると、渚はあきらかにこちらの方を向いて、見つめている。それはまるで『何か言ってほしい言葉』があるかのように。
「なんだよ?」
黙って見つめ続けている渚に、ちょっと強めな言い方でそう言った。
「別に、なんでもー」
それはもう露骨なほどにわざとらしい言い方であった。しかもその後の、つまらなそうな顔といったら。たぶん今日のこれも、さっきのやり取りも全て『アレ』のせいなのだろう。でもそれにしたってもっといいやり方はなかったのかと、渚に呆れる俺がいた。そんなこんなで、俺たちはそれからも他愛もない話でもしながら一緒に学園へと向かっていた。そして渚たちと別れ、教室へと着くとまたとなぐらいの珍しいことが起こった。なんとあの、あの修二が欠席したのだ。担任の戸松先生も含め、俺以外のクラスメイト全員が『仮病』を疑っていた。まるで狼少年みたいな扱いになっている我が友人に、まるで信用がないことを俺はちょっと憐れむ気持ちになっていた。おそらくアイツが本当に『仮病』でないのだとすれば、原因は昨日のアレだろう。放課後に『具合が悪い』と言っていたし、たぶん勉強のしすぎで体調を崩したのだろう。ただ、俺が昨日ちゃんと忠告したのにも関わらず、昨日の今日で欠席するとはどういうことなのだろうか。せめてでもテストまでに復活することを願いつつ、俺は後でお見舞いメッセージでも送っておくことにした。