52話「それぞれが持つもの」
放課後。もうテストも近いというこもあって、また部活もテスト期間中で活動がお休みなのもあってか、教室には残って勉強している者も多かった。
「あれ、修二も勉強?」
おそらく修二もその1人のようで、珍しく机に向かって勉強していた。そんな修二に軽くちょっかいを出すように、話しかけてみる。
「ああ、これ落とすとやべぇーからな」
「そっか、アレ進級も兼ねてるんだっけか」
いっつも赤点ギリギリ、いや若干アウトな修二が次のテストで悪い点を取ると、
間違いなく留年は確定となってしまう。それは流石の修二でも嫌なのか、必死に頑張っているようだ。
「そうそう。でもわからないとこ多すぎて、挫けそうだわ……ひっさびさに真面目に勉強したから、ちょっと頭も痛いし……」
たしかに修二の言う通り、どこかその体調は優れてはいなさそうだった。たかが勉強をしたぐらいでこんなことになるとは……よっぽど勉強していないことがそれから分かる。
「それで本番欠席なったら、それこそ留年確定だぞ。体調管理は気をつけろよ?」
「わーってるよ。てかさ、お前頭いいんだから、手伝えよ!」
そして修二はいいカモを見つけたとばかりに、俺にそんなことを言ってくる。そのちょっと傲慢な頼み方が気に障るが、ここはあえて見送ってやることにした。
「あぁー……悪い、今日は先約があるんだ……」
それよりも、その頼みを断る方が先だ。今日お昼を一緒に食べた縁もあってか、渚の誘いで3人で帰ることになっていた。ちょうど6限が終わった後に、先にメッセージが入っていたのだ。
「はぁー……お前はいっつも『先約、先約』って……ちょっとは親友の俺を優先してくれんかねぇー……」
お昼も同じようなことがあったからか、どこかイジケた様子でそんな気持ち悪いことを言ってくる。
「また今度な」
とは言ったものの、それを実行に移す予定はまるで考えていない。正直、修二は俺の中で最も優先順位が低い。だから他に約束があれば、必ずと言っていいほど後回しにされるのだ。よっぽど予定がない時以外は、まずないだろう。修二には悪いが、いっつも一緒にいるお前より他の、あまりそう多くの時間を共にしない人たちを優先したい。ということで俺は修二の頼みを断り、待ち合わせ場所の生徒玄関へと向かった。そしてそのまま3人で帰ることに。だがどういうわけか、その並びがいつもとは違った。細かいことであるが、いつもなら左から澪、渚、俺の横並びなのだが、今日は渚と澪の位置が逆になって、澪を俺と渚が挟む形となった。それにとてつもない違和感を覚えてしまう俺がいた。でもそんな細かいことをいちいち本人たちに訊くのも野暮だし、ただウザいだけだろう。だからそれは心の中だけに留めて、空気を読むことにした。
「――テスト勉強してる?」
俺がそんな違和感を感じている最中、渚がそんな質問をしてくる。ただそれが少し遠めな距離から飛んできたので、やはり普段の下校風景では渚と俺が喋っていることが多いから、その距離がちょっともどかしかった。
「あぁーまあぼちぼちかなぁー」
その質問に、俺は澪越しにそんな返答をする。やっぱりそれもちょっと変な感じだ。
「いいわよねぇー……頭のいい人は」
渚はどこか羨ましそうにしながら、そんなグチをこぼす。
「いや、言っとくけどあれは努力の結晶であって、天才だからってわけじゃないからな」
俺は元から勉強ができたわけじゃない。ちゃんと勉強をしたから、できるようになっただけだ。たぶん余裕ぶっこいて何もしなくなったら、すぐに落ちこぼれになることだろう。だから別に俺は『天才』という部類には遠く及ばないのだ。
「わかってるけど、でもやっぱ要領いいでしょ? 新しいこともすぐに吸収して自分のものにするし」
「隣の芝生は青くみえるって言うぜ? 渚だって普通に勉強できる人だと思うぞ?」
渚も渚で上位に入れるぐらいには勉強で出来る人だったはず。それにそんなに俺を羨んでいたって、別に成績が上がるわけでもないし、無意味なことだろう。
「あ、ありがとっ……」
急に褒められたのが嬉しかったのか、どこか照れた様子で可愛らしくそう返事をする渚。
「でも、ウチの場合はあの姉がいるからな。その弟にふさわしい人間じゃないといけないんだよ」
これは俺と明日美が就学し始めてからずっと感じていたことだった。明日美は何から何までそつなくこなす完璧超人。成績はいつも優秀だし、周りからの評判もいい。そんな明日美を姉に持つ弟も、その姉に追いつけるようにと頑張らなければならいプレッシャーを勝手に感じていた時期があったのだ。もちろんホントに周りがそれを望んでいるわけではなかったと思う。でもやっぱりそんな完璧な姉をいつも傍で見ていると、自然と比較してしまうもの。まあ、もっともそれがあったからこそ今の俺があるともとれるけど。
「あぁーたしかに……それはプレッシャーよねぇー」
「うん、明日美も成績悪いとめちゃくちゃ怒るだろうから、余計にね」
今は実質の母親ということもあってか、成績には特にうるさい。お母さんに顔向けできないような成績は取ってはいけないと常々テストが近づくと言われている。まだ悪い成績は取ったことはないけれど、取った時にはたぶん相当怒られることだろう。
「煉も煉で大変なんだねぇー」
「まあな。でも、澪もそういうの感じない? 周りの姉の評価によるプレッシャーとかさ」
同じ姉を持つ、弟と妹という立場にいる澪にそんなことを訊いてみる。渚も渚で結構できる人だし、おんなじことを思ったことがあるんじゃないかと感じていた。
「私!? あぁ……まあ、ちょっとは……あるかも」
突然のフリにちょっとビックリしつつ、本人が目の前にいるからか、ちょっと気まずそうにしながらも胸の内を明かす澪。
「えっ、そうなの!? そうだったんだ……なんか、ゴメン」
「いや、お姉ちゃんが謝らなくていいんだよ!? ただお姉ちゃんはやっぱ人と気さくに話せたりとか、色々と私にないものを持ってるから……」
俺はその澪の言葉がとても共感できていた。それこそさっき言っていた『隣の芝生は青くみえる』みたいなことだろうけど、俺も明日美にしかないものを羨ましいと思うこともあった。だから料理も教わったわけだし、いわば目指す目標の存在にもなっていた。
「あぁーでもさ、澪。澪にしかないものだって、たくさんあるよな?」
だけれど、その逆で澪には澪にしかないものだっていっぱいある。それは渚にはないもの。むしろ渚が澪に嫉妬や、羨ましく思うものだってあるはずだ。結局それは考え方や、見方の問題。自分を客観的に見れば、きっと自分にしかないアイデンティティがあるのだから。
「そうそう! 澪には私にできないこといっぱいできるでしょ! それこそピアノとか!」
そんな澪を励ますように渚も具体的な例をあげてそう言う。
「うん、そうだね……ありがと、2人とも」
それにちょっと嬉しそうな表情を浮かべ、そう感謝をする澪。もちろんさっきのがそれほどまでに深刻なものではないと思う。だけれど、俺たちの言葉でちょっとでも澪の考え方が変わればいいなと思う。なんか、テストの話からちょっとしんみりとした空気になった放課後の帰り道であった。