43話「思いつきによる謎企画」
12月30日(木)
眠い、非常に眠い。朝の日差しが差し込む中、俺は相変わらずベッドの中で安眠を貪っていた。ミスコンが終わってから、今日まで明日美に『家族サービス』と称してあちこちに連れ回されていた。もちろん荷物持ちは当たり前、足りない代金を俺にせびるといういつもの姉らしくない明日美だった。久しぶりの休みでテンションが上がっているのかもしれないが、お金は自分のを使おうよ。と抗議しても、ミスコンの日のことをネタに、もはや脅迫まがいに却下されてしまった。そんなわけで、俺は今日の今日までフルに動いていて非常に疲れて眠かった。でも、その安眠を邪魔するヤツがいた。携帯だ。誰からの着信なのか知らないが、着信音が鳴り響いて、とても眠っていられるような環境ではなかった。
「うるせぇなぁ……」
俺は嫌々ながらもその鳴り響いてる根源を手に取り、着信を確認する。するとメッセで――
『今宵、我々の学び舎にて肝試しを行ふ。制服にて来られたし。』
とふざけた内容が修二のアホから来たので、
『はぁ? キモいしね』
とそっけなく返して、携帯を適当なところに置く。そして再び安眠に戻ろうとすると――
「あぁ、うるせーなッ!?」
今度は電話の着信音が鳴り響く。もちろん相手は修二。もう耳障りでしょうがないので、嫌々ながらもそれに出てやることにした。
「おい、煉! 『しね』はねーだろ、『しね』はッ!?」
修二は開口一番、耳に痛いぐらいの音量で抗議してくる。そんなテンションの高い修二に寝起きの俺はついていけず、呆れて怒る気もなくなっていた。
「んで、用事は?」
なのでさっさと用件を済ませて眠らせてもらおう。俺はそう決意し、修二に最低限の言葉で尋ねる。
「あ? ああ、今日さー22時から学園で肝試しやるから、お前も来いよ!」
修二の言っていることは全くもって理解不能だった。なぜ、しかも今日突然に、何の目的でそれをやるのか、さっぱりわからない。
「はぁ? なんでそんなことすんの?」
「お前今日は30日だぞ。もう今年も2日しかねーんだ、今年最後にみんなで楽しくやろーうぜ!」
修二の言葉で今年がもうあと2日しかないことに気づかされる。どうやら明日美に付き合わされてたこともあって、完全に日にち感覚が狂っているみたいだ。
「あぁーわかったわかった。じゃあ、22時になー」
俺はその提案をさっさと受け入れ、電話を切った。結局のところ、修二は今年最後のバカ騒ぎがしたいだけなのだ。別に俺もその企画自体は悪くないと思う、内容はともかくとして。久しぶりにみんなにも会えるし、割りとアリだろう。とりあえず携帯のうるさいのは収まったので、再び眠りにつこうかと思ったが、携帯の着信音と修二のうるさい声で完全に意識が覚醒してしまった。だから二度寝なんてできるような状態ではななかった。しょうがないので起きるか、と諦めてベッドから起きようとしていた時、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「はいるよー」
もちろんのことその主は明日美で、そう言って部屋へと入ってくる。
「どうした?」
「あのさ、ちょっと買い物頼まれてくれないかな?」
何の用かと思えば、結局使いっ走りであった。最近、弟使いが荒いと思うのは俺だけだろうか。
「えーめんど……」
正直、俺はノリ気じゃなかった。いかにも外は寒そうな今日、出歩くなんて考えただけで体が寒くなってくる。それに大方、目的地はいつもの商店街だろう。遠いし、ものすごくめんどい。
「煉くんが行ってくれると、お姉ちゃんすごく助かるんだけどなぁー」
俺をくん付けして、ちょっと甘えた感じで再びお願いしてくる明日美。手を組んで、顔を傾けて期待の眼差しで、ちょっと可愛こぶって。
「はぁー……ならさ、取り引きしようよ」
そんな露骨なアピールに思わずため息をついていた。こうすれば行ってくれると思われてるのも、何か腑に落ちない。ただこのまま抵抗し続けても、無駄に時間を浪費するだけなので、俺は妥協案を作ることにした。
「取り引き?」
「そう、お小遣いくれるなら、俺行くよ?」
それに見合った報酬だ。昨日までの明日美による振り回されに自分のお小遣いを使われてしまったし、その補充のためにもちょうどよかった。言ってしまえばこれから『仕事』をするんだから、それだけのものをもらわないとね。
「もーう、しょうがないなぁーじゃあそれで手を打ってあげる。今日まで煉には色々とお世話になったしね」
「うっしー! んで、何買ってくればいいの――」
それに思わずガッツポーズをしながら、俺は明日美の買い物リストとお金をもらう。そして姉がズルをしないように、俺はちゃんと報酬の値段交渉をしておく。これで報酬が100円でした。なんてオチは絶対に嫌だから。流石に明日美もそこまで意地汚くないようで、俺が納得するだけの値段を言い渡してきた。それならば俺はもう何も言わないで後は商店街へ行って目的を果たすだけだ。なので俺はさっさと出かける用意をして、商店街へと早足で向かっていくのであった。
「――うぅー! 寒っ!」
外は俺の予想した通り冬の気温で、凍てつくような寒さにさらに風があって、それが肌に少し痛く感じるほどだった。商店街までは当然、徒歩で行くので、その寒さを身にしみて感じていた。こんなことならば、お小遣いなんてどうでもいいから明日美の頼みを断ればよかったと後悔してしまう。でも後悔したところで時すでに遅し。ならば報酬をもらうためにも、さっさと用事を済ませよう。
「ん?」
そんなわけで足早に商店街へと向かっていると、またしても着信があった。画面を確認してみると、またまた再び修二からであった。
「どうした?」
これで三度目なので、今度は何だと思いながら俺はその電話に出てみる。
「ああ、今日の肝試しのメンツがさ、足らなくなりそうなんだわ。そこで、悪いんだけどお前の周りで何人か誘ってくれないか? 俺的には明日美先輩とかオススメだな!」
やはり年の瀬だからだろうか、修二がそんなことをお願いしてくる。そして露骨に明日美を推してくる修二。それはお前が単に会いたいだけだろう。と心の中でツッコみつつ、
「まあいいけど、生徒会長の明日美はさすがに無理だろ」
そう修二の提案を却下した。これは学園で行う非公式のイベント。どうせ修二のことだろうし、先生にも許可は取っていないはず。だとするならば、生徒会長にそれがバレるのはマズいことだろう。確実に怒られること間違いなしだ。
「いや大丈夫だ! 今回はなんと生徒会にも許可は取ってある! つまり公式に許可されたイベントなのだよ!」
と思っていたのだが、修二はどうやら用意周到だったようで、そんなことを自慢気に話してくる。
「へぇー許可取りしてんのか、お前にしては珍しい。まあ、とりあえず声かけてみるわ」
「おう、頼むぜ! 多い分にはこしたことないから」
そんな会話が続き、俺は電話を切った。そして頭の中で、さっそく誘う人間を考え始める。まず明日美は除外だ。明日美ならたぶん来てくれるだろうけど、それでは修二の思う壺。そうなるのは非常に癪だし、なにより明日美が危険だ。修二に何されるかわかったもんじゃない。それに明日美を呼べば、自動的に生徒会の2人も来るだろう。そうなると、今度は俺にも飛び火してくることになるので、余計に却下だ。
「んー……」
そうなってくると、後は誰がいるだろうか。先輩や後輩というのは気を遣うだろうし、やめておいた方がいい。そうなるともう同じ学年の別のクラスの人間となるけど――
「あれ、煉じゃん!」
その声にその方を向いてみると、そこには渚と澪がいた。
「お、渚に澪! 2人も買い物?」
俺はそれに軽く手を挙げて、そう挨拶をする。こんな年の瀬に商店街にいるということは、大方俺と同じ用事なのだろう。
「ええ、そうよ」
「ふーん、そっか。あっ、そうだ!」
そんな風に渚と澪を見ていると、ふとさっきの頼まれ事とこの2人が繋がる。この2人ならノリもいいし、同学年だし、まさにちょうどよかった。
「な、何、どうしたの?」
突然に閃いた俺に、ちょっとビクッとなっている渚。
「今日の夜、学園で肝試しするんだけど、2人ともこない?」
「肝試し? こんな時期に?」
やっぱり誰もが同じことを思っているようで、渚も不審そうな顔をしながら俺の話にそう聞き返す。
「ああ、修二の発案で」
「へー、でもちょっと面白そうね。いいわよ、私行く!」
渚はノリ気なようで、そう快く承諾してくれた。これで1人は確保できたわけだ。修二は『多い分にはいい』と言っていたから、澪もどうかとそちらへ目を向けると――
「あ、あの、私、用事があって……」
澪はどうやら行けないようで、申し訳なさそうに断りを入れてくる。でもその言葉にはものすごく違和感があった。
「……ん? 肝試しすんの、22時だぞ? そんな時間に用事あんのか?」
そう、年の瀬の22時に何の用事があるのだろうか。しかもその姉の方は特に大丈夫みたいだし。妹1人の用事……ピアノ関連だろうか。でも、何度も言うが年の瀬だ。だからまずそんな用事はこの時期にはなさそうなもんだが。
「あっ、えとー……」
どこか言いづらい用事なのだろうか、それに澪は言葉を詰まらせてしまう。
「まあ、いいじゃないの。とにかく私は大丈夫だから、よろしくね」
そんな澪に余計に俺が訝しんでいると、それをまるで助けるかのように、渚はそう言って澪を遮ってしまう。
「おっ、おう……」
まあともあれ1人は参加することが決まったので、よしとすることにした。
それから俺は渚たちと別れて、自分の目的を果たすことにした。ただどうにも解せない。あの渚のフォローにも似た行動が気になってしょうがなかった。それに澪もどちらかと言えば、言いにくいというよりは、答えに戸惑っているようにも見えた。
よっぽど澪には行きたくない理由でもあったのだろうか。でもここであれこれ考えていても、仕方がない。答えが出るわけではないのだから。俺は考えることを放棄し、頼まれた買い物を済ませて、とっとと家へと帰ることにした。