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Destino  作者: 一二三六
1.岡崎栞
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65話「栞との約束」

 仲良くなってから時は経ち、俺が誕生日を迎え、しおりも誕生日を迎えた後の2月の頭のこと。いつものように栞と公園で遊んできた、その帰り。


「あ、あのさ……れん……はなしたいことがるんだ……」


 横を歩いていた栞が突然に足を止め、どこか寂しそうな顔をしてこちらを見つめ、そんなことを言ってくる。


「ん、なんだ?」


「あのね……わたし、ひっこすんだ……」


「え、マジかよ!? いつだ?」


 俺もその発言には驚きを隠せず、目を見開いて栞を見つめる。


「にがつのおわりごろ……だって」


 それはバレンタインが終わった後の暮れのこと。だからちょうどあと2週間ぐらいはあることになる。


「そっかぁ……さみしくなるなぁ……」


 俺の唯一の友達、というわけではないが、友達の中でも特に仲が良かった栞。それなだけに俺も寂しい気持ちが声に出てしまう。


「うん、あのね……れんにもうひとついいたいことがあるの……」


 そう前置きをすると、今度はさっきまでとは打って変わって、どこか恥ずかしそうにモジモジし始める栞。


「ん?」


「わたしね……れんのこと、すきだよ!」


「なんだそんなことか、おれもすきだぜ!」


 もしかすると、この時の俺の気持ちと、栞の気持ちは違かったかもしれない。俺のことだ、『恋』なんてものもまだハッキリと分かっていなかっただろう。それでも、これだけはハッキリと言える。この当時から俺は栞を『大切』に思っていた。イジメられていたあの日から、俺はちゃんと栞を守ってきた。いじめっ子たちもそれで栞をイジメるのを止めた。周りの子たちも栞と遊ぶようになった。それからでも俺はちゃんと栞を見守ってきた。それはやはり栞のことを大切に思っていたからこそだろう。


「えっ……ホント?」


「ああ、もちろんだぜ! あっ、そうだ! だったら、けっこんのあかしやるよ!」


 結婚の証とは当然、あのペンダントのこと。ペンダントのことは親父から以前聞いたことがあった。その時に、『自分の好きな人に送る』ということを覚えていて、だからそれを『結婚の証』としたのだろう。


「けっ……こん……?」


「そう、すきどうしはけっこんするのがふつうなんだぜ!」


 恋も知らないくせに、いっちょまえに結婚のことを話す俺。ホント、今からじゃ考えられないぐらいガキだったんだな、と思う。


「へぇー、わかった! じゃあ、かえってきたられんのおよめさんになる!」


「おう。じゃあ、やくそくだぞ!」


 これが俺と栞が交わした大切な約束。あまりにもあっさりとした口約束だったが、栞はしっかりとこれを覚えていたようだ。だからたぶん、交わした約束の本当の意味がわかった後でも、約束を果たそうとしてくれていたんだな。ホント、健気で可愛い子だ。だって、時間にしてみれば、約十年。その間、誰のことも好きにならず、恋人も作らず、俺との再会を待っててくれたってことだもんな。だってそうでなきゃ、近場で男作った方が遥かに楽だし、もう既に作って別れているのなら、今更俺を選ぶこともないだろう。だから栞はずっと俺のことを一途に思い続けてくれたのだ。


「――バイバイ!」


 それからその『結婚の証』について話したり、引越し先のことを話したりしながら、俺たちは互い家へと着いた。栞と別れた後すぐに、俺は親父のところへと一目散に向かっていった。 


「なあ、とうちゃん!  そのペンダントちょーだい!」


「いきなりどうしたんだ?」


 親父はいつものようにリビングのソファでカメラを磨いていた。突然の俺の言葉に、不思議そうに見つめていた。 


「あのねっ――」


 今日の出来事を端的に説明する。


「ふーん、そうか。わかった、じゃあこれをあげよう」


 それで納得したのか、二つ返事でそんな約束をする。


「やったぁー!」


 子供らしくジャンプしながらはしゃぐ俺。


「ただ、れん。1つ約束してほしいことがある」


「なに?」


「決してどんな女の子でも、泣かせないということだ」


「どうしてー?」


「だって女の子を泣かしても得はしないし、損するだけだからね」


「そっかーわかった! まもるー!」


 これはあくまでも推測でしかないけれど、記憶をなくした後からも、俺はこの約束を本能的に守っていたように思える。あの時の栞への『悲しませたくない』という感情も、この約束によるものだったのかもしれない。


「いい子だ」


 親父はそう言って、俺の頭を撫でる。


「へへー」


「なあ、煉。ということはお母さんのペンダントも栞ちゃんに渡すんだな?」


「うん、そう!」


「じゃあ、今度送別会をやるから、その時に2人にまとめて渡そう」


「えーなんでぇー!?」


「煉、結婚するには『儀式』が必要なんだよ」


「ぎしき?」


「うん。煉もこの間、見ただろう? 神父さんを前に新郎さんと新婦さんが並ぶやつ」


「うんみたー!」


「そう、それをしなければ結婚は出来ないんだ。それには準備が必要だから、もう少し待ってなさい」


「うん、わかったー!」


 親父の説明で俺は納得する。今思うと、子供にしては聞き分けがいい子だったのかも。


「――ねぇー、とうちゃんはなにをおねがいしたの?」


「ん? 『みんなが幸せになりますよう』にってな」


「へぇー」


 そんな雑談をしながら、俺は栞との『結婚』を待ちに待っていた。やはり子供、というのはポジティブというか、何も考えていないというか。『別れ』というものをそう重くは受け止めてはいなかった。どうせ、『いつかまた会える』という根拠のない自信があった。それよりも俺は『結婚』のことで頭がいっぱいで、そりゃ少しは寂しい気持ちをあったろうが、若干その別れが頭の中から薄れつつあった。



 時は流れ、いよいよ栞が引っ越す日が近づいてきた。そして今日は工藤家主催の送別会が行われる。その日は休日ということもあって、送別会は夕方からだというのに、栞は朝からウチにやってきていた。


「おじゃましまーす」


「しおり、よくきたな! こっちだ!」


 俺は栞を手で引っ張り、リビングへと連れて行った。親父に事情を話すと、朝ではあるが結婚の『儀式』をしてくれるそうだ。俺たちは子供用のドレスとタキシードに着替えさせられ、リビングにそれっぽい結婚式の物が置かれており、その前に俺と栞は立たされる。


「新郎さん、煉。貴方はどんな時でも新婦さんの栞ちゃんを愛し続けることを誓いますか?」


 そして、親父が俺たちの目の前に立ち、神父さんっぽく質問してくる。


「ちかいますっ!」


 俺はそれに対して、元気よくそう返事をする。しなくてもいいのに、手を上げたりなんかしている。


「うん、よろしい。では新婦さん、栞ちゃん。貴方はどんな時でも新郎さんの煉を愛し続けることを誓いますか?」


「ち、ちかいます!」


 栞はちょっと恥ずかしそうにしながら、それでもハッキリとそう質問に答える。


「うむ。ホントはここで誓いのキスなんだけど、代わりに『結婚の証』を2人に渡します」


 そう言って親父はどこからか2つの箱を取り出し、それを開ける。そこにはDestinoが入っており、新郎から新婦の順でそれを首に下げてくれる。


「うわぁーキレイ……ねえ、れん。にあってる?」


 そのDestinoを手に乗せて、見惚れる栞。そして、俺の方に顔を向け、そんなことを訊いてくる。


「うん、すげぇーにあってんぞ!」


「へへぇー……」


「さ、ぎしきもおわったことだし、おれのへやであそうぼうぜ!」


「ああ、待ちなさい。最後かもしれないから、写真撮ってあげるよ」


 いつものように親父はカメラを取り出し、俺たちを撮ろうとする。


「えぇー、はやくあそびたいよぉー!」


 子供の頃は遊びが何よりも大事。俺と栞も例外なくそうだった。俺はもう遊びたくてしょうがなく、ウズウズしながらそんな事を漏らす。


「ハハハ、煉、我慢しなさい。すぐ終わるから」


 そう言って親父はカメラを構える。俺と栞はもう慣れたもので、すぐさま2人並んで立ちニッコリと微笑む。そしてシャッターが押され、思い出が刻まれた。2人で並んだ写真。これが俺の中には色濃く残っていたのだろう。


「うん、いい写真だな。よし、もういいぞ、遊んでおいで」


「よし、いくぞ! しおり」


「あっ、まって、れん!」


 俺たちは私服に着替え、送別会の準備ができるまで、俺の部屋で遊んでいた。そしてそのまま夕暮れ時になり、いよいよ送別会が始まった。みんなでリビングに集まり、別れを惜しみながらも、大いに盛り上がっていた。当時の俺は子供だからよくは分からなかったが、なんとなく『別れを惜しむ』ことよりも新天地への「応援』という意味の会だったように思う。豪華な食事を食べたり、みんなで遊べるゲームをしたり、皆楽しい時間を過ごしていた。

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