64話「ある少年と少女の出会い」
それは4歳の11月頃のこと。ある日、俺は岡崎栞と出会った。もちろんこれが初めてではないと思う。親同士が仲が良かったのだから、その前から既に会ってはいただろう。たぶん明日美とか渚、澪にも会ってるかもしれない。ただそれは物心がつく前のこと、覚えていなかったのだ。
「おい、おまえら! なにしてんだ!」
栞が保育園の庭の木陰で、男の子たちに囲まれているのを目撃した。当時、戦隊モノにハマっていた俺は正義感がとても強く、何かにつけては正義を振りまいていたように思える。その囲まれている光景はどう考えてもイジメられているようで、俺はあたかもヒーローになったかのように栞を守りつつ、囲まれている男子たちの前に立つ。
「おんなのこをイジメるなんて、いけないんだぞッ!」
ちょっと声を荒らげて、俺はヒーローみたくいじめっ子たちをやっつける。『やっつける』とは言っても、所詮やっていることは暴力。蹴ったりぶったりして、そいつらを倒していく。最終的にそいつらは泣きべそをかきながら園舎へと戻っていく。
「だいじょーぶかぁー?」
満足したような顔で、戻っていくイジメっ子たちを眺めた後、そう言いながら栞の顔を覗き込む。
「うっ……うっ、うん……」
栞はうずくまりながら、未だに泣いていた。嗚咽しながら俺の質問に頷く。
「おまえ、なまえは?」
「うっ……うっ……しおり……」
「しおりか、どうしたんだ?」
まだ泣きやまないようで、栞は俺の質問には答えず泣いていた。なので一緒にしゃがみ込んで、俺は栞の背中を擦ってやる。それからしばらくそれが続くと、ようやく落ち着いたのか栞が泣きやみ、こちらへと顔を向けてくる。
「あのね――」
そして事情を話始めた。その話によると、栞はこのちょっと前にあったお泊り保育での肝試しがあったのだが、当然それで栞は怯えてしまい、大泣きをしたそうなのだ。それを茶化されて、さっきみたいに男子たちにイジメられていた、というわけだ。
「なーんだ、そんなことか。あのな、ひとにはだれにでもこわいもんはあんだよ!」
「れんくんにはあるの?」
その質問に対し、俺は堂々と戦隊モノの悪党のボスの名前を宣言する。子供らしいといえば子供らしいのだろうが、もっとマシなものはなかったのだろうか。例えば『お母さん』とか『先生』とかさ。栞も栞でそれが分かってないみたいで、ポカーンとしている。
「あっ、そうだ……このことだれにもいわないでね……またイジメられちゃう……」
怯えた表情をして、そんなお願いをする栞。
「だいじょうぶだ! そのときはおれがまもってやるよ!」
そんなカッコイイセリフをさらっと吐いていく俺。これも戦隊モノの影響なのだろうか、正直あんま覚えていない。こういうのは、羞恥心がまるでない子供ならではだろう。
「ほんと……?」
「ああ、あたりまえだ。だっておれたちともだちだろ!?」
「え?」
それに不思議そうな顔をしている栞。
「おとうさんがいってたぜ! ふたりがひみつをしったらともだちだって!」
いつかの肝試しの時、栞の言っていたセリフ。これは元々は親父、つまり俺の本当の父親の受け売りだったわけだ。それが巡り巡って再び俺が栞に言われた、と。
「れんくんにはひみつがあるの?」
「うん? ……ま、まあそんなことはいいとして、ともだちだからな!」
自分でも気づいたのだろう、栞が俺の秘密を知らない事に。だから誤魔化して、自分のペースに持っていく。
「ともだちかぁ……うんわかった! ともだちだね!」
ようやく笑顔を見せた栞。たぶんこの時の俺も思っていることだろう、栞は笑顔が可愛いって。
「そうだぞ! あっ、そうだ、おれのこと『れん』でいいからな!」
「えっ、れ……ん?」
「そう、それでいいぞ! ほら、いっしょにあそぼうぜ!」
俺はそう言って栞の手を掴み、園舎の方へと走り出す。この日から栞と友達になった。互いの親の仲もあり、さらに家も近いので交流は盛んになった。だが、出会いがあればもちろん別れもある。岡崎家はこの間の12月まで、仕事の関係でここを離れていた。その始まりが俺が秋山家に預けられる前のこと。そしてここからがいよいよ本題。悲しい物語の始まり――