61話「進んでいく関係」
1月23日(日)
嫌なテストも無事に終了し、テスト休みの3連休、その中日のこと。あの勉強会の一件のおかげか、あれから岡崎との距離は一気に縮まり、それこそ本当に渚たちと同じぐらいの仲になった。その結果、明日に映画の約束をしているというのに、今日も岡崎に誘われ、遊びに行くこととなった。彼女曰く『友達だからいいでしょ?』だそうだ。俺としても全く問題ないので、快くそれを了承した。なので、俺は今絶賛出かける準備中であった。
「――そろそろ行くか」
約束の時間も迫ってきたので、俺は家を出て目的地に向かうことにした。空は1月とは思えないほど晴れ渡っていて、まさにお出かけ日和となった。陽の光のおかげか、気温もこの時期にしては暖かく、コートを羽織るとちょっと暑いくらいだ。でも風は冬のそれ。だから風が吹くと寒い、というちょっと面倒な天候だった。そんなことを思いながら、俺は待ち合わせ場所の並木道へと向かう。
「あっ、やっほー、煉!」
先に待っていた岡崎が俺のことに気づいたようで、大きく手を振りながら俺を呼んでいた。2人きりの状況なので、当然俺のことは呼び捨てで。もうそうなってから割りと経っているし、休み時間で2人の世界……みたいなものができてる時は呼んでくるのだが、未だに俺はそれに慣れずに呼ばれる度に毎回ドキッとしてしまう。
「ごめん、またせた?」
「ううん、今来たところだから大丈夫だよ」
「そっか、んで、今日はどうすんの?」
遊ぶ約束はしたものの、相変わらずのノープラン。決めたのは待ち合わせ場所と時間だけ。無計画すぎるけど、でも前向きに考えれば無計画でも気軽に会える関係になった、ということだろう。
「煉はどこか行きたい場所ある?」
「んー……あっ、だったら今日は岡崎に任せようかな。クリパの時案内したから、今度は岡崎の番ってことで」
岡崎はあまり自分の意見を出さない人だから、こういう場でも俺を優先してくれるだろう。でもたまには岡崎の意見を訊いてみたい、というか普通に興味があった。岡崎が普段どういうとこへ行って、どこで遊んでいるとか。そういった部分ってまだあまり知らないから。
「え!? そ、そう言われるとプレッシャーかかるなぁー、うーん……あっ、じゃあ、カラオケいこうよ! ビル街のカラオケ屋さん、行ったことある?」
「あーあそこね。俺も修二たちと何回か行ったことあるよ。じゃあ、そこにしよっか」
というわけで、俺たちはカラオケへ行くべく、まずバスに乗ってビル街へと向かうこととなった。他愛もない話でもしながら向かっていたからか、体感的にそう時間はかからないように思えた。そして着いた最寄りのバス停から歩いて数分、俺たちはカラオケ屋に到着。カウンターで受付を済ませ、指定された部屋へと入っていった。
「――煉、先に歌っていいよ」
部屋に入り、俺たちは適当な場所に隣同士で座る。そして俺がカラオケのリモコンを適当に眺めていると、岡崎がそんなことを言ってくる。
「俺から? ヘタだよ……?」
もちろんここには歌を歌いに来たのだからいずれ歌うことにはなるのだが、でもなんかトップバッターは恥ずかしい。正直、人に聞かせられるほど歌はうまくはないし、それに相手が相手だし。これが修二とかならなんにも気にすることはなく、むしろ気にする方が時間のムダなのだが、今回は女子。それも岡崎だから。気恥ずかしい部分が正直あった。
「大丈夫だよ、二人だけなんだから」
「じゃ、じゃあ……」
岡崎のその言葉に押され、俺はリモコンで好きな曲を選び、送信する。座っている位置の関係上、モニターで歌詞を見る時に、岡崎がちらちらと視界に入ってしまう。だからちょっと歌うのに、完全には集中できないでいた。
「――全然ヘタじゃないじゃん。むしろ上手だよ」
曲が終わった後、岡崎は拍手をしながらそう言ってくれた。
「や、そんなことないって」
「じゃあ、次は私歌うね」
そう言って岡崎は自分のマイクを持ち、それと同時に俺の曲中に予約していた曲が流れ始める。その曲は俺も知っている曲だったが、なんか岡崎のイメージとはちょっと違うような曲及び歌手なので、意外だった。そしてイントロが終わり、いよいよ岡崎の歌声がお披露目される。フィルターがかかっているかもしれないが、その歌声は聞いていてとても心地よく、まるで癒やし効果でもありそうな感じだった。それに岡崎の方を見てみると、とても気持ちよさそうに歌っている姿があった。そんな姿に引き込まれ、歌声に聞き浸るそんな幸せな時間だった。
「岡崎って歌めっちゃうまいんだな!」
曲が終わった後、俺も岡崎みたく拍手をしながら岡崎の歌を褒める。
「えっ!? そんなことないよ……」
それにちょっと照れたような顔をして、謙遜する岡崎。
「歌うの好きなの?」
「うん、好きかな?」
「へーでもこういう曲歌うって意外。Witch好きなの?」
「うん、よく聞くよーもしかしてその反応、煉も聞いてるクチ?」
「そうそう。『ファン』ってほどガチじゃないんだけどさ、ゲームの主題歌で知って、それから」
「あぁーあの曲ねー! アレいい曲だよねー」
「うん……ね、ねえ、じゃあさ、リ、リクエストとか、アリ?」
あの歌声がまた聞きたくて。しかもいい感じに、共通のアーティストを知っているわけだし。やっぱり歌うにしても、2人共が知っている曲の方が盛り上がるわけだし。だから俺は恥ずかしながら、そんなお願いをしてみる。
「リクエスト!? 私で大丈夫?」
それに不安そうな顔をして訊いてくる岡崎。
「むしろ、岡崎の歌が聞きたい」
なんてこっ恥ずかしいセリフを真面目な顔をして吐く。今の俺だけはちょっと頭のネジが外れたおかしなヤツになってるかもしれない。それこそ、女を口説く修二みたいな。
「う、うん、わかった。じゃあ、煉が言ってたやつでいい?」
岡崎はそんな俺に、顔を赤らめて恥ずかしそうにしながらも、リモコンでその曲を探している。
「うん、お願いします」
俺はその岡崎を見ながら、ドキドキとした気持ちに駆られていた。だって岡崎に、俺の好きな曲を、目の前で歌ってもらうのだから。嬉しいけど、でも恥ずかしくなって背中が痒くなる。
そしていよいよ、その曲が始まる。俺が思っていた通り、メロディと岡崎の歌声が絶妙にマッチして最高の状態になっていた。もはやそれは、原曲超えと言わんばかりに俺の心に響いてきていた。それによってまた歌ってもらえた嬉しさや、幸せが俺の中で溢れて、心地よい気持ちで俺はその曲を聞いていた。
「――いやぁー……いいなぁー……」
曲が終わり、俺は拍手をしながらしみじみとそう呟いていた。岡崎は照れくさそうにしながら、俺に会釈をし、そのまま俯いていた。
「ありがと……」
「マジ、最高! いやー冗談抜きで録音したいぐらい最高だったよ。ぶっちゃけ原曲より好きかも」
あまりにも好きすぎて本人を目の前にして、褒めに褒めちぎる。どうせ周りには誰もいない、2人きりの空間なのだし、これぐらいは許されるだろう。
「あぁーもうあんま褒めないで! 恥ずかしいぃ……つ、次! じゃあ、今度は私からリクエスト!」
「うぇ……!? マジか、まあいいけどさ――」
それからなぜかお互いへのリクエスト合戦が始まってしまった。意外と岡崎とは音楽の趣味が合うようで、2人が共通して知っている曲が多く、かなり盛り上がったカラオケとなった。やはりくどいほど言うが、岡崎の歌は素晴らしくどれもこれも聞き惚れてしまうほどだった。もっとも、俺の選曲が岡崎の歌声に合わせたものだからというのもあるだろうが、たぶんそれ抜きでも上手いと思う。意外な一面をまた知れて、とにかく気分がいい俺だった。
「――そろそろ、時間だね」
「そうだな。じゃあ、そろそろ出るか」
楽しい時間は過ぎるのが早いもの。気がつけば終わりの時間が近づき、俺たちはマイクを持って部屋を後にすることに。2人ということもあってか、自分の番が回ってくるサイクルが早く、曲数が結構な量になった。だからか、ちょっと喉が痛いような気がする。もちろん、楽しかったからいいのだけれど。
「ね、煉くん、これからどうする?」
料金も支払い、カラオケ屋を後にしたところで岡崎がそんなことを訊いてくる。そういえば、今日は全くのノープランで動いているのだった。だから、これからの予定も全くもって立てていないのだ。
「んー……ちょっと早いけど昼飯にでもする?」
「あっ、じゃあさ、私行ってみたいところあるから、そこでもいい?」
どうやら岡崎はいい場所を知っているようだ。あんまりハードルを上げすぎるのもよくないが、『行ってみたい』と言うからには期待してもいいのだろう。
「おう、いいよ。じゃ、案内して」
ちょっとそれを楽しみにしつつ、俺は岡崎に案内され、その目的のお店へと向かった。