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Destino  作者: 一二三六
1.岡崎栞
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59話「取り戻す時間」

 それから小休憩を終え、再び勉強会へと戻った。しばらく勉強したところで、最初に決めていた今日のノルマはみんな無事終わり、なので勉強会も終わり、俺たちは雑談に花を咲かせていた。


「あっ、忘れた。しおりちゃんに渡そうと思ってたものがあったんだ」


 その折、石川いしかわが思い出したようにそう言い、自分のカバンをあさり始めた。


「え、なに?」


 そしてチケットらしきものを2枚取り出して、俺たちに見せてきた。それに対し、岡崎おかざきは不思議そうに、石川、高坂こうさかたちはニヤニヤしていた。これは何かあるな。俺は直感ながらそう思った。


「これ、映画のチケット。テスト休みにでも行ってきなよ!」


「え? これどうしたの?」


「雑誌の懸賞で当たったんだけど、2枚だけだったから栞ちゃんにあげようってことになったの」


 岡崎は高坂の話を聞いて、ますます怪訝そうな顔になっていく。俺も俺で、その話の意図がよくわからなかった。2枚だからいつもの3人では行けない。じゃあ、なぜそれを岡崎に渡す?


「え? どうして?」


「ふふふ、誰かさんといってくればぁー?」


 なんともわざとらしい言い方で、そんなことを言ってくる。そして、ますます石川と高坂の顔がニヤニヤしていく。しかも、その2人の目線がチラッチラッこちらへと向いている気がしてならなかった。なるほど、そういうことか。


「そそ、それって、だだ、誰のことかなー?」


 あからさまに動揺しながら、あくまでもしらを切る岡崎。岡崎よ、自分で言うのもアレだが、その誰かにももう気づかれているぞ。


「ふふ、自分の心に問いかけてみれば?」


「さ、私たちはお邪魔みたいだから、帰ろっか」


「ふふ、そうだね。じゃ、がんばってね!」


 石川と高坂は終始ニヤニヤ状態で、そのまま荷物を持って帰っていってしまった。


「ちょっ、ちょっと……」


 そして2人きりにされてしまう、俺と岡崎。さっきのこともあってか、気まずいことこの上ない。なんとなく、岡崎の方を見れない自分がいた。たぶん、岡崎もそんな感じだろう。


「……これから、どうする?」


 でもこのままの空気は嫌いなので、俺は無理矢理にでも話を振る。


「え? えーと……あの、さ……一緒に……行かない?」


 そう言って貰ったチケットを1枚、俺の方へと差し出してくる。


「いいけど……逆に俺でいいの?」


「うん……れんくんがよければ……」


 2人とも目線を合わせないで、そんな会話が続いていく。もう恥ずかしく、こそばゆくて仕方がない。こういう場に、誰かがいられるのも嫌だけど、この空気を壊してくれる人は今ほしい。なんだったら、あの2人がいいところで戻ってきてくれりゃいいのに。もっとなんていうか、『友達』のノリでパパっと決めちゃいたい。


「そっか。じゃあ、いつ行く?」


 俺はその差し出されたチケットを受け取り、さっそくその内容を固めていく。


「えっ、えとー……テスト休みの月曜日で、どう?」


「了解。待ち合わせ場所と、時間は?」


「え、えーと、いつもの並木道に、9時でどうかな?」


「わかった」


 いよいよ映画へ行く予定を決める段取りが終わってしまうと、2人とも黙り込んでしまった。岡崎の方も特に話すことはないのか、それとも恥ずかしいからなのか黙っているようだ。沈黙の時間ほど、辛いものはない。それにここは人の家。だから帰るなら、俺から言い出さなければならない。でもそれすらも、言い出しにくい空気になっていた。


「あの、さ……なんで知ってたの? 私と煉くんのこと」


 そしてこの沈黙の中で、先に口を開いたのは岡崎の方だった。しかもその内容がすっかり忘れていた、例の話。そうだった。2人きりで問い詰められたらマズイんだった。ここが正念場というやつだろうか。


「えーと、どこから話そうかなー……前に石川から写真を見せてもらったでしょ? 石のやつ。アレの謎を解いていったら、最終的に俺の産みの親父が明日美あすみなぎさ、ひいては岡崎のお父さんとも仲が良かったってことがわかって、そこから工藤くどう家に行って、メイドさんから事情を訊いたんだ」


 岡崎に『記憶を取り戻した』と誤解されないように、注意を払いながらしっかりと事情を説明する。


「それで、わかったんだ……」


 一瞬だが、悲しい顔をしたのがわかった。やはりあの発言した段階で、記憶が戻ったと淡い希望を抱いていたのかもしれない。ごめんな、岡崎。


「一応確認取るけど、岡崎は小さい頃ここに住んでいて、俺と岡崎は幼馴染だったんだよな?」


「うん、そうだよ。じゃあ、そのペンダントのこともわかったんでしょ?」


「ああ、この機能も一応知ってるつもりだよ」


「ふーん、じゃあ、さ……煉くん、私とした約束覚えている?」


 途端にその声が震え始める。どこか緊張した面持ちで、不安げに訊いてくる岡崎。


「え……」


 とうとう、俺の知らない質問がきてしまった。ここはどうすればいいのだろうか。例えば『知っている』と言って、その内容を訊かれたら終わりだし、逆に『知らない』と言っても悲しませるだけだ。


「しっ、知ってる……よ?」


 その岡崎の目があまりにも真剣すぎて、押し切られてつい嘘をついてしまう。だが、そう言った途端、意外にも岡崎は呆れた顔をしていた。


「もう、嘘でしょ、煉くん。私の前では嘘は通用しないよ、幼馴染だもん」


 岡崎はどこか得意気にそう言ってきた。どうやら、見透かされているようだ。もっとも俺も諫山いさやま姉妹、特に渚の嘘は見抜けるし、お互い様か。


「や、すまん! 悲しませたくなくて……つい」


 俺はすぐに手を合わせ、頭を下げて謝罪をする。


「え?」


「無自覚とはいえ、今まで辛い思いさせてたのがなんか申し訳なくてさ。最初に記憶がないってわかってた時、辛かったでしょ?」


「うん、まあね……でも、私ある程度は覚悟出来てたんだ。私もDestinoの機能は教えてもらったから、煉に『記憶がない』ってことはわかってたの。でも、やっぱり……覚悟していても辛かった」


「ごめん、岡崎」


「謝らないでいいよ。こうしてまた1からやり直して、もう一度仲良くなれたんだから」


 前向きに物事を考えている岡崎だった。でも再会してもう一度仲良くなれたってちょっと素敵かもしれない。なんかロマンチック。


「そっか。なあ、話は逸れたけど、約束って?」


「えっ!? えと、そ、それはーナイショ! じ、自分で思い出して……」


 俺の質問に対し、急に乙女みたいになる岡崎。口にするのも恥ずかしい約束なのだろうか。約束ってのは相手がいて初めて成立するもの。だから自動的に、俺もその恥ずかしい約束を受け入れていることになるのだが。自分の記憶のない人格がおこなったことってなんか怖いな。何してるのか、俺には一切身に覚えがないわけだし。


「てか、さ。訊きたいんだけど、その失った記憶って思い出せんの?」


「Destinoは使用する前の記憶を消すんじゃなくて、私のペンダントに閉じ込めておくだけ。つまり、『封印している』って言うとわかりやすいかな。だからそれが漏れ出したりするの、煉くんが私の誕生日を覚えていたみたいに。だから、それを思い出すこと自体は可能だよ」


「へぇーねえ、その説明って誰から訊いたの?」


「煉くんだよ。まあ、年齢が年齢なだけに、理解はできてなかったけど。で、後からお父さんから改めて説明してもらったの」


「ふーん、じゃあ、ウチの父さん……てか明日美の父さんとかも知ってるのかな?」


 まああの口ぶりからすれば、知っているのだろう。ということは諫山父も知っていると。学生の頃とかにそんな話をしたんだろうな。


「うん、たぶんそうだろうね」


「そっかー、で、どうやったら思い出せるの?」


「うーん……お父さんの話だと、その記憶は奥底の牢屋みたいなとこに閉じ込められてるらしいからねー」


「じゃあ、それを開けるカギがいるってこと?」


「そういうことだろうね」


「そっかーカギねぇー……」


 つまりは何かが起爆剤となって記憶が元に戻る、と。でもその起爆剤には心当たりがまるでない。もうちょっと探ってみる必要がありそうだな。


「ま、ゆっくりいこうよ。私はいつまでも待ってるから」


「ありがとな」


「いいよ。10年以上も待ってたんだから、これぐらい……」


 なんとなく、しんみりとした空気が2人の間に流れる。


「……ねえ、煉くん」


「なんだ?」


「ふ、ふふ、2人でいる時は、その……あの……れ、れ――」


 言葉途切れ途切れだが、なんとなく言いたいことはわかった。たぶん、ずっと言いたかったその言葉。勢いあまって言ったこともあったけど、言えなかった言葉。


「『煉』って呼んでいいよ」


「ッ!? う、うん……ありがと……」


 顔を真っ赤にしてうつむく岡崎。


「感謝されることでもないと思うけど……で?」


「え?」


「呼ばないの?」


 俺の中の悪魔が降臨する。だって、そんな岡崎を見ていたらイタズラしたくて疼いてしまうんだもの。


「うー……肝試しの時も思ったけど、こんなに意地悪な子じゃなかったのにな……煉のばか」


「…………」


 その破壊力は半端なかった。前に勢いで呼んでしまった時は、驚きで味わえなかったけど、今改めてそう呼んでもらえると、感慨深いものがある。しかもこれを『2人きり』の時だけの特別なのだから。またしても2人の共有する『秘密』が増えてしまったな。


「ちょっ、黙らないでよー!」


「いや、なんかいいなぁーって思って……」


「うぅー恥ずかしい……」


 よっぽどそれが恥ずかしいのか、両手で顔を覆って照れ顔を隠してしまう。


「……ねえ、じゃあ、さ。俺も……そう呼んだほうが、いい?」


「あっ……えと、別にそれが嫌ってわけじゃないんだけど……それは『記憶を取り戻して』から呼んでほしい……かな? 記憶が戻った合図、みたいにしておきたいし」


「ああーなるほどねー直接的にじゃなくて、2人だけの合言葉でわかりたいってことね」


「う、うん。お願い」


「分かったよ、その時まで待っててくれ」


 それに恥ずかしそうに、強く頷く岡崎。それからなんとなく気恥ずかしい気持ちもあって、沈黙の時間が続いていた。


「――んじゃ、お、俺、そろそろ帰るわ」


 しばらくしてその沈黙に耐えきれず、俺は岡崎にそう告げて荷物をまとめ始める。岡崎も岡崎で未だ恥ずかしそうにしながらも、どうやら見送ってくれるようで、席を立つ。そしてそのまま部屋を出て、玄関へと向かっていった。


「じゃあ、またね」

「またいらしてね」


 俺も帰るということで、岡崎のお母さんも見送りに来てくれ、そう挨拶する。


「はい、ぜひ。ではおじゃましましたー」


 俺は軽く礼をして、岡崎家を後にした。その帰り道、俺は考える。はたして俺の記憶の封印を解くカギ、それは何なのか。何かの要因によって、俺の記憶は解放されることがわかった。だが、それが何なのかまではわからない。たぶんあの感じからすると、岡崎も把握していないだろうし。『待ってて』とは言ったものの、そうそう長い時間待たせるわけにもいかない。もっともっと積極的に自分の過去のことを調べた方が良いのかもしれない。俺はそう決意し、自宅へと帰っていった。

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