58話「勉強会」
1月16日(日)
テストまであと3日となった今日、俺は岡崎の家で勉強会をすることになっている。
なので俺は早めに起きて、いつ出てもいいように準備をしていた。女子の家が諫山家以外だと初めてなのもあり、その行き先が岡崎家というのもあってちょっと緊張していた。如何せん、その岡崎栞は俺の幼馴染、しかもアレをあげた仲だったのだから。今日の今日まであくまでも自然体でいつもどおりの感じで岡崎と接していたが、やはり彼女の家へ行くとなるとワケが違ってくる。そんなもんだからしなくてもいいのに、持ち物を何度も確認したり、鏡の前に立ってチェックをしたりしていた。そんなことをしているうちに、もう出る時間が近づいてきてしまった。なので俺は玄関へと行き、靴を履いて、いざ出発する。そしていつものように並木道に向かうと、石川と高坂が既に待っていた。どうやら待たせてしまったようだ。
「悪い、待ったか?」
「ううん、全然」
「私たちも今来たところだから、じゃあいこっか」
そんな会話をしながらも、俺たちは岡崎の家へと歩き出した。最近同じ道を歩いたこともあってか、既視感しかなかった。
「でも、珍しいよね。栞ちゃんがこういうの企画するのって」
その道中、高坂がそんな話を振ってくる。
「うん、どっちかっていうとあんま意思を示さないもんね」
「へー、2人と一緒にいるときとかもなの?」
俺とクリパで一緒に回った時もそうだったが、単にそこまで仲の良くない俺に、遠慮しているものだと思っていた。でも、意外にもどうやら友達といる時でもそんな感じな子のようだ。
「うん、めったにないかな」
そんな岡崎の一面を知りつつ、俺たちは岡崎の家へとたどり着く。
「――あら、いらっしゃい、皆さん。栞なら部屋にいますよ」
インターホンを押すと、現れたのはお母さんだった。おそらく俺のことを覚えているのだろう、俺と目が合った時にちょっと驚いたような反応をした。まあ、お母さんたちからすれば、あのメイドさんと同じぐらい会っていなかったわけだから、そりゃ当然か。
「おじゃましまーす」
それからお母さんの案内のもと、俺たちは岡崎の部屋へと向かった。部屋に入ると、岡崎が丸テーブルについて、勉強道具を出して待っていた。そんな岡崎の目を盗みながら、部屋を観察してみる俺。その部屋はまさに女の子の部屋で、ぬいぐるみやかわいらしい小物が置いてあった。家具の色合いも、いかにも女子っぽいそれで、なんか新鮮な気分だった。
「みんな、いらっしゃーい」
「よ、岡崎」
「おじゃまするね、栞ちゃん」
「きたよー、栞ちゃん」
それぞれ挨拶を交わし、俺たちはその丸テーブルについて、勉強道具を取り出す。
「じゃあ、早速やろっか」
「おう、そうだな」
それから勉強会の始まり。とはいってもそんなにお堅いものではなく、ちょっと雑談も混じりつつ、わからない所は互いに教え合うような形で行われていった。やはり俺に期待されていることもあってか、圧倒的に俺に訊かれる率が高かった。自信なさげに俺も説明するのだが、意外にも理解はしてもらえているようだ。なんとかみんなのお役に立てたようで、俺も嬉しかった。
「――入るわよー」
それからどれくらいの時間が経っただろうか、ドアからノック音と聞き覚えのある声がする。岡崎のお母さんだ。どうやら飲み物とお菓子を持ってきてくれたようだ。そのタイミングで、俺たちも一旦勉強も休憩となる。
「どう、栞。捗ってる?」
「うん、煉くんがわかりやすく教えてくれてるから」
「や、わかりにくいと思うけどな……」
「またまた、ご謙遜をー」
「ふふ、楽しそうで何よりね。それにしても、煉くん。大きくなったわねぇー」
そんな軽く笑いながら話している折、お母さんがしみじみとした口調でポロッと失言をしてしまう。そのセリフは明らかに昔に会ったことのある人に対して使われるもの。だから事情を知らない石川や高坂はポカンとして、疑問符を浮かべている。
「ちょっと、お母さん……」
岡崎も気まずそうにお母さんの腕を軽く叩く。それでお母さんの方も気づいたようで、言ってしまったという顔をしていた。さて、この状況をどうやって切り抜けるか――
「ハハハ、無理もないですよ。あの頃は相当小さかったですから」
俺は場の空気を悪くするのが嫌なので、仕方がなく話を合わせることにした。この後、仮に岡崎と2人きりになった時が怖い。確実に『思い出した』体で話を振ってくるだろうから。それに答えられなければ、岡崎をまた悲しまることになってしまう。
「え? どういうこと?」
高坂は今の会話を不思議に思ったのか、そう言って、俺と岡崎のお母さんを交互に見ていた。
「ああ、俺と岡崎は小さい頃、知り合いだったの」
「へぇーでもなんか、最初の時、知らないような素振り見せてなかったけ?」
石川も石川で、そんな昔のことを覚えていたようで、ちょっと痛いところをついてきた。この楽しい時間の中で、重たい話をしたくはない。俺の記憶がどうのこうの……とかそういうのは今はしない方がいいだろう。
「やーさ、ちょっと思い出すのに時間かかってさー」
だから俺は明るい感じでとぼけて、全面的に悪役になることにした。もっとも、未だに思い出していないのだから、実際のところ俺は悪いヤツなのだが。
「ふふ、そうなんだーでもひどいねぇー友達のこと忘れるなんて」
「はは、悪かったとは思ってるよ」
俺は無理やりにでも話を貫きとおして、ごまかすことにした。そんな中、岡崎のお母さんと岡崎は顔を見合わせて不思議な顔をしていた。俺もその立場なら、同じような顔をしているだろう。昨日まで全く何もなかったやつが突然、記憶を取り戻しているみたいな素振りをしているんだから。とにもかくにも、俺が悪役となったことでこの場は切り抜けられたようだ。それから岡崎がすぐに別の話題に変えたことで、それ以上の俺と岡崎の過去への言及はなかった。岡崎も俺が完全には思い出していないと気づいてフォローしてくれたのか、定かではないが、とりあえず感謝だ。それから俺たちはお菓子でも食べながら、小休憩となった。