56話「真実を知る時」
1月12日(水)
俺は昨日の一件のせいで、あまり眠れず寝不足気味だった。さらに元々朝が弱いというこもあって、眠たくて仕方がなかった。
「あぁーねみぃー……」
大きなあくびをしながらも、意を決してベッドの外へと出る俺。そして昨日の俺を憎みながら、俺は制服に着替えてリビングへと向かった。リビングでは久しぶりに明日美が朝食を作っている場面に遭遇した。やはり行事が終わると、ある程度は忙しくはなくなるようだ。
「おはよう、大丈夫? 眠そうだけど」
朝食を作っていた明日美は俺に気づき、俺の方へと振り返ると表情でわかったのか、心配そうに話しかけてきた。
「いやー昨日ちょっとあってさー……」
「昨日、お父さんと電話してたんでしょ?」
「なんで、それを……?」
「うん、ちょっと目が覚めちゃってね。煉の部屋の前通ったら、話してるのが聞こえたから。たぶんお父さんとだろうなって思って」
「あ、ゴメン、うるさかった?」
「ううん、全然。でも、お父さんと何話してたの?」
海外で離れているということもあって、滅多に『電話』というものはしないので、明日美は興味本位でそんなことを訊いてくる。
「ちょっと、いろいろね。工藤って人についてのこととか」
「工藤? 誰、その人?」
意外にも『工藤』という名前に、明日美もピンとは来ていないようで、不思議そうな顔をして訊いてくる。一応、俺の旧姓であるから、明日美もそのことを知っていて、反応するかと思ったが見当違いだったようだ。
「――とまあ、こんな感じ」
俺は今までの経緯をざっくりと説明する。
「へぇー煉って前は『工藤』って苗字だったんだー……」
「あれ、やっぱ知らないの?」
まるで初めて知ったような反応から、本当に知らないのだろう。
「うん、だって煉が来たとき、私まだ6歳だよ? それにその時には言ってなかったきがするし……」
俺自身、預けられる前の記憶はないのだから、工藤と名乗っているはずがない。実際、今の今まで俺が『工藤煉』だったということも知らなかったし、言われても実感がないし。だとしても、明日美の父さんや母さんはそのことについて言っていなかったのか。俺も昔のことで、あまりハッキリと記憶はないけれど、明日美が言うからにはそうなのだろう。
「ふーん」
「――でも、不思議だねー発掘された石の暗号から、私たちのことに繋がるなんて」
それから朝食ができ、2人ともテーブルに座り朝食を食べている時のこと。先程俺が話をしたことで、俺と同じような感想を言ってくる。
「でしょ? しかもあの岡崎がこの島の人だったとか、すごい驚きだったし」
「うん、そうだね。あっ、ねえ、だったら工藤家へ今日行ってみたら?」
「うん、そのつもり。今日の放課後にでも行ってこようかなーって」
「そっか、じゃあ、いい土産話待ってるよー!」
どこから楽しそうな雰囲気の明日美。昨日の朝の俺みたくやたらテンションが高いようにみえる。
「なんか、楽しそうだね……明日美」
「だって、こういう謎が解けていくのってスゴイ面白いだもん!」
明日美の言いたいこともわかる。俺も最初は興味本位で調べていたわけだし。その未知の神秘的な部分の謎が解けた時の優越感や達成感と言ったらないだろう。
「じゃあ、期待に応えられるような答えを探して来るわ」
「ふふ、楽しみだなぁー」
そんな楽しそうな姉とともに朝食を取り、久々に明日美と一緒に学園へ行くことにした。並木道では相変わらず凛先輩に絡まれながら、つくし先輩がそれを止める、といったいつもの感じだった。そして問題の岡崎の方は、俺としては気まずい部分があったのだが、特に岡崎は気にしていないようで、いつもの素振りで対応してくれた。それはまるで昨日の一件が無かったかのような感じだった。ぶり返すのも悪いので、俺はあくまでも同じような感じで対応をした。兎にも角にも、アレで仲が悪くなるという事態は避けられたようだ。ホッと安堵しながらも、俺は頭は工藤家のことでいっぱいでテストも近いというのに、まともに授業を受けられず、ただただ無駄に時間を浪費していった。
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いよいよ待ちに待った放課後がやってきた。俺は一目散にカバンを取り、さっさと学園を出た。俺はもはやテスト期間中に勉強せず、自分の過去と向き合っている悪い生徒みたいになっている。でも俺からすればこっちの方が大事。俺の記憶の秘密が解けるかもしれないのだから。それにどうせしばらくしたら岡崎と『勉強会』があるし、大丈夫だろう。そんな気楽にものを考えつつ、俺はメモ書きしたルーズリーフを手に工藤家へと向かっていた。どうやら工藤家はいつもの並木道の、俺たちの家とは反対側にあるようだ。辺りの家の表札を確認しながら、その目的地へと歩いていた。そしてしばらくして、『工藤』と書かれた表札を発見した。メモ書きの位置とも一致するし、ここが間違いなく工藤家だろう。ただ――
「で、でけぇー……ここマジで俺の家……?」
その家はめちゃくちゃデカかった。向かい側の家2軒分の大きさ。しかもその向かいの家も割りと大きめなのに、だ。こんな家に俺は住んでいた、ようだ。まるで実感が湧かなかった。というか、ここに住んでいる俺がイメージできなかった。
「うーむ……」
そしていざインターホンを押す時、俺は躊躇してしまう。この家の大きさに圧倒された、というのもあるが、何よりここに入ればその『工藤肇』、つまり俺の本当の親がいるかもしれないのだ。どういう理由で預けられたかは知らない。でももう俺は完全に秋山家の人間として育ってきた。俺の感覚としても、もう秋山家の人間という感じでしかない。だから、その両親とどんな顔で会えばいいのかわからない。言ってしまえば、怖気づいていしまう自分がいたのだ。
もしここに俺の失わた記憶があったとして、それが悲惨なものだったら?
虐待、捨てられたなどなど、そんな理由のせいで俺が記憶をなくしたとしたら?
それだったら知らない方がマシなのではないか、と思う。
「すーはー……」
俺は深呼吸して、一旦心を落ち着け、冷静に考える。そもそもこの実家に帰ることを勧めたのは俺の父『秋山真司』だ。父は、俺と工藤家の事情を知っている。だとするならば、もし仮に俺が預けられたのが悲惨な理由だったのならば、行かせるはずがない。むしろ、父さんの口から話してくれるはずだ。それにそれで思い出したが、中学の時に俺は自分が『預けられた子』という事実を聞かされた。その際、『やむを得ない事情があった』、そして『決してキミが考えるような悪いことがあったわけじゃない』と言っていた。以上のことから、俺の考える最悪の結末はない、とみていいだろう。今は『父さん』と、『親父』を信じたい。
「よしっ」
俺はいよいよ覚悟を決め、インターホンを押す。ドキドキしながらも待つことしばし、すると――
「はい、どちら様でしょうか」
インターホンから大人びた落ち着きのある女性の声が聞こえてきた。それに俺の緊張が一気に高まり、思わず背筋がピーンと伸びてしまう。
「あ、あのー突然すみません。秋山煉と申しますが――」
緊張しながらも、事情を説明しようとする。
「え、今なんと?」
が、その人は驚いたような反応で、俺の言葉を遮って聞き返してくる。
「秋山煉ですが……」
「お坊ちゃまですか!? まあ、そんなことが……今開けますので、少々お待ちくださいませ」
その人はおそらく俺の名前に反応し、取り乱したような感じでインターホンを切る。おそらく俺の勘でしかないが、今の人はお手伝いさん、言ってしまえばメイドさんなのだろう。まさか自分の母親が『お坊ちゃま』なんて使ってはこないだろうし。だから最初は自分の母親かと思っていたので、失礼だが、ちょっと残念。ただ『お坊ちゃま』って呼ばれ方、おそらくメイドさんがいる家。間違いなく俺の家はボンボンだったに違いない。そんなことを考えていると、玄関の扉が開き、そこからメイド服姿の女性が現れた。40代のぐらいの年齢で、相応な容姿であった。
「お坊ちゃま! まあまあ、こんなに大きくなられて……どうなされたのですか?」
メイドさんは俺を見て、しみじみとどこか懐かしむような目をして、俺を下から上を見回していく。その目にはうっすら涙も浮かんでいる。たぶんこの人は俺の小さい頃を知っているのだろう。そう思うと、ちょっと感慨深いものがある。約十年ごしの再会だもんな。それにあの頃の俺の背なんて、比較するのもバカらしいくらいに小さかったろうに、今じゃそのメイドさんの身長を有に超えてるんだもの。時の流れってちょっと面白い。
「ええと、俺の記憶だと初めて会うんですが……」
「ああ、そうでしたね。申し遅れました、私、工藤様のメイドをしております葛西と申します。今は、この家の管理を任されております」
軽く一礼をして、メイドさんは自己紹介をする。
「えと、秋山煉です、ってか知ってるか」
動揺しているのか、俺はそんなセルフツッコミをしてしまう。
「でも、煉様はどういった用件でこのような所に?」
「ええと、ちょっとあって――」
用件を簡潔に説明する。やはり事情を知っているとだけあって、十分理解してくれたようだった。
「そうですか。では、旦那様のお部屋へご案内します、どうぞこちらへ」
俺は言われるがままに、その工藤家へと入っていく。外見が広いのだから、家の中もまあ広い。まず玄関がウチとは比べ物にならないぐらい広い。置いてある小物とかも高そうだし。俺はそんな色々なものに目が行きながらも、葛西さんについていく。そして家の2階へと上がっていき、廊下の一番奥に着いたところで葛西さんが止まった。
「こちらでございます」
「あの、他に人っていないんですか? なんか、妙に静かですけど」
来る道中、人っ子一人会うことはなかった。家の広さに対して、人の数が異常に少なすぎる。それにこの葛西さんはあくまでもメイド。持ち主はウチの両親なはず。その2人が見えないのは不自然だった。
「旦那様と奥様は……そうですね、今は諸事情でおりません。他のメイドは今部屋で休憩中です」
「そうですか……」
諸事情というのが気になるが、おそらく仕事かなにかだろう。俺としては産みの親に会えるかと期待していたのだが、こればかりは仕方がない。これだけの家を建てられる人だ。そりゃ、さぞ忙しことだろう。俺は残念に思いつつ、葛西さんに誘導されるまま部屋へと入った。 おそらくこの部屋は『仕事部屋』と呼ばれるものだろう。ムダな物が一切なく、部屋の脇の棚には仕事の資料らしきものがズラーッと並んでいた。
「煉様、こちらをご覧ください」
メイドさんは机の近くに置いてあった金庫を開け、そこから紙を取り出し、それを俺に見せてくれた。そこには上の部分におそらく題名として書いたであろう『ABOUT THEM』と書いてあり、そこから下は文としては成り立っていないアルファベットの文字列が並んでいた。
「これは?」
「これが煉様が探してらっしゃる答えです」
「これが?」
おそらくこの文章は暗号になっている。『暗号』にするということは、他の人に知られてはいけないものということ。しかも金庫に保管されていたんだから、余計にだろう。でもここに書いてある文章だけで、俺の知りたい事実がわかるのだろうか。
「ええ、その暗号を解けば分かると思いますが」
「え? 俺が解くんですか? どっかに答えとか……」
「残念ながら、私どもも答えは知りません。つまり暗号を解かなければ……」
解かなければ、答えは見つからない。もうダルいことこの上なかった。せめて、どっかに答えを書いておいてくれればいいのに。親父よ、面倒なことをしてくれたものだな。
「うげぇ……」
そう言われ、あまりノリ気はしないが、自分のためにも暗号を解くことにした。とりあえずこの部屋の、おそらく親父が使っているであろう仕事机に腰を掛け、俺はもう一度その紙に目を通した。
最初の1文は
『d1e6dde8d9d8e3ebe2e8dcd9d8d9e8d5dde0e7e3dabed9e7e8dde2e3dcd9e6d9』
と書いてあった。今度のこれは間違いなくシーザー暗号じゃない。なぜなら『数字が入っている』から。当然、アルファベットと数字を込みでシーザー暗号にしている可能性もあるが、それでは文章にはなり得ない。だからよくこの文章を観察してみることにした。まず着目するのは数字。じーっと見ていると、ある法則性が見えてきた。それは『必ずその数字の左側にはアルファベットが置かれている』ということ。次にそのアルファベットを見てみよう。どうやら他の文にもざっと見てみただけだが、『F』以降のアルファベットは登場しないようだ。
「あっ、これ……もしかして……?」
『F』という文字と『数字交じり』ということで、なんとなくこの暗号の法則が見えてきた。これはおそらく文字を『16進数』に変換しているのではないだろうか。16進法が扱うのは0からFまで。その数字を文字、おそらくアルファベットと対応させているのではないかと考えた。例えば、アルファベットの『a』を16進数で『01』と表すみたいに。ただこれはあくまでも例で、さっきの『数字の左側にはアルファベット』に反するので正解ではない。それに、実際はアルファベットの1文字に対応している16進数の文字数はいくらかはわからない。
「あの、すいません。何か書くものはありますか?」
とりあえずこの暗号を解くために、書くものを用意してもらうことにした。これは流石に頭の中だけで考えていては解けないだろう。それに、これは字で書いたほうがわかりやすそうだ。シーザー暗号の時のように、元のアルファベットとズラしたアルファベットを上下に並べて対応表を作ったのと一緒で、16進数とアルファベットの対応表を作っておいた方が早く解けそうだ。
「かしこまりました。ただいま用意致します」
そう言って葛西さんは部屋を後にし、そう時間が経たないうちにシャーペンと消しゴムを持ってきてくれた。しかも気が利くことに、メモ用紙まで持ってきてくれるというナイスプレイ。流石はメイドさんといったところだろうか。よく気が回る。そんな葛西さんに感心しつつ、俺は再び暗号の紙へと意識を戻す。
まずこの紙に書いてある文章がおそらく、センテンスごとに行分けされていることに着目する。そして1行目を基準とし、そこの文字数を数える。するとそれは『偶数個』あった。そしてその基準を元に、ほかの行を見てみると、文章のケツの部分が揃わずに、はみ出しているものがある。要はこれはその基準より文字数が多い文章ということだ。そのはみ出た文字数を数えてみると、全てがまた『偶数個』であった。ということはつまり、この暗号めいた文章は全て文字数が『偶数個』であるということだ。だとすると、アルファベット1文字に対して、暗号化された16進数の文字数は『偶数個』となる。まあ普通に考えて、1文字に4つや6つなんて大きな数は使わないだろうし、文章の長さから見てもせいぜい2つだろう。それがわかったところで、俺はシャーペンで文章を2つごとに区切っていく。そしてその16進数の値の最小と最大の値を探すことにした。そうすればある程度の値の範囲が見えてくるはず。
「んー……?」
なんとも不思議だった。ざっくりとだが最小になりそうな値と最大になりそうな値を丸していく。すると変なことに気がつく。今の所見つけられた値の範囲が『BB』が最小で、『ED』が最大だった。なんて中途半端な場所を切り取ってしまったのだろうか。俺がこれを作るなら、流石にバレやすい『01』からスタートにすることはないが、どこかキリのいい場所から始めるはず。仮にこれで『a』が『BB』から始まったとしても、なんか中途半端だと思うのは俺だけだろうか。だったら『A0』とか『FF』から逆順にするけど。
「どうされました?」
そんな唸っている俺を見ていたのか、後ろからそんな声をかけてくる。これで気づいたのだが、どうやら葛西さんはずっと俺の後ろに立って、俺が暗号を解いている姿を見ていたようだ。あまりにも気配がなくて、声をかけられた時、思わずビクッとなってしまった。
「あっ、いや……これが16進数による文字だってのはわかったんですが、その値がなんとも中途半端で……普通『B○』から始めるからなぁーって」
「そうですねー……まるで『B○』以前の値にも何か割り振られてそうな感じですね」
「何か割り振られている……あっ!?」
もしかすると、もしかするかもしれない。その前の値はひらがなとカタカナ及び数字なのでは、という説だ。16進数はプログラミングによく使われているから、何かのゲームとかで文字を表すために16進数に当てはめた。その時に使用していた対応表をここに流用したのではないだろうか。『あ』から『ん』までは46文字ある。で、濁音が『が行』『ざ行』『だ行』『ば行』の4つ。半濁音の『ぱ行』1つでそれぞれに5文字あるから計25文字。後は『ゃ』とか『ぁ』等の『小書き文字』が9文字。合計で80文字、そしてカタカナ分もあるから、その2倍の160文字。それに『0から9』の数字が10文字。これを足して最終的に170文字。そしてこの『170』という数字を16進数に変換すればいい。ただこれを人間の脳だけでやるのは、不可能ではないがめんどい。だからこそこういう時は文明の利器を使おうではないか。俺は携帯を取り出し、ネットで10進数を16進数に変換するサイトを見つけ、そこで早速試してみる。
「ほーう」
するとその答えは『AA』となった。かなり最小値『BB』に近づいてきた。ではつまり、16進数『AB』が『a』となる……というのは少し変だ。なぜならこの文章の最大値が『ED』だからだ。アルファベットは26文字。これも小文字と大文字があるから、合計で52文字。だのに『AB』から『ED』までの範囲は、今度は四則演算できるサイトで計算すると、67個――これでは数が合わない。むしろ俺が自力で見つけた最小値『BB』から最大値『ED』まででは51個だった。こちらの方がより正確だ。つまり、『AB』から『B○』までは何か別の、おそらく記号かなにかが入っているのだろう。
だとすると、『BB』が『a』か、『ED』が『Z』のどちらか、もしくは小文字と大文字がそれぞれ逆か、以上の4パターンで変換すれば答えは見えてきそうだ。大文字と小文字に関しては、変換している最中にどちらが正しいかは気づけるだろう。なので実質2つとなるが、これを総当たりして暗号を解いてみるというのもできるが、俺はあえてアレを使ってみようと思う。そう『シーザー暗号』の原理だ。今回は全く関係ないかと思ったけど、使える時が来たようだ。つまり予め、『ED』を『Z』とした対応表を書く。そして次に『BB』を『a』とした表をその隣に並べる。これで仮にどちらかが間違っていたとしても、また16進数からアルファベットに変換せずとも、シーザー暗号を用いてその間違っている文章のアルファベットをズラして正解を導けばいいのだ。
「よしっ、できた!」
さっき葛西さんからもらったメモ用紙に、その対応表を書き込む。そして、いよいよ最初の文章をアルファベットへ変換していく。まずは『ED』が『Z』と仮定してやっていこうと思う。もう既にわかりやすいように2文字ごとに区切っているから、とてもやりやすかった。だけれど、やはり16進数の値を見て、それを対応表で確認、対応するアルファベットを書く。という作業はものすごく面倒で、時間がかかった。
「ま、やっぱりそうなるよなー……」
変換した結果。以下のようになった。
『xSJUFEPXOUIFEFUBJMTPGeFTUJOPIFSF』
まず、大文字と小文字が逆だ。そして文章も意味が通っていない。石版のときのように、逆から読んでも意味不明のままだった。もちろんまだ俺の気づいていないギミックが残っている可能性もあるが、ここは普通に『BB』が『A』で正解だろう。そもそも冷静になって考えてみれば、大文字の『Z』なんてまず使わないから文章に出てくるはずがない。仮に小文字の『z』だったとしても、そもそもそれを含む英単語が少なすぎるし。それはさておき、いよいよシーザー暗号の出番である。この意味の通らない英単語を、対応表を元にズラしてやる。要は出来上がった文を、アルファベット順で1つ戻してやると――
『Write down the details of Destino here』
と意味のある文章になった。
「はぁーようやく解けたぁー!」
長かったし、すごく疲れた。でも達成感はものすごいものがあった。全く意味不明な文章がこんなにもわかりやすい、意味のある文章に化けるとはちょっと不思議な感覚だ。でもここでまだ終わりではない。残りいくつもの文章がまだ残っている。
「おめでございます! 煉様!」
そんな達成感に浸っている俺を、後ろから拍手をしながら称えてくれる葛西さんであった。
「ありがとうございます、葛西さん。で、なんですが……暗号の謎自体は解けたんで、後の解読は手伝ってもらってもいいですかね?」
流石にこれを俺1人でやるには骨が折れる。なんといっても16進数からアルファベットへの変換がものすごくダルい。表を見ながらアルファベットを当てはめていく作業がものすごく手間がかかる。もうぶっちゃけ、コンピューターにやってもらいたいレベルだった。だからこういう時は素直に誰かに手伝ってもらうのが吉だろう。
「ええ、できる限りご協力させていただきます!」
それから他のメイドさんたちも総動員して、それぞれが1行を担当することに決まった。『数の暴力』と言ったら、少し言葉は汚いが、まさにそのおかげでこの暗号という名の敵はすぐに倒せそうだった。ただそれと同時に、これだけのメイドさんを雇っているウチの親父ってホント一体何者なのだろうか、と思う自分がいた。そんなことを思いながら、メイドさんの手を借りつつ、俺は暗号の解読を進めていた。