41話「景品」
景品、それはミスター聖皇とミス聖皇の2ショット写真を撮ることだ。これだけならまだ普通なのだが、その衣装が問題だった。白いドレスにタキシード。つまり花嫁と花婿が並んで一緒に結婚写真を撮るわけだ。当然、設定は花嫁と婿なのだから、距離も近くなるし、腕も組まなければならない。それが、たぶん俺の予想では、どこかに張り出される。しかも写真だから一生残ってしまう。もうこれだけで恥ずかしいことこの上ない。さらにさらに俺の相手はあの『岡崎栞』だ。俺が、ミス聖皇にふさわしいと思って選んだあの『岡崎栞』とだ。もうここから逃げ出したい。後でみんなにいくらでも怒られていいから、全てを放って帰りたい。
気が重いが、俺は空気を読んで出場者たちが着替えるための楽屋に入り、そこに用意されていたタキシードへと着替え始める。まあ当然と言えば当然なのだが、『出場者たち』の着替え場なので、部屋に生々しいものが散乱している。だから目のやり場に困りつつ、このことは絶対に修二及びその他の野郎共には言わない、俺だけの秘密にしておこうと誓った。言ったら面倒なことになること間違いないし。そんな事を考えつつ、俺はタキシードへと着替え終えた。恐ろしいことに、タキシードは裾も、股下も完全にピッタリだった。事前に投票されていて分かっていたとはいえ、ここまでピッタリなのは少し怖い。
「あっ!」
そうか、明日美か。明日美なら俺のサイズを知っているに決まっている。だから明日美が手を回してピッタリサイズにしたのか。これでサイズが合わなければ、撮影もおじゃんになると思ったのに、生徒会に身内がいるというのもなんとも不便なものだ。そのせいで、今日来なければよかったと後悔の念が再燃する。
「お、着替えましたねー、じゃあ早速、ステージの方へと上がってください。後はそこにいるカメラマンさんが指示出しますので」
楽屋に入ってきた生徒会の生徒が着替え終えた俺を見て、そう指示を出した。俺はそれに促されるまま、ステージへと戻っていく。
「おお、戻ってきましたねー! 流石はミスター聖皇! 男前ですねー!」
ステージへ戻ると、まず黄色い歓声。そして司会者の煽り。ただただひたすらに俺は恥ずかしかった。早く撮ってとっとと帰りたかった。しかも、なぜ今も残っているのかわからないけど、野郎共からは冷たい視線。やりづらいことこの上ない。
「じゃあ、まずセットの中央に立って、腕を組んでください」
カメラマンの指示通りに俺と岡崎はセットに立ち、腕を組む。明日美や凛先輩以外の女子に、体が触れるのは久しぶりなので、ちょっと心がドキッとしていた。横目に見ると、岡崎も顔を真っ赤に染めている。岡崎も俺と同じで、この状況は恥ずかしいのだろう。
「数枚、撮ります、笑顔でお願いします」
そういわれても何も出来ず、ただ普通の顔をしていた。岡崎はどうかは見れないが、きっと引きつった顔をしていることだろう。カメラマンは数枚を連続して撮り、どうやら満足のいくものだったらしく、結構すんなりとOKが出た。これでこの罰ゲームのような状態から解放される。そう思うと、俺は心の底から嬉しくて仕方がなかった。ただ1つ憂鬱なことが残っていた。それは撮った写真のことだ。やはり俺の予想した通り、この校内のどこかに一定期間だけ張り出されるそうだ。今からそのことを考えるだけで、俺には絶望しか無かった。このミスコンの主催者は生徒会、つまり明日美たち。そして当然写真の展示なのだから、人目につく場所に設置するに決まっている。恐らく周りの人からしばらくの間はそれがネタにされることだろう。さらに加えて言うならば、俺と岡崎は隣同士なわけで……クラスメイトはなおのことだろう。本当に今からそれらのことを考えるだけで、憂鬱な気分が俺の心を占領する。そんな晴れない気持ちになっている俺を尻目に、長かったミスコンは幕を閉じ、お開きとなった。
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ミスコンが終わり、俺もタキシードから制服に着替え、帰路についていた。ただ今日は一人ではなく、ある人と肩を並べて歩いている。岡崎栞だ。ミスコンが終わった直後に、誘われ今に至るという次第だ。俺たちは他愛のない話でもしながら、すっかり夜になって肌寒くなった寒空の下を歩いていた。そしていつもの並木道のところで、途端に岡崎が立ち止まる。
「ねぇ、ちょっと話さない?」
「俺は別にいいけど、寒くない? 大丈夫?」
もう季節はすっかり冬で、しかも夜。ズボンの俺でも寒いというのに、岡崎はスカート。だから余計に寒いんじゃないかと心配だった。
「私は大丈夫だよ、だからいい?」
「うん、いいよ。んじゃ、あそこに座ろっか」
そう言って、俺たちは近くのベンチに座る。やはり寒いからなのか、広いベンチなのにも関わらず、岡崎は俺と体が触れるぐらいの近い距離に座った。その距離の近さに、先程までの撮影会で感じた恥ずかしさが再びこみ上げてくる。如何せん、異性とこんな近距離になることは凛先輩ぐらいしかいないので、慣れていないのだ。
「今日はすごかったね、まだ私信じられないよ……」
そんな俺を尻目に、そう今日のことを振り返る岡崎。
「ホント、まだ転校して間もないのにな」
「うん、でも私の名前が呼ばれた時は嬉しかったなぁー……あっ、そうだ煉くんは誰を選んだの?」
岡崎はしみじみと嬉しそうにしているかと思うと、今度は俺の方を覗き込むようにして、そんな悪魔のような質問を繰り出してきた。それの質問を出場者がするのはズルい。たぶん表情からして、そのことを分かった上で訊いてるんだろうし。
「お、俺? 俺は……そのー……」
当然、俺は言葉を詰まらせてしまう。それもそのはず。だって俺が選んだ人は今、目の前にいる彼女なのだから。それをそう安々と言えるほど、俺には勇気がない。ただこの状況下では逃れることもできず、話を逸らすなんてこともできまい。
「え、誰々? 教えてよ!」
どうしたものかと困っている俺を他所に、岡崎のその無邪気な笑顔でさらに俺を苦しめる。そんなに期待されてしまっては、俺はもはやどうすることもできない。
「…………岡崎を選んだよ」
1つ大きく深呼吸をして、いよいよ覚悟を決めてその質問の答えを出す。ただやはり本人の前で言うのは恥ずかしく、思わず彼女から目を逸してしまう。
「えっ、そう……なんだ……でもどうして? みんなキレイだったのに」
それを聞いた岡崎は気恥ずかしそうにしながら、まだ悪魔のような質問を繰り出してくる。
「んー……ま、そりゃみんなキレイだったけどさ……なんつーか、その中でも特に岡崎に惹かれたんだと思う」
どうにも逃れられない俺はもう諦めることにし、洗いざらい理由を吐く。これは嘘偽りのない、本当の俺の気持ち。自分でもうまく説明できないけど、岡崎に惹かれたから選んだ。それだけのことだ。
「えっ……?」
さっきまでとは打って変わって、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せる岡崎。その肌が寒さとかではなく、恥ずかしさで赤く染まっていく。最初の選んだ人の質問をされた時からこの状況は予想できてはいたが、やはり2人の間になんとなくこそばゆい空気が流れている。
「なんか、すげぇー輝いてるように見えたからさ……だから俺は選んだんだと思うよ」
なんて、こっ恥ずかしいことを口にする。なんだろう、俺の口が勝手に喋っている感じだ。恥ずかしさからか、言わなくてもいいことまで言っている気がする。
「そっかぁ……うれしいなぁー……」
岡崎はもう耳まで赤くなっていた。たぶん、俺も今同じような感じになっていることだろう。冬、しかも夜のそれなのに、顔が熱いし。
「そ、そう言えばさ、空、キレイだね」
もう恥ずかしくて仕方がないので、俺は話題を変えることにした。ただ咄嗟に話すことが思い浮かばず、そんなどうでもいい話題になってしまった。
「え、あ、うん、そうだね」
星はいつものようにキラキラと輝き、黒い空を明るく染めていた。それを俺たちは見上げている。
「そういえばさ、岡崎がいたところはどうだったの?」
「えっ?」
「星は見えた?」
「ううん、全然。都会で暮らしてたから……」
「そっか……んじゃ、よかったね、こんなキレイな星が見れて」
田舎の星空はよく空気が澄んでいてキレイに見えるというし、それにビル街でもなければ空を遮るものなんて何もないから、岡崎みたいな都会人にはさぞ嬉しいことだろう。
「うん。……私ね、まだそんなに経ってないけど、ここに来てよかったと思うんだ」
「どうして?」
「だって緑は多いし、空気はキレイだし、星はキレイだし、みんなも優しくしてくれるし」
「そっか、なんかそう言ってくれると嬉しいなあ」
「ふふ、ホントに嬉しそう」
「そう……かな?」
それから俺たちは軽く笑いあっていた。ここが外だということも忘れて。
「ックシュッ!!」
体が急に寒くなり、そんなくしゃみをしてしまう俺。
「ずいぶんと長居しちゃったね、そろそろ帰ろっか」
それを察してか、そんな言葉を投げかけてくれる岡崎。
「そうだな、風邪うつしちゃマズイしな」
それから俺たちは席を立ち、再び歩き出した。そしていつもの分かれ道へと辿り着く。
「じゃあ、煉くん。良いお年を……じゃあね!!」
帰り際、岡崎がそんな年末の挨拶を言ってくる。それで俺は岡崎、というかクラスメイトたちと会うのは今年で最後なんだと気づく。そう言えば、もう今日は冬休みなのか。だから会わない人は年明けまで会うことはないんだな。
「おう、良いお年を」
俺もそれに同じように返答をし、俺たちはそれぞれの方向へと歩き出した。初参加したミスコンだったが、まさに眼福であった。それはもちろん岡崎だけではなく、他の出場者も含めて。みんなとても華やかで、キレイで、本当に俺と同じ学園の生徒なのかと思えるほどだった。でもやはり気になるのは、その中でもどうして岡崎だったのか、ということだ。たしかに、一番惹かれていたのは間違いないと思う。だが、じゃあ何故『一番惹かれたのか』ということだ。俺は岡崎と知り合ってまだ間もない。それに絡みもそう多くはなかった。さらに加えて言えば、他の出場者たちも誰も彼も甲乙つけがたい美女ばかりだった。それでもなお、岡崎を選んだ、という事実がちょっと不思議だった。そして岡崎といえば、転校初日のアレがどうも気になる。転校初日感じたあの既視感。でもその答えが俺の記憶にはない。そして岡崎が俺のフルネームを言えたこと。俺の中で、適当な理由で折り合いをつけていたけど、アレも未だに突っかかっている。その謎を解き明かすため、というわけではないけれど、今回のこれをきっかけにもっと彼女と仲良くなれたらな、と思う自分がいた。そんなことを思いながら、俺は冷たい夜風を肌で感じつつ自宅へと着いた。