40話「選ばれたのは……」
悩んだ結果、選んだのは岡崎栞だった。とはいっても特に理由があるわけでもない、ただの直感だ。目をつぶり、頭の中でもう一度出場者たちの姿を思い浮かべ、その中でピンと来たものを選んだ。昨日の一件もあったし、なにか惹かれるものがあったのだろう。
「終わったか?」
俺の様子を見て、ニヤニヤしながらそう訊いてくる修二。それに対し、俺は軽く頷く。
「なあなあ、誰にしたんだよ?」
それを見て、早速修二は悪そうな顔をして俺にそう訊いてくる。こいつの性格からして、全くもって予想通りな行動であった。そしてそれを言いふらす、このお決まりなパターンだ。
「教えない」
だから俺は絶対に教えない。これは俺だけの問題ではない。岡崎にも迷惑がかかる。それに、こういう系の投票は入れた人を教え合うのは恥ずかしいものがある。
「まあ、そうだわな」
修二も深追いしてこないあたり、最初からわかっていて訊いてきたようだ。聞けたら儲けもん程度の考えだったのだろう。
「じゃあ、逆にお前は誰に投票したんだよ?」
2人で投票箱へと向かう途中、今度は逆に俺から同じ質問を修二にしてみる。
「ん? お前それは訊くだけ野暮ってもんだろう」
「やっぱり明日美?」
「もちのろん!」
ドヤ顔でそう答える修二。いつものことだが、正直ウザい。それに答えも予想通りで面白くない。そこで意外な人物でも出てきたらよかったのに。そんなこと思いながら、俺は投票箱へ投票用紙を入れる。そしてそれからしばらくして投票も終わり、いよいよ開票する時間となった。ただ当然のことながら、今から開票をし、今日中に発表をするため時間がかかる。更に加えて、それをするのも生徒会の人間だけという少人数。なのでその間を埋めるために、今度はちゃんとダンス部や軽音部が色々と余興をやるようだ。ダンス部は全員が女子でその面々もレベルが高いので、周りも全く興味がないというわけではなかったが、やはりどこかうわの空で、ミスコンの結果が気になっている様子だった。それから軽音部の演奏も終わり、周りの空気もいまかいまかとソワソワとしだす……のだが、まだ集計は終わっていないようで、次にお笑い同好会の漫才が始まった。それに対して、流石に周りの野郎共も苛立ちを隠せなくなってきた。そしてまた最悪なことに、この漫才がまあ面白くない。なので退屈で退屈で仕方がないという。そのなんとも気まずい空気を、漫才をしている2人も察したのか、少し目を泳がせながら動揺しているような素振りをみせ、さらに拍車をかけるように噛みだしたり、ネタを間違えだす始末。そんなもんだから、野郎共からはヤジが飛び出す。もうダメか、と思ったその矢先――
「大変長らくお待たせいたしました、いよいよ発表です……!」
司会者がそう言いながら、ステージ中央へと歩いてくる。それに漫才2人組は安堵した表情を見せながら、そそくさと舞台袖に去っていた。そして、その後に出場者たちも続々と歩いてきて、定位置に止まる。
「今年のミス聖皇は――――」
司会者がそう言うと、ドラムロールが流れ始め、スポットライトが出場者を右へ左へと動きながら照らしていく。そのタメに、みんなが息を呑む。
「岡崎栞さんでーす! おめどうございまーす!」
そして優勝者が決まった瞬間、一斉に大きな歓声が上がった。一方で、一瞬拍手を忘れてしまうほどに俺はその結果にただただ驚かされていた。たぶん今俺は優勝した本人以上に驚いているかもしれない。こいうのも岡崎に失礼かもしれないが、この結果があまりにも意外すぎた。もちろん俺個人の感想として、この中で最も美しいと思う人を選んで投票した。でもまさかそれが、みんなも同じだったとは思いもしなかった。だって岡崎はまだ転校してきたばかりで、野郎共も彼女のことをまだ詳しくは知らないだろう。それに岡崎には生徒会の3人や汐月みたいな、ファンやファンクラブがあるような話も聞かなかったから、まさにその結果は大穴であったのだ。
「では、岡崎さん、一言お願いします!」
「は、はい! とても嬉しいですけど、まだ信じられないです! ありがとうございます!」
岡崎は涙目になりながらも、笑顔でそう答える。その言葉に対し、会場は大きな拍手に包まれていた。
「では、つづいてミスター聖皇も発表したいと思います!!」
それからしばらく拍手が続き、鳴り止んだところで司会者がそう言葉を放った。その瞬間、野郎共の目つきが先程の祝福の眼差しから一気に敵意むき出しの目つきに変わった、ような気がした。一方の俺はミスターの方にはこれっぽっちも興味がなく、ミスコンが終わったことでいよいよ景品のことが再び気になり始めていた。どんなものが来るのか、それによって俺が抱えていた疑問は全て解決されるのか。そんな期待に胸を膨らませながら景品の発表を今か今かと待っていると――
「今年のミスター聖皇は――――なんと今年も秋山煉さんです!!」
思わぬ言葉が俺の耳に入ってきて、俺はすぐさま状況確認のために辺りを見渡した。するとみんな、特に野郎共はうなだれるような感じで、中にはため息をつくものもいた。この状況に俺はただただ唖然としていた。俺が『今年も』ミスター聖皇……らしい。ただ事態が全く飲み込めず、俺の頭は混乱していた。
「秋山煉さんはいらっしゃいますかー? いらっしゃったら前に出てきていただけますでしょうかー」
司会の人は目の前の観客から、俺を探すような仕草をしながらそう言った。
「ほら、煉。行けよ、呼ばれてんぞ」
そう言う修二も、なんとなく悔しそうな表情を見せていた。
「お、おう」
俺はそんな周りの状況に戸惑いながらも、とりあえず指示に従い、前に進んでいく。そうなれば、みんなの注目を一気に集めてしまうのは当然のこと。ただその中で『なんでいるんだ!?』や『今年はきてんのか!?』など、俺には意味不明な言葉が聞こえてくる。そのせいで俺は余計に混乱させられることとなった。そしていよいよステージの階段へと辿り着く。ふと、岡崎の方に目をやると、彼女はどこか恥ずかしそうに頬を赤らめ、うつむいていた。それを疑問に思いつつも、俺はステージへと上がった。
「いやーようやく出てくれましたねぇー」
感慨深い面持ちで、そう言ってくる司会者。そしてチラッと見た舞台袖にいるおそらく生徒会のスタッフも、司会者と同じような感じで何度も頷いている。なんだろう、この完全に俺1人だけ置いてけぼりにされている感じは。アウェー感が尋常じゃないんだが。
「なあ、悪いんだが、俺にはその言葉の意味がわからん。説明してもらえないか?」
なので流れを断ち切って悪いけれど、俺は司会者に説明を求めることにした。状況を説明してもらえなければ、この話についてける気がしなかった。
「あっ、はい。えーとですね――」
そしてその司会者の説明によると、俺はなんと付属に入学した1年から毎年ずっとミスターコンテストでミスター聖皇に選ばれていたらしい。ただ残念ながら今日の参加は自由。つまりは前投票であるミスターコンテストでは選ばれたご本人が来ない可能性があるのだ。その優勝の旨を事前に本人に伝えてしまえば、サプライズ性に欠け、さらには周りにバレる可能性があるので今の形でやっているそうだ。もちろん俺は今日の今まで参加したことはなかったので、いつもは2位の雀の涙程度の票しか取ってないやつが繰り上げでミスター聖皇になっていたらしい。でも今年は意外にも俺がいて、そのまま俺がミスター聖皇になった、とこういうわけだ。
「では、景品の方に行きましょうか」
そんな知らぬ事実がこの聖夜の夜にあったとは、俺はそれに驚きながらも、司会者のその言葉で生徒会のスタッフにステージ脇に行くよう促された。
「待って、景品って何?」
この感じからすると、ミスター聖皇も景品があるみたいだ。だとするならば、それを一切合切知らないまま話が進んでいくのはまずいと思い、司会者にそれを尋ねる。さすがに司会者は明日美や諫山姉妹のようにはぐらかすなんてことはしないだろうから、ようやく俺の知りたかったその答えを訊くチャンスを得たのだ。それは一体何なのか、早く知りたかった。
「え、知らないのですか!?」
そんな無知な俺に対して、司会者はすごく驚いた表情で俺を見つめていた。周りの観客、スタッフも含めみんな俺に驚いている辺り、その景品とやらは周知されているものなのだろう。さっきと同じように疎外されているみたいで、逆に知らない俺が申し訳なくなってくるが、初参加の身なのでそこはご了承願いたい。
「しょうがないですね、お教えしましょう! 景品は――」
そしてついに、その景品の内容が明かされた。でも、俺はそれを聞いて今日ここに来たことを酷く後悔した。いくら凛先輩の誘いとはいえ、汐月にも頼まれていたとはいえ、行かなければよかった。というか誰でもいいから今日この場に至るまでに、景品の答えを教えてほしかった。それほどまでに後悔させられる景品だった。そして明日美や渚たちが言っていたことが全て繋がった。俺にとって不都合で、出場者にとっては好都合。たぶん女の子ってこういうのに憧れるものだろうし。となると、みんなは俺がミスター聖皇になるということを知っていたのだろうか。そうなんだったら、答えを教えてくれてもよかったと思うんだけどな。あるいは、逃げられることを想定して言わなかったとかな。いずれにせよ、俺のその知りたいという欲望は絶望へと変わって帰ってきたのであった。