37話「約束の日」
12月25日(土)
クリスマスの今日、俺は朝っぱらからメールの嵐に襲われていた。着信音がいつまでも止むことがなく、その鳴り止まない音によって俺の意識は強制的に覚醒させられてしまったのだ。そんなもはや嫌がらせにも似たメールに、俺は嫌々ながらも確認する。まず目に入って来たのは、送り主。
「うげっ……」
それは凛先輩。もうこの時点で嫌な予感しかしない。俺は恐る恐るその爆弾を開けていく。そしてその内容は――
『今日のミスコン、絶対、ぜーったいに来てね!!!!!!』
という、もはや脅迫じみたお誘いであった。しかもその後に、絵文字でハートマークをつけて、それがこれでもかというほど大量についてきているのだ。そしてまだまだ驚愕させらるのが、それが1通だけではなく、何10――いや、ヘタしたら100通以上は軽く超えてるほどに同じ内容のメールが送られてきていたのだ。いつもの抱きつきなんかが可愛く思えてくるほどに、俺は今日のコレには流石に引いてしまっていた。
「なんだよこれ……」
ただ実のところ、これが無かったら危うく俺は寝坊していたかもしれなかった。たぶん後30分ぐらいは軽く眠っていたことだろう。それでは『彼女との約束』が守れなくなってしまう恐れがあったのだ。だからちょっとだけ凛先輩に感謝しつつも、度が過ぎたこの行動に同時に恐怖心も感じていた。たぶん凛先輩みたいな人ってやりすぎると、ストーカーみたいな人になってしまうタイプだ。『愛のためだからしょうがない』とか『愛のためだから許される』とかそういう考えが凛先輩に根付かなければいいが。それはさておき、俺は学校へ行くために着替えて、朝飯を食べにリビングへと向かった。
「あれ、煉が今日学園行くなんて初めてじゃない? どうしたの?」
明日美は珍しそうに、俺を見ながらそう言った。もっとも、明日美の言う通りこれが初めてで、いつもはこの時間は寝ているから珍しいのも頷ける。
「や、朝起きたら、こんなメールが来ててさ……」
俺はそう言いながら、自分の携帯に来たその例のメールを見せてやる。それを見た明日美は明らかに引いた表情を浮かべ、
「凛、すごいね……」
顔を引きつらせながらそう言った。流石の友達の明日美でも、これはナイようだ。
「だから、今日は行くことにしたの」
俺は真に行く理由を隠しつつ、理由を説明した。汐月との約束はやはり俺と彼女だけのヒミツにしておきたい。だから俺はあくまでも今日は、凛先輩に無理矢理誘われて渋々行くという設定を演じることにした。
「ふーん、そうなんだ」
いつもの家族の朝食風景を経て、俺たちはいつも通りの時間に家を出る。そしていつもの並木道にかかると、迷惑メールの犯人とつくし先輩がそこにいた。
「ああー、煉くん!! 来てくれたんだーうれしいぃー!」
俺に気づいた凛先輩は子供のようにはしゃぎ、あまりにも嬉しいのか両手を広げながらこちらへと走ってき、あろうことかそのまま俺に抱きついてこようとした。なので、俺はそれをひらりとうまいことかわして凛先輩から距離を取る。
「なにしてんすか!」
「ぶー、よけなくてもいいじゃん!」
唇を尖らせながら、そんな不満をぶつける凛先輩。
「そりゃ、避けますよ! 抱きつこうとしてんすから!」
「うー、ま、煉くんが来てくれたからいいけどね」
「そりゃ、あんなメール送ってこられたら誰だって行きますわ……」
アレで行かなかったら行かなかったで、後で何されるかわかったもんじゃない。だからこそ俺には『行かない』という選択肢はもはやなかったのだ。やっぱアレはもう『脅迫状』と言っても過言ではない。俺はその言ってしまえば『愛』というものの重さに、支えきれずに苦しめられているような感じなのだが、一方でその愛を振りまく凛先輩はよほど俺がこのミスコンの日に登校してくれたことが嬉しいのか、今までに見たことないくらいの緩みきっただしのない顔をしていた。
「――そういえば、なんか今年のミスコンは凄いらしいですね」
4人でいつもの通学路を歩く最中、俺はそんなことを話題にする。ミスコンには毎年参加してないこともあってか、さほど興味はなかった。だから俺は汐月を参加させるために俺に接触してきたあの生徒会役員以外に、ミスコンの情報は特に知らなかった。なので、この話題もその生徒会役員の言っていた話によるものだった。
「うん、そうなの! 今年は美人揃いなんだよねー!」
「誰が出るんですか?」
おそらく俺の予想では生徒会の3人、つまり明日美や凛先輩、つくし先輩は出場することで間違いないだろう。そして俺が出ることを勧めた汐月は確定。でもそれ以外は全くもってわからなかった。たぶんポスターとかで事前に告知はされていたのだろうけれど、そしてその話題を何かしらできっと耳にしているのだろうけど、俺はもう既に頭の中から抜け落ちていた。あの生徒会役員が『すごい』と言うからには、それ相応の面々が出場するのだろう。
「煉の知っている人だと、私たち三人でしょ? 後、渚ちゃん、澪ちゃんでしょ、汐月さんも出るし、藤宮さんとかも。あっ、それから、岡崎さんって煉のクラスの転校生も出るみたい」
その質問に、明日美が思い出しながらミスコンの出場者の面々をいい並べていく。
「えっ、マジで!? 澪も!? 委員長も!? 岡崎も!?」
その面々に、俺は3段階で驚かされた。まさかあの恥ずかしがり屋の澪が出て、さらにあの短気な委員長、そして転校してきたばかりの岡崎までもが出るとは。でも不思議だった。そこまで詳しくない俺でも、普段はここまでのメンツが揃わないと聞く。もっと人数も少ないらしい。ではなぜ今回はこんなにも盛り上がっているのだろうか。それだけの何か惹きつけるものが今回のミスコンにはあるということだろうか。岡崎ならまだわからんでもないが、あの委員長や澪までもが出るということはよっぽどだろう。
「うん、今年は過去最多出場になったわ」
「だから、競争率高くて大変なんだよねぇー」
つくし先輩はどこか心配そうな顔をしながらそう言った。逆にこれだけメンバーがすごいとなると、参加者の方は気が気じゃないだろう。やはり『コンテスト』と言う名の通り、ここでは他人との優劣だどうしてもついてしまうのだから。
「ねぇー、みんな美人だしねー」
凛先輩も同じようにそんなことをボヤいていた。
「なんで、みんなそんなにミスコンに熱心なんすか?」
これだけの盛り上がりをみせる理由を、俺は参加者兼主催者である3人なら知っているだろうと、そう訊いてみる。
「あー煉くん知らないんだー……へぇーふふ、知らない方がいいかもね!?」
それに対して凛先輩はニヤニヤしながら、悪そうな顔してそうおちょくってくる。
「ふふ、そうだね。煉、楽しみにとっておきなよ!」
なんだそれは。『知らない方がいい』ということは俺にとって不都合なことなのだろうか。ただ普通に考えればそんな人を集めるということは、優勝の景品がすごいものだということだ。もし俺が主催者ならば、出場者を増やすためにそうする。だとしたら、その景品が俺にとって不都合と言うことになる。……ダメだ。ますますわからなくなってくる。
「ふふ、煉くん、そんな考えるよりミスコンまで待った方が早いと思うよぉー」
挙句の果てには、つくし先輩にまで言われる次第だ。でもこれだけ気になるように言われてしまっては、答えが知りたくてしょうがなくなる。俺の知りたいという欲求が疼いてしまって仕方がなかった。なんか先輩たちに良いように弄ばれている俺だった。
「なんか、じれったいなぁー……」
結局のところ、最後の最後までその答えを教えてもらうことはできなかった。その分からなかった謎が気になってしょうがないが、とりあえずここは一旦それを置いて俺は教室へと向かった。