2話「謎の転校生」
明日美たちと別れ、俺はいつものように教室へと向かう。教室にはそこそこの数のクラスメイトが既に登校していた。俺はいつものごとくクラスメイトと挨拶を交わしながら自分の席へと向かう。するといつものようにアイツが俺に話しかけてきた。
「よっ! 煉」
俺の悪友、木下修二。軽く手を挙げて、そんないつもの挨拶をする。だがその顔はいつもとは違い、何か面白いことがあった時の、気持ち悪い顔になっていた。
「おう、修二」
俺はあくまでもそれに気づかないフリをして、スルーしながらいつものように軽く挨拶をして、席へと座る。
「煉、聞いたか? この学園に転校生が来るんだってよ!」
朝からテンション高い感じで、俺にとっては既知の情報を投げかけてくる。ただ転校生が来るというウワサが既に広まっているということに驚きながらも、でもすぐに、こいつなら知っていてもおかしくはないかと納得してしまう自分がいた。特に修二はこういう流行りものには敏感だし、情報収集能力には長けているからどこからかその情報を仕入れていてもおかしくはない。それにもし転校生がアレだったら――
「あぁ、それなら朝、明日美からきいたよ」
「それなら話が早いな!! その転校生がな、このクラスに転校してくるんだってよ!!」
いつになくテンションが高い修二。そのテンションの高さから見るに、やはり俺の予想通り転校生はリサーチ済みなのだろう。顔もなんかいつも以上に締りのない顔になっているし。おそらくこれだけテンションが高いということはやはり――
「へぇー」
俺は頬杖でもつきながら、修二とは天と地ほどの差のテンションで修二のそれを軽くあしらう。俺ももちろんその転校生に興味がないというわけではないが、こいつほど熱量は高くないし、むしろこいつのそのテンションの高さにちょっと引くところもあった。
「なんだよ、つれねぇなーお前。転校生だぞ、転校生!! しかもその人女の子らしいぞ!! いやー楽しみだなぁー」
まるで夢に思いを馳せる子供のように、目をキラキラと輝かせている修二。やはりこいつのテンションの高い理由はその転校生が『女子』だからか。それにしたってこいつ明日美のこと好きなくせに、別の女にもうつつを抜かすのかよ。もちろんこれは今に始まったことじゃないけれど、男してどうなのよ。
「でもさ、必ずしもその転校生がお前好みだとは限らないだろう?」
もしかすると、とんでもないぐらい修二の好みに刺さらない女の子かもしれない。言い方悪いけど、すんげぇブサイクかもしれないし、性格がゴミみたいな子かもしれない。ないしは、超電波系でまともな会話もできないヤツかもしれない。それはやっぱ、蓋を開けてみないと誰にもわからないことだろう。あんまりその転校生に理想を求めすぎて、ハードルを上げるのもよくないと俺は思う。
「転校生ってのはだいたい可愛いんだよ、だから大丈夫だって!!」
だが、修二はそんな全く信憑性の欠片もない理由で返してくる。その言葉にはまるで説得力というものが微塵もなかった。はたしてその自信はどこから来るのやら。もしくはただ自分がそう信じたいだけなのかも。
「そういうもんかー?」
「そういうもんだって!」
そんな雑談をしている最中、教室に入ってきた……そう悪魔にも似た存在が、俺を見つけてすぐにものすごい鬼の形相になって、鋭い視線で俺を睨みつけ、まるで怪獣のようにズシン、ズシンと一歩一歩そんな音が聞こえてきそうな歩き方でこちらへとやってくる。
「秋山くん! 昨日の委員会の仕事、サボったでしょ!? 私一人で大変だったんだからね! 今日の委員会はサボらないでよッ!?」
悪魔、否、藤宮真由は開口一番、挨拶もせずに言いたいことを言い連ねていく。流石は絵に描いたような優等生。そんなどうでもいいことをネチネチと言ってきやがる。こういう真面目すぎるところが玉に瑕だよな、ホント。
「いやぁー悪い! 実は、外せない用事があってさ……」
俺はその委員長のお怒りに、サラッと息を吐くように嘘で誤魔化してみる。実際の所はめんどかった、ただそれだけ。大体、俺は担任の職権乱用で学年委員になった可哀想な子なんだから、少しは大目に見てくれ。
「絶対嘘でしょ! いっつもそれじゃん。本当はサボりたいだけなんでしょー?」
だがいっつもこのやり取りをしている委員長にはもはや俺の嘘はまかり通らないようで、委員長もジト目で俺のことを見つめて訝しんでいた。
「あ、バレた?」
それに俺は全く悪びれもせずに、おどけた顔を見せて委員長にそう返した。
「はぁ……まあ、でもいいわ。今日は絶対にサボらせないからね!」」
そんな全くやる気のない俺に呆れ、委員長は大きなため息をついていた。だが今日は秘策でもあるのか、どこか勝ち誇ったような顔でそう宣言する。そう言われてしまうと、どこか逃げ出したい気持ちにも駆られるが、今日のところは真面目に出ようと思う。これ以上やると後が怖そうだし、それを明日美にでもチクられたらたまったもんじゃない。
「わーったよ。大丈夫だって、今日はちゃんと行くから」
「本当かなぁー?」
疑うような顔をして首を傾げる委員長。まあ、俺の今までの行いが悪いとはいえ、全く信頼されていないようだ。常習的にサボっていたから、信頼は地の底までついていることだろう。
「大丈夫。ちゃんと行くよ」
「じゃあ、もし来なかったらクリパの仕事全部やってね?」
俺への信頼はやはり一欠片もないようで、念の為にそんな保険までかけておく委員長だった。『クリパの仕事』ってのは、たぶん委員長としてみんなを指揮しろってことだよな。うわぁー劇的にめんどそう。これは流石にちゃんと行かないとな。
「はいはい……」
信頼されてはいないが、こっちは行く気なので、適当な相槌で返しておく。それでも疑っている委員長にいい加減ウザいなと思っていたところ、運良くチャイムの音が鳴り響く。こうなったらもうどうしても座ざるを得まい。
「絶対来なさいよ!!」
委員長はしつこく念を押すように、そんな捨て台詞を吐いて自分の机へと向かった。委員長のしつこさは風呂場とかのヨゴレ並だな。そんなんで友達とかいるのだろうか、と委員長の身を案じつつ意識を先生の方へと向けた。
「ほらー席付きなさーい」
戸松先生がチャイムが鳴り終わるぐらいのタイミングで入ってくる。教壇についたところで、先生がどこかニヤニヤした表情で俺たちを見つめていた。
「今日はみんなに転入生を紹介します、入ってきて」
先生がそう合図をすると、廊下から教室へと女子生徒が入ってきた。どこか不安そうな顔をしながら歩く彼女に、俺は興味本位でその足取りを眺めていた。一般的な女子ぐらいの身長で、ボブぐらいの長さのサラサラとした髪。緊張しているからか、自分の前だけを見つめ、俺たちの方へと目線を移すことはなかった。そんな彼女が先生の隣へと着き、いよいよこちらへと顔を向ける。
「まずは自己紹介して」
そしてその折に、先生がそう彼女に告げる。すると彼女はチョークを手に取り、黒板に自分の名前を書いていく。
「私の名前は岡崎栞です。早くみんなと仲よくなれるようがんばりたいです、よろしくお願いします!」
『岡崎栞』……?
そう明るく元気な雰囲気で挨拶する彼女を置いて、俺は1人自分の世界へと入っていた。というのも、その『岡崎栞』という名前にどこか既視感があったのだ。がしかし、それがいつ、どこで知ったものなのかまでは分からなかった。とはいっても、そんな大事ではない。どうせ後で本人に直接訊けばわかることだ。俺はそんな楽観的に考えながら、みんなが拍手を送るのに合わせて俺も拍手をし彼女を迎え入れる。
「これからは、あそこの席が岡崎さんの席よ」
しばらくの拍手の後、戸松先生がその場所を指差しながら席を案内した。だがそれは何たる偶然なのか、俺の隣の席だった。でも、ここで1つ気になること。それはここは既に別のクラスメイトの席で、たしか今日は病欠で欠席している席……のはずなのだが、どういうわけか今日から岡崎の席となるようだ。辺りを見回しても、これ以外に新しい席は用意されていないようだし、マジでここが岡崎の席のようだ。そうなってくると元いた奴は存在が消されていることになるのだが、いいのだろうか。
「秋山煉くんだよね、よろしく」
そんな不安をよそに、気がつくと岡崎がその指定されていた席まで着いていた。隣の席になった縁ということもあってか、早速俺に話しかけてきてくれる。だがその発言には違和感しかなかった。なぜなら、俺はまだ名乗ってすらいない。それなのに名前を、しかもフルネームで知っている。もちろん教室に入る前に、何かで知る機会があったのかもしれない。でも、それでも何十人といる中の1人を普通覚えてるものだろうか。つーか、今日初めて見る顔たちばかりなのにパッと見てすぐに顔と名前が一致するだろうか。予め自分の隣の席の人の名前を覚えいて、それをここで使ったということだろうか。んー……謎は深まるばかりだ。
「よろしく、でもなんで俺の名前わかったの?」
「えっ……そっ、それは……」
意外や意外、俺のそんなくだらない疑問に普通に答えを返してくれるのかと思いきや、なぜか岡崎に言葉を濁されてしまった。それほどのことではないと思うのだが、まあ彼女には言えない何かがあるのだろう。相変わらずそんな楽観的に考えつつ、その岡崎がちゃんと答えを出す前に、先生が俺たちの会話を遮った。
「あーそうだ秋山。あんた、岡崎さんを昼休みにでも学園案内してあげなさい」
「えぇー……かったるいなぁー……それに別に俺じゃなくても委員長が――」
そんな面倒っちいことはやりたくない。これが俺の主義。なので、軽く先生に抗議を入れてみる。それにこういうのは異性より同性の方が気が楽だし、トイレとかの関係でもそっちの方がいいだろう。
「たまにはあんたも仕事をしなさい」
「……分かりましたよ……じゃあ俺がやりますよ、はぁー……」
先生にそれ言われちゃおしまいだ。気が乗らないことこの上ないが、やらないと怒られる。それもたぶん委員長と先生、下手すりゃ明日美まで……それだけは勘弁してほしい。となると、もう俺がやる道しか残されてはいないようだ。憂鬱な気分に苛まれながら、俺はそんなため息をつき、それを請け負うこととなった。
「――あのさ、俺、君のことなんて呼べばいい? 名字でいいよね?」
SHRが終わった後、俺は彼女に尋ねたいことがあったので、早速話しかけてみることにした。まずは呼称だ。これから俺は案内をすることになるんだから、色々と会話することもあるだろう。だから呼び方をまず決めておかなければ、と思った次第だ。
「あっ……うん、じゃあそれで……」
その俺の言葉に、一瞬だけ表情を歪めた、ような気がした。でもおそらく俺の気のせいだとは思う。それに、『岡崎』でとりあえずは納得してくれたので、これからは俺は『岡崎』と呼ぶことにしよう。
「俺は岡崎の好きなように呼んでいいから」
「うん、わかった」
納得した様子の岡崎に、俺は早速本題に入ろうと思った……のだが珍しい転校生にたかってくるクラスメイトたちが多すぎて、俺が話すタイミングを失ってしまった。それでもまだ俺には昼休みに案内する用件がある。それなら2人きりだし、邪魔が入ることはないろう。なので俺は1限の準備を始め、授業に備えることにした。
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4限目が終わり、昼休みを迎えた。俺は約束通り岡崎に学園を案内するため、弁当をさっさと食べ終え、岡崎を呼びに行くことにした。岡崎は早くも友達を作ったらしく、自分の席を離れ、その数名の女子の席で一緒に食事をしていた。岡崎は俺に気づいたようで、こっちに向かって来る。
「あれ、いいの? まだ昼飯途中だったぽかったけど?」
「うん、秋山くんに悪いし」
どうやら気を遣われたようだ。彼女、割といい人かもしれない。そんな感じで次第に俺の中で『岡崎栞』という人物が形成されていった。それから俺は岡崎のお言葉に甘えて、これから岡崎を学園案内へ連れていくこととなった。教室を後にし、まずは主要なところ、普段よく使うような教室や購買等の場所を案内していく。これはほぼただの確認と言った業務的な感じで、その間の会話も特にはなかった。まだ彼女も俺との距離感が掴めていないのだろう。そんなふうに俺は捉えることにした。
「――あのさ、俺ってどこかで岡崎に会ったことあったっけ?」
そんな感じで案内を進めていたその道中のこと。俺はふとあの一番訊きたかったことを思い出し、そのまま即断即決で、特に考えもせずにすぐに彼女に訊いてみることにした。
「えっ……?」
すると岡崎は足を止めて、どこか驚いた素振りを見せる。この反応、もしかすると、もしかするのだろうか。でもだとしたら、俺は相当失礼な人間となってしまう。だってそうだろう、昔会ったことがあるのに、それを全くもって覚えていないなんてヒドイにも程がある。正直、そんなヤツ最低だろう。
「いや、何かどこかで会った気がするだけど、思い出せなくてさ……」
「きっ、きっと人違いだよ!」
だけれど、幸いにもというべきだろうか、岡崎はその疑念を否定してくれた。もしかすることはなかったようだ。つまり、俺と岡崎はあの時が初対面だったと。やっぱり俺の思い過ごしだったんだ。たぶん昔会った別の『岡崎栞』さんをこの目の前にいる彼女と勘違いした、あるいは漫画やドラマでその名前の人物が登場したのを微かながらに覚えていたとかそんなところかな。
「……そっかそうだよね、覚えてないわけないもんな」
そんな事実を受けて、俺はホッと安堵した。これで俺は失礼な人間でないことが証明されたのだから。思い立って訊いといてよかった。でもこれは割と危険な賭けでもあった。もしかすると、本当に会っていた可能性もあったのだから。運が良かった。
「そっ、そうだよ!」
「ごめん、変なこと訊いちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
そんなわけで俺の疑問も解決し、結論が下ったことで俺の違和感はないものとなった。それが終わったので、さて次の案内する場所へ移動しようとした時――
「あっ、鳴っちゃったね……チャイム」
あろうことか、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ってしまった。主要なところは案内したものの、細かいところはまだだ。つーか、だいたい昼休みの短い時間で案内しろってのがムリある。それに、岡崎の方は昼食がまだだったみたいだし、なんか申し訳ないことをしてしまったようだ。
「うん、そうだね。教室戻ろっか」
「だね」
なんというかこの学園案内で1つ新たな疑問が芽生えていた。それは岡崎の、俺との距離の取り方が最初のSHRの時に比べると距離が遠のいた感じがするということだ。最初の時は俺に明るく接してくる気さくな感じだったのに、今ではまるで会話もなく話すことも必要最低限。言ってしまえば、友達からただのクラスメイトにランクダウンしたみたいな感じだ。たしかに、まだ転校してきたばかりだし、クラスメイトとの距離の取り方もまだまだ分からないのだろうけど、なんんとなく妙によそよそしい感じになっているような気がする。これは全くの根拠のないただ俺がそう感じただけなのだが。俺が何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。隣の席ということもあるし、できればそうであってほしくはない、ただの俺の思い過ごしであればいいけれど。俺はそんなことを気にしつつ、岡崎と共に教室へと戻っていくのであった。