70話「私はあなた達を傷つけていた」
ヤバい……ホントにヤバイ。もう『諫山澪』、『秋山煉』そして私の3人には時間が残されていない。煉がその想いを抑えきれずに私に打ち明けたように、私もまた自身の想いが抑えきれなくなっている。だって、好きな人に着替えを覗かれ、相合い傘をし、彼の部屋で一緒にテスト勉強をして、しかもそこで膝枕。そして抑えられなくなって私から頭まで撫でちゃって、そして極めつけはあの『抱きつき』だ。あんなのされちゃったら、もうどうにもこの想いを止めることはできない。でもだとしても、私はその想いを押し殺さなければならなかった。理由は単純。澪が『煉を好き』だから。私の幸せはどうだっていい。でもあの子の幸せは実ってほしい。だってあの子はいつも引っ込み思案で、自分を出さず我慢してきたのだから。それはいつも一緒にいた私が一番よく知っていること。だからこそせめて恋ぐらいはあの子の望み通りに叶えてあげたい。それが姉の役目だと、私は思っている。それなのにも関わらず、昨日のアレのせいで一気に私は追い込まれてしまった。正直、薄々は気づいていたけれど、それがハッキリと言葉にされたことでそれを無視し続けることはできなくなってしまった。その現実と向き合わなければならないのだ。
煉が私を『好き』という事実に。
ホントのことを言うと、その事実は今までに感じたことのないぐらい嬉しかった。だけれど、それと同時に悲しみも感じていた。だってこれじゃまるで私が今までやってきたことが、逆に煉の想いを増幅させてしまっていたみたいだから。それはつまり、私はまるで何も役に立たず、結果的に澪の恋を潰してしまったのだから。そんな自分が嫌で許せなくて、あの時、勢いに任せたまま『本当の気持ち』を煉にぶつけて、最後に『偽りの言葉』を言い放ってしまった。その偽りの言葉を放ったことでもう私は後には引けなくなった。後はもう澪の恋路をただ応援していくだけ。実のところ、ちょっとあの勢いに任せた断り方は煉に申し訳ない、後悔する気持ちがあった。でももうしてしまったことに後悔していてもしょうがない。前に進まなければ。だから私は自分のできることをしようと、自分の心に言い聞かせて、ある行動に出た。
「――私、あんたのことが好き。付き合って」
『木下修二』を屋上に呼び出し、昨日私が煉に告白された時のように、彼に告白をする。それはもちろん『偽りの』付きだけれど。でも私が誰かと付き合えば、さすがに煉も否が応でも諦めてくれるはず。煉は昨日アレだけで諦めるような人じゃない。それにきっと私の『偽りの言葉』にも気づいてるはず。それは『幼馴染』というポジションからくるキャリアと、私の『好きな人』だから、わかるものだった。だからこそ私はこの行動に出た。そしてこれは同時に、私の想いも強制的に打ち消してしまえるいい策である。コイツに告白するなんて、ホントに不本意だけれどこれも妹のため。澪のためなら、私はどんなヨゴレ役でも買って出るから。
「はぁ?」
今まで一切そんな素振りのなかったそんな突然の告白に、頭に疑問符を浮かべたように顔をかしげて難しい顔をする。
「私、あんたの望む人になるから、す、好きなように……して、いいから……私と付き合って」
それが嘘だとバレてしまわないように、本当の告白だと信じ込ませるために、私は嫌な顔が出てこないように表情筋に意識を傾けつつ、そんな言葉を口にする。たとえ嘘だとしても、こんな言葉をコイツに告げるのは屈辱以外の何物でもなかった。こんな女たらしのアホに、男に堕ちた淫乱女みたいな言葉。ホント最悪だけど、これも澪のため。私は何度も何度も頭の中で、その言葉を言い聞かせて自分を納得させる。
「……俺さ、嘘つく女って嫌いなんだよねーそれにお前無理してるだろ? 嫌々やってる感が見え見え」
だけれどそんな私の言葉に、露骨に嫌そうな顔をしながら予想外な言葉で返してくる。それはまるで事の事態を全て見透かしたかのようだった。
「そんなことッ――」
嘘が暴かれそうに、というか殆ど暴かれている状態に焦りを感じ、必死に否定してなんとか騙そうとするものの、
「大方、煉を諦めさせるために俺を選んだんだろうが、悪いがその作戦には俺は乗れん」
コイツに完全に私の思惑が読まれていて、私の思惑は破綻してしまった。たぶん、その事情を知っているのは煉が言ったとかではなく、自分で調べて今の私たちの状況を把握しているのだろう。しくじった。コイツが煉に関してはストーカーばりの情報を知っていることを失念していた。そうなってしまえば、もう私は完全に詰み状態。計画は白紙となってしまう。
「なんでよッ! なんで誰も彼も私の思い通りにならないのッ! 私の言うこと聞きなさいよッ!」
あぁもうウザい、ウザい、ウザイッ!!!
どうして私の思いを否定するの?
私はただ、澪に幸せになってもらいたいだけなのに。
それすらも許されないの?
私をそんなにイジメて楽しい?
そんな邪魔するやつ、みんな死――
「おいッ、諫山! 言っとくけど、俺はお前のロボットでも操り人形でも、ましてや奴隷でもないぞ?」
「っ! ん……ごめんなさい。ちょっと頭に血が上って……」
こんな事態にイライラが限界突破し、我を忘れてしまっていた。その言葉で、頭を冷やし、私は彼にそう謝罪をした。ダメだ。今のこの状況に完全に追い込まれている。でも、私どうすれば――
「いいって、お前が悩んでんのはわかってるから。でもさ、いい加減自分の気持ちに素直になれよ」
その心の思いに回答するかのように、彼はそんな言葉を口にする。
「ダメッ! そんなことしたら――」
その悪魔の囁きに、答えてはいけない。そんなことをしてしまったら、澪が悲しんでしまう。あの子の悲しむ姿なんて、もう見たくない。澪はその性格故に、我慢して心の傷を負って、それに負けてしまうことがよくあった。そんな姿はもう見たくない。
「はぁー……なあ、妹に対する世話焼きも、度が過ぎるとただのお節介だぞ?」
「そんなことない……そんなこと……」
私は首を横に振りながら、それを必死に否定する。でも、私にはハッキリと言えるほど自信がなくなっていた。やりすぎかもしれない、そんな思い当たる節があったから。でも、お節介でも……それぐらいしなきゃあの子は――
「一つだけ、これは言っておく。お前のしてる行動、それは一体誰のためにやってんだ? 自分の気持ちにケリつけるために、さっきの俺みたいに妹を道具のように利用してねぇか?」
「ッ!? そ、それは……そのー……」
私に戦慄が走った。もはや言い返せるだけの言葉はなく、言い淀んでしまう。そんな考え、思ってもみなかった。私が今までしてきていたことが、もしかするととてつもなく酷い事をしていたのかもしれない。それは恐ろしく、怖い事実だった。
「もう一回冷静になって、そこらへんちゃんと考えてみ? お前が何を選ぶのかは自由だけど、俺たちは『人間だ』ということを忘れないようにな。んじゃ」
「……そっか、私――」
『澪のため』に頑張ってきたつもりでいたけど、むしろ私の想いを終わらせるために、自分の思惑を澪に押し付けていたんだ。一見すると、それは結果的に澪が幸せになるためのように見えるけど、それは澪の気持ちを考えられていないもの。私の望み通りの結果にするために澪を動かして、望み通りの結果になったら自分だけが満足する、いわゆる『自己満足』を得ようとしていただけったんだ。それじゃあさっきアイツが言っていたみたいに、それこそ『奴隷』と変わらないよね。
「でも……でもッ!」
たぶん煉はこれからも私へ何かしらのアタックをしてくると思う。煉の恋という炎はあんなことがあった今でも、きっとまだ潰えていないはず。それは私も同じ。また昨日みたいに告白されてしまったら、今度こそは私の気持ちが抑えきれずに澪の想いなんて無視して、自分勝手に自分の想いを実らせてしまうと思う。そんなの澪に申し訳ないし、ズルいことだと思う。漁夫の利みたいに、本来なら第三者である私が得をしてしまうなんて嫌だ。でも、じゃあ、私はどうすればいいの?
「――もしもし?」
そう考えた時、ある1つの方法が浮かび、私の手は自然と動いていた。携帯を取り出し、『彼女』へと電話をかける。
「うん、お姉ちゃん? どうしたの?」
何も知らない澪はいつもの感じで呑気にそう訊いてくる。
「今から屋上に来て。話したいことがあるの」
そして私は一大決心をして、澪にそう告げる。今までのやり方がダメだったのなら、また新しいやり方を見つけて実行してみればいい。幸せにたどり着く道は何も1本とは限らないのだから。だからこそ私は澪に直接会って『私は煉を諦める』旨を伝えようと思う。そして澪の思いを聞いて、これからのことを姉妹2人で考えていこうと思う。というか最初からこうすればよかったんだ。姉妹で澪の気持ちを共有して、一緒に結ばれるために頑張る。これなら今みたいなことにはなってなかったんだ。私、バカだな。お姉ちゃんぶって、澪にお節介焼いて、それで澪に押し付けていたんだから。
「……うん、わかった。今から行くね」
少し間があって、澪はそう言ってくる。私は携帯を切り、屋上のフェンスに背を預けて澪がやってくるのを待つことにした。そんな最中にも、私は自分が今までしたきたことを振り返ってみることにした。アイツに気付かされてから振り返ってみると、私って最悪なことしていたんだと気づいてしまう。たぶん『澪と煉をくっつける』という大きな名目に目が眩んで、2人のことがちゃんと見えてなかったんだ。そのせいで、私は一番傷つけてはいけない2人を傷つけてしまっていた。今更後悔してももう遅いのかもしれない。でも、過去の罪の償い……というわけではないけれど、しっかりとしてしまったことを謝らなきゃなと思う。特に澪にはいっぱい私の思いを押し付けていた。それも含め、これからちゃんと話し合わなきゃ。私はそう決意を改めて、自身の両頬を思いっきり叩いて気合を入れ直し、澪が来るのを待っていた。