68話『想いよ、届け』
1月25日(火)
オレンジ色が辺り染める放課後。俺は諫山渚を屋上に呼び出した。もちろんその目的はただ1つ。彼女に俺の想いを伝えること。何事も善は急げだ。なので休み明けの今日、告白しようと決意した。俺は今にも溢れ出してしまいそうなこの想いを、渚にぶつけようと意気込んでいた。それと同時に、これが俺にとっては人生初めての告白ということもあって、緊張で胸の鼓動がとんでもない早いビートを刻んでいた。待っているこの間でこれでは、本人が来たらどうなってしまうんだろうか、ちゃんと話が出来るのだろうか。色々と不安や心配が俺の頭の中をよぎっていく。そしてその度に俺は深呼吸を繰り返し、落ち着かせていた。
「うぉっ!?」
そしてついに、屋上のドアが開く音がする。その音の呼応するように俺の体がビクッとなり、背筋が伸びる。今、俺は屋上の外の方へと体を向けているので後ろが見えず、誰が来たかは確認できないけれど、きっとおそらく『彼女』であろう。ついに、ついにその時が来てしまったのだ。
「煉、どうしたの?」
そしてそれが彼女だと証明するかのように何百万回と聞いた、聞き馴染みのある俺の大好きな声が、安心する心地の良い声が聞こえてきた。俺は目をつぶり、一度心を落ち着かせ、そしていよいよ覚悟を決めて彼女方へと振り向く。
「な、渚っ! 俺、もう我慢出来ないんだ……」
緊張して声が震えていたけれど、なんとか言葉にすることはできた。俺は一旦前置きをして流れを作り、そのままの勢いで言うことにした。だけれど、
「ッ!? だめ……」
渚はその言葉に、何かに気づいたような顔をして、そう言って俺の言葉を制止しようとする。そしてどんどんとその顔は怯えるようなそれになっていき、ゆっくりと首を振りながら後ずさりをしていく。
「俺、渚のことが――」
でも、俺はもう止まることはできなかった。限界まで留まっていたこの想いを今更抑えることなんてもうできまい。まるで犯罪者が脅し迫るみたいに俺は渚の足の動きに呼応しながら一歩一歩足を進めていく。そして後はもう勢いのまま、口が勝手に動いていくだけだった。
「ダメッ!」
渚はその先の言葉を聞きたくないのか、耳を塞いでその場にしゃがみ込み、俺の言葉を途中で遮ってもはや叫びのように声を荒らげる。
「好きだ!」
でも俺はそんなこと耳にも入れずに、自分の想いを渚にぶちまける。もう後には引けない。これからどうなるなんてのはもう神様次第だ。ええい、ままよ。なるようにしかならないんだ。
「なんで、なんで言っちゃうのよ……ずっと違うって信じようとしてたのに、目を背けてきたのに……どうして私に現実を突きつけてくるの? もう……これ以上私を苦しめないでよ、バカ……」
さっきとは打って変わってその『言葉』を聞いてしまった渚は見る見るうちに弱っていき、目には涙が溜まっていた。
「しょうがないだろ。好きになちゃったんだから」
「よりにもよってどうして私を好きになるのよッ! 同じ双子の姉妹なんだから、なるんだったら妹の方を好きになりなさいよッ!」
「お前じゃなきゃダメなんだよ! 俺はお前、諫山渚というたったこの世界に1人しかいない、そんな存在を好きなったんだよ!」
俺の『好き』という感情は決して澪で代替できるようなものではなかった。やはりそれは『渚だから』こそ好きなのであって、渚じゃなきゃそれは成り立たないのだ。それが例え限りなく似ている双子であっても、やはりそれは結局は違う人物なんだ。渚の渚にしかない、そんな部分を俺は好きになったんだ。だからこそ、俺はその気持ちを他では妥協したくはなかった。
「うっ……うぅー……煉のバカッ! あんたなんか、大嫌いよッ!」
そんな俺の言葉に、大粒の涙を流しながら現実から背けるようにそのまま走り去って行ってしまった。残された俺は自分の右手で、自身の心臓を強く握りしめていた。渚のその言葉は凄まじく強烈に俺の胸に刺さっていた。目頭に涙を抱えた渚にそんな言葉を言われるなんて、苦しくてしょうがなかった。正直、アイツの性格から考えてこうなることはなんとなくわかっていた。でもやっぱりそれを実際目の当たりにするのと、頭の中での予想とは偉い違いだった。大好きな人にそんな言葉を、しかもきっとたぶんそれが本心ではないのにも関わらず、言われるのは辛い。心臓が今にも張り裂けそうだった。そして自然と目から涙が溢れていた。泣くなんてガラでもないけれど、今はこの辛い思いを涙として吐き出すしかなかったのだ。放課後の屋上。一人寂しく男泣きをしている男がいた――