64話「募り募っていく想い」
放課後。相変わらず登下校は3人なのがここ最近のお決まりみたいで、今日もまた渚に誘われることとなった。俺と渚たちのクラスが違う関係上、必ずどこかで落ち合う必要があるのだが、今日は渚たちがこの隣のクラスへやってくるという形となった。なので俺は帰りの支度をして、渚たちを待っていたのだが――
「あれ?」
教室の扉付近にその待ち人が俺を迎えに来たようなのだが、そこには『1人』しかいなかったのだ。つまるところ、今日のお昼みたいに『澪』がまたしてもいないのだ。俺は『またか?』と疑問に思いつつ、渚のところへと歩いていき、事情を訊く。
「澪来てない? 気づいたら教室からいなくなってたんだけど……」
どこか不安そうな顔で澪の所在を訊いてくる渚。まあ、渚も澪のことを四六時中監視しているわけじゃないから、見失うことはあるだろうけど、もし仮に俺の考えていることが当たっているのなら、もはや澪は忍者みたいに見えてくる。人の目を盗んで、気づかれずに消えていく。ちょっと忍者姿の澪なんか想像して、一人内心で笑っている自分がいた。
「んや、てか連絡とってみればいいんじゃね?」
「送ったけど、未読」
「んー……先生にでも捕まってるとか?」
その『未読』という事実を知った時点で、俺の中でアレがもう確信的になっていた。普通に何か用事あるなら、昼みたいに連絡を入れるはず。でないとすれるならば……ということだろう。だけれど、それをわかった上で俺はあえて渚に知らないフリして対応する。なんか、この姉妹に振り回されているツケが俺に回ってきて、中間管理職みたいな立ち位置になっている気がする。
「でももし何かあったらどうしよう? あの子が勝手にいなくなるなんてこと今までなかったし、未読スルーしてるとこもちょっと不安……」
だけれどそんな澪の思惑を他所に、渚はあらぬ方向に澪を心配しているみたいだ。いっつもくっついているし、たぶんこの感じから離れる時は姉に一言告げているのだろう。そしてメッセの未読。これだけでも渚を不安に駆り立てるには十分だったようだ。
「大丈夫だろ」
でも事実、それは要らぬ心配であることは違いないだろう。きっと澪は今も平気な顔をして日常生活を送っているはず。それもこれも理由は昨日のあの宣言。『俺と渚をくっつける』作戦のためのものなのだから。それが最初からわかっている俺には、不安という感情は全く持って存在しなかった。
「そんな無責任な」
「いやいや、この島だぜ? まずないって。それにホントにヤバイ状況に巻き込まれてるなら、なんかしらのSOSは送ってくるでしょ?」
現状はとりあえず渚を納得させて、さっさと一緒に帰るために俺はもっともらしい理由をつけて説得していく。この島は『安全』と言っても過言ではないほどに、平和に満ちあふれている。誘拐事件なんて聞いたこともないし、それに仮に学園内で何かの事件に巻き込まれていたとしても流石に犯人たちの目を盗んで何かしらの救難信号を出してくるはず。それすらないのであれば逆に不自然すぎるし、大丈夫だろう。
「もし、それすら出来ない状況だったら?」
「だから考えすぎだっての。澪が急にいなくなって心配なのはわかるけど、そんなことそうそう起こりはしないから大丈夫だって」
「そうかな……」
「ああ、それよりもさっさと帰ろうぜ」
ちょっと強引な運びではあったけれど、それでも渚はそれで納得してくたようで、俺たちはようやく帰宅することとなった。2人肩を並べ、生徒玄関へと階段を降りていく。その間にも俺はこっそりと携帯の着信を確認するフリをして、澪に念のために確認を取ってみる。流石に俺にはもう既に事情を話している分、無視することはないだろう。これで返信がないのであれば、まさかの渚の予感が大的中。返信が帰ってくるのであれば、俺の予想通りだったわけだ。
『うん、そうだよ』
そんなことを考えている内にすぐさま澪からの返信があった。そしてその返信の内容通り、やはりこれも澪の作戦の内ということだった。しかも、さらに話を訊くと、なんと澪はもう既に下校してしまっているみたいだ。ホント渚からすれば、まさに『いつのまに』と言った感じだろう。ますます澪が忍者に見えて、仕方がなかった。
バレないようにしながらこそこそと任務を果たし、時には大胆に行動する。しかも双子の姉妹である渚の目すら欺けるのだから、ちょっと怖いかも。それにしてもこの作戦、渚のそれと比べると2人きりだし、とても効果的なように思える。実際問題、たぶん今の俺では渚と2人きりになれば、その思いを強くしてしまうだろうから。ホント、俺からすれば澪には感謝しかないわけだ。
「――あれ、私の傘がない……」
生徒玄関に着き、外靴に履き替えて自分たちの傘を取って帰ろうとした矢先、
渚が自分の傘を探しながらそんなことを呟く。
「え? 置く場所間違えたとかじゃなくて?」
「ううん、だって私、ここにたしかに置いたもん」
「誰かにパクられたか……」
今現在、進行形で雪も降っていることだし、大方傘を忘れた男子生徒辺りが適当にあるのをパクっていったのだろう。よくそういう被害が出てるって先生も言ってたし、だから生徒の中には大袈裟に『セキュリティロック』までしてる奴だっているぐらいなのだ。今回のそれも、たぶんそういう対策をしなかったが故の被害なのだろう。
「てか、澪のもない……もしかして!」
そんな風に俺が事の成り行きに自分なりの結論をつけて納得していると、渚が澪の傘もないことに気づく。そしてさっきようやく俺が説得して納得して収まっていたのに、またそんなことをぶり返してくる。
「なーぎーさっ! 考えすぎだっての」
もう本人にも確認しているから、ホントにそれはない。これも俺の予想でしかないけれど、たぶん状況から考えて犯人は澪で間違いないだろう。たぶん澪のことだから、《《アレ》》をしてくれと間接的に俺に言っているのだろう。それがわかっている俺は、そんな澪のフォローをすることに疑問を抱きつつ渚を諌める。
「でも!」
「じゃあ、なんで諫山姉妹の傘が両方ないのが、澪に何かあった理由になるんだよ」
「誘拐とか!」
「誘拐するなら傘なんかいらないだろ。てか、渚の傘なんてもっといらないじゃん」
そんなことすれば、誰かに目撃される危険性が一気に増す。それにそれでは渚の傘まで持っていく必要はない。焦って混乱しているのか知らないけれど、渚のそれは冷静さを欠いたものだった。
「そうだけど……」
「どうせ連絡忘れて先に帰ったんだろう。家に帰れば、ひょっこり現れるって」
「そ、そう?」
「それよりも、さ……傘ないんだったら……入ってく?」
異常に心配性になっている渚が一通り落ち着いたところで、澪がおそらく望んでいるであろう事を渚に提案する。いわゆる『相合傘』と呼ばれるものを下校時にしてくれ、と澪はこう言いたいのだろう。裏の事情を知っている俺ならば、そうしてくれると。だけれど俺は決してそれに『従った』わけじゃない。俺自身の本能がそうしたいと思ったから、そう渚に言ったのだ。せっかくの与えられた2人の時間なのだから、俺はとことんまで攻めていきたい。2人に振り回されてばかりで疎かになっていたけれど、俺だって『恋している人間』なのだ。だから俺だって自分の思いを果たす権利ぐらいあったっていいだろう?
「えっ!? い、いい、いやっ! だ、大丈夫だからっ!」
そんな俺の提案に驚いたような顔をしながら、すぐにおどおどしだして遠慮する渚。
「いや、大丈夫じゃないだろ。雪降ってんのに」
女子がこの雪の中を、傘もささずに帰るというのはいかがなものなのか。しかも俺たちはこれから一緒に帰ることになっているのだから当然、その隣を歩く俺は傘をさして帰るわけだ。それでは不釣り合いな光景が出来てしまう。ここはもはや2人で1つの傘を使うしか、他に道はないだろう。
「雨じゃないんだし、大丈夫だって……」
よっぽど2人で1つの傘に入るのが恥ずかしいのか、そんな苦しい言い訳をして再び遠慮する。
「濡れて風邪引いてーテスト欠席するかもしれんぞー? いいから、入ってけって」
対する俺としてはもう是が非でも渚と相合傘したかった。もう完全にそんな気分になっていた。だからちょっと強引な理由をつけて、そう催促をする。
「う、うん……わかった」
それに折れてくれたのか、ついに俺の願いが叶うことに。そんなわけで俺は緊張しながらも外に出て傘を広げ、渚が隣に来るのを待った。もはや内心ドキドキしまくっていた。好きな人とこんなことができる時がくるのだから。正直、ちょっとだけだけど、あこがれもあったから。渚も渚で気恥ずかしさからか、どこか俯き加減で俺の傘へと入ってくる。そしてそのまま俺たちは歩き出し、それぞれの家へと出発する。
「――おっ、思った以上に狭いなこれ」
相合傘というものを初めてしてわかったこと、それは思った以上に傘でしのげる範囲が狭いということ。もっともこれは元々1人用で作られたものなのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。それにしたってそこは狭く、ぶつからないように距離をあけるとどうしてもどちらかが傘からはみ出してしまいそうになっていた。
「そっ、そうね……」
「そっち大丈夫か?」
俺がはみ出る分には大いに構わないけれど、渚がはみ出て雪に当たるのは申し訳ない。なので俺は逐一渚の右肩を気にしながら、歩いていく。
「じゃっ、若干雪がかかるけど……これぐらい大丈夫……」
この状況からか、渚は縮こまって歩いているように見えた。だけれど、それでも肩は傘からはみ出してしまうようだ。でもさっきみたいに遠慮した気遣いをしてくる渚。
「いや、それはそれで悪いからなぁー……あっ、そうだ!」
このままでは渚が濡れたままとなってしまうので、何かいい妙案はないかと考えていると、いいことを思いついてしまった。それはとても恥ずかしいことだけれど、周りに白い目で見られてしまうかもしれないけれど、今のこの若干の暴走状態でそのままの勢いで突っきてしまおうと考えていた。
「なあ、渚。ちょっと傘持ってて」
俺は一旦傘の柄の部分を渚に持たせる。渚に悟られぬように自分の騒いでいる心を落ち着けて、いよいよ覚悟を決める。
「んで、こうして――」
そして渚が握っている手を覆うように俺の手を……
「ちょっ、何してんのよ!?」
渚の手に重ね、そして体を限界まで互いに近づけて2人で1つの傘を持つことにした。そんな突然のことに対し、渚は慌てふためいている感じだった。その渚の姿が可愛くて、さらに暴走が加速してしまいそうになってくる。
「こうしたら濡れないだろう」
これでお互いの肩はすっぽりと傘の中に収まり、雪がかかることはもうなくなる。ただ2人の距離が一層縮まって、近くなるので少しだけ歩きづらかった。でもそれぐらいでこれが味わえるのであれば、安いものだろう。
「だ、大丈夫だってば……」
「いいからさ、俺がしたいんだ……渚と」
相変わらず遠慮してくる渚に、もうどうにも止まらずに俺は渚にそんな本音をぶつけていく。
「う、うん……」
やばい、めちゃくちゃヤバイ。心臓がバクバク言ってる。下手すれば渚に聞こえちゃうかも。それぐらいうるさく、早く俺の心臓は鼓を打っていた。恥ずかしいからか何なのか、体もすごく熱い。渚との距離もめっちゃ近いし、普通に肩と肩が当たったりもしている。そして極めつけはこの一緒に傘を持っているこの状況だろう。渚も渚で俺を受け入れたのか、はたまた諦めたのか俺の手の指と指の間へと入っていき、傘の柄を挟んでのまさかの『恋人繋ぎ』となっていた。もう傍からみたら、この構図はまさに『恋人』にしか見えないだろう。そんな渚の行為も俺をさらにドキドキとさせていく要因となっていた。好きな人にそんなことをされたら、もうどうにも止まらない。こんな幸せな瞬間が、いつまでも続けばいいのに。今もなお一歩一歩と自宅という終わりに向かっている。そこまでじゃ、物足りないほどもっともっとそれがほしくなっていた。やっぱり俺は渚が好きだ。大好きだ。だからこそ、渚ともっと一緒にいたい。バカなこと言い合って笑っていたい。そのためにも、俺にはやらなければならないことがある。そろそろこの均衡をぶち壊す時が来るのかもしれない――