怒り心頭
「――渡辺様はNPCとPCの違いについてはご存知ですか」
「それくらいなら分かります。ゲームは昔やっていましたから。ただ、このゲームについて無知なだけです」
「わかりました。こちらも先ほどのメッセージで送らさせていただいた内容のことですが、今、渡辺様はAIを搭載しているNPCからはNPCとして、AIを搭載していないNPCからはPCとして認識されています」
「こちらに関しては、同席しているその子が具体的な例になります。本来、AIを持ったNPCはPCに対してある程度までしか干渉しないように設定されていますので、本来ならこの場に付いてくるということ自体あり得ません」
俺はビスケに目をやる。ビスケは俺以上に真剣な表情で話を聞いていた。
俺は今になって、この場にビスケを誘ったことが間違いだったのではと感じ始めていた。
設計や設定といった話はこの少女に、『お前は俺たちが作った虚像だ』と宣告しているように感じた。
「どうかされましたか?」
「いえ、話しの続きをお願いします」
俺は魔法少女サイトウの話を今まで以上に真剣に聞くことにした。
「――現在、判明している不具合は以上になります。」
結局のところ、メッセージで受け取った内容を再確認させられただけだった。
「ここまでで何か質問はありますか?」
「仮に俺がこの世界で死んだらどうなりますか? 所謂ゲームオーバーでリスポーンされますか?」
「本来ならゲームオーバーになった時点で安全装置が働いて自動的にログアウトされるはずですが、渡辺様の場合、正しくログアウトされるか不安が残ります」
「やはりこの世界で死ぬことはNGということですか」
「はい、そうなります。一応その点については対応方法が御座いますが」
「対応方法?」
「渡辺様のパラメータをGM同様にすることが可能です」
「詰まる所、どうなるんですか?」
「意図的にレベルを最高レベルまで引き上げ、各パラメータをカンスト状態にすることが可能です。所謂チートというやつですね」
「チート、ずるをするってことですか?」
「はい、そうなります」
ずるか……。
まぁ、死んでログアウトできずにどうにかなるよりかはマシだな。心情的にはずるとかしたくはないが。
「パラメータの件、よろしくお願いします」
「はい、では後程パラメータを再設定させていただきます」
「他にご質問はありますか」
「ログアウトできないのは本当に俺だけなんですか?」
「はい、渡辺様以外のプレイヤー情報を再点検しましたが、問題は見つかりませんでした」
「そうですか」
「ですから、ログアウト不可能の件につきましては他言無用でお願い致したく」
この一言で俺は運営に対して一気に不信感を募らせた。
だってそうだろう、フルダイブタイプのゲームでログアウト不可能なんだぞ。
本来なら俺以外のプレイヤーが残っていていいはずがない。
「どういう意味ですか」
俺は怒気を含ませながら訊ねた。
魔法少女サイトウは俺の言葉の真意に気付いたのだろう。
「現在のワールド・オブ・ファンタジアは世界規模のVRMMOです。おいそれと稼働を止めることはできません。上からの命令です。」
「……俺以外にこのバグが再現した場合はどうするんですか」
「申し訳ありません。ご回答致しかねます」
ドンッ!
俺は円卓を力強く拳で叩いた。手が痛く、痺れる
横にいたビスケが怯えた表情で俺を見た。
「おじさん……」
「悪い、感情的になった」
深く深呼吸をする。感情を抑えるのに必死だった。
「俺は偶々、病院でダイブしたのでまだよかったと思います。ですが、他のプレイヤーは違うと思います」
「おっしゃる通りです」
「それでもですか?」
「……」
魔法少女サイトウは何も答えなかった。
それが回答だと俺は認識した。
ふぅーと俺は言葉にしながら息を付いた。
「分かりました。他のプレイヤーには何も言いません。但し、責任だけは取ってくださいよ」
俺の言葉にはまだ怒気が含まれていた。
「……ほかにご質問は」
魔法少女サイトウが恐る恐る尋ねてきた。
「……特に何も」
ぶっきらぼうに答える
「分かりました。こちらからご説明できる不具合の内容は以上となります」
「では、続きましてこのワールド・オブ・ファンタジアのゲーム設定や舞台設定などをご説明させていただきたく思います」
「結構です」
「えっ?」
「結構だと言ったんです。ゲームの操作方法などは後でチュートリアルとしてメッセージで送ってください」
俺はこれ以上、魔法少女サイトウと話しをする気になれなかった。
「分かりました。ただメッセージではなく、こちらをお受け取り下さい」
何かの卵を渡された。
「これは?」
「渡辺様専用の精霊です。他プレイヤーの精霊とは異なり、ゲームの設定などの説明もできるようにしてあります」
「ちなみに精霊というのは――」
「ビスケ、精霊って知ってるか」
魔法少女サイトウの言葉を遮ってビスケに尋ねる。
「うん……、知ってるけど」
「なら後で教えてくれ」
「でも、神様が今――」
「頼む」
「うん……」
今の俺は一分一秒でも早くこの場を後にしたかった。