不具合の再確認
「運営チーム統括のサイトウです」
ボイスチャットから聞こえて来たおっさんの声に似つかわしくない魔法少女が答えた。
その声はアニメ声とでも言うべき耳にしっかりと残るタイプの少女の声だった。
日曜日の朝にアニメでやっていてもおかしくないくらいに完成度が高い。
だが、中身を知っている以上、吐き気を催す。
現に先ほどまで恍惚の表情を浮かべていたビスケは灰色になって固まっていた。
ビスケは小声でうわ言のように、
「神様が……。理想の神様が……」
と繰り返していた。
正直、分からなくもないぞ、その気持ち。
「どうしました」
魔法少女サイトウが訊ねてくる。
「いや、ボイチャとのギャップに戸惑って」
「ああ、なるほど。よく言われますよ。ゲームの設定に合ってないって。でも好きなんですよ魔法少女」
どうやら魔法少女サイトウには羞恥心というものがないらしかった。
まぁ、ブリーフ一枚で丸一日過ごしていた俺が言うのもなんだが。
「それはそうと、ここでは人目に付きますのでこちらへどうぞ」
魔法少女サイトウはウィンドウを開いて何か操作をしている。
そのウィンドウは俺たちのものとは全く異なり、デザインも魔法少女らしく可愛らしい猫がいっぱい描かれていた。
「これが所謂、ガチの人ってやつなのか」
魔法少女サイトウがウィンドウ操作を終えると同時に俺たちの目の前に扉が出現した。
扉にはKEEP OUT、関係者以外立ち入り禁止の文字が描かれていた。
「さぁ、渡辺様こちらへどうぞ」
魔法少女サイトウが扉の中へと俺を促す。
「あ、待ってください。話しをするならこの子も一緒にお願いします」
俺は理想が打ち砕かれ、灰色になっていたビスケの肩を優しく叩いた。その瞬間ハッとしたビスケに色が戻った。
「よろしくお願いします」
「この子は?」
「俺が色々お世話になった子です。俺自身がこのゲームについても世界についても全くの無知なので一緒に立ち会わせてください」
「……なるほど、分かりました」
扉を先に潜った魔法少女サイトウの後を恐る恐る付いていく俺とビスケ。
扉の先はどこかの一軒家らしい内装をしていた。
ただあちらこちらに見慣れないアイテムが大量に存在し、取り散らかっていた。
「あ、そこらへんにあるアイテムには触れないでくださいね。一応、未実装のアイテム群なので」
「はぁ、分かりました」
俺とビスケは最奥の部屋に案内された。部屋の中央に円卓があるだけの質素な部屋だった。
先ほどの部屋とは違い、無機質な部屋だ。
「どうぞ」
魔法少女サイトウに促されて円卓に座する。勿論、隣にはビスケが一緒だ。
俺の目に前に座した魔法少女サイトウがまたウィンドウを操作する。
すると今度は俺とビスケの前に1つのウィンドウが出現した。
そこには社外秘と書かれていた。
「早速ですが、いま渡辺様が置かれている立場についてお話しさせて頂きたく思います」
「よろしくお願いします」
ビスケに目配せをするとコクンと頷くのが見えた。
「現在、渡辺様は原因不明の不具合でログアウト不可能であります。こちらは目下、対策チームが総力を挙げて対応しております」
「どれくらいで原因は判明しそうですか」
「それなんですが、1時間ほど前に送らさせていただきましたメッセージの通り、ログが取得できていない関係で調査は難航しており、正確にいつまでとはお答えしかねます」
俺もIT業界で働いている身だ。ログの大切さは痛いほど知っている。そのログが存在しないとなると原因究明が困難を極めることぐらい分かる。
ログが無ければバグを再現させることすらできないからな。ただ、頭で理解はできるが、納得はできなかった。
「ログが真っ白でお先真っ暗ですか」
俺は寒いギャグを呟いた。笑い声はどこからも聞こえなかった。
寧ろこのギャグで笑ったやつがいたら俺はそいつをぶん殴っていただろう。