プロローグ
勢いで書きました。
誤字脱字、設定の矛盾があっても無視して読んでいただけると助かります。(身勝手)
※2017.10.16 誤字を訂正しました。
目の前に表示されるのは赤丸に白✕で描かれたマークと
「ログアウトできません。ゲーム管理者に報告をお願いします」
の一言のみ書かれたウィンドウ。
そのウィンドウがざっと数えただけでも30を超えている。如何に俺が焦って連打をしたかが窺い知れる。
俺の目の前にはそんな焦りの象徴が視界を覆うほど重なっていた。
「あーもう、ウィンドウが邪魔で前が見えねえんだよ!」
俺はウィンドウの✕ボタンを某世紀末覇者の如く連打で閉じていく。
俺の罵声と奇妙な動きを見た、モンスターが一目散に逃げていく。
さっきまで、楽しいと言いながら撲殺していた相手だ。
「何なんだよ、一体。ここの運営は何やってんだよ」
ログインしたゲームからログアウトできないって酷いバグだ。VRMMOであっちゃいけないものだぞコレ。
空を見ながらが悪態を付く。
中肉中背の体形に上半身裸、下は白ブリーフ一枚といういで立ちで草原に取り残された男が一人。そう俺のことだ。
ここはワールド・オブ・ファンアジアという王道VRMMOの世界だ。
俺は検査の待ち時間を使ってこのゲームを初プレイしていた。
ウィンドウからリアルタイムを確認する。検査の開始時刻はとうに過ぎていた。
「医者に怒られるかな、これ」
俺はふと昨夜のことを思い出した。そして頭を抱えた。
「ちがうんだ。美和。あれはほんの出来心だったんだ」
俺は半べそになりながら、今は目の前にいない嫁の名前を出した。
昨夜は中学時代の連中が一堂に会する同窓会だった。そこで俺は、中学時代に付き合っていた佐由利におイタをしようと考え、見事玉砕したのだ。そのことを思い出し、恐妻である美和の鬼の形相が思い浮かぶ。
「寧ろ、ログアウトできないほうがマシかも」
俺そうが思っていると不意に目の前にウィンドウが現れた。
ユーザーが使っているインターフェイスとは異なるデザインのウィンドウ。
「これで帰れるか」
俺はログアウト操作を行った。
「あれ? ログアウトできないぞ」
俺は運営から来たであろうウィンドウの中身をここで初めて読み上げた。
「現在、原因を究明しております。もう暫くお待ちください」
「何だよ、まだ帰れないのかよ!」
不意にカラッと晴れた『始まりの草原』に不穏な風が吹き、猫じゃらしが俺の股間を撫でた。
――イライラ。イライラ。
「遅い、何時間待たせるんだよ」
俺は人気のない草原で座り込んでいた。リアルタイムで数時間が経過していた。
夜の草原は気温が下がり、ブリーフ一枚のこの身には風が冷たすぎる。
「寒い」
体を縮こませながら、寒さに耐える。
「こんなことなら運営の言葉を無視してでも、村に戻れば良かった」
今の俺には制限が課せられていた。
運営から原因が分かるまでそのまま待機していて欲しいと追加メッセージを受け取っていたからだ。
「くそ、絶対に後で慰謝料を請求してやる」
怨嗟を呟きながら、遠くに見える村の明かりをぼーっと眺め続けていると、直ぐ近くの草むらを何かが走る音が聞こえた。
「なんだ? また野良ウサギか。今は相手してる気力もないっていうのに……」
俺は立ち上がって音の方向を向いた。音は数メートル先でピタっと止まった。そして聞こえてくるグルルゥという獣の威嚇音。
「野良ウサギじゃない? これってもしかして……」
微かに頭をよぎるのは野犬や狼といったモンスターだ。俺はゆっくりと右の草むらに移動した。村の明かりが先ほどの唸り声を上げていた草むらを照らし出す。そこには赤く光る双眼が視えた。
「まずいな、これ」
一瞬で現状を理解する。これが普通のゲーム状態なら無残にやられてリスタートで済むかもしれないが、今の俺は現状が現状だ。
下手にゲームオーバーになるとどうなるか分かったものじゃない。
ガサッ、ガサッと音は俺に少しずつだが、確実に迫ってきていた。
威嚇音を上げながら草むらから姿を現した獣にはウィンドウに野犬と表示されていた。ついでに表示されているレベルも俺よりも少し高い。
「本格的にまずいな。逃げ切れるかな」
俺は本能的に危機感を覚え、一目散に逃げ出した。
その俺を追いかけてくる野犬。
白ブリーフ一枚だけのおっさんが野犬に追われるという何ともシュールな画が広がっていた。
「待て! お座り! ちんちん!」
俺は思いつく限りの命令を野犬に向かって叫ぶ。無論、それで動きを止めるような野犬などいるはずが無かった。
「いーやー」
俺は周りに目もくれず、一目散に村へと走った。周りにいる他ユーザーに助けを求めるということなど考えも及ばずに。
時間にして1分程度か、スタミナゲージが減ったり、回復したりを繰り返しながらなんとか無事、村へとたどり着く。
「たぶん、村の中は安全だろう」
俺は息も絶え絶えといった様子で村に入った。そこで不意に声を掛けられる。
「アルタビスタの村へようこそ。冒険者さま」
「なんだこいつ、これがNPCってやつか。普段ゲームをプレイしていないからイマイチ要領が掴めないな」
俺がそう思っていると
「(チッ、また変態プレイヤーかよ)」
そう聞こえた。
「ん? 何か言ったか?」
俺は村の入り口に佇む少女に話しかけた。すると
「アルタビスタの村へようこそ。冒険者さま」
同じ会話が返ってきた。
「空耳か、何か変な言葉が聞こえて来た気がするんだけど」
「(空耳じゃねーよ、バーカ。変態プレイヤーって言ったんだよ)」
「?! 今ハッキリと聞こえたぞ。誰が変態プレイヤーだ」
ブリーフ一枚でいきり立つおっさん。
「なっ?!」
今まで笑顔で接してきた少女の表情が驚きに変わった。急に腕を掴まれ、村の脇へと連れていかれる。
「あなた何者?! 私たちNPCの隠しボイスが聞こえるって普通のプレイヤーじゃないわよね。若しかして、NPCの人間? それならそうと先に言いなさいよ。それにその恰好は何? 変態なの? バカなの?」
一気に捲し立てられる。ただでさえ、ゲーム知識が少ない俺にはこの少女が何を言っているのかサッパリだった。
「へ? ただのプレイヤーのはずだぞ、俺。今、バグにあってるけど」
「バグ?」
「そう、ログアウトできないっていう、クソみたいなバグ」
「何それ」
「俺が聞きたい」
暗闇の中、村の端で幼気な少女とブリーフ一枚のおっさんがヒソヒソと話しをする。
この姿を見かける人がいれば100%、間違いなく事案に繋がる光景だ。
「ちょっと待ってて」
少女は言うとウィンドウを開いた。最近のゲームはNPCもウィンドウ操作できるだなと感心していると少女に言われた。
「なんだ、やっぱりあなた、NPCの人間じゃない」
「は?」
その時、まるでタイミングを計ったかのように運営からメッセージが届いた。
「ちょっと待て、運営から何かきた」
俺は急いで運営からのメッセージをウィンドウに表示させた。何か無性に嫌な予感がする。
【至急対応致します】メッセージの表題はこれだけだった。
藪蚊にさされた背中に冷や汗が流れる。ここから先を読んではいけないと頭が警鐘を鳴らす。
「現在、ユーザー名:渡辺裕介 様 は当社の不手際により、まともにゲームをプレイできる環境ではありません――」
「尽きましては、早急に対策チームを設け――」
「何卒、ご容赦下さいますようお願い致します。尚――」
途中の文がすっぽ抜けるほどの衝撃。俺がゲームの世界から出られなくなった?!
不倫ダメ。絶対。