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少女はそれを許さない

作者: 青木誠一

あんまり怖くできなかったホラーものです。


 とある交差点。

 交通事故で死んだ若い娘を慰霊するブロンズ像が建立された。

 冬の真夜中。交通量調査のバイト中、無茶苦茶な運転で歩道に乗り上げてきた車に引きずられ、轢死したのだった。しかも犯人は現場から逃走し、捕まっていない。

 少女の家族や友人たちは悲しんだ。

 この像は彼らの無念の思いが多くの助力を得て、成ったものだ。


 美人ではないが温厚な性格そのままに、像になっても車量観測の仕事をするかのように、椅子の上に行儀よく、静かに座ったその姿は故人と生き写しだった。

 なぜ慰霊碑ではなく像にしたかとの問いに、ボランティアとして少女像の設置に尺力した若者の一人はこう答える。

「ひき逃げ犯にも心があるはずです。被害者の遺影がこうしたかたちで目につく場所にあれば、犯人が罪を悔いて自首してくれるかもしれないでしょ?」



†             †             †




 車田のりおは、朝晩、通勤と帰宅の際にかならず通らねばならない交差点に居すわった少女像を見るたびに、顔を背けた。

 犯行がバレないかとおびえ、一日も早く事故を忘れ去りたい者にとっては忌まわしい光景に違いない。

 飲酒しての帰りに運転を誤って交差点の歩行領域に乗り上げ、折悪しく車量観測員としてその地点にいた若い娘を死なせたのは彼だった。


 いい加減にしろよ。交通事故なんか自動車が走るようになってから、世界中で毎日起こってるじゃないか。なんで俺がうっかり轢いちまった件だけを目の敵に、被害者の像なんか建てるんだ。おかげで俺はいつも、人知れず苦しんでる。あんまり不公平ってもんだろ。


 そうだ。あんな像、撤去してやれ。


 車田のりおは真夜中、少女を轢いたその車で乗り付け、渾身の力をふるって少女像を座席に積み込むと人里離れた山中まで運んで捨てた。

 しかし、その夜以来――。


 カシャッ。

 人通りの絶えた深夜なのに。

 カシャ、カシャッ。

 どこからともなく計数機器を押す音が聞こえてくるようになった。

 カシャ、カシャ、カシャ……。

 車田も学生時代、バイトでやったことがある交通量調査に使う、金属製のカウンターを押すときの音だ。

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ……。

 音は次第に高まり、数も増してくるようだった。

 そうした状態が何夜も続き、彼はすっかり神経をすり減らしてしまった。


 身も心も疲弊しきったある夜。

 カシャカシャ音も鳴り止み、ようやく寝付いたと思ったら、今度は玄関の呼び鈴を連打する音が。深夜だというのに。

 怒気荒らくドアを開けると、玄関のまん前に、あの少女像が置かれているではないか。はるか遠い山中に捨てたはずの!

 しかもまたもや、計数機器の音が聞こえはじめた。

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ……。

「やめてくれーーっ!」

 音は鳴り止まない。

 車田は狂乱して叫びまくり、近所の人々がみな目を覚まし、集まってきた。


 翌日。車田のりおは警察に出頭、飲酒運転での過失致死について犯行を自供した。



†             †             †




 さかのぼること数週前。

「あれっ、カウンターが? 数字は全部ゼロでリセットしたはずなのに、乗用車のところが一台だけ押されてる」

 最初に気付いたのは、少女像の身辺を掃除していたボランティアの若者だ。故人とは生前、知り合いでもあった。

「誰か、押さなかったか?」

 そう聞いても、みんなが怪訝な顔をする。

 そもそも変なのだ。少女像の指はちょうど「乗用車」のところに固定され、人が押せないようになっているのだから。

 異常は続いた。

 カシャッ。

 毎日、朝晩のおなじ時間帯、誰が押したとも知れずカウンターの数字がひとつずつ増えていく。

 奇妙な現象はボランティアの全員が周知するところとなった。そして彼らは、ある乗用車が少女像の前を通るとかならず計器が音を立て数値が繰り上げられるのを確認する。

 その車に乗っているのがひき逃げの犯人なのか? 被害者の思念がとりついた少女像はみんなにそのことを訴えようとするのか?


 ボランティアたちは問題の車の後を追い、運転者の所在を突き止めた。

 車田のりお。26歳。会社員。

 疑わしさMAXながら、しかしそれだけでは決め手に欠ける。勤めもあり普通に暮らしているようだが、ほんとうにこの男が少女を轢き殺したのだろうか。

 どうしようかと思いめぐらすうちに、車田のりおは自分で墓穴を掘った。

 深夜、交差点に乗りつけると、少女像を車に積んで運び去るという暴挙に出たのだ。

 ひそかに追跡していったボランティアたちは、山中に車田が少女像を捨てるのを確認する。

「あの野郎、ひでぇ真似しやがる」

 すぐ取り抑えようと息巻く者もいたが、それではひき逃げした証拠までは得られない。目障りだから撤去してやったんだ、と言い返されるかもしれなかった。

 彼らは一計を案じた。

 回収した少女像を、車田のりおの家の前に設置し直すことにしたのだ。その前に、みんなでカウンターの音を聞かせ、車田を神経衰弱に追い込んでいく。

 効果はてきめんだった。



†             †             †




 後日。

 交差点に再設置された少女像の前に花束を供えながら、故人の仲間たちは心晴れやかだった。

「よかったな、犯人つかまって」

「このコも浮かばれるわね」

「知ってる? 交通事故で死んだ人って、日本だけで百万人くらいいるそうよ。ひき逃げされたまま成仏できない魂なんて数知れないんじゃないかしら」

「彼女は幸運なほうなのか」

 みんなが少女の冥福を祈ろうと、像に向かって手を合わせたそのとき。


 巧みだが無鉄砲な運転の仕方で、速度も信号もおかまいなくすっ飛ばすように走行音を轟かせ、一台の車が猛速度で通り過ぎていった。

 カシャッ。

 計器が押され、数字がひとつ増えていた。





( 完 )

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