窓辺の髪
放課後の旧校舎裏で、ボクはひとり草刈りをしていた。
本来、この作業は生徒の受け持ちではなく、ある教員が押し付けられた仕事だった。
その教員は『めんどくさい、やりたくない』 と思い、自分でやらずにすむ方法を考えていた。
そこにボクが付け込んで、その教員から二千円で請け負ったのだ。
そして今、目につくところの雑草をすべて刈り終えた。
ボクの眼の前には、雑草の詰まった大きなビニール袋が並んでいる。
教員の指示では『刈り終えた草はその場に放置しておけばいい』ということだった。
ビニール袋の口を閉め、草刈り鎌を持って作業終了の報告に向かう。
その時――
「――ーい、おーい」
そんな声が聞こえた。
その声は、ボクに向かってかけているように思えた。
周りを見回すが、あたりにはダレもいない。
旧校舎裏は広く、昼間でも薄暗くはあるが人が隠れられるような場所はない。
「こっちこっち――」
――声の方向は……
ボクは上を見あげた。
旧校舎の三階、教室の窓から女の子が顔を出している。
見たこともない女の子だ。
見上げたボクに対して、彼女は笑顔で手を振る。
頭の左右に丸めた髪をひとつずつ、いわゆるお団子ヘアがとても印象的だった。
「ねぇねぇ。わたし、ここですっごいもの見つけちゃったの。あなたもちょっと見に来てよ」
屈託のない笑みを浮かべて、彼女がボクへ叫ぶ。
「なにがあるの?」
「説明できないぐらいすごいものよ。見たらビックリするんだから」
親しげな口調だが、ボクの質問ははぐらかされてしまった。
彼女の言う『中に有る物』は確かに気になるが、それ以上の疑問があった。
――彼女はどうやって旧校舎へはいったのだろう?
カギがどうのこうのではなく、旧校舎の出入り口はすべて板で塞がれている。
窓すら塞がれているため、内部への侵入は不可能なはずだ。
ボクの疑問を察したかのように彼女は、
「あ、そういえば入口が閉まってたね。それじゃ――」
言いながら、彼女がお団子髪をほどく。
その髪を、頭を突き出すようにして窓から垂らした。
丸められていたときにはわからなかったが、髪は見た目以上に長く、一メートル近くある。
「これを登ってきて」
言いながら、彼女は自分の髪をつかんで引っ張る。
すると、スルスルと髪が伸び始めた。
右手で引っ張り、左手で引っ張り――
何度も繰り返すうちに、彼女の髪の毛はボクの眼の前まで届いてしまう。
手を伸ばし触れてみるが、それはなんの変哲もない、むしろとてもきれいな髪の束だ。
撫で、引っ張り、感触を確かめ、ボクはすこしだけ考えていた。
観察して考え込むボクを、彼女は上から笑顔で見つめている。
「ごめん、ボクは心配性なんだ。もう少しだけ伸ばしてもらえるかい」
「ええ、いいわ」
再び彼女が髪を引っ張る。
見る見るうちに髪は伸び、地面に着いた。
腕を組み、ボクはわざとらしく困ったそぶりを見せる。
「あともう少し伸ばしてもらえないかな。どうせなら、腕と体にしっかりと巻きつけておきたいんだ」
「しようがないわね――」
彼女の髪はさらに伸び続け、地面に何重ものトグロを巻くほどに垂れ落ちた。
「限界よ、これ以上は伸びないわ。さぁ、登っていらっしゃいな」
「うん、これなら登れる気がするよ」
グイッと引っ張って具合を確かめる。
彼女の髪はとても丈夫で、引っ張った程度ではびくともしなかった。
ボクはその髪を腰に巻きつけ、腕に巻きつけた。
そして、髪をつかんで壁を歩くようにして、一歩、二歩とのぼってゆく。
見上げると、彼女がニコニコと――いや、ニヤニヤしながらボクが昇って来るのを待っている。
一階を超えたあたりで、ボクは地面に目を向ける。
――これぐらいでいいだろう。
隠し持っていた草刈り鎌を手にし、髪の束をめがけて横一線に振り払う。
ジャリンッ、
と、音を立て髪は切断された。
切断直後、一瞬の浮遊感でバランスを崩しそうになる。
しかし、目測を取っておいた甲斐もあり、うまく足からの着地ができた。
見上げると、彼女は短くなった髪の束を握りしめ、目を見開き、クチをあんぐりと開いたままボクを見ている。
なにが起こったのかわからないようだ。
手に入れた髪の毛を、ボクは丁寧にねじりまとめた。
黒くつややかで、弾力もある。
そして、なにより長いということも大きなポイントだ。
インターネットのオークションで売れば、七・八万円は固いだろう。
彼女に対して、悪いとは思っていない。『登る』なんて一言も言っていないのだから。
上からなにかをわめく声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
旧校舎にヒトがいるわけがない。




