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窓辺の髪

作者: ParticleCoffee
掲載日:2017/01/28

 放課後の旧校舎裏で、ボクはひとり草刈りをしていた。

 本来、この作業は生徒の受け持ちではなく、ある教員が押し付けられた仕事だった。

 その教員は『めんどくさい、やりたくない』 と思い、自分でやらずにすむ方法を考えていた。

 そこにボクが付け込んで、その教員から二千円で請け負ったのだ。

 そして今、目につくところの雑草をすべて刈り終えた。

 ボクの眼の前には、雑草の詰まった大きなビニール袋が並んでいる。

 教員の指示では『刈り終えた草はその場に放置しておけばいい』ということだった。

 ビニール袋の口を閉め、草刈り鎌を持って作業終了の報告に向かう。

 その時――

「――ーい、おーい」

 そんな声が聞こえた。

 その声は、ボクに向かってかけているように思えた。

 周りを見回すが、あたりにはダレもいない。

 旧校舎裏は広く、昼間でも薄暗くはあるが人が隠れられるような場所はない。

「こっちこっち――」

 ――声の方向は……

 ボクは上を見あげた。

 旧校舎の三階、教室の窓から女の子が顔を出している。

 見たこともない女の子だ。

 見上げたボクに対して、彼女は笑顔で手を振る。

 頭の左右に丸めた髪をひとつずつ、いわゆるお団子ヘアがとても印象的だった。

「ねぇねぇ。わたし、ここですっごいもの見つけちゃったの。あなたもちょっと見に来てよ」

 屈託のない笑みを浮かべて、彼女がボクへ叫ぶ。

「なにがあるの?」

「説明できないぐらいすごいものよ。見たらビックリするんだから」

 親しげな口調だが、ボクの質問ははぐらかされてしまった。

 彼女の言う『中に有る物』は確かに気になるが、それ以上の疑問があった。

 ――彼女はどうやって旧校舎へはいったのだろう?

 カギがどうのこうのではなく、旧校舎の出入り口はすべて板で塞がれている。

 窓すら塞がれているため、内部への侵入は不可能なはずだ。

 ボクの疑問を察したかのように彼女は、

「あ、そういえば入口が閉まってたね。それじゃ――」

 言いながら、彼女がお団子髪をほどく。

 その髪を、頭を突き出すようにして窓から垂らした。

 丸められていたときにはわからなかったが、髪は見た目以上に長く、一メートル近くある。

「これを登ってきて」

 言いながら、彼女は自分の髪をつかんで引っ張る。

 すると、スルスルと髪が伸び始めた。

 右手で引っ張り、左手で引っ張り――

 何度も繰り返すうちに、彼女の髪の毛はボクの眼の前まで届いてしまう。

 手を伸ばし触れてみるが、それはなんの変哲もない、むしろとてもきれいな髪の束だ。

 撫で、引っ張り、感触を確かめ、ボクはすこしだけ考えていた。

 観察して考え込むボクを、彼女は上から笑顔で見つめている。

「ごめん、ボクは心配性なんだ。もう少しだけ伸ばしてもらえるかい」

「ええ、いいわ」

 再び彼女が髪を引っ張る。

 見る見るうちに髪は伸び、地面に着いた。

 腕を組み、ボクはわざとらしく困ったそぶりを見せる。

「あともう少し伸ばしてもらえないかな。どうせなら、腕と体にしっかりと巻きつけておきたいんだ」

「しようがないわね――」

 彼女の髪はさらに伸び続け、地面に何重ものトグロを巻くほどに垂れ落ちた。

「限界よ、これ以上は伸びないわ。さぁ、登っていらっしゃいな」

「うん、これなら登れる気がするよ」

 グイッと引っ張って具合を確かめる。

 彼女の髪はとても丈夫で、引っ張った程度ではびくともしなかった。

 ボクはその髪を腰に巻きつけ、腕に巻きつけた。

 そして、髪をつかんで壁を歩くようにして、一歩、二歩とのぼってゆく。

 見上げると、彼女がニコニコと――いや、ニヤニヤしながらボクが昇って来るのを待っている。

 一階を超えたあたりで、ボクは地面に目を向ける。

 ――これぐらいでいいだろう。

 隠し持っていた草刈り鎌を手にし、髪の束をめがけて横一線に振り払う。

 ジャリンッ、

 と、音を立て髪は切断された。

 切断直後、一瞬の浮遊感でバランスを崩しそうになる。

 しかし、目測を取っておいた甲斐もあり、うまく足からの着地ができた。

 見上げると、彼女は短くなった髪の束を握りしめ、目を見開き、クチをあんぐりと開いたままボクを見ている。

 なにが起こったのかわからないようだ。

 手に入れた髪の毛を、ボクは丁寧にねじりまとめた。

 黒くつややかで、弾力もある。

 そして、なにより長いということも大きなポイントだ。

 インターネットのオークションで売れば、七・八万円は固いだろう。

 彼女に対して、悪いとは思っていない。『登る』なんて一言も言っていないのだから。

 上からなにかをわめく声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。

 旧校舎にヒトがいるわけがない。

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