はじまり
三年生の最後の試合まで一週間を切った。
この試合はインターハイに行けるか否かの試合だった。教師になって三度目の引退試合だが、俺にとっても部員にとっても今年は問題の多い時期だった。
一人目は重い病気を患って。
二人目は学校で問題を起こして。
そして三人目は家庭の問題で。
陸上部をやめていった。
陸上部を去っていった。
彼らがとても深刻な表情を浮かべていたのを覚えている。事情も持っていたと同時に、同時に考えも持っていた。
自分が今どうしたいかだとか、自分はどうすればいいのだとか、そんな考えを持った部員たちだった。筋はしっかり通っていたし「辞めたくない」とも言っていた。それぐらいに彼らは陸上という競技に熱を注いでいた。
一人目と今回の部員は今も高校にはいる。とはいえ、辞めますと言ってからは会っていない。避けているのだろう。
……。
「どうしたんですかー、踊島センセー。暗い顔しちゃってますよー?」
部活のことを考えていたせいか、俺は自分のデスクの前にいた女性に気づくことができなかった。
「あ、ああ。春風先生か」
「先生の落ち込んでいる姿なんて珍しいですね。普段はめっちゃパワフルって感じなのに。何かあったんですか?」
「パワフルってほどでもないだろ。平常だよ平常。平常が一番です」
「ですねー。はい、お茶どうぞー」
春風先生は俺より一年後に学校に入ってきた先生だ。国語が得意な人で、多くの先生や生徒からとても好感をもたれている。モットーは『常に生徒と同じ目線で』だそうだ。
そしてそれなりに仲がいい。
「いやー先生も大変ですねー。別の先生から聞きましたよ。また生徒が部活をやめてしまったんですってね。お気の毒です」
「お気の毒って、本当にそう思ってるのか」
「思ってますよー。っていうか思わないわけないじゃないですか。っていうか逆じゃないですか。病気で辞めた部員をどうしようかって最初に私に相談してきたのは踊島先生の方でしょ?」
確かに。
それは事実だ。
「んー……あ。教頭先生がさっき言ってましたよ。後で踊島君を呼ばなければとかなんとかー。先生、まーた怒られるんですね」
「怒られるとかいうなよ……」
「うふふ、まあジョークですけどね」
春風先生は続ける。
「でも、実際どうなんですか」
「どうなんですかって?」
「ほら、こういう時期にあんなことがあると部員のモチベーションとかいろいろあるじゃないですか」
モチベーション。
確かに最近の部員の様子は少し下がっている。顧問としてそれはわかる。試合前で緊張しているだとかもあるのだが、しかしそれ以上に部員が辞めたのが一番の原因だろう。
かつて共に練習をしてきた仲間がいなくなるのは、不安や負担、あるいは不満を抱えているのに違いないのだ。
「大丈夫ですか。よかったら私が力になりますけど」
「春風先生が?」
うん、と言って先生は続ける。
「まあ力になるとは言っても、私が力になるのは部員に対してじゃなくて踊島先生の方ですけれどもね」
「俺の方?」
先生は俺に向かっていった。
「先生、新しい部活動がここ最近できたのをご存じですか?」
「新しい部活動? そんなもん、簡単にできるのか」
部活動を作るにもそれなりの規則があったはずだが。しかもこんな六月半ばにできるようなものなのだろうか。
「ええまあ。というより、これは噂されているだけの部活動で、実際に行ったことも見たこともないんですけれども」
「行ったことも見たこともない? その部活、なんていうんだ?」
「部活動相談所」
「…………」
はい?
なに部ですって?
「部活動相談所。生徒間ではそういわれているらしいです」
その瞬間から物語が始まる。
部活を、陸上部を陸上部として機能させる物語が。




