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フェチズム討論会  作者: 彼方
第一章 討論室へようこそ
1/1

放課後、二人の悪魔

天照大神(あまてらすおおかみ)

好きな有名人、尊敬する偉人、お気に入りのキャラクター、どれを尋ねられても彼はそう答えた。

何も漫画やゲームで脚色された、所謂「萌える」天照を好んでいるわけではない。ただ古事記に登場するそれ、あるいは彼女自体が好きなのだ。ゆえにソーシャルゲームのアマテラスちゃんとも言うべき何某(なにがし)がスキルやら必殺技やらを使うたびに苦虫を噛み潰したような顔をし、況してや漫画に技名として天照の名前が出てこようものなら出版社に電話をかける勢いなのだ。

という彼の性格を知っているからこそ、瀬木昏斗(せきくれと)は、疑念、驚き、期待、をそれぞれ6:3:1の割合で顔に滲ませていた。

「やっと俺の天照を見つけた」

いつもより瞳が情熱の赤みを帯びている。といっても日頃行動を共にしている昏斗にしかわからない差だ。

彼の続きを待とうと口を閉じていたが、一向に帰ってこない。

精悍な顔立ちを僅かにひきつらせ、数秒で閉口が限界にきた昏斗はワックスで固めた自慢のツンツン頭を一撫でしてから、標準装備の胡散臭い微笑みを湛え返答する。

「うんまあ、とりあえずおめでとうと言っておこうか。しかしナオには説明や詳細を省くきらいがあるよねどうも、俺が尋ねる前に話してくれるとありがたいんだけど。それともアレかい、その一言からすべてをプロファイリングするゲームなのかい。ああ実に面白そうだ、今日の議題はそれにしようか」

冗談交じりの身振り手振りを加えた大袈裟な弁論。おまけに長いし内容が他愛ない。昏斗の特徴だ。

「相変わらず一言えば千返ってくるやつだ」

そんな飄々とした昏斗に、彼はロウテンションで気だるそうに返した。

「ナオは千分の一ぐらいしか喋らないからちょうどいいはずだよ」

「必要なときは喋る。現に討論室ではお前と同等の言葉数だと思うが」

「常に、で頼むよ」

「別に今のは黙考していただけだ。シンプルに質問だけすることはできないのか。僕に言わないきらいがあるなら、お前には言わせないきらいがあるぞ」

必要最低限の言葉数で淀みなく無遠慮に話すのは彼ーー兼守直悠の特徴だ。

「ははっ違いないね」

二年一組の教室。

神聖なる教壇に腰を下ろす昏斗は可笑しそうに笑みを深くした。終礼後の教室に爽やかな笑い声が響く。部活や帰宅やの雑踏はすでに喧騒も影もない。

昏斗に対して直悠は最前列中央の特等席に座る。窓際最後尾が一番人気の席なら、全生徒から忌み嫌われている悪魔の席だ。授業の最初に当てられたり、先生に関係のない雑談の話題を振られたり、監視の目があって急ぎの課題に手をつけられなかったりとおおよそデメリットしかない。

だがその席の主たる直悠は例外的に位置的束縛を受けない。それについて先刻の六時間目の保健の授業でも男性の体育教師とこんな言い争いを繰り広げている。

ちなみに直悠とその教師、志島先生の口論は授業毎の恒例になりつつある。


「挑発か、挑発してるのかおい、兼守。なんでお前は一番前の席で教科書もノートも筆箱も机に出していないんだ。……おい、聞いてるのか兼守!」

「はっ……。なんだ志島先生か。人の耳元で大声を出してはいけないと親に習わなかったのか。幼稚園児でもそれぐらいの躾はされているぞ」

「先生に敬語を使わないのはもう諦めているから言わないにしてもだな……授業に対するやる気はあるのかお前は!」

「ない」

「なっ……ないぃだと?」

「今僕は真剣に悩んでいるんだ。思春期男子っぽく好きな女性についてな」

ここで教室内がどよめき、窓際最後尾の最良席に座る昏斗は反射的に口笛を吹いた。

「恋の悩みもいいが今は授業の時間だろうが!」

「ああ授業の時間だ、保健の、それも思春期の心身に関わる内容のな。だから僕は沈思黙考していた。思春期である自分の心身に関わる問題に対して。どうだ授業に即しているだろう」

「っ……じゃあその悩みのためにも授業は聞いたほうがいいだろ」

直悠は誰も気づかないほど小さく呆れの溜息を吐く。

「本当にこの教科書などと言う紙っぺら一冊で複雑怪奇な人間の思考回路に光が差すとでも。もし思っているなら今すぐ教師を辞めたほうがいい。お前は『先』に『生』まれただけで、『教』える『師』には向いてない。脳筋でも働ける職に付くべきだ」

「お前……脳筋……い、今どさくさに紛れてお前だと!?脳筋だと!?」

どこから突っ込んでいいのやら志島は呂律が回っていない。だが尚も直悠は言う。

「器の大きさが窺い知れるな。僕はお前のためを忠告してやったんだぞ。教員免許も軽くなったものだな、2gぐらいしかないんじゃないか。2円と同じ重さだ。これは教育委員会に苦情の電話を入れるべきだろうか。あるいはこの学校の理事長を給料泥棒雇用罪で打ち首にするべきか」

まさしく立て板に水。よくもまあスラスラと人を貶める言葉が頭に湧いてくるものだ。昏斗を除いて教室全体が呆れ驚き口をぽかんと開けた。志島に至っては、近くで確認しなければ分からない程度ではあるが目に雫を溜めている。

それを静かな悪魔は見逃さなかった。

「うん? おい志島、目に汗をかいているぞ」

もはや呼び捨てである。

「うっ……これは……」

今度は教室中で押し殺したような鋭い笑いが発出する。三年生担当の太刀洗女史ではなくとも体育教師というものは概して皆から忌避される。端的に言うと恐い先生なのである。それが今、一風変わった物静かな一人の生徒によって追い詰められている。面白くないはずはないだろう。無論直悠は誰かを楽しませるためにやっているわけではない。志島の面倒臭い注意を今後一切封じるため徹底的に叩いているのだ。

「止めてくれよ、これでは僕がいじめているみたいではないか。僕は先生に直截な気持ちをわかって欲しいがために事実を指摘しているだけなんだがな。生徒の思いを聞くのが教師の役目なんじゃないのか。と教え子に言われる時点でアウトか。それよりまず何も教わってないから教え子ではないな。ああ、めんどくさい。プラス効果を与えられないクズなんだから、せめて人様のマイナスにならないよう心掛けろ。とにかく俺の邪魔をするのは止めてくれ。本当に、辞めてくれよ」

太刀洗のように絶対零度の冷気はないが、怠惰を身に纏い諦観したような物腰から発せられるため息混じりの言葉には強かな力がある。

この後、保健の授業は自習になった。


そのことを思い出し、昏斗は志島の心配などやはり頭になく、直悠のらしくない悩み事について引っ掛かりを覚えた。

「ひょっとして保健のときの悩みの種がその天照さんと何か関係があるのかい?」

「半分正解だな、悩みの種というのは適当に吐いた方便だ」

「適当やら嘘やらで言い包められた志島先生が少し不憫に感じるよ」

やれやれと昏斗は肩を竦める。

「ってのも嘘なんだからお前ほどではないだろう」

直悠の中に得意げな表情が垣間見えた。本当に小さな機微、最小限の変化は昏斗にしか読み取れない。

昏斗は肯定の意を示す苦笑を浮かべると、話を進めるように手を差し出した。

「話せば長くなるんだが……」

切り出そうとした直悠の口上を教室の扉が遮った。自然と二人の視線は入り口に向かう。

「あの〜」

辺りをきょろきょろ見回しながら及び腰で一年生の女生徒が入ってきた。ホワイトピンクのグラデーションを誂えたピン留めが印象的な今時の高校生といったような感じだ。入学してから一ヶ月しか経っていないというのに制服が様になっている。

「あ、瀬木先輩!?」

昏斗に気がつくと、さっと居住まいを正して二人のほう、正確には昏斗のほうにトテトテ歩み寄ってくる。

「知り合いか」

返答はわかりきっているが直悠は尋ねた。

「知ってるよ、知り合いじゃないけど」

「相変わらず気持ち悪い情報網だな」

「一年生は四月中にコンプしたからね。苦労したよ怪しまれずに調べるの」

放課後に一年生女子が昏斗の教室を訪ねるはここ最近の恒例となっていた。昏斗の内面や性癖を知らない一年生が見掛けとポテンシャルに騙されて告白しにくるのだ。

直悠はともかく、昏斗は平たく言うとイケメンの部類に入る。目立つ金髪は整髪料によって無造作にツンツンに持ち上げられ、右耳には付けたピアスの銀色、学ランの下には漆黒のパーカーを着るまでに身なりには気を使っている。精悍な顔立ちは柔和に笑みを浮かべ、イケメン特有の近寄り難さすらない。加えてモデルのような脚の長い長身。部活には入っていないものの運動神経は抜群で去年の体育大会、各種目を総ナメした実歴を持つ。ちなみに成績は順位にして二年生360人中毎回一桁台に乗る。

そんな外見とパラメーターだけはチート並に高い昏斗に鼻の効かない虫達が集まってくるのだ。

彼女もその内の一匹になるのだろう。顔の造形もスタイルも悪くはない、むしろ『中学で一番可愛かったアタシならカッコいい瀬木先輩もイチコロでしょ』みたいな雰囲気もある。だがまあしかし昏斗の好みと隔絶している。これはもう仕方ない。だって時間は戻らないのだから。

彼女はこれまでの一年生女子と同様に決まり文句を口にする。

「瀬木先輩、付き合ってくださいっ!」

一年生は紅潮した顔を見せたくないのだろう、腰を九十度に曲げ、右手だけを差し出している。

まるで直悠は存在していないかのように場面が展開されている。だが直悠も直悠で特に気にはしていない。それどころかあくびを一つして「早く済ませろよ」と呟き退屈そうに眺める。

「え、えっと」

教卓から降りた昏斗は扉の側にいる彼女に歩み寄り、困ったように頬をかいた。本当は困っていないのにも関わらずである。昏斗は自分をそれっぽく見せるのは得意なのだ。

有り触れた、だが日常と言われるとまた違う、放課後の夕陽さす教室。それは日常の中の非日常とも言うべき二つのものの境に位置するような時間。まるで青春ドラマだ。昏斗の『それっぽさ』も拍車をかけている。

このとき気怠げに自席に座っていた直悠はなぜか途轍もないデジャビュを感じていた。もちろん昏斗対する一年生の構図に対してではない。そんなものは見飽きたという言葉すら飽きるほど見てきた。つい最近、違うキャスト違う場所で告白劇のようなものをとても近距離から見た気がする。

言い淀む、言い淀んでいるように見せかける昏斗の後ろで直悠は眉を寄せて顎に手を当てる。

「あの、俺……」

昏斗が口ごもった。やはり直悠とは関係なくシーンは進む。

(先輩、戸惑っているんだ。意外と告白されるのとか慣れてないのかな。それともいくら告白されてもこういうのって慣れないものなのかな)と相手に思わせる絶妙な間を開ける。そして昏斗は学ランの内ポケットを弄って一冊の手帳を取り出した。

「じゃあとりあえずお近づきの印に、これ見せてあげるよ」

今までとトーンも声量も変わらないが、何か大切なものが声から消えた。

手帳の黒い表紙には筆で書かれた豪快な丸の中に大きく一字だけ「公」と楷書の文字。言うなればマル秘手帳の『㊙︎』の逆、マル公手帳。

それは昏斗の日々の集積そのものだ。昼休みや放課後の時間を使って、あるテーマについて念入りに調べたことをすべて書き留めている。『秘』ではなく『公』の理由は、記録した情報を秘するのではなく公開するから。無闇に使っては効力が薄まるので多用はしないが、こういった人間関係で煩瑣なときには対象に読んでもらい、非暴力非服従、平和主義の精神で場を治める。

フッて切り捨てるようりも、この方が幾分手っ取り早い。前々からの先例でそれは実証済みだ。

貼り付けた笑みで昏斗は手帳を差し出した。

一年生は怪訝そうに受け取ると、開かれていたページに長い睫毛の目を落とす。数秒だけ間が空いて、そして黒のカラーコンタクトが小刻みに震えた。ぱすっと手帳は床に落ち、その表情は驚愕に塗り変わった。怯えきった手を一生懸命手帳に伸ばし指をさす。

「こ、こここれ、杏の……!」

黒表紙の手帳の開かれたページには『黒木杏(くろきあん)』のパーソナリティな情報が載っている。隠し撮りの生写真を始めに性格、趣味趣向、身体的特徴、交友関係、成績、能力、個人情報とカテゴライズされる何から何までである。おまけに女子的魅力の総合点数とこの学校での暫定順位など昏斗の採点付き。

公の字の黒い手帳、別名フェミニスノート。

そこには昏斗が調査したこの学校に在籍するおおよそ500人ほぼ全ての女生徒関する情報が詰まっている。秋穂の情報もここから引用された。

「どうだい、君を君たらしめる情報のすべてだ」

やはり依然顔付きは動かない。しかしますます昏斗の人間じみた感情は希薄になっていく。

「いや! 今すぐ捨ててくださいこんなの……あり得ない、瀬木先輩なのに」

「先輩なのに? 君は俺の何を知ってるんだい? 人の趣味すら知らないでよくそんな口が聞けるものだね。せめて俺より俺のことを知ってから言ってくれないかな?俺は君より君のことを知っているけど」

皮肉るような問いかけに一年生は言い返すことができない。ただ目を疑うように手帳を拾い、内容を確認している。

反して昏斗は軽い口調でつらつら手帳の文言を諳んじる。

「まず名前は黒木杏。生年月日は九月二日おとめ座。一人称は『杏』。人見知りをしない明るい性格。を作るのに日夜研究努力に余念がない今時高校生。根は周りの目を気にして八方美人を心掛ける臆病者。趣味はファッション誌と男性向け雑誌を読んでモテ仕草モテポイントを勉強すること。成績は下の中、部活は無し。処女は中二のとき付き合っていた一つ上の先輩に『みんなやってることだよ』の一言で半ば強引にぶんどられた。外見はまあまあいいほう。以上のことを鑑みて総合点数は65点、中の上ってとこかな悪くないね」

眼前の文章が淀みなく耳に入ってくる。しかも自分の取扱説明書の如く核心をついた内容に黒木杏は目を白黒させ、冷や汗が頬を伝う。昏斗の外見と本質の差異に打ちのめされていた。ゆえにこの場は昏斗の独壇場となる。

さも可笑しそうに笑う、いや嗤った。

「今すぐその手帳を破り捨てたい? 別にいいよ、三軍ばかりを集めたものだし、他のも合わせてそれぐらい調べるのなんて三日あれば十分だ。君の精神がそれで安定するなら、どうぞ差し上げるよ」

見れば公の字の下に小さく『三軍』と入っている。当然上の一、二軍用の手帳も存在する。軍分けの根拠は昏斗の主観と偏見によって決められた点数と順位だ。

「…………で、でもそれが先輩の好きなことだって言うなら杏、受け入れますっ!」

まだ頬を引きつらせ声は上ずっている。が、すんでのところで持ち直したようだ。

これまでの一年生たちはこの手帳を一見して逃げていき、もう昏斗に近づかないのだが、どうやら他とは少し違うらしい。

昏斗は面に嘲りの色を浮かべるとまた自らの懐を弄った。

「受け入れる、ねえ。簡単に言うよまったく……。何か勘違いしているようだけど俺は君と話し合ってるわけじゃない、脅迫してるんだ。それとも俺にこれを出させたいのかな?」

またしても昏斗は一冊の手帳をどこからともなく徐に取り出した。

黒い公の字のフェミニスノートに続いて、今度は純白のカバーにマル秘マーク。杏にしてみればその白い手帳は色味に反して黒々としたオーラを纏っているようにさえ見えただろう。

「ここには君のもっともっと深い情報が眠ってる。愛用のシャープペンシルからお風呂でどの身体の部分から洗うかってことまで、ありとあらゆることをね。これを校内掲示板に貼り付けたらどうなるだろうね。友達にバレたらハブられるかもしれないよ、先生にバレたら目をつけられちゃうかも。例えば、ひそかに君へ思いを寄せている、スクールカースト最底辺のクソデブとかに知られちゃったら、夜のオカズにされちゃうかもしれないね、ははっ」

「………そんな、いつのまに。だって先輩と会うのも今日が初めてなのに」

「だから俺は君と知り合いじゃないけど、知ってるんだって…………そして、いつでも君を不登校にも退学にも追いやれるんだよ。あの事なんてみんなにバレたらマズイよね、あっちの方は随分お盛んみたいで」

「あ、あの事まで……!?や、やめてください! ホントにお願いします誰にも言わないで」

「わかってないねー」

あと一押し、昏斗は胸中で呟き杏に歩み寄る。さっと手中にある黒い手帳を摘みとると、どこへともなく二つの手帳を懐にしまった。

「お願いしてるのは俺のほうなんだよ。告白とかそういうのは邪魔くさいから二度と近づかないでくれ」

言いつつも、徐々に昏斗は歩を進め杏を廊下側に追いやる。身体を恐怖に震わせる杏は昏斗の笑みのまま固まって動かない顔を見上げ、一歩一歩後退する。背中が横開きの扉に当たり、ビクッと跳ね上がった。追い討ちをかけるように両サイドは昏斗の両腕に阻まれる。

「あとはそうだね、昏斗先輩は誰とも付き合う気がないらしいよっていうのも暗に流布しといてくれるかな」

「…………!!(ブンブンッ)」

声は出せず大きく首を縦に振る。

「よし良い娘だ」

優しく柔らかく昏斗は杏の頭を撫でた。イケメンの先輩からのなでなで、思い焦がれたシチュエーションのはずなのに、杏の顔は幸福にではなく恐怖に戦慄する。

「あ、そうだ。もちろん手帳のことも調査のことも内緒だよ…………もし誰かに言ったら」

ゆっくり間を取ってから、昏斗は顔を杏の耳元に近づけ、そしてあくまで爽やかに囁く。

「キミヲタベチャウカモネ」

「ひゃああああああああああ!!」

大きく頓狂に叫び、嗚咽を上げて少女は駆け出した。その小さな背中は、些か可哀想だったかなと雄弁な悪魔にさえ憐憫を抱かせる。

無人の廊下に残響を落として、教室には二人の雰囲気が戻った。

「今回は飛び抜けて酷かったな」

だんまりを決め込んでいた直悠は視線を上げないまま声を飛ばす。

「一年生が学校に慣れてきたからか、最近はホントに多いんだよね。鬱陶しくて嫌になっちゃうよ。ま、楽しいからいいんだけどね」

もはや昏斗の笑みに感情があるのかないのか判然としない。最も近しい知人である直悠でもそれはわからない。

「だが悪趣味を人に見せれても一番肝要な性癖は言えないんだな」

「これのことかい?」

昏斗の右手にはいつのまにか白のマル秘手帳がある。

「これは見ての通りマル秘だからね。俺が認めた人にしか見せないんだよ。凡人には印籠代わりに使うのがお似合いさ。ってことで、じゃあ話を本題に戻していいかい?」

「それはそうなんだが、ところでお前、異性に屋上へ呼び出されたらどう思う」

「また話題展開かい?それじゃあ一向に話が進まないじゃないか」

「いいから答えろ」

「そうだね、告白されるって思うね」

「じゃあもし呼び出したやつに『自分をあなたの最も親しい人にしてくれ』と言われたらどうだ」

「告白以外の何物でもないんじゃない」

「告白ーーつまり恋人契約を申し込むことか」

「うん、難しい言い方をすればね」

僅かに直悠は目を細め、小さく唸った。

「…………少し面倒臭いことになった」

「なになに?何か面白いことでもあるの?」

人の不幸と絶望は昏斗の大好物である。余計なことをしなければいいが、とまた直悠の胸に鬱積していく。

「そうだな、実際に見たほうが早い。そろそろ来てるころだろう…………まあいいか、かの天照と須佐之男(スサノオ)も行き違いだらけの再会を果たしたというしな」

独りごちてから、直悠は今日何度目かもわからない嘆息を目一杯吐くのだった。

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