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第二話:呪いのタトゥー

『……もう終わったから、立てよ』


 胸を押さえて蹲る私の頭に、カエルの無慈悲な声が響いた。そんなこと言われても、まるで焼いた鉄でも当てられたように左胸の上が痛くて立ち上がる気力なんて湧いてこない。ホルス様のご加護で強化されている私の身体は、少々の力で傷つくことはないはずだった。

 もちろん、焼いた鉄なんて当てられたら火傷じゃすまないけども。


「いったい……何が……?」


 どうにか顔を上げて、カエルがいたところに目をやれば、黄金に輝く姿は初めからなかったかのように消え失せていた。


『てめーには、恐ろしい魔法の呪いをかけた。呪いを解いてほしけりゃ、俺様の言う通りにしろ』


 姿は見えないけれど、カエルの恐ろしげな声は間違いなく聞こえていた。ちなみにこの世界では、喋る動物というのは珍しいものでもない。というか、動物はみんな喋る。人間にはその声を聴く力がないだけで、私たちネフィリムには彼らの声が聞こえるんだ。


 ところで呪いをかけるといえば、悪い精霊や悪魔が代表的だ。呪いをかけられた人の噂や昔話は、私もいくつか聞いたことがある。


『あのなぁ、神の使いを踏み殺しておいて、まさか無事に人生送れるとか思ってねーだろな?』


 自称御使いの声が、再び頭の中で反響した。


 カエルが神様の御使いだなんて……んなアホな。


『一応言っておくが、お前の心の声は俺様に筒抜けだ。不敬なことを言いやがると寿命が縮むぞ』


 カエルの声が一層冷たくなった。登場した時は可愛らしいマスコットのような見た目に騙されてしまったけど、声だけ聴いているとなんて邪悪な雰囲気なんだろう。もしかして邪神か悪魔の使いなんじゃないの。


『……丸聞こえだよ』


 ご、ごめんなさい!


 頭に直接響く殺気の籠った声が、私を素直な()にさせた。


「あの……ところで呪いって」


 呪いに関する噂や伝説なんて、ろくなものがない。できれば、とっとと解除してほしいものだ。


『いちいち声に出さなくても、俺様には筒抜けだと言ってるだろう。呪いについてはこれから説明してやるから、耳の穴ぁかっぽじって聞きやがれ』


 頭に直接響いてくるカエルの声を聞くのに、耳をどれだけほじっても意味がないと思う。私は耳には触れずに、ようやく痛みが引いてきた胸を撫で下ろして立ち上がった。


『てめー、まだ自分の置かれた状況がわかってねーな……まあいい。自分の運命を知れば、その不敬な態度もちったーしおらしくなるってもんだろ』


 カエルの溜息が私の心に満ちていき、『呪い』に関する説明が始まった。







 すごく簡潔に言うと、私はカエルの呪いによって『音声魔法』の使い手になった!


『……簡潔に言いすぎだろ』

 はいはい、ごめんなさい。


 長たらしい説明を聞いているうちに、私とカエルは心で会話できるようになっていた。というか、思ったことが筒抜けになるらしい。今更考えると、それってすごく困る。私だって年頃の女の子だ。ついついこんなことやあんなことを考えてしまうことだってある。まあ、カエルと人間じゃそういう観念というか世界観が違うだろうから大丈夫かな。


『…………ちっ』

 どうしたのカエルさん? 舌打ちなんかすると長いベロが飛び出しちゃうよ?


『やかましい! 死んで聖霊になった俺様に舌なんぞあるか!!』

 怒りっぽいなあ。カエルのくせに。

『…………』


 あ、なんか殺気みたいなものがビンビン伝わってくるから、魔法の説明に戻ろうね。


 魔法を使うには、大きく分けて二つの方法がある。


 一つは、精霊や聖霊の力を『借りて』魔法を行使する方法。魔法使いのほとんどは、この方法で魔力を溜めてから魔法を使う。精霊と語らい、少しずつ魔力を分けてもらうか、聖霊――神様に祈りを捧げて奇跡を起こしてもらう。


 もう一つは、『契約を結んで』その力を行使する方法だ。


 契約にはいろいろな手法があるけれど、精霊で言えば土地神クラス以上の上位精霊でないと、契約は結べないんだって。仲良くなった魔法使いが、力ある聖霊を付けてもらったり、すごい魔法使いになると土地神そのものを呼び出して、山をも動かすほどの力を行使できるんだそうだ。


 カエルによれば、『そんな下等な(・ ・ ・)魔法使いのことなんぞ、詳しく知らなくてもいい』そうなので、よくわからないまま次の話にいくんだけれど、『呪い』はこの『契約』の中でも邪法中の邪法。


 契約は、基本的には魔法使いと魔法を与える側は対等の関係だ。つまり、身の丈に合わない強大な力を得ようと思っても、分別のある上位精霊や聖霊は人の身に余る力は与えないということ。これが人間に力を与える際の大原則なんだとか。

 もちろん、契約なのだから精霊の側にも魔法使いにやって欲しいことがあるわけで、そのために必要な力を与える場合はその限りではないけれど。


 しかし、呪いとなるとこの大原則は通用しない。これは、どちらかが一方的に条件を押し付けるもので、力を与えるものも与えられるものも、それが定めた条件に『絶対に』従わなくてはならない。


 これは、悪霊や悪魔、邪神が好んで使う契約の形なんだそうだ。甘言を用いて人の心の隙に入り込み、凶悪な力を与える代りに魂を奪うなんてのはよくある話。ほかにも国一つ滅ぼしたり、町中の赤子の魂を吸い取られたり、過去に邪悪な存在が人間に呪いをかけて、大きな被害が出たことが何度もあるらしい。


 そういう呪いの話は、おとぎ話や都市伝説として現代にも多く伝わっている。私の知っている中には、一生を老いない代わりに、満月の晩に乙女の心臓を捧げなきゃならないとか、お金が際限なく儲かる代わりに、男の子が生まれるたびに差し出さなきゃならないとか、すごい魔法を使えるようになるけど、身体がどんどん腐っていくとか、とにかくろくな話がない。


 そのような恐ろしい呪いを、私もかけられてしまった。


 呪いの主は、『愛と美の女神・ミュゼイア』だそうだ。


 正直に言って聞いたことのない神様の名前だった。


『不敬にもほどがあんだろう。ミュゼイア様はてめーら人間に言葉と音楽を与え、美を創造する力を与えた古き神々の第一柱だぞ?』

 ごめんなさい。本当に知らないの。

『……まあ、仕方ねーか』


 再びカエルのため息が私の心に満ちて、『古き神々』についても説明してくれた。




 かつて、この世界を創造した四柱の神々がいた。彼らが治める世界は平和であり、人々の心には愛が満ちていた。そこに悪霊や悪魔、邪神のつけ入る隙間はなく、悪しき力が世界に影響を及ぼすことはなかった。


 平和な暮らしが長く続いたが、先の悪魔たちとの大戦後、神々の世界にも世代交代が訪れた。


 古き神々は、自分たちの子供に世界を任せて引退した。強大な力を持っていた古き神々ではあったが、世界を大きく広げて豊かにするため、自分たちの力を細かく分けて子供たちに与えて統治させることにした。そうすることで、一人一人の負担が少ないようにもしたんだって。子供たちは『新しき神々』と呼ばれ、順調に世界を治めていたんだそうだ。


 ところがあるとき、一番強い力を与えられた『知恵の神・ゾーナ』が言った。


「長きにわたって抑えていた、悪しき力を持つもの共が、徐々に世界を侵している」と。


 その言葉に偽りはなく、力が細分化された神々の中には、邪神や悪霊、悪魔の類を抑えきれず、少しずつ世界にそれらの影響が出始めていた。古き神々は世界に戻り、手を差し伸べようとしたけれど、ゾーナはミュゼイアだけは復帰を許さなかった。


「悪しき力に抗するのに、愛だの芸術だのを語らう力など必要ない」


 ミュゼイアはこうして世界の片隅に追いやられ、いつしか彼女の名は忘れられてしまった。


 神々はミュゼイアのいなくなった世界で、悪しき存在と必死に戦ってはきたものの、ハーフブリードの台頭によって今や勢力は五分と五分。その証拠に、世界には悪しき魔法使いがたくさん現れ、南東の国は王様までもが邪神に支配されてしまったそうだ。


 ルフラを出たことがなく、世間の事情に疎かった私はまったく知らなかったけれど、南東の国は悪しき魔法使いを集めて戦争を起こし、どんどんその勢力を広げているらしい。

 ルフラの隣国イーオンダインは、南東のジオ・ルベルタにも接しているため、必死になって戦力を増強しているとか。


 新しき神々と邪神は、どれだけ自分たちを信奉してくれる人間がいるかで、その勢力を決めている。世界が邪神の物になれば、精霊たちも悪しき力に染まり、世界は暗黒に染まってしまう。


 それを食い止めるため、長く忘れられていたミュゼイアは、密かに御使いを地上に送り込んだ。御使いの名はアスマエル。何を隠そう、私が踏み潰してしまったカエルである。


 私はミュゼイア様の御使いを踏み殺した報いとして、強制的に悪しきもの共を調伏する運命(呪い)を賜った――


 ◇


「――らしいんだけど……どう思う?」


 私は時計と伝票を見比べ、木箱の中でちょこっと尻尾が曲がり、少々うろこが剥げたスマスを見て大きなため息をついたゲルダに聞いてみた。


「品物の損傷分だけ、値引きするってことで先方は納得してくれたけど、利益が下がった分と遅刻した分はお給料から引いとくね」

「え!? ゲルダ、お姉ちゃんの話聞いてた? どう考えてものっぴきならない事情があったよね。神様だよ? ねえ!?」


 私は心の中でカエルさんと話しながら家路を急ぎ、到着するやいなや必死になって五歳も年下の妹にお使いが遅くなったことと、木箱を落としてしまった事情を説明したのだけれど、「隣のマグダだって、もう少しマシな嘘つくよ」と言われてしまった。マグダというのは隣の家の次男坊だ。ゲルダが初恋のお相手で、ちょくちょくちょっかいをかけてくる。ちなみに彼は六歳である。


「カエルさん……どうしよう?」

『さすがの俺も、てめーの妹の不心神ぶりには呆れたわ…』


 カエルも、私の左胸でがっくりと項垂れてしまった。ちなみに先ほど路地裏で激しい痛みを感じた部分には、黄金のカエルの刺青(タトゥー)が出来上がっていた。鎖骨のちょっと下に鎮座する彼は、なんとそこで動いたり話したりできるんだ!


「よーし、こうなったら……!」


 妹にそれを見せるしかないと、私がコートを脱いでワンピースの肩を下げていると、カエルが焦った声が頭に反響した。


『バカ! 俺の姿を絶対他人に見られるな! それを見られたら呪いの効力で、お前は音声魔法を失い、カエルになっちまうぞ!』

 ええーっ!? じゃあどうすればいいのよぅ!?


 これ以上お小遣いを減らされたら、新年のお祝いに着て行く服も買えなくなっちゃう!


『てめー、のんきに小遣いの心配なんぞしてる場合じゃねーし、新年なんぞ祝える立場じゃねーってことが、まだ分かってねーな……』


 三度、カエルのため息が、あたしの中に満ちていったのだった。





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