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~プロローグ~

 私はアメリー。世にも珍しいネフィリムの血を引く魔法使いです。……なんて、突然こんなことを言われても混乱してしまうだろうから、私が住む世界について、ちょっと説明するね。


 この世界には、魔法使いがたくさん住んでいる。

 たくさんと言っても、人口の一割にも満たないたった一千万人ぐらいだけど。それでも、魔法使いなんて存在しない世界に住んでいる人からしたら――そういう世界もあるって聞いたのだけど――すごい数だと思わない?


 私の世界で魔法を使うには、血液とは別に身体を循環する特別なエネルギーすなわち魔力を生み出す器官が必要なの。それはかつて人間と天使の間に生まれた存在――ネフィリムという特別な種族の血を引く人たちだけがもっているもので、お腹の真ん中よりやや右、カンゾウの隣にあるんだって。


 器官を持っていれば、誰でも魔法が使えるわけじゃないよ。私の世界で魔法を使うには、精霊か神様のお力を借りないといけないんだ。精霊の力行使する魔法を精霊魔法といって、精霊には地水火風の四大精霊の他に花の精とかマイナーなやつもたくさんいるの。石ころの精に会ったときは笑っちゃったなぁ……あとあと酷い目に遭うから、精霊のことを笑っちゃだめだよ?

 

 さて、この世界の森羅万象を司る精霊とともにある精霊魔法の使い手は、黒いローブにとんがり帽子、それぞれが得意とする属性の色を冠した宝珠を取り付けた(ワンド)がトレードマークなの。

 格好にしても、いかにも魔法使いらしいと言っていいんじゃないかな。

 彼らに出会ったら、精霊の加護が在らんことをとお祈りをして、軽く会釈を。

 この時、魔法使いが遠慮がちに帽子をとってもじもじすることがあるから、その時は何も言わず、お財布の小銭の幾ばくかで構わないから彼らへの感謝の気持ちを表してあげてほしいな。

 悲しいかな精霊といくら語らっていても、お金にはならないからね。

 でも精霊と語らう彼らがいなくなったら、私たちは美しい自然の恩恵に見放され、清い川で水を得ることも、作物を作ることもできなくなる。

 風は止まり、四季は去り、動植物の死に絶えた世界で人間などあっという間に滅びてしまうだろうからね。

 ちなみに、いつも世界を旅して精霊と語らっている魔法使いは放浪者(ワンダラー)なんて呼ばれてもいるんだ。いつも旅をしているという意味では、私も彼らの仲間みたいなものだけれど、残念ながら私の魔法は、彼らのそれとは成り立ちが違うし、希少すぎて魔法技師の連中に売ることすらできない。おかげで私の魔法は、彼ら以上にお金にならないんだ。


 使えるというだけでお金を稼げて衣食住に困らないのは、聖霊魔法――神様のお力を借りる魔法の使い手たちだ。


 神官とか僧侶、信じる神様によっては巫女さんとか呼ばれる彼らは、この世界を治める聖霊――神様や天使様に祈りを捧げ、神の子である私たちの身体と精神を癒してくれる。

 高位の術者ともなれば、神託によって民を導き、邪神や悪魔の脅威から私たちを守ってくれるんだ。

 信じる神様によって異なる色のラインが入った神官帽子と、純白のローブを羽織り、首から下げた神様を象ったネックレスを握りしめ、この世ならざる世界の奇跡を行う彼らに出会うのは、だいたい教会か治療院だ。

 

 治療院では、症状に応じてお金を払ってもらえるし、教会の入り口にはお布施を入れるための木箱が置いてあるから、そこに気持ちを納めてくれればいい。教会には国から補助金も出ているし、別に彼らはお布施が欲しくて神様に祈っている訳じゃないからね。それに、お金なんかなくたって跪いて一心に祈ればいい。その心に偽りがなければ、神様の奇跡は貴方の身体と心を癒し、正しい道へ導いてくれる。

 ただし、祈る相手は慎重に選ばなければいけないよ。

 悲しいことに、いもしない神様の名を騙るインチキ聖霊魔法使いがあちこちに出没しているからね。


 こんな風に、今でこそ魔法使い――ネフィリムたちは人間の社会で暮らしていける存在だけど、実をいうと私たちは昔は――今でも少しだけ――差別の対象だったんだ……


 神様と悪魔の戦いが激しかった頃――今から三百年ほど昔は、人間とネフィリムは手を取りあって暮らしていた。二種族はイーオンダインという大国を築いて神様と一緒に悪魔と戦っていて、ネフィリムは貴重な戦力として重宝された。

 でも神様の勝利で平和な世界が訪れると、魔力をもたない人間たちは特別な力をもつネフィリムを恐れるようになった。そして、ネフィリムを激しい戦争によって不毛な大地になってしまった「アオバネ」という暗黒の世界へと追いやってしまった。

 そんなことをしたおかげで、イーオンダインの土地はどんどん枯れてしまった。魔力を持たず、神に祈ることも忘れ、精霊とも交流できない人間たちだけでは大国を維持することはできなかったんだ。慌てた人間たちはネフィリムを呼び戻したけれど、暗黒の大地に追いやられたネフィリムの数は激減していて、魔法の恩恵を取り戻すにはかなりの年月が必要だった。

 そこで人間たちは、ネフィリムがもつ魔力を効率よく利用する方法を研究した。

 

 そして生み出されたのが、恐ろしい「魔力精製」の技術だった。

 

 魔力精製というのは、ネフィリムの身体を流れる魔力を取り出して利用する技術で、大変に便利な生活を人間にもたらした。

 イーオンダインの首都地下には、太いパイプが張り巡らされた。その中を精製された魔力が流れて、コンロのコックを捻ってマッチで火を付ければ、薪を燃やさなくても火を保つことができる。

 暖かいお湯だってすぐに作れるし、北の山から氷を切り出してこなくても食べ物を保存できるようになった。

 巨大な岩石を砕くことも、泥を固めて岩のように固くして城塞を築くことだってできるようになった。

 ネフィリムたちは捕らえられて、精霊や聖霊の力が届かない牢獄に閉じ込められた。そして、魔力だけを搾り取られる乳牛のような扱いを受けるようになってしまった。

 人間たちは魔力精製の技術でもって地上の神を騙り、力の象徴として巨大な塔を建てる計画を立てた。

 さすがに見かねた神様たちは、建設途中だった塔に雷を落として打ち倒し、ネフィリムを解放するように人間に迫った。

 

 人間たちは抵抗したけど、神様が相手じゃ降参するしかない。しぶしぶネフィリムを解放したんだって。

 ネフィリムの受難は、そこで終わりじゃなかった。ネフィリムが奴隷から解放された直後、アオバネに居た頃よりも弱りきったところに悪魔たちがつけこんできた。

 

 悪魔はハーフブリードという悪魔の使徒の軍団を密かに育成していて、搾取によって疲弊したネフィリムと人間に再び戦争を挑んできた。

 激しい戦争はお互いの戦力がほとんどなくなるまで千年も続いた。決着がつかないまま互いに軍を引き上げて、それからさらに千年たっても睨み合いと小競り合いが続いていた。

 その間に古い時代の神様たちは、たくさんの子供たちを作った。

 戦地から離れたところにも安全に暮らせる世界を創るために、お力を分け与えて世界を少しずつ豊かにしていったんだって。この時代を歴史学者は「救世」と定めていて、新しい神様たちが世界を治めるようになって、年号が「新世」と改められた。

 それから二十年。

 悪魔たちは再び勢いを盛り返してきた。

 イーオンダインは世界に散ったワンダラーや各地の聖霊魔法使いに召集をかけている。

 今、世界は再び戦乱の世へ突入しようとしているんだ。


 さて、そんな世界の端っこに、ルフラという魔法都市がある。ルフラはルフラガルドという新興国の首都で、ルフラガルドはイーオンダイン、アズベル、ジオ・ルベルタという四大国の中で最も魔法技術が進んだ国だ。

 ルフラには王族が住んでいて、政治の中枢もここにある。人口はたしか三十万人だったかな。


 中心に王族が住む立派な城があり、ルフラの街はそれを取り囲むように造られた。お城に近い円から一区、二区、三区と街が広がっていき、最終的に第十三区まで広がったルフラには、王族を頂点としてルフラガルドの全ての階級が住んでいる。


 私ことアメリー・ヴォイスは、第十二区に居を構える『何でも屋・ヴォイス』の看板娘だった。父親はボリスで母親はエイダ。そして可愛い妹のゲルダの四人家族。


 お父さんは救世の頃、イーオンダインで豊穣の女神ホルスを信仰する教会の息子だった。だけど新世二十年戦争の気配を感じてお母さんと駆け落ちした。隣国のルフラガルドへ流れてきたお父さんとお母さんは、豊かなルフラの地で生活を始めた。


 ルフラガルドは魔法文明の発達が目覚ましく、聖霊魔法の需要はあまり高くなかったんだって。治療院での仕事も探したが、宗派の異なるお父さんを受け入れてくれるところはなかったみたい。

 

 そこで苦肉の策として始めたのが、『何でも屋』。

 ホルス様の信者はその加護によって強靭な肉体を得られるそうで、お父さんは圧倒的な体力と怪力でもって労働力を提供して、時に無償で弱ったものの体力を回復させてやり、どうにか日々の暮しには困らないだけの稼ぎを得ていた。

 お父さんの性格は豪放磊落。明るく、楽しく、元気よくをモットーに、家族を受け入れてくれた街の住人の役に立とうと毎日奮闘している。


 お母さんはイーオンダインのとある都市に暮らしていた。富豪の娘だったらしいけど本当のところはわからない。ホルンに感謝をささげるお祭りでお父さんと出会い、互いに運命の人と通じ合って、ルフラまで付いてきた。お母さんは夫を支え、元気な子を産み、育てることこそ女の務めと日々家庭を守ることに一生懸命だ。性格の面ではお父さんとは対照的に、お母さんは実におっとりしている。子育てがある程度落ち着いてからはその性格に磨きがかかり、豪快に話すお父さんの言に、お母さんが答えた頃には違う話題に移っているなどということは、ヴォイスの家では普段よく見られる光景だった。


 妹のゲルダは、お母さんの性格を受け継ぎつつ、ことあるごとに失敗をやらかす姉を見習って、慎重に慎重を重ねる才女へと成長してくれた。さらに卓越した経営手腕でもって、齢十にして何でも屋の会計及び外商担当に就任した。彼女が作成するコストパフォーマンスを優先しつつ、住人の不興を買わないように見事に調整された業務スケジュールのおかげで、ギリギリ赤字だった何でも屋の経営は、昨年ついに黒字になったんだ。


 と言っても、家族の生活はつましいものだったけどね。


 ここで、私が魔法使いとして旅立つことになった日を振り返ってみよう。私が聖音の魔女と呼ばれ、世界を歓喜の歌声で満たす旅路へと赴くきっかけとなった日は新年の祭事の直前、何でも屋が一年で最も忙しくなる繁忙期の真っただ中だった。


 ◇


 師走の真っただ中で、今日もあちこちから力仕事やおつかいの依頼が舞い込んでくる中、真冬の外気を纏って帰ってきた私の姿を認め、ゲルダが静かに告げてきた。


「姉さん。十五分の遅刻よ」


 彼女の茶色の髪とわずかに褐色を帯びた肌は、イーオンダイン出身者の特徴をよく表していると思う。十三歳の誕生日を迎えたばかりのゲルダは、外から帰ってきた私と同じように分厚く着込み、毛糸の帽子を目深に被っていた。彼女は使い古した魔法ストーブ――事務所兼調理場である土間の足元をわずかに温めることはできるものの、部屋全体の気温を上げるには至らないそれの火力を上げた。 


 初霜が降りた外よりは家の中の方がまだ暖かい。私が連れてきた冬の空気に晒されて、ゲルダの丸眼鏡は真っ白に曇ってしまったが、それを気にした様子もなく、彼女は一枚のメモを取り出した。


「すぐに、ユテラーさんのところに行って。大スマスを三尾、何としても今日の内に確保してほしいの」


「ええーっ!? 今帰ってきたばかりなのに――」


「今月はあと十分遅刻したら、減俸よ」


「ゲルダ……お姉ちゃんは――」


 ストーブの傍によって、手袋をはずして少しでも温まろうとしていた私は、顔だけ振り返って不平を言おうと口を尖らせた。でもゲルダは、曇りが晴れた眼鏡の奥の瞳を光らせて、無慈悲に告げた。


「遅刻も合わせて十七分のタイムロス発生」


「…………」


「十八分」


 壁に掛けられた、時計をチラリと見て、ゲルダが事実のみを淡々と口にする。私は五つも年上なんだけど、何でも屋の仕事に関しては、ゲルダの言う通りに動くことが最上の結果を生むと分かっており、彼女が減俸と言えば、本気でお給料(おこづかい)が減らされることも身に染みて理解していた。


「……行ってきます」


「気を付けて」


 お姉ちゃんは――何を言おうと思ったのかも忘れ、妹よりもわずかに明るめの髪を仕舞い込むようにして毛糸の帽子を被り、私はコートの襟首をきつく寄せて、何でも屋を後にした。


 私がもし、わずかな逡巡も見せずに『ユテラーの鮮魚店』に向かっていたら、この後訪れるこいつとの出会いは避けられたのかもしれない。


『あのなあ。そんな言い方じゃ、俺様との出会いが迷惑みたいに聞こえちまうだろ? 『彼の存在との出会いは歓喜に満ちた素晴らしいものだった』的な結び方はできねーもんかね』


 ……とにかく、私は木枯らしが吹き荒れる十二区の石畳を歩いていった。


『とにかく、じゃねーよ。てめーいまだに神の使徒様の偉大さがわかってねーな? あーあ。ネフィリムなんぞに力を与えたなんて。今更ながら失態千万だったと後悔しちまうぜ』


 その先に待ち受ける、私の運命の歯車を大きく狂わせる存在――この口が悪い金色のカエルを踏み殺すことになるとも知らずに。




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