夏の日の暇な日
ある日の夏の思い出。
これがいつにも増して楽しかったよ。桜くん
「陽菜。絵の調子はどうだった?」
ある暑い日のこと、俺は陽菜とファミレスに居た。
「もうばっちりだよ! まあ、桜くんには及ばないけどね」
余裕ぶった表情で元気そうに笑う陽菜。ピンク色の髪が太陽で輝き、凄く明るく見えた。
久しぶりに陽菜と話したくなり、ファミレスに呼んで正解だった。今日だけは優の目から逃れよう。
「そうだ! せっかくの夏休みだしこれからどこか行かない?」
「どこかって。どこに?」
ふふーん。と陽菜は鼻を鳴らし、鞄をゴソゴソと漁り始めた。
「はい。これ」
取り出した物は、ゴムで束ねられた何かの大量な紙だった。
「何だ? それ」
「お父さんが貰ってきた百枚近くあるゲームセンターの無料券」
「ひゃ! 百枚っ!」
「うん。そうだよ」
驚く俺をなぎ倒すかの様に平然と答える陽菜。
陽菜のお父さんって何してる人なの?
「じゃあ。レッツゴー」
もう本当。こいつのテンションには付いて行けないわ……
「これが私の一番大好きなゲーム。名付けて、キャッチ&フォールだよ!」
いや、それただのクレーンゲームだし……
そんなこんなで近くのゲーセンに足を運んだ。
「てか得意とか言いながらもう十枚使っちゃってるし」
しかもさっきからあの巨大なクマのぬいぐるみしか狙ってないし……罠だろ。あれ……
「絶対とって見せるんだもん!」
気合と共にピンクの髪が揺れる。
だがさっきからスカばっかなんだが。あ、また落とした。まったく……
「これが欲しいのか?」
俺はクマのぬいぐるみに指差しながら言った。
「……うん」
スカばっかですっかり元気をなくした陽菜。
「たく。仕方ねーなぁ。この達人に任せな!」
自身たっぷりに百円を入れ、ぬいぐるみを凝視する。
まずは第一のボタン。真横だ。
このぬいぐるみを掴むにはまず首を狙うのが一番だろう。クレーンの幅は約三十センチ。首の太さは二十五センチくらい。好都合だ。
クレーンの位置を首の一直線上に移動させる。
そして第二のボタン。縦。
俺は生唾を飲み込み、ボタンを押す。
この座標を失敗すれば終わってしまう。なんとしてでもアームを首の上に持っていかなければ——って。何っ!
首の高さが高すぎてアームが引っかかってしまった。
くそ絶対に罠だこれ。
クマのぬいぐるみは無造作に倒れる。
アームは落ちるが、そこには何も無く空振りに終わった。
「だが俺は負けないっ!」
俺は財布から五百円取り出し、勢いよく挿入口に入れた。
あれから十倍は使っただろう。
財布を逆さにするが、一円しか落ちて来なかった。
「うわあ! 本当ありがとう!」
でも、まあ結果オーライだ。
この無邪気な笑顔を見る事が出来たので、悔いは無い。
「じゃあ、無料券も残ってるし、ドンドン行っちゃおー!」
陽菜は笑顔で他の機械を見に行った。
俺の金は残ってないんだが……
二時間後。全ての無料券を使い果たした俺は、外のベンチで疲れ果てていた。
「冷たっ!」
いきなり頰に何かを当てられた。
「お疲れ様。これはお礼だよ!」
笑顔で俺の横に座る陽菜の手には、缶があった。
ありがとうと言いながら貰い、蓋を開ける。
「今日は本当に楽しかった! 付き合ってくれてありがとね!」
陽菜はぬいぐるみを見ながら満面の笑みでそう言った。
「そのぬいぐるみ、大事にしろよ」
なんせ五千円も使ったんだからな。
「うん! 大事にする!」
陽菜は自分の上半身よりも大きいぬいぐるみを嬉しそうに抱いた。
「久しぶりだな。こうして二人で遊ぶの」
ジュースを飲み、一息ついた俺はそう言った。
「うん! 何かデートみたいだね!」
「ば、ばか! 恥ずかしいだろ!」
優が帰って来る前はよく二人で遊んでいたので、別に恥じらいなんて無かった。だが今は少し違う。
「こうして座ってる時なんて手繋いでたもんね」
陽菜の言葉で全身が燃えるように熱くなった。
「あ、あれはたまたま手が乗ってただけだろ!」
「え? そうだっけ? あの時、俺が守ってやるなんて言ってたような」
「言ってない! 断じて言ってない!」
事実だ。
「えー? 言ったよ? あと、絶対にこの手は離さないなんて事も」
「言ってないって!」
これも事実だ。
「あの時の桜くん。かっこよかったな……」
「大好き……」
陽菜の思いがけない言葉に俺はびっくりして横を向いた。
すると、肩に重いものが乗った感覚を得た。
「陽菜——って、寝たのか……」
陽菜は幸せそうな顔で寝ていた。
「たく––––仕方ねーな……」
俺は陽菜を背負い、家まで送ることにした。
のはいいが、家に着きインターホンを押すと大変なことになってしまった。
住宅地の中の一軒の古そうな建物。それが陽菜の家だ。
門をくぐり、インターホンを押す。
「……………………あれ?」
インターホンは無反応。もう一度強く押してみた。
やはり無反応……
俺はため息をつき、息を吸い込んだ。
「すみませーん! 誰か居ませんか!」
大声で扉に向かって話しかける。
しばらくすると、鍵が開く音がし、中からエプロン姿の女性が何も確認せずに出てきた。
「あら。桜くんじゃない! どうしたの?」
やっぱ、この家まったく警戒心が無いな……
「陽菜を送りに来ました。寝てしまったんで」
「ありがとうね! 上がってく?」
「いえ、すぐ帰ります」
陽菜を玄関先に座らせ、立ち上がる。
「あら。そう? またいつでもいらっしゃいね!」
陽菜の母親はそう言うと、陽菜を重そうに抱えた。
「少し待ちなさい。蒼太くん」
立ち去ろうと歩き出した俺を引き止める男性の声。
うへー。現れちゃったよー。
「少し将棋を付き合ってくれないか?」
左を向くと、縁側で一人、将棋盤を睨んでいる八十代ぐらいの男性がいた。
陽菜のお祖父さんの源次郎さんだ。
「は、はい……」
この人に捕まる時はほとんど逃げられた試しがない。
「うむ。悪いな」
別に悪い人ではないからいいのだが。
源次郎さんの反対側に座ると、もうすでにお茶が容易され、将棋の隊列が施されていた。
源次郎さんの隊列は飛車角金銀落ちといった、どうにも舐められた隊列だ。
それでも勝てないのだが……
「どうだ? 陽菜とはうまくいっているのか?」
将棋盤に目をやり、源次郎さんは話し出した。
「それはどういう意味で?」
一息入れようと、お茶をすする。
「少しは進歩したか? 後世を残すために」
その瞬間、顔の前が口から出る緑色の液体でいっぱいになった。
「な、なな何を言いだすんですかっ!」
この人は外見がしっかりしているわりに、中身が少し抜けているから嫌だ。
「付き合っているのだろ?」
「そんなこと一切ないです!」
「そうだったか?」
そう言うとまたも将棋盤に目をやる。
「それにしても久しぶりじゃの。こうして蒼太くんとサシの勝負をするのは」
源次郎さんは駒を動かしながら嬉しそうに言った。
いや、サシじゃないんだが。
「そうですね。この頃ゴタゴタして来れませんでしたから」
「なんだ? うちの陽菜を差し置いて女子でもできたのか?」
「いや、その話題からはもう離れてください」
どんだけ付き合わせたいんだこの人は……
「冗談だ。で? どうしたんだ?」
「友達が東京から帰ってきたんです。しかも右手を失くして」
「それは女子か?」
もうこの人嫌だ。涙が出そうだ……
「王手だ」
将棋はいつの間にか、王手を取られていた。
「なっ!」
しかもどこにも逃げ道は無く。詰まれていた。
「将棋も現実も。まだまだだな」
そう言って、和室から立ち去っていく。
この人は毎回話して良かったという感覚を得る。少し抜けてるけど。
てかまだ何も話してないし……
「もう夜も遅いから泊まって行きなさい」
言い忘れたかの様にドアから顔を出して嬉しそうに言った。
王手だよ! 詰まれたよ!
時刻は夜の八時を回っていた。
いやあ。もう、いやあ。
正月に酔っ払うあるまです!
飲んでいいの? たくさん? てな事なってたくさん飲んでたら二日酔い乙になりました。
ごめんなさい。生きててごめんなさい。
今話も読んでいただきありがとうございました!
誤字脱字があった場合は無視しておいて下さい!修正に駆けつけます!