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短編集

『読んだら死』

作者: 囘囘靑

 まったく、なんという愚かな人であろうか、あなたは。この小説を読んで命を落としてしまう人がこれ以上増えないように、私がわざわざ分かりやすく、「読んだら死」という題名を附けて警告したというのに。

 恐らくあなたは、このページを開く際にこうお思いになったに違いない、「『読んだら死』? そんなわけがないだろう。たったひとつ短編を読んでみたところで、別にどうこう起きるわけがあるまい」と。だが一方で、程度はどうであれ、「もしかしたら、この短編は呪われたもので、本当に読んだら死んでしまうかもしれない」とも思ったはずだ。

 あァ、そこまで考えておきながら、あなたは結局自分の好奇心に打ち勝てなかった。クリックする前、その一瞬間踏みとどまることさえできれば、あなたはこれから先も何ら不自由なく、何一つ思い悩むことなく、こんなくだらない小説の存在などすっかり忘れてしまって天寿を全うできただろうに。よく考えてみればすぐにはっきりするはずだ、この小説を読むことがどれだけ割に合わないのか。もし読んでも何も起きないのなら、損も得もしない。しかし読んで本当に「死ぬ」のならば、これが非常な大損であるということは明らかなはずだ。ならば読まないに越したことはない。わざわざこんな猟奇的題名の本に目を通してやる必要はないのだ。何せ今は昔よりずっと娯楽が充実している。せいぜい遊園地にいくなり、ナイターでも見るなりして時間を潰せば良かったのだ。

 ところが今あなたはこうして第四段落にまで目を通してしまっている。――もうページを閉じようとしても無駄だ。たとえページを閉じたにしても、この「読んだら死」の効果は作用し続ける。あなたにはこの本を読みきってしまう以外に、選択肢が残されていないのだ。

 古今東西、こんな奇怪な動物は存在しなかっただろうし、もうこれからも存在しないだろう。普通の、ごく普通の動物ならば、こんな、あからさまに怪しいものには決して飛びついたりしないだろう。ネズミは仕掛けられたネズミ捕りには嵌まるだろう。だが腐った餌には罠が無くとも飛びつくまい。

 今のあなたは腐った餌に飛びついた鼠だ。じきに腹を下して死ぬことだろう。人はいつだって同じ罠に嵌まるものだ。見るな開けるなと言われるとどうしても見て開けてしまう。しでかしてしまわないと、人は大切なものに気付けないのだ。日本のイザナギの尊だって、「覗くな」と言われたのにイザナミの尊を見て死の瀬戸際に立たされるし、ギリシアのオルフェウスだって、「決して振り向くな」と言われたのにエウリュディケの方を振り向いてしまい、最後には命を落としている。神話の話をしているとお思いだろう。だが神話はつまるところ、人間のエッセンスなのだ。この本を読んでいるあなたと、イザナギの尊と、オルフェウスと、いったいどこが違うというのか。

 さっきから「人は~」、「人間は~」という言葉を煙たくお思いになっているに違いない。さあもういい加減正体を明かしてしまおう。この小説を書いた私は悪魔なのだ。きっとお疑いになられるだろうが、この際そんなことはどうでもいいことだ。実際私は、あなたがこの本を開いてみてくれたことを心底うれしく思っている。最近は魂を売ってくれる人間が少なくなった、本当に少なくなった。これも昔より遥かに充実してしまった娯楽のせいだ。悪魔がいかに人間を誘惑して魂を差し出させようとしても、みんな今の生活に満足してしまっているから、なかなか誘惑に乗ろうとしない。

 そこで私は考えたわけだ。何も魂を貰うために人間を誘惑してやる必要は無い。人間の古くからの習性を利用して、「魂を売らないと死ぬぞ」と脅迫すればよいのだ。――話の筋はお分かりいただけただろうか。では、この本を読んでから四日以内に以下に記載された場所に集合して……」


「いかがでしょうか、部長」悪魔の部下は上司のデスクの前でもみ手をしている。「私のアイデアが首尾よく行けば、もう、人間からは魂ががっぽがっぽ……」

「バカヤローー!」悪魔の部長が思い切り企画書を部下に投げつけた。その企画書には「読んだら死」と書いてある。「貴様の駄文がいったいどこに載るんだ? 怠けるのもたいがいにして、とっとと営業に回ってこい!」

 そう言われると、悪魔の部下は尻尾を丸めて、弾かれたように逃げ出していった。部下が見えなくなると、悪魔の部長は「あァ、もっとましなことを考えられる悪魔が、この魔界にはおらんのか……」と呟いて、深いため息をついた。

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