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碧翠の使役士  作者: 白縫 綾
 Ⅰ:候補者たちの課題
9/18

『候補者 / 課題の行方 2』

高校生になって初更新のような気が……といってもまとめただけですが。

遅れてすみません。


少しばかり、修正をしております。

 がたごとと、座席が揺れる。

 外を見れば、広大なグラール草原。空は澄みわたり、人民を守るためにある巨大な建物は既に遠く見えない。それでも、町は未だ遠くの場所だ。


「姉さん、しっかりして。ね?」


 そこを走る一つの馬車がある。御者をする一人は、頬をほんのり染めながら、杯を傾ける女性。


「……くそ、何でお前はそう平気なんだ」


 そして、もう一人は荷台で悪態をついていた。が、その口調は弱々しい。

 彼女は――碧翠使役団第八部隊隊長の乾澪は――ひどく乗り物に弱いのだった。

 蒼い顔で、彼女は思い返す。

*

 皆に情報が伝わって、数日。それぞれが着々と準備を進めていた頃のこと。

 普段の仕事は部下に任せ、彼女は一人小さな倉庫に篭りっきりになっていた。

 所狭しとおかれた本、紙。さまざまな文字が入り乱れる一室で、眉間にしわを寄せて考え込んでいた中に入ってきた人物がいた。


「……仕事中だ。邪魔をするな」

「そういうわけにもいかないものでして」


 礼儀正しい口調。それでいて、自分の考えや行動を正当化して他人に押し付ける、極めて厄介な男である。澪がそう捉える彼は、にこりと笑い、後ろ手に扉を閉めた。あきらかに怪しい。


「だから私は貴殿が嫌いなんだ。敵にしたら一番面倒な系統。もちろん相手に断られたことなどないのだろうが」


 彼は辺りを見渡し、散らかった本に苦笑する。


「ええ、そうですね。今まで僕は、全てそうなるように生きてきましたから」


 自分に都合よく、ことがうまく運ぶように。自分ではなく相手に正しいと認めさせるように仕向ける。それは、人の心の機微をよく知り、また扱うことに長けていなければ出来ないことだ。


「そうすることが、一番手っ取り早いんですよ。好きでしているわけではありません」


 意外である。


「好きでしているわけではないのか」

「……あなたは人の神経を逆なでするのが上手ですね」


 苦笑に苦笑を重ねて、彼はまた笑った。

 ごまかすようにして、澪はこほん、と一つ咳ばらい。全然嬉しくなさそうである。


「ところで、何しに来た」

「あぁ、そうでした。用件があるんです」


 突然本題に入っても動じることなく枯れ草色の上着から、一枚の紙を出して見せた。


「……小娘め」


 暫くの沈黙の後。澪は顔をしかめた。しかしあの少女に限っては仕方ないのだろう、とも思う。“用件”を知った以上諦めのため息をついて、仕方なく承諾の意を示すしか手段は無かった。


 あの錆色の少女のためではない。組織としての自分が与えられた役目を全うするだけだ。後で後悔しても後悔しても足りないということは確かに分かっていた。分かってはいたのだが、今この状況は実際きつい。そもそも、猫梨の代行で保存食をまとめ買いしてくることが、彼女ら姉妹の仕事にされたのなら、猫梨自身がそれを言いに来るべきだ。……と抗議することを試みてみたのだが、彼はやはりそれを知る時間も与えてくれなかった。

*

「でも姉さん、情報収集の仕事が忙しかったんじゃないの?」


 のんびりと麗は尋ねる。


「まあ、そうだったんだがな。本部にリンを残しているから心配ない。何かあれば連絡が来るだろうさ」


 そう言ってはみるが心配は尽きない。問題は多い。知らないことも多い。

 それでも、私たちは手探りでも、何かを探さなければならない。

 そんな予感を抱え、澪は呟く。

 暫くの沈黙。


「……吐くかもしれない。というか吐きそうだ」


 ぽつりと言う。麗がころころと笑った。


 本部が街から離れているとはいえ、馬で行けばさほど時間はかからない。見ると、街がもうすぐそこにある、という地点にまで来ていた。より正確にいえば、街に入る前に通らねばならない(ゲート)が目の前にある。そこは、地上から行く人間たちにとっては唯一の通過口となっていた。

 ゲートが手前に見えだしたことに気づいた麗は、馬を制御して速度を落とす。


「門を通るからね」


 馬の首筋を撫でて言うと、それは従順に、何も言わず。ただ、減速を始める。


「やっと止まったかと思えば……ゲートか」

 澪は荷台から顔を出して安堵に一息つく。そして、石造りの、目の前にそびえ立つものを珍しげに見あげる。そして待っていたかのように、いそいそと地面に降り立った。基本はずっと本部にいて、隊員たちの食事を作り続けている彼女からすれば、街に来ること自体があまりないといえる。現に、久しぶりの出来事である。

 彼女の中に残る淡い残像の上に、今目に映る光景が重なり合う。


「久しいな」


 少しばかり微笑む。いつも怒っているように見える無表情が、一瞬だけ和らいだ。

 彼女らはそのまま門を無事に通過し、街に足を踏み入れる。

*

 可憐な衣装に身を包む街の女性たちの中で、枯れ草色はひどく目立つ。というのに、風紀を守らない奴は何故かその女性たちの中に溶け込んでいる。


「……麗、お前が街に溶け込みすぎて見失いそうだ」

「本当?うふ、姉さんってば冗談ばっかりぃ」

「事実だ」


 ただ、酒瓶を持って歩いているのが残念ではあるが。


「ほら、着いたぞ」


 立ち止まったのは、商店街の角にぽつりとある古びた小さな店だった。二人は扉をくぐり、中に入っていく。小さな店には、パイプをふかした壮年の男が一人、本を読んでいるはずである。しかし、澪の予想を見事に裏切るようにそこには別の男が一人いた。


「何故お前が此処に、」


 驚く澪に、彼は手を振り、会話を再開する。相手は一冊の本を片手に店内に立つ壮年。


「……でさ、そこが猫梨ちゃんの可愛いとこなんだよ。素直になれないままちらちらこっち見てるんだけど、見られてるこっちがそればれてる、とか言ったら、『べ、別に見てないもん!』とか言っちゃってさぁ。ほんと可愛いよねあの子。

これから帰る予定なんだけどさ、もう襲っちゃおうかな?これ犯罪になると思う?ねぇマスター……ってぐはぁっ」


 澪は黙って彼に鉄拳を食らわせ、カウンターで気絶する奴の隣に腰掛けた。‘マスター’と呼ばれる店主に声をかける。


「こんな馬鹿を相手にして大変だったでしょう?」


 マスターは顔を上げた。もとから聞いていないというオーラ丸出しである。


「澪嬢、久しぶりじゃねえか。こいつの顔も久しぶりに見たが、いやぁ変わってないなぁ」


 パイプをくわえながら笑うという器用なまねをしてみせている。


「そっちにいるのは麗嬢かい?……ああ、やっぱりそうだ。お前さんには丁度良い酒があるから此処で飲むといい」

「ハルさん、ほんと?」


 麗が歓声をあげ、嬉々として酒をグラスに注いでいるのを横に見ながら、ため息をついた。


「いきなりだが、本題に入りたい。もしかすると聞いたかもしれないが……近いうちに襲来が来る。そのための保存食を買いにきた」


 大方横の馬鹿が話しただろうから、と未だ覚醒する気配のないと男を一瞥する澪に、マスターは頷く。


「さっき聞いたぜ。俺も驚いたが、心配するな。保存食なら大量にある。案内しようか?」

「助かる。すぐに持って帰りたいんでな」


 本を閉じて棚に無造作に置くと、ついて来いと手招きする。従うように澪は奥へと入っていく。

 すっかり静かになった店内では、麗が酒を飲む動作だけを繰り返す。と、ふらふらと立ち上がり、男の隣に座りこむ。彼はまだ顔を上げない。


「しゃっさん、久しぶりだねぇ」


 何故かくすくす笑う麗に、澪に殴られたまま突っ伏していた彼はゆっくりと頭をあげる。

 殴られた部分を擦って、言う。


「麗も、久しぶりだ。でかくなったな」


 彼も――水上(みなかみ)沙紗(しゃさ)も、笑いかえした。

 こじんまりとした風に見せかけてはいるが、実をいうとこの店の中、ずいぶんと広い。どの辺が、かというと、その原因は地下にあるといえる。


「この辺の奴らはここの地盤が良いことを知らんからなぁ。有効活用せんのはもったいないぜ」


 マスターと澪は、二人を置いて細い廊下を進んでいた。煙を充満させながら歩く後ろを、澪は顔をしかめながら続く。室内に風が吹くことはまずない、ということからして、煙が何処かへ行くことはないだろう。仕方なく、普段手巾として使っている布で、鼻と口を覆うことにする。


「……そろそろ煙草をやめんと、早々にくたばるぞ」


 自分が煙を嫌うためもあるが、体を気づかう体で一応忠告をする。


「は。そりゃあ魅力的な死に様だろうな」


 もちろん、それを聞き入れる耳を彼が持っていないのは知っている。しかしそれでも、一応言わずにはいられないのだと澪は気づかれないように静かにため息を漏らし、思う。

 何が魅力的な死に様だ、と。

*

 そんな間にも歩は進み、やがて二人は床に引き戸が取り付けられた箇所に到着する。


「どっこら……せぃっ!」


 何の掛け声かは分からない。というより、重労働ではないことに仰々しく気合いを入れるのかは澪には全くもって分からないが、扉は開いた。下は、ぽっかりと空いた闇で、下に降りるための梯子がついている。暗いにも関わらず、マスターは手慣れた様子ですいすい降り、暗闇の中に沈んでいく。と、下方で突然炎の揺らめきを目にした。


「澪嬢、降りてきてもいいぞー」


 その声を確認し、澪もまた梯子を降りる。勿論、足元の確認は忘れない。

 降りた後にまず、思ったことがある。


「……広すぎやしないか」

「お、流石に気づいたな」

「…………」


 無言の視線を軽く受け流し、壮年は歯を見せて笑う。


「俺が拡張した。近頃来てなかったから知っているのはあの猫嬢だけだったが、な。お隣りとかその更にお隣りとかの敷地の地下を使ってるから、そのおかげで保存食には困らん」


 碧翠使役団は定期的に彼から保存食糧を受け取っているが、ストックは更にあったらしい。


「有効活用はこのことか」


 かつてこの地下は、雨の日の澪と麗の遊び場であった。湿気を帯びることなく、常に乾いた空気は都合のよいものである。だが一方で、これは運び出すのに面倒ではないか。

 澪の内心を読み取ったかのように、彼は笑う。ただし、人のいい笑みではなくどこか悪さを持った笑みだ。


「澪嬢、今おまえさん運び出しが大変だと思っただろう」


 気にするなと言って、ものの置かれていない土壁を徐に触る。


「む…………」


 澪が見ている中、それは崩れた。


「……………………む!?」

「お。驚いてるな」


 驚くのも当然だ。

 細いながらもきちんとした通路が、はるか先まで伸びている。


「実は本部までこの通路を繋げた。これはまだ猫嬢にも言ってないんだがな」


 確かに楽である。


「……で、何処に繋がる」

「知りたいか?」


 頷く。彼はまたにかり、と笑う。よく笑う男だ、と思いながら澪はそれを聞いた。




「地下牢だ」


 驚きを隠せない。

 というより、いつそんなことをしていたのか。町から本部までは、かなり遠い。必然的に、多くの労働力が必要となる筈である。だが通路を作ったことを平然と言うあたり、大して苦ではなかったのかもしれない。


「一人でしたのか」


 問うてみる。


「生憎だが、この店に従業員はいない」


 つまり、一人でしたということだ。


「体力が衰えたっつってもなぁ、まだまだ力はあるぜ?」


 そしてそれは、この壮年がまだまだ現役のつもりでいるらしいことを表す。


「だがな、まだ壁やら天井やらは固めてないから崩れる危険がある。四、五日したらそっちに荷物を運ぶさ」


 その表情も、口調も、体格でさえも変わらないままであることは確かに、――澪にとっては非常に不本意なことではあったのだが――正しいことだった。要は、あの荷台は必要なく、また、澪が辛抱して乗り物酔いに耐えていたことは無駄だった、ということである。

*

「あ、マスター。この本借り……じゃなかった、押収していい?」

「断る」


 戻ってきた二人にひらひらと手を振る男。

 その横で突っ伏し寝る女。

 反射的に問いに答えたマスターは、周囲の様子に顔を引き攣らせた。状況が状況なので仕方ない。


「……この短時間に。嬢、妹御の酒飲む速度上がってないか?」


無論、澪は一もニもなく言った。


「知るか」


 転がった空き瓶がからり、と小気味よい音をたてる。

 後片付けの大変そうな光景に、同情の視線しか送れなかった。


*


「わぉ、こりゃ驚き。何でいきなり殴るんだよみおー」

「うるさい。沙紗、ディリはどうした」


 騒音を無視して問いだけを投げ抱える。

酔い潰れた麗の代わりに馬に跨がり、合図を送る。

 ふと、気づいた。


「…………む、酔わん」


 酒ではない。乗り物の話だ。


「そりゃそうだ。てか馬に酔う奴は基本いない。それとディリは先に行ってる」


 わしわしとその馬をさらりと撫でる。荷台に乗り込み、口布を装着する。そして押収、という名で借りた本を開く。何故か内容を読み込むにつれ、にやにやと笑みが広がっていった。

 正直、気持ち悪い。

 無言の視線を浴びながらも彼が開いていた本は、

 『相手の骨をうっかり折る方法(人間版)』という題名であった。


「くくく……帰ったらこの技天堂にかましてやろ」


 そんな彼に澪が得物(ほうちょう)を投げつけた、というのはまた別の話。

*

 彼らが軽い荷台のまま帰っている時より、少し時間は遡る。

 その頃、猫梨は朝から惰眠を貪っていた……わけではない。時間は既に仕事開始の時刻を過ぎている。朝食などとうに終わっているはずだ。が、彼女は一歩も自室からでておらず、布団の上で丸まっている。苦悶の表情で、ぴくりとも動かない。


 否、動けなかった。

 いつもならば顔を覗かせにくるはずの麗もいなければ、仕事の遅れを決して許さない澪、世話やきの鈴音でさえ忙しくてやってこない。


 誰も、彼女のことに気づかない。


 誰も、彼女のもとを訪れない。


 かろうじて動く口で、猫梨は吐き捨てる。


「――謀られた」


 誰もそれを聞くことはなく、言葉は空気に溶けて、消えた。


 一方、天堂が黙々と仕事――襲来に向けての対策案を練ること――をしていると、突如として無線機が反応した。

 思わず舌打ちをする。

皆が忙しいこの時に誰が、と思いつつ通話可能な状態にした。


「あ、天堂☆元気にしてる~?」


 思わず通話を切った。

 再び無線機の反応。


「今ね、近くにい……」


 ぶちっ。

 しばらくして、三回目の反応。


「すまん、二回目は反射的にしたことだ」

 嫌味を言われる前に謝罪をしておく。


「え、別にいいよ(´・ω・`)大したことじゃないもん」

 ぎり、と奥歯を噛み締めた。


「……沙紗、俺は忙しい」

「そんなの知ったことじゃないさっ」

「黙れ。殺すぞ」

「い・や☆」


 頭にきて、無線機を机にたたき付けた。


 ばき。

 嫌な音がし、機械にひびが入る。


「……………いかん、壊した」


 修理、若しくは代替。

 研究者たちに何か言われるだろうと、自分の直前の言葉を後悔しながら、立ち上がって部屋を出た。

 残された紙には、『襲来対策』と題があり、その下に案が僅か一行で書きなぐられている。

――対策案、特になし。個々の実力を発揮すること。


 それが、天堂の出した答えだ。


 あるいは、手抜きともいう。

*

「ほう。で、君はボクにこれを直せ、と」


 向かった先は、研究部隊が使用している部屋だ。


「そうだが?何か問題があるなら聞いてやるが」

「問題だらけだ!

お前、これだけ頑丈に造られたモノをどうやったら壊すなんてこと……うぅ、お前のために材質の硬度は他の倍以上に調整してあるってのに。そんなだからボクの同調装置(チューナー)としての成績が悪くて出世出来ないんだよ」


 研究部隊内にいる研究者は、大きく二種類に分けることが出来る。一つは、様々な事象を研究し、日々の生活に活かす研究者。そしてもう一つは、研究者の発想が鍛冶部隊の製造を通して完成した品を各隊員のために改良を施し、全力を尽くせるように整備を行う同調装置(チューナー)である。


「あの馬鹿兄貴の真似なんかしないでよねっ」

「誰が真似だ、そして馬鹿はお前もだ」


 ばしりと彼の頭を叩き、すぐに無線機を直すことを約束させてから戻る。

*

 とりあえず、暇になった状態で廊下を歩いていると、ばったり木佐原に出会った。

 何やら大きい袋を肩に担いでいる。結構重量のありそうな荷物である。


「仕事か」


 声をかけると、微妙な顔をした。


「仕事しろ」


 一言、言い返される。

 それよりも、その袋の中身と微妙な顔の意味を知りたい。

 が、それについて何も尋ねないことにする。


「実は終わったんだがな」


 襲撃に対する対策。手抜きではあるが、それだけを言うことにする。

 すると、また微妙な顔をされた。


 ――気になる。

絶対後で問いただそう、と心に決め、天堂は一旦は通り過ぎることに決めたのだった。

 片手を挙げて去る天堂が見えなくなるのを確かめて、木佐原も歩きだす。

 担いでいる袋を支える手に力を込め、困ったように独り言を言う。少なくとも端から見ればそう見えるように呟いた。


「……少し、静かにしてくれませんか」


 周りに誰もいないなかで、それは妙に空しく響いた。

*

もちろんのことではあるが、使役士というのは街中ではあまり見られない存在である。そのため、一般市民的には彼らが少数かつ精鋭であると思われている。

 が、それは間違いだ。

 現に、暇を持て余している天堂が建物の中を歩いていると、それは様々な人に出会う。


 例えば、足元。すぐ側を兎が通り過ぎた。

 そして、前方にはそれを追いかける女性隊員がいる。 大方、処理部隊に属し、農作業を主とする人間だろうと天堂は思い、兎をつまみ上げる。兎は何も喋らず、じたばたと暴れた。

 女性隊員はほっとしたように小走りになる。ひぃふぅといいながら呼吸を整えている。


「あ、天堂隊長。ありがとうございます」

「……君のさっきの走りはもしかすると全速力であったりするのか」


 女性隊員はえへへと頭を掻いた。


「最近走っていなくて、ですね」


 兎も追えない程走っていなかったのか、と天堂はほんの少しばかり彼女に同情する。


「襲来まで訓練所に行った方が良いかもしれないぞ。君が前線に出るという可能性も無いという訳ではない」


 暴れる兎を手渡して、慌ててお辞儀をするのを視界に入れる。再びすたすたと歩きだす。


「お前は今から調理場に行こうか。……ごめんね」


 そんな言葉を背後に聞いて、合点した。喋らないのも道理である。

 今日の食事に兎を使用した料理が出るであろうことはほぼ確実だった。


 階段を降りて、一つ下の階へ。

 下では鈴音が壁に紙をぺたぺた貼りつけていた。

 天堂は無言で近づく。


「仕事終わった? 」


 顔を向けることなく鈴音は問うた。


「一応だが。それより、これ何だ」

「自分で読んで。わたしは副長官に渡されたの貼ってるだけよ」


 天堂は紙を見る。読んでいる間に、口の端が吊り上がった。


「…………ほぅ。面白い」

「どこがよ」

『どこがですかっ!!』


 言葉が被る。

 天堂の笑みは消え、鈴音は驚いたように、声の方を向いた。

 どたどたと歩いて来る一団――といっても四人であるが――がそう叫んでいた。

 うち一人は言う。


「天堂隊長、教えて下さい。

何故あの娘があれ程に恐れられているのか。課題の答とは何なのか」

「……直球だな」

「時間がありませんから」


 それは彼らの総意だ。

 知りたいという欲求。それは課題を乗り越えるためには必要なこと。

 だが彼らは見つけなければならない。

 そのために何をするべきか。

 どういったことを知り、胸の内に留めておくべきか。


「無理だ」


 即答、のその後に、


「だが、俺は一つだけ教えてやれるかもしれない」

「…………本当ですか」

「天堂!」


 鈴音が慌てる。

 その危惧はつい最近。訓練場での会話と同じだ、と空気から感じる。


「他の隊長たちは周りからも分かるほど心から猫梨を恐れているのに対して、乾と俺はそれを面に出さん。が、確かに俺も奴も恐れていることには変わりない」


 彼らはあの少女が、何を隠しているかを知らない。

無論天堂らが知るのもその秘密の一片のみではあるが、それでも彼らを恐れさせるには十分な程で。


「奴は――猫梨は、新しく隊長になる者に必ず言う」


 背負った重荷にも、押し殺した自分にも、

 全てのことに意味はあると。

 わたしはそう思いたいのです。

 だから、

 わたしはあなたたちにもその一端を背負ってほしい。

 それに意味があると、信じたい。


「知りたいのならば、それにたどり着くために動くのみ」


 言う天堂に、鈴音は安堵の混じるため息をついた。


「でもあの()、まだ今日は顔出してないわよ。床も汚いし」


 ぺたぺたと貼りつづけられる紙には、課題の行方が書いてある。


――期限は、敵の襲来があるまで。

それまでに課題を終えることを昇任の条件とする。




これを読んでくれたあなたに感謝の言葉を。


高校生って意外と大変なんですね。

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