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碧翠の使役士  作者: 白縫 綾
 Ⅰ:候補者たちの課題
7/18

『候補者 / 課題の行方』

少し行き詰ってる気がしますが、頑張って後編も書きます。


作者の描いた猫梨の絵:URL:http://5457.mitemin.net/i62427/


見たい方はどうぞ。

 戦え。

 戦って、限界まで動け。

 戦って、己の在る意味を知れ。

 戦って、戦いぬいて力尽きたならばそれも本望だと思え。


 使役士には、意味が在る。

 人々を守るために、やらなければならないことがある。

 町を破壊させないために、盾にならぬ時がある。

 大切な者を傷つけさせないために、武器を手に取り立ち上がらなければならない時がある――

 それこそが、使役士。

 竜に向かい続ける者。


 だから、我等はそれを全うしなければ。

 そうしなければ、そうして生きてきた使役士たちに申し訳が立たない。

 故に、……


「--長い」


 猫梨は呟いた。

 彼女が来たのは朝方、まだ太陽が出たばかりの時刻だった。散歩と称し獣舎の回り、外の草原を猫梨はてくてくと歩く。肩まで伸びている髪がやや強い風に煽られて揺れている。


『小娘、貴様に使役士が何たるかを教えてやるというのにその態度か。……いや、そんなことよりもまず時間見ろ、時間を』


 どこか遠くから、しかしとても近くから。女性が説教する声がする。


「知ってて来てるんですけど」

『――ほう、ならば今がどんな時かも分かるだろう』


 その声の正体である横には、「エナ」と称される白虎の姿があった。並ぶように猫梨の横を歩いている。

 一見使役士とその相棒、という一組にしか見えないが、それは彼女の使役動物ではなく部下の相棒である。大型種に属するそれの体高はちょうど猫梨の身長と同じくらいのものだった。


「……朝ですねぇ」


 少しばかりの沈黙。話し相手の言葉を見事に無視するほどの間をおいて、何となく口にだして言ってみる。


 決して返答ではなかった。横にいるこの動物は我が強く、言い返されるのが嫌いである。言い返した場合に待っている毒舌を見越した上での行動である。





 時間的には朝だ、と思われた。

 しかし、日は未だ地平にかかっている程度、則ちまだ空はほの暗い。

 他の者も眠っている時刻、その中を一人と一匹は静かに歩く。


 初めは単に暇つぶしのはず、だったのだと思う。

 何かの夢を見ていたような、見ていないような。眠りに落ちていた時のことがすっかり頭から抜け落ちているために自分の激情が自分を起こしたのだということを自身は覚えていなかった。

 二度寝する気にもなれず、寝台の上で足をぶらぶらとさせていた猫梨は昨日、実際には数時間前のことを思い出させられる。


 涙はもう零れなかった。


 しかし笑えもしなかった。


 何故か、どうせなら笑えるようにしよう、と思うようになる。

 自然に、微笑めることが出来るように。



 指で自分の口角を上げてみる。


「………………むぅ」


 もごもごとした末に、あることに今更ながら気がつく。

 うまく話せなかった。

 いや、話す相手もいないのだから問題はないのではあるが。


 やはり、というべきか、虚しかった。



 虚しさを紛らわせるために何をすればいいだろう。

 考えて、思い付いたのが――





 猫梨は草地の上に倒れ込む。

 隣でエナがゆっくりと『伏せ』の姿勢になる。

 いつまでも獣舎の中にいさせるのは動物たちにとっても酷なのだ。だから、たまに外に出す必要がある。


 猫梨はごろごろと転がって、白い毛並みに抱きついた。


「うりゃ」


 呆れた目をひしひしと感じる。


『……貴様の精神年齢は身体年齢以下なのか』


 そうは言っても止まらないことはあるものなのだ。


「このもふもふに罪があるんですよー」


 顔を埋めながら猫梨はもごもごと言う。


『……やはり、』


 猫なのだな――

 どこか感心したようなエナの声を聞く。温かい体に耳を押し付けながら、それを聞いた。


 もしかするとこの虎は、猫がじゃれるように感じているにちがいない、と猫梨は思う。

 日常のほんの一端ではあるが自分がそのように思われること。その文字があることは果たして偶然か、それとも必然なのか、と。


「全てを知るのは親ばかり、ってね」


 答える声がなかったのは何故かは、猫梨は分からない。


 ただ分かるのは、一概にエナだけとはいわない使役動物たちの全てが皆孤独を味わっているからこそ、彼らはこんなにも温かく、満ち足りているのだということだけだ。


 白の毛に埋もれたまま、背中だけが吹く風にさらされて冷たく感じる中、猫梨は目を閉じる。








 暫くして、草を踏みしめて歩く微かな音と、少し離れた所から言っている声が、耳に入る。


「猫梨とエナ、君たち何してるんですか。危険なこと自覚してるんですよね?まったく、こんな所で」

『私は巻き添えを食っただけだ』


 エナは風に吹かれながら静かに、こちらにやって来る青年の声に答える。

 先程から彼を知らせる匂いが鼻に届いていたので、その来訪は予想できていた。


『小娘は……そうだな、寝かせてやれ、今のところはな。何故か、と言われる前に一つ問おう。なぁ貴兄よ、奴がいつ頃私の所へ来たか知っているかね?』


 面倒そうに、背後からすたすたとやって来る「彼」に向けて問いを発するが、背後にいるはずであるのに返答はない。

 構わず言葉を紡ぐ。


『まだ夜も明けぬ朝だ。二度寝する気にもならんと言っていたが、私にはそうは思えんよ。この寝姿、明らかに睡眠不足だ』


 そう思わんかね――と言いつつ振り返ったエナの目の先には、案の定と言うべきか、一人の男が立っていた。


「エナ、それでもして良いことと悪いこと、そして時には各人の都合というものがありましてね。起こさなければいけないんですよ」


『ふむ、ならば貴兄、これを起こしたまえ。先程から邪魔だ』


「なんでそんな上からなんですか。言われなくても起こしますって」


 彼は眠りこける少女の肩に手をかける。


「こら、猫梨。早急に目を覚ますこと、ほら早く」


 揺すっても錆色の髪が揺れるだけで、応えない。

 猫梨はいつの間にやら眠ってしまい、エナの背中に顔を埋めながらすうすう寝息をたてていた。起きる様子は皆無といって良いほどに、ない。

 規則正しく上下する体を呆れたような困惑顔で彼――木佐原は見つめる。


 おおかた眠れなかったのだろう、と推測した。

 エナに引っ付く体を引っぺがそうとすれば、離れたくないとでもいうように込める力は一層強くなった。


『無理に剥がすな』


 苦情も尤もである。


「中々手強くてですね。自分、余り力は強くないんですよ……っと」


 ぶちっ。

 ようやっと引き離すと、エナの毛が若干抜けたらしい音がした。


『痛い、痛いぞ貴兄よ。粗雑な扱いはやめてくれ』


 人間ならば涙が出ているのではなかろうかという声音で抗議され、木佐原はごまかすように頭を掻いた。


「すみませんね、しかし急を要することでして」


 己と比べれば遥かに小さな少女を背中に担ぐ。


「あまり時間がないので訓練所にでも行っていたらどうです?」


 最後にそう提案して、歩きだす。エナは毛の抜けた箇所を気にしながらものっそりと立ち上がり、それについていく。






 目的地では、待ちくたびれたとでもいうように文句を言う澪がいた。


「遅い。副長官になると運動不足になるのか書類仕事ばかりになるのかは知らん。が、少なくとも貴兄の神速はその程度ではなかったと記憶している」


 木佐原が猫梨を担いだまま向かった先は、第八部隊の仕事場である。


「乾さん。……元気なら、自分で動いたらどうです」


 疲れたような声にふん、と鼻を鳴らし、澪は木佐原を無言の圧力で黙らせる。


「何のための速さだ、活用しない手があるものか。この小娘も貴兄も率先して働くべき、ならばこの行動の何処に非が在る?」


半ばこじつけのような事を自信ありげに言い切る様子に、ため息をつく。


「要するに、面倒だったんでしょう」

「……うぐ」


 一瞬ぐ、と詰まった澪はそれを隠すように作業――自分の仕事を再開した。


 彼女が時間にこだわることには、それなりに訳があった。

 使役士たちの三つの決まり。

 といってもそれはあくまでも認識されているものにすぎないルールが存在していることは、日常の中では忘れ去られているものだといっても過言ではない。


 一つ、時間厳守。

 一つ、鍛練励行。

 一つ、団内調和。


――それらを守り、戦いに臨むこと。

 碧翠使役団本部のみではない。他支部もそうであるように、この基本的なことは使役士全員の掟である。が、それを守ったとて全員が守るべき人々を守れるわけではなく、志半ばで死する者もいる。それを知っているから、使役士たちはその定められた掟、三つの『訓』をあまり気にしない。上の者も下の者も、その見解は同じであるため、彼らは常に自由である。


 むしろ、澪のようにそれらを守り続けていることの方が珍しい。


「……ふん」


 かつて、在るべき掟を守り抜いてこそ、真に民を守ることが出来るのだと、そう思っていた。

 まだ幼かった時分の話だ。物語の中にいる正義に憧れていた頃、敵を容易く倒す人々に憧憬の念を抱いたことがあった。

 今思えば笑える話である。


『暢気なものだ』


 少しばかりひんやりとした床にぺたりと座り込むエナが、奮闘する木佐原と、慌ただしく動く他の人々を眺めながら暇そうに大きく欠伸をした。開けられた口からは真っ白で鋭利な牙がちらりと覗く。

 「暢気だ」と言っているのは忙しい彼らに対してではない。その中で目を細め、木佐原によって白地のエプロンを着せられる猫梨にである。


 どれ程大変なことがあっても、毎日が変わることはない。大勢の竜が来るからといって、食事をとらなくなるわけでもなく、また守るべき街も穏やかな朝を迎えはじめる。せいぜい、訓練所の使用人数が増えるくらいなのではなかろうか、と密かに推測している。


「こんなことをするために副長官になったわけではないんですが、ね……!猫梨、君ね、そろそろ目を覚まさないと包丁が降って来るかもしれなくて危険だから」


 澪は真面目くさった顔で反論した。


「そんなことはない。この小娘に危険という文字はない」


 木佐原の脅し通りに包丁の切っ先ををうとうとする猫梨の頭頂部へ向けながら、淡々とした仕草でおもむろにそれを振り上げる。

 比べものにならない程の速さで、腕を往復させた。

 風が鳴る。


 しかしその先にいる、木佐原の横で夢の世界にいた少女は、既に目を覚ましていた。

 若草の瞳に光が宿り、焦点が定まる。

 ゆるりと避けた。


「うむ。ようやく起きたか」

「ふぁ……あ、ども。おはようございます澪さん」


 まるでいつも通り、というような対応に木佐原は困惑し、まさかと思い、背筋に冷や汗がつたうのを感じた。

 自分は一体何をしているんだろうか。そう思わずにはいられない。拍子抜けしたのと同種の脱力感が体を占めていた。


『貴兄も報われぬ男なのだな』


 哀れみの混じる視線から逃げるように、目を閉じて暫しの現実逃避をした。

 一方で、猫梨は大きく伸びをする。

 いつの間にやら変わっている回りの景色を見渡し唯一、同じである虎を見つけて飛びついた。

 もふもふしている。堪能しながら、ふと目についた箇所を見てぴたり、と動きを止めた。


「え、エナさん」

『む』


 そろそろと猫梨がそこを指差す。勿論エナに自分の体は見えない。

 どうかしたのか、と問う。


「……くくっ」


 同じように、そこに目を向けて変化に気付いた澪の喉が忍び笑いを押し殺しきれずに声をたてた。しかしそれでも、何なのだとにわかに騒ぎ出す様子を見せる虎に一喝することを忘れない。

 咳払いを一つ、する。


「此処を何処だと心得る?聖域だ、聖域!気になるならば我が妹にでも見てもらえ。騒ぐ奴は嫌いだ」

『……』


 弁舌はやはり、というべきか澪の方が勝っており、去っていく姿を可笑しいと言うような笑みで見送っていた。

 閉まった扉の向こうに同情しつつ、木佐原も何となはなしに言う。


「猫梨、君は自分の周辺を見てみた方が良いですよ」


 猫梨は上を見る。

 左右を見て、下を見る。


「……あ」


 見つけてしまった。

 真っ白な、ふわふわとした毛。いくらか床に落ち、自身の枯れ草の服や手にも付着している。それは紛れも無く、先程まで居て、去っていった白虎の体の一部であったものなのだろう。

 無論、先程まで猫梨を運んでいた彼の手にもそれは握られている。


 ――ああ、どうしよう。


 自分のしたことに半ば愕然として、木佐原を見上げると、肩を竦められた。

 こういう時はとことん役に立たないのが彼である。

 猫梨の表情を楽しみながら、澪はくつくつ笑っている。

 その目が見たのは、背の二カ所、猫梨が掴んでいた毛が丁度円状に抜け、肌色が見えた何ともみっともない恰好であった。


「乾さん、笑いすぎです」


 暫くしても、澪の笑いが収まることはなく、笑い声だけが響いていた。






 朝が訪れ、日も随分昇った頃に、本部では動きがあった。


 未だそれを知らされていない‘彼’以外の全ての使役士たち。彼らの前で、暫く席を空けていた有村は長官に相応しい態度で立っていた。


 場所は訓練所。

 研究に携わる者は滅多に入らない場所である。おそらくはそのことを考慮したうえでの、此処であるのだろうと猫梨は思う。


 が、今はそれも関係ない。戦闘員、非戦闘員など関係なく、ただ人が入り混じる中に埋もれながら彼を見つめる。如何せん、身長が低いために前に行くか、飛ばなければならない。だがぎっしりと人間が集まっている中、移動することは躊躇われた。


 結局背伸びするはめになる。猫梨はその場でつま先立ちをしながら、ぴょんぴょん跳ねる。


「馬鹿だろう、お前」


 襟首が掴まれ、ぐいと体が持ち上げられる。


「服破れますよぉ」

「……む、ならこうか」


 首の代わりか、今度は胴体に手をかけられる。声からして、天堂であった。彼もまた、人に揉まれて移動していたらしい。人混みの熱気から離れて、普段とは違う視点から人を見る。


「てんどーさん、いつもこんなに人を見下してるんですね」


 天堂は不服そうに顔をしかめた。


「人聞きの悪いことを言うな」


 持ち上げられた姿勢から、猫梨は肩に乗せられた。

 いわゆる‘肩車’体勢だろうか。

 普通の少女ならば赤面するところなのだろうが、残念ながら猫梨は普通の少女ではない。使役士として、弱き者――それが例え同年代の子供であろうと、彼らのために力を尽くすべき立場にある。そして、年頃の娘たちの反応も見たことがなく自身も経験したことがないものであったから、多少反応のズレがあるのは仕方ないとも言えよう。


 猫梨は大人しく肩の上に落ち着き、天堂は前へと歩く。後ろより前の方が空いているようで、だんだんと楽に歩を進められるようになると、見慣れた面々が並んでいた。

 有村は勿論、鈴音を筆頭に各隊の隊長たちが一斉に二人を見る。


 吹き出された。


「家族ごっこなんて柄にもない。どうしたのよ」

「しかしだな……市谷殿。意外にもしっくりくるのは気のせいか」


 家族ごっこと言われて、猫梨は頬を膨らませる。


「家族ごっこでも何でも言ってればいいんですよっ」


 上から見下ろせる状態でいる故の言葉である。同意を求めようとして猫梨か天堂を見ると、若干額に青筋が浮いているのが見えた。どうやら頭にきたのは彼も同様であるようだったが、猫梨以上に衝撃を受けている。


 無言で二人、目を合わせ、天堂はゆっくりと、猫梨を降ろした。

 周辺に沈黙が訪れる。

 始めに大笑したのは、有村だった。


 続いて鈴音、澪、他の隊員たちと、さざ波のように笑いが広がっていく。

 天堂の無言の睨みが普段は効果があるとしても、今回ばかりは無理のようだった。


「士気は高い、ですね」


 猫梨は笑いの中で、小さな声で冷然と呟く。


 これなら勝てるか、若しくは――


 一瞬だけ、猫梨の顔から表情が消え失せたことには誰も気づいていない。






 笑いが収まってから暫くして、有村は言った。


「全員に改めて言おう。知っての通りだとは思うが、現在こちらに竜の群が接近して来ている」


 そして、こうも言った。


 我等の役目は何だ。自問しろ、と。




 有村は思う。


 答を出さぬ者、若しくは出せぬ者は街へ向かうもよし、そのまま留まるのもよい。誰にでも大切なものはあり、それは一人一人によって違うのだから、止めたり非難したりは出来ない。


 ――だが、使役士よ。

 ――我が同胞たちよ。


 お前たちの存在意義は何だ?

 思考しろ、そして、知ることだ。


 私もまた、それを未だ見つけてはいないが、今この時だけは意味を見つけよう。

 即ち――竜だ。


 私にとっては、敵を滅するのが全て。

 そのために、守るべき者たちのためならば、私は微力な力を喜んで使おう。




 ――二度とあの日を繰り返さないように。


これを読んでくれたあなたに、感謝の言葉を。

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