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碧翠の使役士  作者: 白縫 綾
 Ⅰ:候補者たちの課題
5/18

『使役士 / 意味』

改稿バージョン。

本部の構造について追加。

長いので二つに分割。

 書類仕事もあるにはある。が、それよりも大事な仕事が猫梨にはある。木佐原をも驚愕させた有村の告白から数時間が経っていた。猫梨はあの後速やかに長官室から退室し、共に出てきた木佐原と途中で分かれた。一方木佐原は別れた少女の後姿が一つの部屋の中に消えていくのを見届けた。


「君は、何も感じなかったのかい」


 だが、そう呟いてもそれを聞くべき少女はもうそこにはいない。

 

 猫梨は部屋に戻り、真っ白なエプロンを持ってからすぐに次の目的地へと向かう。使役士たちにとっての肉体労働は竜の殲滅だ。ならば猫梨にとっての肉体労働は、彼女に謎の由来といってもいいものだ。

 家事である。

 時間は夕刻に近づいてきた頃であった。向かうところは食堂につながる調理場である。されど一人で大勢の食事を作ることは困難を極める。そのため猫梨は第八調理部隊に混じる形で調理をしていた。

 食堂に飛び込んだ猫梨は白地のエプロンを急いで被り、手を洗い始める。そこには既に八人が忙しく立ち回っている。辺りを見渡し出来ることを探す。

 と、近くに切らなければいけないらしい食材が山と積まれているのを見つける。


 「手伝います」そう言い、するりと包丁を取り出す仕草は最早手馴れたもので軽快な音を立てながら、まな板の上の材料は刻まれていく。

 しかし横の女性使役士はその扱いがいつもよりも若干荒いことに気付いていた。


 味はもちろんのことであるが、それよりも何よりも優雅に、華麗に料理を成し遂げることが料理人としての最高峰であると認識するものは多い。

 それは無論彼女も同じである。だからこそ、段々と酷くなっていくその状況には黙っていられない。

 彼女は普段話すことに使わない口で無表情に猫梨に告げた。


「……おい、猫梨。まな板壊したら自腹で払ってもらうからな」

「壊さない程度に扱ってますから大丈夫ですよー」


 そんな間延びした声でいう状況でもない。むしろ状況というよりは惨状という方が正しいのかもしれなかった。

 いつの間にやら地響きの如き音になっていた。しかし構わず材料を切っていく少女が一人いる。それだけの話だが器具を丁寧に扱うのは料理をする上では当たり前のことなのではないのだろうか、と彼女は思う。


「食べ物を粉々にするなよ」


 無表情に忠告する。が、猫梨は手元を見ずに高速で手を動かしながら言い返す。


「だって急いでるんですよ?澪さんだって同じなんですから行動を早くしましょうよ」


 逆に忠告され返された。

 彼女は年下に言われる言葉を不快に思ったらしく、顔を顰める。


「貴様は全ての料理人に共通する美学を分かってないな。その動きじゃ早すぎ、例え急いでいようと優雅に仕事を成すのが我等の仕事だ。急ぎたいのならば、手元は見ろ。肉はミンチにするな」


 滑らかに調理器具を扱う女性は、(いぬい)(みお)といった。第八調理部隊隊長である。


「…………え? ぁ、ぁぁあああああああっ!?」


 猫梨はようやっと下を向いて暫し固まり、悲鳴を上げる。


「うるさい。叫ぶ暇があるのなら他の調理法を考えろ」


 彼女が料理という分野を甘く見るな、と思ったのは内心だけである。


 それから僅か後、澪はいつもの如く不遜な振る舞いで仲間たちに説明をしていた。


「……という経緯があって今日はやる気が出なかった。よって適当。野郎ども、さっさと食ってしまえ。猫梨にはその間土下座でもさせておくから許せ」


 全ての使役士たちが集って食事をする場所にほぼ全員がついている。その状態をぐるりと見回す彼女の声だけが朗々と響く。


 ――緑央隊長がかわいそうだ。

 ――これがあの麗さんのお姉様なのか。

 ――許してるから土下座とかありえないことはやめてほしい……


 心の優しい何人かは必ずそう思う。が、残念ながら碧翠使役団第八部隊の隊長は、顔付きからしてここのアイドルと血を分けている。それは火を見るより明らかなことだった。

 澪は片眉をつりあげる。胸の内を見透かしたかのように言った。


「何か問題でも?」


 ただそれが乾麗と違うのは、


『……いえ、問題ありません、乾隊長』


 どんなときでも上から目線なことのみである。


「ならいい。ついでに言うならば今日は忙しい。よって虫の居所が悪い。余計なことは考えずに食え」


 そんなことをのたまう姉と神妙に正座している上司を見つめて、変わっていないものだ、と麗は唇に孤を描いてひっそりと笑ったのだった。


 猫梨と澪が急いでいるのにはそれなりに訳があった。精神的ショックよりも長時間の正座による足の痺れが与える苦痛に顔を歪める猫梨の襟首を片手でつかみ、もう片方では食事が積まれたワゴンを押す。澪はかつかつと歩きながら目的の場所へ向かっていた。

 現在、二人は三階にいる。他の使役士たちは食事なので歩く廊下は無人だ。しかしそれは澪にとって都合のいいことであった。


 彼女は誰もいない廊下を渡り、誰も使わない無人の部屋に入っていく。

 誰も使わないのだから誰も近寄らないのは当たり前である。が、そちらの方が都合がいいのもまた事実である。澪はおもむろに胸ポケットから許可証をとりだしその壁に近づけた。

 電子音は響かない。だがそのかわりに、許可証を近づけたその壁の一部が前にせり出し、開いた。あるのは手動式のハンドルである。

 澪はそれをワゴンを押していた手で握り、回す。回して反応があったのは行く先のない壁だった。何もないように見えた箇所から継ぎ目が現れそこが開く。

 行き止まりの続きのように現れた道はワゴンが丁度通れるくらいの幅で、通る者が滅多にいないせいか明滅するあかりに照らされていた。


「まさか実際に使うことになるとは」


 思わなかった、とそのまま突き進む。いきなり引きずられた猫梨にはたまらない。声のない悲鳴をあげた。


「み、みおさん首痛い……げほっ」


 と、急に立ち止まられ、猫梨の首が突如自由になり、力の入れられていなかった足がかくんと折れた。床にへたりこんで何するんですか、と見上げる猫梨に澪はふんと鼻を鳴らした。


「世話かけさせるお前が悪い」


 怖いものなしの言葉である。床に座り込んだまま恨めしげに視線を送り続けて、聞きたいことがあったのに気づく。


「そういえば、この通路、初めて見ましたけれど」


 振り返った道は何時消えたのか分からないが壁があるばかりである。

 澪は淡々と答えた。


「お前の知らん隠し通路なだけだろう」

「わたしも一つは知っています。けど、他のは初めて見ました」


 立ち上がって、ぱんぱんと枯れ草色の服を叩くのを尻目に澪は再び歩きだす。進みながら言った。


「他にも三つくらいはある」


 猫梨は目を丸くした。


「そんなにですか」

「多分な」


 そこで、会話は途切れた。


 沈黙のせいで居心地が悪い。思いきって、口を開く。


「――、みおさんっ」

「何だ」

「あ、えと」


 何故か慌てだす様子に苛々して促す。


「早くしろ」

「あう、えっと、澪さんは使役士について、竜について、どう思いますか」


 場違い、というわけではなかったと猫梨は思っている。

 澪は暫く沈黙した。一つ一つの言葉を確かめるようにしながら、口を開く。


「それを聞いて、お前はどうする」


 澪の顔は前を向いていてその視線は後を歩く猫梨には見えない。それでも、雰囲気が険しく変化した気がした。


「それがお前の糧となるならばそれもよし。だが、聞け。総ての答は自分の思いであり、意思だ。他人の意思を自分のそれと履き違えるな」


 そう前置きをして、独白のように言う。


「正直にいうと、私は使役士なんてものには興味がない」


 彼女らしいといえばそうだが、あまりにもはっきりした言葉に猫梨は一瞬たじろいだ。その様子を想像していたのか、


「だが未練がない、と言いたいわけではない。私はただ、己の役割に縛られたくないだけだ」

「どうしてですか?」


 彼女はふ、と笑った。


「そうでなければ、私は生きてる意味を見出だせないだろう。使役士はあくまで生きるための手段、自由に生きることがだけが、私が恩人にできることだからだ」


 *


 暫くして、澪が不意に言った。


「--もうすぐ、着く」

「え」


 目的地は最上階にある。入った通路は三階であるからにして最上階につくことはないと言いかけて、「分からんのか」と呆れられた。


「確かに入った場所は三階だ。が、よく見ろ。床はお前が気づかんくらいの緩やかな坂になっている。そしてここの構造だ。お前は疑問を持ったことがないのか?」


 碧翠使役団本部。そこの内部構造は至って簡単であり、道に迷うことはまずないと言っても過言ではないだろう。何故なら、各階の廊下は平面で見ると、全て大きな円となるのだから。


「お前が分かっているかどうかは知らん。だがそういうつくりになっている。つまり今いるのはその大きな円の内側、ということになるな」


 不意に止まり、澪はワゴンから手を離した。突然の行動だが今度はぶつからずに立ち止まったすぐ後ろの少女へ顔だけを向ける。


「初めて来た時、聞かなかったか?」


 猫梨は無言で首をふるふると振る。


「ふむ、そうか。ならばそこはご隠居の考えだろうが猫梨、許可証出しとけ。金鎖もだ」


 その指示を聞き猫梨が前を見ると、そこはまた行き止まりとなっていた。澪は壁に許可証を押し付ける。

 今度は無機質な電子音が響いて通過に必要な更なる条件を提示した。


『更ナルカギノ提示ヲ求メマス』


そして壁がせり出し、次に出てきたのは細長い箱だった。澪はそれを手早く開ける。


「基本隊長しか持てん金鎖は特殊でな。仕組みは知らんが此処に入るときだけ使われる、いわば‘鍵’らしい……先に行っているぞ」


 するりと横滑りに開いた扉の先は猫梨が一回だけ見たことのある部屋だった。すぐに消え、ぽつりと取り 残された猫梨は呆気にとられ壁を見つめた。

 置いて行かれた。

 いや、もしかしたら許可証を提示した者しか通れないのかもしれなかった。

 それでも何も言わないのはひどいと猫梨は思いながら、先に澪がしたように許可証をそろそろと持って行った。


「えと、鍵の提示、だったっけ」


 機械音が何かを言う前に、枯れ草色の上着についている金の鎖を外して、つまみ上げた。

 これが鍵なんて知らなかったし普通は考えられないことだ。強いていうならば、似ているのは鎖どうしがぶつかり立てる音だけかもしれない。

 細長い箱が出てきて、開く。既にひとつ、置かれた鎖の横に乗せると静かに箱は扉の内部に溶けるように消えていく。しばらくして猫梨の存在を認証したのか、同じように壁が動いた。

 先刻に垣間見えた部屋に、猫梨は足を踏み入れ見渡した中はもちろんというべきか、窓はなかった。

 大きな円卓に澪が各隊長の食事を置いていっている。入室した猫梨に一瞬だけ視線を送り、


「多少待たせた。この小娘のせいで予定が狂い遅れとなったが気にしないでもらいたい。見た目もあまり良くはないと思うがきっと気のせいだ。食え」


 召集された者たちは既に集会議室に着いていた。慌てて猫梨が自分の席に着く。食事の見た目の悪さの原 因がいるからか、視線が自分に集まっているような気がして思わずびくりとする。

 猫梨の席から一つ椅子を挟んだところに座る木佐原はその様子を眺め、自分もその視線の一つであると気づいて目をそらし、思う。乾澪のその“不味いとは言わせない”と言う時に殺気を飛ばすから不味く感じるのではないかと。

 途端に突き刺さった殺気は気のせいだと食事を口に運びながら考えた。


 この会議の提案者は有村だったが、実際に各隊隊長に集まるように指示したのは木佐原である。猫梨と 別れてから約七人に連絡、話をしてまっさきにこの場所へと向かった。

 滅多に使われることのない、極秘会議の場所である。少なくとも過去にあった記録はなく、議事録は真っ白だ。そこに初めて、木佐原は筆をつけるのだ。先ず書くことは、彼女たちが遅れた理由からだろうと思い文章を頭の中で構成する。


“第一部隊隊長緑央猫梨、第八調理部隊の補助により遅刻。又、第八調理部隊隊長乾澪も同じく作業があったため遅刻”


 達成感からの吐息を一つだけ吐き出すと、声が飛んできた。


「飯がまずくなる、ため息吐くな」


 別にまずいわけではない。が、言うと反論がうるさい。木佐原は目だけで澪に謝ろうとして、

 ふんっ。

 思いっ切り鼻を鳴らされた。


 ――な。


 どうやら癇に障ったらしい。

 若干呆れる顔になった木佐原の顔を見て、天堂が口の端を吊り上げて僅かに笑った。


 緊急会議、はこれまで殆どなかった。皆無といっても正しいかもしれない。始まる前の食事までは皆穏やかなものだったが、それを終えた後から変化は起きていた。

 落ち着かないように辺りを見渡しだす者。

 身嗜みを整えだす者。

 不安げな顔をする者。

 様々だったが、皆思っていることは同じだった。


 この召集が一体どんな意味を持つのか。

 それを知るのは前もって聞かされていた木佐原と猫梨だけだ。他の者は長官が帰ってきたことは耳にしてもそれがこの会議とどう関係があるのかは知らない。

 集うのは八人の隊長と、長官、副長官を加えた十人だ。ただし隊長のうちの二人は出席をすることはない。

 一人は遠地に居るために来ることが不可能。そして一人は意図的に知らされない。


「奴が来ると邪魔以外のなにものでもないからな。それにこの写真は駄目だ、食らいつくこと間違いなしだろう」


 暇そうに足を組んで椅子に寄りかかっている天堂の横で、猫梨は苦笑した。


 天堂の言う‘奴’はある意味で、自分と同じ異端とも言える。しかしその大まかな分類の中では似て非なる存在と言えるだろう。

 その理由は、己の意思に基づいた理由ががあるからだ。彼はいつも己が欲したから動く。それ故に異端であり、それはなりたくてなった訳ではない者とは種を異にするのだ。

 そしてその彼によって引き起こされたことが自分の心に深く残っていることは、彼ら全員は恐らく察している。

 思わず漏れた苦笑は弱弱しく、そうですね、と猫梨はただ頷いた。


「安心しろ。もとより出席させる気はなかった」


 背後からの声。断定する答えに二人は揃って顔を後ろに向ける。


「爺さんか。久しぶりだな」


 その言葉が引き金になったようで、辺りはいつの間にか静まり返り、肌でそう感じるほどに緊迫がじわじわと広がってきていた。


 誰もが知りたいのだ、と思う。

 それが何であれ、自分が此処にいるという、その理由を知りたいのだと、そう思う。


 ――始めようか。


 その一言で、会議は始まった。




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