『修羅 / 草原』
伍は、前・中・後に分けることにしました。
(1)~(2)が前、(3)からが今まで書いていたものになります。
後のは……あとで考えます。汗
その時まで、何の変哲もない日常の一端を、各々は過ごしていた。
といっても、襲来に対抗するための準備でいつもよりもはるかに忙しくはあったのではあるが、それでも仕事の内容に変化はみられないのである。
それを破ったのは、一つ、外から聞こえた爆発音だった。
いち早く反応したのは、候補者たちと話をしていた天堂と鈴音である。
二人は顔を見合わせた。
「……まさか。もう?」
「そういえばさっき俺の無線機に連絡が。叩き壊したやったがな」
天堂はどうだ、と言わんばかりに笑う。
実際には衝動的にしたことで、威張るところでもないのではある。
「あんたいっつも何やってんの?ほら、行くよ」
身長が低いので、手の届きやすい腹の辺りの服を掴む。
「む。そうだな」
掴まれなくても歩けるという意思表示か、ぐりぐりと鈴音の頭を天堂は撫でる。
「いったいわよ、もう」
あっという間に逆になった形勢のまま、鈴音は天堂に連れられていく。
途中で、未だ貼り終えていない紙の束を放り投げた。
「あと、よろしく!」
候補者たちに向かって。
「市谷さ……いえ、市谷隊長っ!?これをやれ、と?あと、どこに行かれるのですか」
はらはらと散らばる紙の山。
自分たちについてのことが書かれたものを自分で貼るというのも、何とも微妙な状況である。
戸惑う彼らに、鈴音はにこりと笑った。
「懐かしい顔を殴りにいくのよ?今からね」
邪魔するな、という副音声を聞いたのは候補者たち全員に共通することであった。そしてそれは天堂にも聞こえたらしい、半分笑いながら、思い出したような体で付け加える。
「見たかったら見てもいいぞ。鈴音は自分の戦いを見られたくないだけだしな……それに、あいつとの戦闘は、見る分には面白い」
あいつ、が誰を指しているのかは未だ彼らには分からない。
ただ、敬愛する天堂隊長があくまで見る分には面白いと評価するのには興味があった。ついて来いともついて来るなとも言わずに二人で歩き去っていくのを見て、彼らは話す。
「……あの二人、仲良いよな」
「だよね。二人の間に流れる空気が何かさ」
何とも言えぬ雰囲気なのだ。
二人の前では絶対に口にできないことである。
ひそひそ話をしながら、結局は誘惑には勝ちきれずに彼らは後を追った。
「…………はぁ」
呼吸と同時に、天堂は憂いを吐き出した。
「疲れた?」
「疲れた」
爆発音。
それを聞くと、嫌でも思い出す記憶。
そこには必ず、火の中で狂ったように哄笑を響かせる一人の男がいた。
「爆発大好き人間だものねぇ……」
鈴音は苦笑する。
そう、その男は爆発がとにかく好きだった。
理由は全く分からないが。
「聞いた時は、あの爺さんもついにボケたかと思った」
呼び戻すなんて、正気なのか。
いたずらに破壊だけをする問題児を再び此処に連れてくる、など――
階段を駆け降り、外に出る。
辺りの様子を見渡す。
そして、天堂と鈴音は揃ってキレた。
『沙紗、ふざけんなっ!』
……水上沙紗という人間の最大の特徴は、その時関わっているほとんど全ての人々の品位を地に落としてしまうという才能を持っている、ということである。
現に今、二人の前でその才能は発揮されている。
口布で顔の半分を覆い、目には風避けの保護用眼鏡を装着した、限りなく怪しいとしか言えない男が、振り向いた。手には携帯用の拡声器を持っている。
顔は全く見えないが、確実に奴であった。
というより、奴しかこういうことはしない。
「天ちゃん鈴やん久しぶりー!」
気づいたらしく、何故か自身に飛んでくる刃物をかわしながら叫んでいる。
拡声器を通しているのでとにかくうるさい。
天ちゃん=天堂。
鈴やん=鈴音。
そういえば奴は自分たちをそう呼んでいた、と二人は思い出した。
「……ね、天堂。殺してもいいかしら?」
「半殺しなら許す。残り半分は俺がする」
「ふふふ、いいわねそれ」
とても同期の発言とは思えない。が、鈴音は楽しそうに笑った。
建物の扉、隣にいた天堂から離れるように歩き、草地の上に立つ。
懐から小さな笛を取り出し、吹く。音は鳴らない。
風だけが強く吹く。足元で燻る煙がなびく。
水上沙紗は、爆発物を得意とする使役士である。草原が辺り一面に広がるグラール草原では、むしろ竜よりも性質が悪い。
鈴音は、自分も拡声器を取り出した。
持ち運べる大きさなので大きいものよりは性能が悪いかもしれないがそれでも、この場でなら使えるものだ。風が強いだけに、さすがに肉声だけでは届かないのではあるが。
「沙紗、久しぶり。乾さんに殺されかけてるところ悪いけど、止めさせてもらうわよ」
――私、火薬は好きじゃないの。
そんな宣戦布告をして、鈴音は彼の方へ歩きだす。
何故か周りには野次馬が、自分に危害が及ばないところに立っている。しかしそんなこと知ったことではない。 彼が避けたことで地面に刺さった得物を抜き取る。
乾さん、借りますね。
目が合ったのは、偶然ではない。 離れた場所で、馬上からの視線を受け止める。
目が、笑っている。
彼女は承諾してくれた。馬車を引き、遠くへ離れていく。
荷台に麗が寝ているのがちらりと見えた、気がした。
多分、というかかなりの高確率で気のせいではない。
鈴音は他にも刺さる幾つかを抜き取り、初動の勢いに任せてぶん投げた。
彼女の得意とする本領は得物の投擲である。種類は問わない。様々なものの扱いに長けている。
故に、包丁が受ける風によって変化するであろう軌道も計算ずくである。
「おわっ!?」
大仰な仕草で避ける。
その体の動きに合わせてまた、投げる。そうしながらじりじりと、距離を縮める。
後は、あれが来るのを待つ。吹いた笛には、必ず応えてくれるものを。
しかし、それを待ってくれる程彼も甘いわけではない。
「――――っ」
慌てて後方へ下がる。
得物どうしがぶつかり合うような接近戦は、避けたい。
鈴音が得意でない以上に、火花が散って危険なのである。
不意にくつ、と沙紗が笑った。
まずい、と頭の中で警鐘が鳴る。
初めは当てるつもりはなかった。
だが、これは危険だ。
哄笑を零した時点で、沙紗は正気を失う。
鈴音はまた、投げた。
包丁二本を、僅かなインターバルを置き、右足と左肩に向ける。
避けることを見越したうえで、バランスを崩す体になった僅かな間を見て。
もう一つ、武器を出す。
服のどこに仕込んでいるのかは不明であるが、それは鎖である。
対竜用、捕縛のための鎖。 長く、重量もそれなり。それでも鈴音はぶん投げる。
鎖を。
狙いは過たずに、目標に巻き付いた。
痛いだろうが、それでも。 彼を暴走させるわけにはいかぬのだ。
鈴音はそうする義務がある。同期として。
少なくとも、自分ではそう思っている。
これをよんでくれたあなたに感謝の言葉を。




