救世主
「魔界の命運は、お前に任せた!」
亜修羅にそう言われた途端、僕は、その投げられた何かを受け取り、
壁を駆け上がって、上にある天井窓から外に出た。
本当は、亜修羅を助けたいと思うけれど、
いつも、あまりことを大袈裟に話さない亜修羅が、あんなに言うと言うことは、
よっぽど大変な状況なのだとわかった。
だから今は、逃げることが一番大切なことだとわかった。
しかし、逃げて来たはいい。
だけど、それからどこに行けばいいのかわからなくて、
天井窓から顔を出して様子を伺った後、僕は渋々、下に飛び降りた。
これじゃ、カッコいいどころか、カッコ悪すぎる・・・・。
あんなにかっこよく出て行ったのに、再びノコノコと帰って来ちゃって・・・・。
僕が戻って来たのを確認して、亜修羅が息を吐いた。
・・・・いや、表現を変えると、ため息をついたに等しいかもしれない。
だって!訳もわからないし、行き先もわからないのに、
あのままどこに行けって言うのさ?
僕はその反論を、そのまま口に出した。
すると、亜修羅が「最もだ」と言う顔をしてうなずいた為、
僕の方も、ため息が漏れる。
「じゃあさ、まず、何から教えてもらおうかな?」
「まずは、魔界のことを話そう」
「ああ、種族争いがどうこう言ってたやつか・・・・。
ふんふん、なるほどね、話してみて?」
「・・・・なんだか偉そうだからムカつくが、まぁ、そんなことも言ってられないな」
「そうそう♪」
僕の返事に、亜修羅が殺気のこもった目で睨んで来るから、
僕はシュンとなって、鉄格子の前に正座をして座った。
すると、亜修羅が笑みとは言えないものの、
殺気のこもった睨みをやめた為、僕は話を促す。
「それで?」
「今の魔界は、種族争いが起こっているよな?あれの意味から教えよう」
「おおっ、幾度と繰り返されて来た意味のない戦いの真実を!」
「そう声を上げるな。静かにしろよ」
「おっ、ごめん・・・・で?」
「あれは、神の娯楽の一つにされているものだ」
「・・・・ん?」
「どう言うことかと言うと、種族争いは、人間界で言う競馬のようなものだ。
俺達三種族に戦わせ、神達は、その様子を生中継で見ている。
自分達が賭けた種族が勝つように必死に祈りながらな。
敵種族が殺されれば喜び、
自分達の賭けている種族の命が絶たれても、悲しみもしない。
神達は、俺達妖怪のことを、単なる娯楽の道具だと思っている。
命だとは感じず、ただの娯楽の一つと考えている」
「と言うことは、僕達は、神の娯楽に付き合わされて、
毎回毎回大勢の命を殺し合ってると言うこと?」
「・・・・ああ、もともと争いなんか起きていない。
神達が、俺達を戦わせる為に、幻を見せる霧を魔界に投下し、争いを起こしている。
当然、魔界の神はそれを許さない。しかし、他の奴らにはそれが邪魔だ。
だから、魔光霊命を牢屋に閉じ込めた。
あいつさえ外に出せれば、魔界に漂っている霧を払って、争いごとをやめさせられる。
だから俺は、魔光霊命に頼まれた。
しかし、このざまだ。だから、お前が呼ばれたんだろう。やってくれるか?」
「うーん、大体わかったけど、ここって、どこなの?」
「ここは神域。神のみが生きることを許された世界。
そして、この世界のどこかの牢屋に魔光霊命は閉じ込められている。
だから、魔光霊命を助け出してくれ」
「でも、その前に亜修羅を助けなくちゃ!」
「俺は、一緒にいても邪魔になるだけだ。
面も割れているし、俺を助けたところで、役に立たない」
「それでも、僕は亜修羅を助けるの!」
「は?お前、さっきの話聞いてただろ?」
「でも、そうなの!
だから、待っててね、今直ぐ亜修羅をそこに閉じ込めた奴を殴りに行くから!」
「俺のことはいいんだ!魔光霊命を・・・・」
「とにかく!・・・・助けに来るから。待っててね」
僕は、亜修羅の言葉を大声で遮ると、
何か言っている亜修羅の言葉を最後まで聞かないで、天井窓から出て行った。
「あいつ、何考えてるんだ・・・・」
ため息をつきながら鉄格子から離れ、壁に寄りかかる。
それにしても意外だった。あいつが、あんな理不尽の殺しに怒りを表さないだなんて。
あいつは、他の奴らよりも、物凄く生死に敏感な奴だ。
そんなあいつが怒りを表さないだなんて・・・・。
そんなことを考えながら、ただ只管ここから出られる方法を考える。
神を閉じ込める牢獄と言っても、人間界の牢獄と同じようなもので、
警官がたまに見回りに来る。
違う点と言ったら、閉じ込められている奴が少ないってだけだ。
ため息をつきながら天井を見上げる。
そこから太陽の光りが見えるが、俺は凛みたいに超人的な身体能力を持っていない為、
壁を上るなんて無理だ。
ツルツルした壁で、何回か上ろうと試みたが、
摑まりどころもない訳だし、到底無理なのだ。
それにしても、あいつは、本当にとんでもない身体能力を持っていると思う。
ツルツルの支えのない壁を普通に上って、たまたま開いていた窓から出て行った。
本当に信じられない。
そんなことを考えながら天井を見上げていると、不意に、隣から声が聞こえた。
「お前、神でも妖怪でもないな。何者だ?」
「・・・・人に質問する時は、
まず自分のことを言ってから聞くのが礼儀じゃないのか?」
「ふん・・・・偉そうな口を叩きやがって。ガキが」
「話しかけるな。お前のような無礼な奴と話しているだけで虫唾が走る」
「いいのか?俺が助けてやろうって言ってるのによ」
「お前、何者なんだ?」
「『・・・・人に質問する時は、
まず自分のことを言ってから聞くのが礼儀じゃないのか?』だっけか?」
「・・・・俺は、妖怪・・・・頭脳種族族長、妖狐亜修羅だ。お前は何者だ?」
「俺は、前期頭脳種族族長、瑛雅だ」
「・・・・変な名前だな。まるで、人間界の映画じゃないか」
俺がボソッとつぶやくと、
そいつのいる方向の壁がダンッと音を立ててきしんだ為、口をつぐむ。
「それで、なんの用だ?」
「お前、魔界の神の魔光霊命に呼ばれて、ここに連れて来られたんだろ?
俺もそうだった。
だが、お前みたいに閉じ込められて、
魔界を救えないまま、百年もここに閉じ込められている」
「・・・・待て」
「なんだ?ガキ」
俺は、「ガキ」と言う言葉に思わず眉をひそめるが、
そのまま、不思議に思っていることを口にする。
「魔界には既に、前期族長と言うヨボヨボの爺さんがいたぞ。
それに、そいつにも会った。どう言うことだ?」
「・・・・ふっ、きっと、俺の爺さんだろうな。
前期族長のいなくなった今、その族長の権利は身内に託される。
俺の場合は、親父がいなかったんだ。だから、爺さんに渡ったんだな。その役目が」
「なるほど・・・・」
再び考え込む。なんだか、物凄い複雑になって来たようだ。
何より、こいつは、何を目的に話しかけて来たんだ?
「お前、俺に何をして欲しいんだ?」
「魔界にいる奴らを助けてやってくれ。
もう、これ以上無用な戦いの繰り返しは避けたい。そう言われただろ?烈火闘刃に」
「・・・・あいつは、お前は自分の言葉を聞かずに出て行ったと言っていたぞ?」
俺は、ただただ瑛雅の言葉に困惑するばかりだった。
今まで俺が教えられて来たこと、見て来たこと、全てがこいつの言葉と矛盾している。
ここまで逆転すると、疑いすら持たなくなる。
「それは嘘だ。俺は、烈火闘刃に言われ、ちゃんと技をもらった。
しかし、そいつの記憶は、技を託した時点でリセットされる。
きっと、幸明か何かにそんな呪文をかけられたんだろう。
そして、その呪文は、種族争いを二度と再発させないことによって消えるだろう」
「・・・・で、どうしろと言うんだ?」
「年に一回だけ、牢屋を空けてもらえる時期がある。
それが、明日の夜のことだ。その時、俺は抵抗をする。
そうすると、当然警官は俺を羽交い絞めにしようとする。
その時に、腰にぶら下げている鍵をお前の牢屋に向かって蹴る。
そうしたら、お前はその鍵を取って自分で牢屋を開け、天井窓から出ろ」
「お前はどうなるんだ?」
「神の掟は厳しい。だから、俺は殺されるだろうな」
「・・・・」
「これから大勢の犠牲を見るよりも、俺一人が犠牲になって、
魔界が助かった方がいいだろう」
「・・・・・」
俺は、無言のまま壁によりかかった。