指名手配
凛が来てから、今日で四日目だ。しかし、未だに凛の言動は理解しがたいものだ。
さっきも、どこから持って来たのかわからない防犯ブザーを家の中で引っ張り、キンキン鳴り響く音を部屋中に撒き散らした。
「おい、何やってんだ!耳が壊れるだろうが!!」
「僕だってわざと引っ張ったんじゃないんだけど、止めるために耳から手を離すとまずいから!鼓膜が破けて、耳が永遠に聞こえなくなっちゃうから!!」
「凛が引っ張ったんだろう?それぐらい責任を持って止めろ!!」
隣で縮こまっている凛を足蹴りすると、渋々と言った感じで凛が防犯ブザーに近づく。その光景は、まるで這い這いで猛犬を起こさないように前を歩くような感じに見えた。
やっとの思いで、部屋のど真ん中でうるさく鳴っている防犯ブザーを手にすると、凛は一秒もかからずに防犯ブザーを止めた。
やっと部屋中に響き渡るキンキンな音が止み、耳から手を離す。しかし、まだ耳鳴りがする。きっと、しばらくは耳鳴りが止むことはないだろう。
「何で防犯ブザーなんか鳴らすんだよ!!俺の耳を壊す気か?」
「僕だって、亜修羅と同じくらい耳が痛くなるんだ。そんな、自分の耳を痛めつけることなんかしないよ」
「じゃあ、何で防犯ブザーなんて持ってるんだよ。お前中三だろう?男だろ?妖怪だろ?その三大原則があるのに、何で防犯ブザーなんか持ってんだ?」
「いや、これは友達も・・・・」
「嘘だろ?学校で配られたとか言うんじゃないだろうな?」
「そうだよ。まぁ、持ち主は僕じゃないけど。そろそろ持ち主が来る頃だと思うんだけど・・・・」
その時、チャイムが鳴った。俺は実のところ、中三で防犯ブザーを持っている奴がどんな奴なのかを見てみたいと言う気はあったが、凛にバレるとまたうるさく言われるから、必死にその衝動を堪えた。
「来た来た」
凛は俺の方を見ると、にやっと笑った。それが、嫌味なのか、それとも偶々なのかわからないけど、凄く嫌味に見えてムカつく。
「さっさと行け!」
「はいはい」
その返事を聞いて、嫌味だなと思った。そう言う察しはいいくせに、ゴキブリでギャーギャー喚くなんて。いい迷惑だ。こっちにしてみれば。
しかし、やっぱり気になり、そっと影に隠れて向こうを見た。すると、今までの疑問が一気に解決した。
凛が男だから、ずっと男だと思っていた。しかし、女ならありえるかもしれない。これで、一気に疑問が解決した。
ずっと観察していると、女は帰るようのなので、俺は急いで元の机に座ると、平静を保った。俺、凛と付き合っていて、凄く人格が変わったな。前ならこんなコソコソなんかしないで、堂々と見て、バレたら殺ってたもんな。
「亜修羅、思春期の子供を持つお父さんみたいな行動しないでよ」
「俺はずっとここにいたぞ」
「わかってるよ、亜修羅がこっちを見てたこと。気配で感じたし、それに話をよく聞こうとして、耳に意識が行かなくなって獣耳になってるし」
指差されて、慌てて獣耳を消す。くそっ、またこいつにやられた。こいつを言い包める上手い方法はないなのか?
「・・・・避けて!」
「わかってる」
凛は俺を突き飛ばそうとしたが、俺が突き飛ばす前に避けたから、凛は腹から地面に落ちた。その上を一本の細い針が通過し、壁に刺さった。その壁は見る見る腐食して行く。
「うわぁっ、この針、猛毒が塗ってあるよ。誰がこんなこと」
「知るか。お前がヘラヘラしてるから、恨みでも勝ったんじゃないのか?」
「いくら僕だって、そんなヘマはしないよ!」
そんなやり取りをしている間にも、猛毒を塗った針はビュンビュン飛んで来る。このままじゃ、家が崩れると思ったから、窓から外に出て森の方に走った。家を崩されたら溜まったもんじゃない。
「ねぇ、何で森の方に走ってるの?」
「そこなら、人への被害も少ないだろう」
「へぇ、亜修羅も色々と考えてるんだ」
「お前、こいつを倒したら、次はお前だ」
「冗談、冗談。それより、やっと僕の強さをわかってるもらえる機会が来たんだ。ここは、僕に任せてよ」
「ふん、泣いてしがみ付いてきても助けてやらないからな」
「わかってるさ、そんなことなんかしない。一瞬で型をつけるからさ」
いつものヘラヘラした感じの凛とは、少し雰囲気が違うなと思った俺は、その後は何も言わずに、凛がどういう行動をするのか、拝見させてもらおうと思った。
「お~~い、針鼠!!そんなちまちました攻撃してっと、俺がお前の息の根先に止めちゃうぞ!」
「そこまで及びはせん。なぜなら、お前は私の猛毒を浴びて塵も残さず腐るからだ」
「腐るって、塵も残るじゃないか」
「うるさい!お前はここで眠っていろ。私が用のあるのは、隣にいる妖狐なのだ」
「わかったよ。でも、それには及ばない。僕が君の事を、息をつく暇を与えずに引き摺り下ろしてあげる」
言うや否や、凛は人間の姿から犬神の姿に変わり、多くある木の中から一つに駆け上り、何かを爪に引っ掛けて引き摺り下ろして来た。
それは、針鼠だ。その名の通り、背中に沢山の針がついた針鼠。
「何すんじゃい!驚いたじゃないかい」
「僕は忠告したよ?僕が君の事を、息をつく暇を与えずに引き摺り下ろしてあげるって。それで、どうして亜修羅を襲ったの?」
「魔界では、失踪した指名手配者の子供を捜している。しかし、中々見つからず、その子供に懸賞金がかけられた。その額は、一生楽して暮らして行ける程の額だ。その子供は金髪の妖狐らしい。だから、私は貴様を捕まえようとしたのだ。きっと、私以外にも貴様を狙っている奴がいるだろう。莫大な懸賞金がかけられているのだからな」
「そっか、素直に教えてくれてありがとう。素直に教えたから、亜修羅を襲ったことはチャラにしてあげる」
「もし、言わなかったら・・・・?」
針鼠は怯えた顔で、上から見下ろして来る犬神を見上げる。俺は思った。こいつも俺と同じ気持ちなのかもしれないと。
「即座に罰則。刑は死刑。わかった?」
「はっ、はい!!」
「よろしい。じゃあ、情報ご苦労さん」
「あの・・・・」
「何?」
「私をあなたの部下にして頂けないでしょうか?襲った身ではありますが、あなたの強さに惹かれました」
俺は、当たり前のように断ると思っていた。しかし、凛には俺の常識は通じなかった。
「いいよ。でも、裏切ったら死刑の刑に処すよ」
凛は、そんな言葉をニコニコしながら言う。俺なら、無表情な顔で言う。なぜなら、そっちの方が迫力があると思うからだ。しかし、凛を見てわかった。満面の笑みで言われた方がよっぽど怖いんだなって。
「死刑と、死刑との違いは何でしょうか?」
「死刑にも、即死や、ジワジワと苦しみながら殺して行く方法があるんだけど、地獄行きは、犬神の冥道を開く力を使って行うことなんだ。まぁ、想像に任せるよ。ちなみに、冥道に行った奴はいくら苦しんでも死ねないから、永遠の苦しみをずっと味わうことになるんだよね。冥道に行ったことがある人の話に寄れば・・・・」
ここから先は、かなりまずい発言が多々あったため、強制的に取り除かせてもらった。冷徹に生きていたと思っていた自分が、砂糖くらい甘く感じる。それくらい、冥道とは恐ろしいものだった。そして、俺にとって凛と言う存在も、冥道と同じくらい恐ろしいものに変わった瞬間だった。