ついにバレるか・・・・
自分の迂闊さを呪いたいところだが、そんなことをしたってことが遅すぎる。どう説明をすればいいのか。
「はっはっはっはっ、金髪ロングかよ。趣味悪いな!」
「俺じゃ、恥ずかしくて無理だぜ」
最初は説明のことで迷っていたが、今の言葉は俺のプライドを傷つけた。髪の色はこれでも気に入っているのだ。それを、何も知らない奴に否定される覚えはない。
「人がどんな髪にしようが、その人の勝手だ。お前らに文句を言われる資格はない」
「へん、校則違反だぞ。女子だって、腰より上が上限なのに、お前はほぼ足元まであるじゃないか。それに、髪を染めるのだって禁止だしな」
「校則など、俺には関係ない。それに、これは地毛だ。決して染めている訳ではない。しかし、お前らのような泥に浸かった様な色は死んでも嫌だけどな」
「何?」
「パグのつぶれ顔。よくも帽子を取ってくれたな?おかげでこんなことになったじゃないか」
「うるせぃ、金髪ロングに言われたかねぇな」
再び言っておく。俺はこの色を気に入ったいる。それを、何も知らない奴に否定される覚えはない。
「痛い目に合いたいようだな」
少しばかり痛めつけたところで、何ともならないだろうと思い、構える。男達も構えた。
教室に長い沈黙が下りる。しかし、沈黙は意外な人物によって壊された。
「亜修羅!大変なんだよ、亜修羅、どこ!!」
凛だ。学校に行っているはずの凛が、なぜここにいるのかわからないが、今はとにかく本名で呼ぶのをやめさせたい。
「こっちだ」
「あ、亜修・・・・」
「ここでは本名で呼ぶな、いいな。伊織修だ」
こっちにやって来た凛の髪を引っ張ると、自分の方に引き寄せ、耳元で静かに言った。
「わかったよ、痛いから離してよ。せっかく危機を知らせてあげようと思ったのに・・・・って、その髪!?帽子は?」
「あのパグのつぶれ顔に取られた」
「あ、猿飛だ。あいつ、僕の学校の近くにある高校の三年生で、問題児なんだ。そいつが亜・・・・修に目をつけて。今日殴りこみに行ってやるとか言ってたから・・・・」
凛は、あまり状況が飲み込めていないのかキョロキョロと状況を察する何かを探しているように見える。
「亜修羅って、誰?」
「あっ、あだ名です。すみません、高校にあだ名で呼びに来てしまって」
「そうなんだ」
女の一人が聞くと、凛がそれとなく答える。もしかしたら、凛の方が人間界滞在経験は上かもしれない。理由とか言い訳がそれなりに上手い。
「ねぇ、何か友美の言っていたことが現実っぽくなってない?」
「そうだよね、金髪だし、亜修羅って呼ばれてたし・・・・」
女達は、聞こえないようにコソコソ言っている。まずいな、帽子を取られた時点でまずいが、凛が来たことで状況が更に悪化した。ここをどう乗り切るか・・・・。
「あっ、獣耳!?」
女の一人がそう叫んで俺を指差す。とっさに目を上に向けると・・・・って見えない!じれったくなって凛に聞こうとすると・・・・。
「狐みたいですよね、伊織君って意外とマニアックなところがあって、コスプレとか好きなんですよ」
凛は、猫の耳がついたカチューシャのようなものを持っている。と言うことは、こいつが持ってるのを獣耳だと間違えたのか?いや、そんなことより。
「おい。なぜ、俺がマニアックなコスプレ好きな性格になっている?」
「しょうがないじゃない。ここではこう乗り切るしか。コスプレだったら、金髪ロングだって説明がつくし、女の子が見た獣耳もこう言うのかもってことになるじゃん」
「わかった。帰ったらお前を四分の三殺しにするからな」
「やめて!!」
凛の言った通り、その仮説は何とか納得されたようだ。しかし、マニアックなコスプレ好きと認識されるのは、俺のプライドをどれだけ傷つけることになるか。そして、その原因を作った凛をどう罰するかをよーく考えることにした。
「ふん、コスプレが好きだったとはな。オタクじゃねぇか?こいつ。メイド喫茶とか言って、メイドといちゃついてたりしてな」
「いや、逆にプラモデルにはまってたりするかもな」
「それか、異次元のキャラクターに恋をして、ずっと追い続けてるとか。こいつの家、もしかしたら、フィギュアとか色んなもんがゴロゴロしてるかもな」
「離せ、凛。俺はこいつらをみんなの記憶から消し去る!」
「修、抑えて。ここでやったら、僕が一生懸命間考えて言った言い訳が台無しじゃないか」
俺は、プライドをズタズタに引き裂かれた代わりに、こいつらの体をズタズタに引き裂いてやろうかと思った。しかし、凛が体を羽交い絞めにして邪魔をする。いや、止めてくれている。心の大半は邪魔だと思っていたが、心の片隅ではありがたく思っていた。
「どれも違うな、こいつの部屋にはきっとエロ本とか転がってるぜ」
「待って、修」
凛の言葉は空しくも俺を抑えることが出来なかった。
腕を振り解くと、最後の言葉を言った男を壁に押し付けた。その間、小数点の時間帯。人間では到底無理なスピードだ。
「お前、それ以上言ったら殺すぞ」
「・・・・」
「・・・・」
「あっちゃー」
凛を除く全員が、俺を凝視したまま固まった。無論、口も動かない。
固まっている奴らから帽子を奪うと、頭に被って髪を押し込むと、本を読む体制に入る。その時、チャイムが鳴り、教師が入って来た。
あれから、誰も俺とは口を聞かなかった。隣の女でさえも黙りこくっている。
しかし、そんなことを気にしていられるほど俺も暇な訳ではない。だから、さっさと家に帰った。
「お帰り、いやぁ、災難だったね」
「帰ったら、四分の三殺しって言ったな」
「えっ・・・・」
引きつった笑顔を向けて来る凛を無視し、近くにあったハサミを投げる。それは、凛の横をスレスレに通り過ぎて、壁にグサッと刺さった。当たったら、凛ですら無傷では済まないだろう。
「四分の四が完全だ。それの手前だからな」
「よかった。でも・・・・本当はただ単に外したんじゃないの?」
「今度は本気でその頭にブッ刺すぞ」
「ごめんなさい」
凛は、素直に謝る。そうされると、怒っていた気持ちが失せる。妖怪でこんな潔い奴を見たことがない。やはり、こいつは変わっている。絶対に。
その時、玄関のチャイムが鳴った。俺は、ここでドアの外をしっかりと確認しておくべきだった。いつも、ドアの外を確認しないで開ける自分の迂闊さを、今、呪う事になる。
ドアを開けた先にいたのは、クラスメート全員。なぜ俺の家に集結したのかは一目瞭然だ。凛のせいだ。
「上がらせてもらうぜ」
何も言わない俺を奥へ押しやって、ギュウギュウに人が入って来る。凛はと言うと、ドアを開ける瞬間にどこかに行ったのか、見当たらなかった。
「あの中に何か入ってるのかもしれねぇぜ」
男が指差したのは、押入れの中。そこはまずい。依頼書を置いているところだ。
「そこは開けるな!第一、人の家に勝手に上がり込んで、何で物色してるんだ!」
「いやぁ、お前に汚名を着せるために」
止めようとする俺を、数人の男が羽交い絞めにして動かないようにする。いくら妖狐とは言え、人間の姿をしているんだから、数人の人間に抑えられちゃ身動きが取れない。
そして、男がゆっくり押入れを開けた。