魔界の国宝 雷光銃編 食事風景
「今日行くって言ってもな、そう簡単に・・・・」
「だって、今日ぐらいしか行く時間がないんでしょ?」
凛に言われて、しばらく考えた後、凛を引っ張り、部屋の隅まで連れて行く。もちろん、桜木は不思議そうな顔をしたが、無視だ。
「今日、寿司に行くんじゃなかったのか?その為に泥棒を追いかけたんじゃないのか?」
「買いに行ったついでに行ってくればいいよ」
「依頼の期限はないようだしな・・・・」
期限があるなら最低限しか動きをやめることは出来ないが、決まっていないようだし、まぁ、いいだろう。出来るだけ早くやった方がいいとは思うが・・・・。
「まぁ、いいか」
「じゃあ、早速行こうよ」
「は?どこに行くんですか?」
「クリスマスツリー等を買いに行くんだよ」
「今日ですか?」
「そう。今からね」
「でも、まだやっと七時を回ったばかりです。どこの店も閉まってるんじゃないでしょうか?」
「もちろん、朝ごはんを食べてから行くんだよ」
「ああ、そうなんですか。それなら大丈夫ですね」
どうして朝ごはんで桜木が納得したのかと言うと、凛は、よく食うし、遅いしで、待ってる時間が無駄だと思うほどだ。その間は、各自それぞれ他のことをしている。
「じゃあ、朝ごはん♪朝ごはん♪」
廊下を朝っぱらから鼻歌交じりにスキップして歩いて行く凛に、少々苛つく。
「おい、鼻歌を歌うと、歌が下手になるって知ってるか?」
「そんなの知らないもん。それに、歌は下手だから、これ以上落ちたところで大したことないよ。桜っちは知ってるよね?」
「あっ、そう言えば、前に僕も誘われて行ったんですけど、ちょっと下手でした・・・・」
「所謂、音痴ってことだろう?」
「まあね。そう言うこと」
「じゃあ、鼻歌を歌うなよ」
「歌うのは好きなんだよ」
「何だか可哀想だな」
歌が好きなのに音痴なのは可哀想だ。その人が、自分の音痴さに気がついていないならまだいいが、気づいていなくて回りの奴を巻き込むと、そいつも可哀想だし、周りで聞いている奴も可哀想だ。
やっぱり、気づいていた方がいいかもしれない。人を巻き込んでカラオケに行こうと言う気を起こさないかもしれない。
「でも、その時、僕以外は女の子だったんですけど、みんなそんなに嫌そうじゃありませんでしたよ。上手いとは言えなかったんですけど」
「それは、そいつらの耳が聞こえてないからだ」
凛に聞こえないようにボソボソと話す。後ろでそんな話が繰り広げられているともしらずに、上機嫌でスキップをする凛。はたから見れば、変な連中の一言で言い表せるだろう。
食堂に入ると、何も知らない人間達少数が、朝食を食っている。そう言う奴らの立場になってみたい。馬鹿みたいにふざけてみたいと思う時がある。しかし、少しでも気を抜くと、つけこまれるんだ。だから、そんなことは許されない。
「フレンチトーストもあるしな、どれがいいかな?やっぱり・・・・」
言葉では迷っているが、明らかに迷っているとは思えないほどに、皿の上にドンドン積み重なって行く食い物。見ているだけで、腹が一杯になって来る。
「凛君は凄いですね、あんなに食べられて。僕なんか、食べたくても食べられなくて、胃が縮んでしまったようです」
「あんなに大食いになるよりはマシだ」
「でも、よく食べる人って太ってない人が多いですよね。凛君もそうですけど、もう少し体重を増やした方がいいと思うんですよ。身長と体重が育ち盛りの男の子にしては、随分と差があり過ぎるような気もするんです」
「お前も、言える立場じゃないと思うぞ。随分小さいし、痩せっぽちだしな」
「・・・・食べられないんです。拒食症じゃないから大丈夫です」
そう言いながら、食パンを四分の一に切ったサンドイッチを大きな皿の真ん中に置く桜木。明らかに、拒食症寸前の状況だとおもうけどな。それは、食パン半分にも満たない量だぞ。
「もっと食えよ。凛を見習って」
「いえ、食欲がないんで」
「凛の心配をするより、自分の心配をした方がいいと思うぞ。拒食症患者同然の食欲だ」
「そっ、そんなに入れないで下さい!胃が弾けて飛び散ります!!」
「・・・・グロいことを言うな」
多いと言ったって、桜木が取ったサンドイッチをもう一つ入れただけだ。そんなんで胃が弾けてどうする?本当に、こいつのことが心配になって来た。
「でも、無理です」
「いや、無理でも食え」
「本当に無理なんです。だから、修さんが食べて下さい!」
小さなサンドイッチをトングでつかみ、お互いの方に押しやっていると、小さなサンドイッチはお互いのトングから滑り、変な方向に飛んで行った。
慌ててそっちの方を見ると、一人で満足そうに朝食を食っている凛の方に飛んで行った。
「おい、凛・・・・」
俺が言葉を最後まで言い終わる前に、凛が振り返り、口を開けて、飛んで来たサンドイッチを食った。ある意味、誰にも真似出来ない凄技だ。
「突然サンドイッチを投げて来るなんて、酷いじゃないか。もう直ぐで、頭がマヨネーズとツナだらけになるところだったじゃないか」
今はわかりやすく訳した後の言葉だから内容が伝わったと思うが、本当は、サンドイッチを噛みながら話すから、全く聞こえなかったんだ。ほとんど、モグモグだか、モゴモゴだかの、この二単語でしか聞こえなかったからだ。なぜわかったかは、音の途切れとかで、何とか読み取ったと言うところだ。
「無事に、お前の口の中に入ったんだからいいじゃないか」
「まあね。もう邪魔しないでよ。せっかく食べてるんだから」
「・・・・頑張ってみます」
桜木は、凛の方を見てから、ゆっくりとサンドイッチを取り、ぎこちない様子でテーブルに座った。俺も後に続いて座る。
凛の隣に桜木が座り、その正面に俺が座る。凛の目の前には、大量に積まれた皿がある。こんなにあった量が、凛の胃袋の中に消えたのだ。男と言うより、女に近いような体型の凛が、ここまで食うとは誰も想像しないだろう。桜木が小食なのはわかりそうなことだが。
――二時間後、やっと食堂を出て、出かける準備に入る。そこまで時間がかかったのは、凛ではなく、桜木だった。鼠が齧る量とほぼ同じだけしか食わない桜木に、凛が口に押し込もうとする。
しかし、桜木は、嫌が応でも自分のペースを保って、何とか完食した。それを見て思ったことは、もう、桜木に無理に食い物を押し付けるのはやめようと思った。
「さぁ、行こう!」
「・・・・くっ、苦しいです・・・・歩けません」
「じゃあ、僕が背負って行ってあげるよ」
「そこまで行きたいのか?」
「まあね。楽しみだから」
そう言って、本当に桜木を背負い、廊下に出ようとする凛。
「待て、桜木が平気になるまで待とう」
「はい・・・・少し休めば歩けると思うので、待って下さい」
「わかった。三十秒待ってあげる」
「・・・・いくら少し休めばと言っても、それは無理です・・・・」
うるさく騒ぐ凛を丸め込んで、一時間ほど休憩した。