共同生活
「おい、お前。俺は確かにいいと言ったが、家に入れるなんて言ってないぞ」
「それって、酷くないですか?普通、入れてくれるでしょう?生身の人間を置いてけぼりにするなんて、僕、寂しくて死んじゃいますよ・・・・」
「ふん、ハムスターでもあるまい」
「ウサギだよ」
「・・・・うるさい」
俺がそう言い捨てて扉を閉めようとすると、妖怪が扉にしがみ付いて、俺に懇願する。だが、俺は譲らない気があった。こいつなんか入れたら、ろくなことはないだろう。それに、男同士で同じ部屋に住むのはおかしいと思われるはずだ。こいつだって、十五くらいだろう。何とかバイトを見つけてそっちに行けばいいんだ。
「僕の心はガラスのハートなんですよ!繊細で、寂しいと死んでしまうんです!!」
「じゃあ、男同士で、この狭い部屋にいろと言うのか?俺はそんなのごめんだ。俺はここの持ち主だ。それによって、お前が外に出る理由が出来る」
「そんな、亜修羅。友達でしょ?」
「いや、俺はただの知り合いとも思っていない。ただの迷惑人だ」
「じゃあ、僕が女装をするから。そうしたら大丈夫」
「そう言う問題じゃない!むしろ、そっちの方が嫌だ。それに何が大丈夫なんだ?」
「男同士を気にするなら、大丈夫だって事だよ」
「馬鹿だな、お前」
俺がそう言った時、不意にドアから手が離されたので、そのまま後ろに倒れてしまった。一回ため息をつくと、ドアの横にある窓を薄く開けて、外の様子を伺う。
外では、妖怪が向こう側を向いて、背中を丸めて体育座りをしていた。その様子が余りにも惨めで、少し言い過ぎたと思った。しかし、女装をされるのは困る。嫌がるのは当たり前だ。確かに、迷惑人とは言い過ぎたが、女装のことに関しては悪いとは思わない。
「おい、妖怪。今日だけだからな」
「入れてくれるの?」
「ああ、押入れの中だけどな」
「ありがとう、中に入れればどこでもいいんだ。それと、その、妖怪って言うのやめてくれる?僕、名乗ったじゃん。犬神の凛だって」
「ああ、わかった。さっさと入って、さっさと押入れに入ってくれ」
めんどくさくなってそう言うと、扉の鍵は開けたままにしておき、宿題を広げた。ただでさえ、今日は宿題が多くてカリカリしているんだ。その上、あの変な性格の奴まで来た。俺の頭をどれだけ混乱させれば、運命は俺からターゲットを変えるのだろうか・・・・。
「何ターゲットって格好つけてるの?」
「うるさい。さっさと押入れに入ってろ」
机に広げたノートをシャーペンの先でトントン叩きながら言うけれど、凛は全く押入れに入る気配がない。むしろ、物凄くこちらを凝視している。振り返ってみると、凛が物珍しそうな顔をして、ノートの問題を眺めている。はっきり言って、勉強の邪魔だ。しかし、ここで追いやってもまた来るだろう。だったら、質問に答えようじゃないか。
「何か用か?用がないなら、早く押入れに入ってもらいたい」
「いや、別に用はないんだけど。ただ、高校ってそんな勉強するんだなっと思ってさ。僕、受験生だし。なんだか、テストの答案を見た感じがする」
「悪いと思うなら、見なければいいだろう。俺はこれが宿題なのだから、しまうことはない」
「そっか。じゃあね」
凛は、そう感想を述べた後、押し入れの上の段に上って、押入れの扉をしめた。下の段には、人が入る隙間など微塵にもないほど、紙の束が積んであるから上を選んだのだろう。まぁ、当たり前と言えば当たり前だが、あいつなら、そんなことをやりそうな気がしたのだ。
やっと凛がいなくなって、宿題に取り掛かれると思ったその時、押入れの中から悲鳴と言うか、絶叫と言うのか。そんな声が聞こえた。その直後、凛が押入れの扉を思い切り開けて、転がり出てくる。
「どうした?」
「ごっ、ゴキブリが・・・・」
「お前は女か」
俺は、呆れて凛をパシンと叩いた。ゴキブリを恐れる男がいるか?まぁ、いるかもしれない。しかし、ゴキブリを恐れる妖怪がいるか?いや、これはいないだろう。逆に、ゴキブリの方が凛を怖がっているだろう。
「何さ、ゴキブリの味方だって言うのかい?」
「違う。ゴキブリごときでギャーギャー騒がれたら、仕事もままならないと言いたいんだ。もし、お前と一緒に仕事をしている時に、ゴキブリが現れた。そうしたら、お前は叫ぶだろう。そうなると、その悲鳴を聞いて人間が起きて来る。こうなると面倒になるからだ」
「そうだけどさ・・・・。ゴキブリって、黒光りしてて、ブーンって飛んでさ。それに、カサカサ動くしさ。世界最強の生命力持ってるし・・・・」
「とにかく、ゴキブリぐらいで文句を言うなら出て行け。ここは古いんだ。ゴキブリとも共存生活していると思え」
これはさすがに言い過ぎだが、ゴキブリは他の家よりはよく出て来る。しかし、それは全て燃やしたから、いつもゼロの状態に戻しているはずなのだが・・・・。世界最強の生命力とは、上手く言ったものだな。
「・・・・わかった。あのゴキブリで修行して来る」
凛はそれだけ言うと、押入れの中に入って行った。しかし、絶え間なく続く悲鳴に、耳が半分壊れそうな状態だ。このまま勉強をしろとは、無理を言う。頭のいい奴ならともかく、俺は普通だから、こんな中で勉強なんか到底無理だ。
「おい。そんなに怖いなら出ろ。人間の姿だってな、耳がいいんだ。そう何度も怒鳴られて、耳が半分壊れた」
「だって、この中に入ってろって言ったじゃん」
凛は、半泣きになりながらこちらを振り返る。そこまで怖いなら、なぜ出てこようとしなかったのか。それは修行のためなのか。それとも、俺の言うことをちゃんと聞いていただけなのか。どちらにしろ、これ以上押入れにいられたら、俺の耳は半分ではなく、全く聞こえなくなってしまう。それだけは避けねば。
「とにかく出て来い。うるさくて集中できない」
「亜修羅ってさ、なんか突っ張ってるみたいだけど、優しいよね?それに、最近は殺しの内容を断ってるしさ。前は普通に殺ってたのにさ」
「うるさい!気分があるんだ、気分が。最近は、偶々気分が乗らないだけだ」
とは言ったものの、殺しを引き受けなくなって来たのは事実である。元から悪いことなのだから、引き受けなくなっていいのだが、最近は、やはり冷酷になりきれない。だから、やっぱりダメだと思うようになって来ているのだ。
それにしても、どうしてこいつは俺の仕事内容を知っているのだろうか?見張っていたのか?
「あのさ、そんなにつらいならさ、どうして殺しなんかするのさ?いくら何でも屋と言ってもさ、殺しはまずいでしょ?まだ未成年だし。少年院に入るかもしれないけど」
「・・・・」
「じゃあ、もし僕がアルバイトに入ったら、僕に依頼の実行を選ばせてよ。亜修羅は、実行を行うの」
「ああ、そうだな。その時は任せる」
「やった♪」
「まだ、認めた訳じゃないからな。勘違いするなよ」
口から出た言葉はそっけないものだったが、俺の心はいつも以上に温かかった。