救いの手
「それじゃっ、さっきの続きな!」
「さっき・・・・ですか?」
「ああ。ほら、人間だったって話。もっと詳しく聞かせてくれよ!」
「あっ、はい。えっと・・・・『どうやって妖怪になったか』ですよね?
また同じ言葉で申し訳ないんですけど、わからないんです。
あっ、でも、僕が妖怪化出来るようになったのは、
琥珀が家に来た時ぐらいからだと思います」
「なるほどなぁ~。琥珀とは長い付き合いなのか?随分仲はよさそうだけど」
「そうだと思います!
ただ、こっちも竜兄ちゃんや瑠憂君達と同じようにあんまり自信がないんですけどね」
「そうですか・・・・」
ゆっくりと首を縦に振りながらその言葉を考える。
なぜだか彼の記憶は曖昧だった。
でも、それは何かを隠す為に言葉を濁してるんじゃないのはわかる。
となると、素でこれくらい忘れっぽいのかな?うーん。
さっき聞いた様子だと、両親がいないのは一ヶ月やそこらの話じゃないらしい。
とは言え、2、3ヶ月のことだとしたら、もっと色々覚えててもいいんじゃ?
「あの、記憶って曖昧なんですか?それとも、全く思い出せないんですか?」
「えっ、えっと・・・・うーん。
何があったか思い出せはしないんですけど、
ずーっと長い間、こうであったように感じるんです。
日記とかを書いてないからあんまり過去の出来事を覚えてなくって・・・・」
「そうですか・・・・。それじゃあ、もう一つの質問の方はどうでしょう?」
「『妖力値と容姿』の話ですよね?
そうですね・・・・僕としては、元々の体が人間なので、
妖怪になった後でも、力の強さは関係なく自由に変われるんじゃないかなって思います」
「・・・・竜崎君もそうなの?」
「ごめんなさい。わからないんです。
僕が妖怪化出来るようになったのは、
琥珀が来た次の日の朝のことで、
いつものように目を覚ましたら、突然自分の体が自分じゃなくなっていて・・・・。
変な夢でも見てるんじゃないかって最初は信じられなかったんですけど、
どうにもこれが現実らしく、とりあえず僕は、琥珀に聞くことにしました。
彼が僕の家に来た次の日にこんなことが起こったので、
何か知っているんじゃないかって思ったんです。
そしたら、「おっ、同種っていたんだな!」って言ったんです。
でも、その同種って言うのが、妖怪って意味での同種なのか、
それとも、僕と同じように人間から妖怪になってしまったって言う意味での同種なのか、
わからないんですよね。
その時から僕は、普通に妖怪化出来るようになってしまったんですけど、
何がきっかけでこうなったのか、全然わからなくて・・・・。
多分、琥珀が何かしらの影響を与えたことは確かだと思うんですけど、
詳しいことはわからなくて。
あの時のことを何度も聞いてるのに、全然答えてくれないし、
琥珀自身のこともあまり話してくれないので・・・・」
「そっか」
僕は、水樹君に色々なことを聞いて、
二人の謎を少しずつ解いていくつもりだった。
しかし、今の僕がしたことは、余計に謎を増やすだけになってしまったみたいだ。
水樹君は、竜崎君が家に来た次の日の朝、
目が覚めたら突然自分の姿が自分じゃなくなっていたと言っていた。
そして、この状況で疑うべきは竜崎君。
そんな彼は、水樹君に対して「同種だ」と言った。
もし、その言葉の意味が妖怪同士って意味なら、
琥珀君はどうして人間の姿に変われるのかって謎が増える。
反対に、竜崎君も水樹君と同じように突然覚醒してしまったってことなら、
どうしてそうなったのかってことが問題だ。
先生の話しによると、人間も覚醒して妖怪になることは可能である。
しかしそれは、人間界にいる分にはまずありえないことらしい。
僕みたいに、魔界を行き来していたならまだしも、水樹君の言葉によると、
眠って目を覚ましたら、覚醒していたって言うんだ。
とてもじゃないけど、信じられないような話だ。
もし、竜崎君が普通の妖怪であったとしても、
竜崎君の影響だけで覚醒するなんて、ありえないと思う。
でも、竜崎君は水樹君の覚醒において何かしらの影響を与えたはずだ。
あまりにもタイミングが良すぎる。しかし、それなら一体なんなんだろう・・・・?
「あの、竜崎君との出会いって、覚えてますか?」
「はい。家のチャイムが鳴って、ドアを開けたら琥珀がいました。
その隣には幽風さんもいて、突然「泊めて欲しい」って言われたんです。
突然だったのでもちろんびっくりしたんですけど、体調が悪そうだったので、
とりあえず中にいれて、幽風さんから話しを聞きました。
そしたら、琥珀は道端に倒れていたみたいで、怪しいとは思ったんですけど、
幽風さんが『どうしても』と懇願して来たので、
両親には内緒で、一泊だけって条件付きで泊めました」
「その時はご両親が家にいたってことですか?」
「はい。僕の部屋、テントが張ってあるんですけど・・・・」
「えっ!テント!?」
まさかの発言に、僕は彼の言葉を遮ってまで聞き返してしまった。
だって、部屋にテントだよ?・・・・一体どうして?
「あっ、はい。あの、ベットの隣にテントを張っているんです。
まぁ、簡単に言えば狭くて隔離された場所が好きで、
落ち着きたい時や集中したい時はいつもそこに入って過ごしてたんです。
だから、テントがあるのは両親にとって見慣れないものでもないからバレないかなと、
そこに泊めた訳ですね」
「なっ、なるほど・・・・」
想像出来ないほど不思議な光景だ。
普通、「部屋にテントを張りたい」なんて言ったら、怒られそうだけどなぁ・・・・。
とても寛容なご両親なんだね。
つい、ずれた論点で考えてしまう脳内をリセットする為、
考えていた言葉を全て振り落としてとうーんと唸ってみる。
「でも、次の日に起きたらあんなことがあったので、
結局、両親に事情を話して、
警察から連絡が来るまでの間、泊めることにしました。そして、今に至ります」
「・・・・ふーん。なんか、凄い出会い方で、凄い両親だな」
神羅さんの意見には、僕も勢いよくうなずけた。
あまりにも突然で、
そして水樹君の両親の寛容さって言うか受け止める力って言うか・・・・。
よく、泊めるのOKしてくれたよね・・・・。
ここまでの話しを聞いて、水樹君のご両親には申し訳ないけど、
二人は普通じゃないなって確信した。
竜崎君の件を参考にして考えると、このご両親なら、
子供だけを家に置いて、何カ月も海外旅行に行きそうだと思う。
もしかしたら、随分前からこの状態になってたのかな?
と、つい水樹君のご両親のことを考えてしまうけれど、
本来考えるべきことは竜崎君のことだ!
警察から連絡があるまで泊めるって約束で今に至るってことは、
未だ連絡は来ていないってことだ。
それは、捜索願いを出されてないってことなのかな?
それを考えると、竜崎君は妖怪って線が濃厚だと思う。
初めての人間界で何をしていいかわからず、
そのまま栄養不足で倒れちゃう妖怪ってたまにいるらしい。
だから、あり得ない話ではない。
それと、もうひとつ気になるのは、
幽風さんが竜崎君を泊めることについて「懇願」したってことだ。
何も理由がなければ、見ず知らずの人を泊めて欲しいと懇願することもないだろうし、
水樹君よりは何かを知っているかもしれない。
現時点で何かを知っていそうなのは、竜崎君と幽風さん。
多分、水樹君は何も知らないだろうから、これ以上問い詰めるのはやめておこう。
僕の頭だけではここまでしか整理出来なかったけど、
他の人も交われば、また違った意見も出てくるかもしれない。
無事元の世界に帰ることが出来たら、修さん達にも報告しよう。
考えも一段落ついて、ふぅとため息をつく。
頭の中が少しだけ整理出来てすっきりした気分の僕とは対照的に、
神羅さんはなんだか苦い顔をしている。
「あの、大丈夫ですか?」
「あっ、ああ。大丈夫だ」
短い返答の後、神羅さんは口を閉じる。
何だかそわそわしていて落ち着かないように見える。一体どうしたんだろう?
不思議不思議に思っていると、ようやく神羅さんは口を開いた。
「・・・・俺達、はぐれた二人と会う為に歩いてるんだよな?」
「そっ、そうですね・・・・」
「そこのところ、どうなんだ?」
「・・・・」
神羅さんに問われた途端、水樹君はがっくりとうなだれる。
そして、凄いスピードで頭を下げた。それだけで、答えは一目瞭然だった。
「ってーと、俺達は完全にはぐれ、道もわかんねーってことか」
「はっ、はい・・・・すみません。どうやら、完全に別世界へ来てしまったみたいです」
「そうなんですか・・・・」
そう言われてみるものの、どうもピンと来ない。
別世界と言われても、周りの景色は全員でいた時と全く変わらないんだ。
枯れた大地に乾いた風。見た目は何も変わってないように見えるんだけどな・・・・。
「あっ、あの、とりあえず、これ以上無闇に歩くのは危険なので、一回休みませんか?
僕は、ダメもとで三影さんに連絡をとってみるので・・・・」
「わかりました」
「そうだな」
その判断は的確なものなので、多少の恐怖心を抱えながら、その場に座り込む。
正直、未だ実感がわかない。
見た目も感覚もみんなといた時と全く同じものだから、危機感と言う危機感は抱けない。
三影さん達を見失った時よりも、精神は安定していた。
「このまま、何事もなく帰れるんじゃないか」って普通に思えるほどた。
危機感がないって言ったら嘘になるけど、まだ耐えられる程度だ。
何とかなるかもしれないって無条件の希望を持てるから。
少し離れた場所から、電話をかけている水樹君の様子を伺う。
電話が中々繋がらないのか、ケータイを耳に当てては離してを繰り返している。
それを見てようやく危機感を感じ始めたのか、
大人しく座っているはずなのに、ドクドクと鼓動が速くなって行く。
なぜだかわからないけれど、
苦しいほどに暴れ始める心臓をなだめようと、深呼吸をしながら立ち上がる。
その途端、この場の空気が一瞬で変化したことに気付いた。
今までだって空気はよくなかったけど、更に空気が悪くなって、冷たくなった気がする。
僕はとっさに、360度景色を見渡す。
しかし、そのどこにも、この空気を発している者の姿はなかった。
今までの気持ちは、とても寂しいけれど、安らぎのようなものをどこかに感じた。
でも、今は違う。寂しさの中に恐怖と憎しみ、悲しみが混ざってる。
目視は出来ないのに、何かが近づいて来る気配は確かに感じる。
それだけでも僕にとっては恐怖だった。
さっきまで危機感を抱いていなかったのがまるで嘘のように、
僕の心は冷たくなっていた。
ふと神羅さんが気になってそちらを見ると、
僕のようなことにはなっていないらしく、とてものんびりゆったり座ってた。
どうやら、様子がおかしいのは僕の方みたいだ。
どうしてだかわからないけれど、とても悲しくて寂しい。憎くて怖くて、悲しい。
その感情が僕の中にあるのに、その原因が見つからない。
気配はどんどん距離を縮めて来て、ついに僕は、怖くなって目を瞑った。
その瞬間に見えたのは、僕の目の前でゴウゴウと勢いよく燃え盛る黒い炎。
その大きさは、今まで見たものの中でも一番大きく、一番黒かった。
僕が姿を捉えた途端、その炎が笑ったような気がした。
しかし、それを確認する間もないまま、沢山の映像と言葉が頭の中に流れ込んで来る。
「全く、いくら約束とは言え、疫病神をあずからなくちゃいけないなんてね」
「仕方ないだろう。約束は約束だ」
「そうは言ってもあなた、こいつのせいで殺されるかもしれないのよ?
死なないにしても、借金をしたり病にかかったり・・・・。
私だって、どうなるかわからないもの」
「・・・・それもそうだな」
話していたのは、30代ぐらいの見覚えのある夫婦で、
その横には見覚えのある子供が、ガタガタと震えながらリュックサックを背負っていた。
「あの・・・・お家に上がってもいいですか?」
その子供が尋ねると、妻の方が睨みつけ、思い切り突き飛ばした。
容赦のない力に子供は尻もちをつき、
その際に地面につけられた掌には赤いものが見えた。
「ダメに決まってるでしょ!
あんたなんか家の中に入れたら、どんな不幸を持ち込まれることやら・・・・」
「こら、よせ!いくらなんでもやり過ぎだぞ」
「うるさいわね!ほっといて!」
妻の方が怒って家の中に入って行くと、夫の方はその子供に
「そう言うことだから、家に上がってくるんじゃないぞ」と言い放ち、家の中へ消えた。
「お母さんっ!お母さんっ!起きて、起きてってば!!」
「・・・・美智子さん、お母さんはもう・・・・」
医者の言葉の後、さっきの人の泣き声が消える。
見覚えのある子供は、その様子を庭のテントから見ていた。
それに気づいた人は、子供に向かって歩いて来ると、
怯えている子供をテントから無理矢理引きずり出し、思い切り頬を叩いた。
その勢いで倒れた子供に対し、馬乗りになって、
何度も、何度も泣き叫びながら暴力を振るった。
「私のお母さん返してよ!!」
「待て、美智子、彼は関係ないだろ?」
「そんなことないわ!こいつが・・・・この死神が、私のお母さんを奪ったのよ!!」
人は泣き叫びながら更に暴力を振るうので、
医者ともう一人の人に羽交い絞めにされて子供から引き離された。
その様子を無言で見ていた子供は、
泥と血が混ざった全身を見下ろして、全てを憎むような目で空を見上げた。
映像の直後、僕は走り出した。
頭の中に沢山の言葉が響く。
数多くの暴言、暴力。体も心も、痛みなんて感じないぐらいに。
「死神!」
「疫病神!」
「来るな!」
「入ってくるんじゃねぇ!」
「捨ててやる!」
「いなくなってくれ!」
「死んじまえ!」
「ぶっ殺してやる!」
恐怖と憎しみが僕の心を締め付ける。
逃げたいと思う気持ちと、消してしまいたいと願う気持ちが二つに別れていた。
しかし、なぜだかこの黒いものに摑まってはいけない気がした。
どうしてかわからないけど・・・・。
その途端、憎しみの枷は外れ、恐怖で心が一杯になった。
逃げたい。泣きたい。叫びたい。
・・・・僕は、どうしてこんなことばっかり・・・・。
自然と涙が溢れ、何もわからないまま、走る。
黒いものを振り切るように、ただ只管走った。
気がつくと原因のない恐怖は消えて、追いかけて来る黒い気配も消えていた。
しかし、神羅さん達の姿も消えてしまっていた。
辺りを見渡すけれど、相当な距離を走ったらしく、景色が変わっていた。
さっきいた場所よりも更に乾き、地面は大きく割れ、緑の姿はもう見えない。
そして、僕をなでる風はとても冷たかった。
空を見上げると、打って変わって不気味な紫色が広がっていて、
小さい何かの気配を沢山感じる。
その数はとても多く、僕の周囲を取り囲んでいるようだった。
どうしていいかわからずに足から力が抜け、その場にへたり込む。
目をつぶらなくても、この感情だけで周囲を囲んでいる者達の色がわかる。
理解なんて、したくなかった。
先ほどまで感じていた希望もなくなり、僕の心は真っ黒な絶望に染まった。
こうなったら、もうやることはない。
全てを遮断するように目と耳を塞ぐと、息を止めた。
周りを囲んでいるのは無数の黒い炎。その数は、300近くあった。
やっぱりなと自覚して、止めていた息を吐いた。
その直後、何かが途切れたように、黒い炎が一斉に僕の元に飛びかかって来た。
この炎が僕に触れたらどうなるのかわからない。
ただ、もうどうでもよかった。食べられたって消されたって・・・・。
僕は動かなかった。いや、動けなかったと言うのが正しいかもしれない。
体が鉛のように重くて、されるがままに抵抗しなかった。
周囲を埋めつくさんばかりの黒い炎が僕を囲み、「飲み込まれる」と感じて目を伏せた。
直後、耳鳴りがして、頭がボーっとする。
周りの空気が鉛のように重くなり、全てが時を止めたみたいだった。
すると、頭の中に声が響いて来る。
《大丈夫だよ。立ち上がって、前を向いて》
「・・・・え?」
聞こえて来た声はとても優しい男の人の声。
今までに聞いたことのない声。
しかし、それはとても穏やかで優しくて、安心する声だった。
その声に操られるようにフラフラと立ち上がり、下に落とした視線を持ちあげる。
すると、僕の周りを取り囲んでいた黒い炎が目にとまったけれど、
その全ては時を止めていた。僕の体に触れるほんの直前のところで。
普段の僕なら驚いていたはずだ。
しかし、今の僕は、そのことには驚かず、声の主を探して視線を動かす。
すると、その奥に、さっきの炎よりも大きな白い炎が浮いているのが見えた。
僕がその姿を見つけると、炎は笑った気がした。
でもそれは、一番最初に感じた、悪魔のようなものではなく、
誰かを安心させるような、そんな笑顔だった。
それを感じた途端、なぜか心から「大丈夫だ」とそう思って、体から力が抜けた。
まだ黒い炎は僕の目の前にいて全然安全ではないのに、僕の心は安心しきっていた。
僕が座り込んだ直後、パチンと指を鳴らすような音が辺りに響く。
その途端、僕を囲んでいた黒い炎は一瞬にして姿を消した。
それはもう、マジックみたいに一瞬で。
あまりの出来事に驚いて、僕は口を開けていた。
すると、一際強い風が吹いて、口の中に砂が入り、
ジャリジャリとしたまずい感触が口の中に広がる。
普段なら不快に感じるはずなのに、今の僕にしてみればどうでもよかった。
心が浄化されているみたいに恐怖や寂しさと言った感情が全て消えうせ、
安らぎと、絶対の安心感だけが僕の心を包んだ。
「あの・・・・ありがとうございました」
かすれた声でお礼を口にするけれど、
その炎は何も答えずに、どこかへ行ってしまおうとする。
それがわかった途端、自然と僕もその後を追いかけた。
それはもう、無意識での行動だった。