『非現実への旅立ち』と『日常の中の幸せ』どちらが好きですか?
「おい、どうしてそんなに楽しそうなんだよ?」
「え?楽しそうだからに決まってるじゃん!」
「どうして俺を巻き込むんだよ?お前一人で行けばいいじゃないか!」
「それじゃつまらないんだよ!」
「なんでだよ!」
「・・・・さぁ?」
そう答えてみると、亜修羅はとても重いため息をついた。
その様子を見て、僕は首をかしげる。
別に、ため息をつくようなところでもない気がするんだ。だって、きっと楽しいよ?
「じゃあさ、逆にどうしてそんなに嫌がるの?
僕は、楽しい思いを亜修羅にしてもらいたいだけなんだよ?」
「・・・・俺は、ゆっくりしたいんだ。一日ゴロゴロしてたいんだ」
「それじゃあ体が鈍っちゃうよ?」
「別に、一日ぐらいいいだろ。ゆっくり過ごす時間が欲しいんだ!」
「・・・・年寄りくさいなぁ」
僕がその言葉を放った直後、頭に衝撃が走る。
さっきはチョップだったみたいだけど、今回はげんこつだ。相当怒ってるみたい。
「いったいなぁ!」
「年寄りくさいって言うお前が悪い!」
「そんなこと言ったってさ、年寄りくさいこと言うから・・・・」
そこで僕は慌てて口を押さえる。
最初のうちは小声で話してたんだけど、段々ムカついて来ちゃって、
大きな声になっていたみたいだ。
前を歩いている市川さん達から視線を感じる。
僕は、なんだか気まずくなって苦笑いを浮かべる。
すると、亜修羅はプイとそっぽを向いてしまったので、
「亜修羅も大きな声出してたじゃん!」って言いたくなった。
でも、僕は大人だから我慢する。
「あっ、あの、ごめんね。つい、いつもみたいに喧嘩を始めちゃって・・・・」
「うっ、ううん。大丈夫。あの、続けてて?」
「え!?」
想定外の返答に大変戸惑う。
気を遣ってくれてるのはわかるけど、
「続けてて?」と言われたのは初めてかもしれない。
「あっ、あのね、その、喧嘩してるのを見るのも悪くないって言うか・・・・」
「・・・・そうなの?」
夕間さんに問いかけてみる。
すると、首をかしげられてしまったので、やっぱり困った。
市川さんは、時々不思議な言動をするんだ。
例えば、今みたいに、「喧嘩してるのを見るのも悪くない」とか。
後は、学校にいる時に桜っちと一緒に話しかけたりすると、
「あんまり仲良くされちゃうと困っちゃうから・・・・」とか、
なんだか不思議な言動ばっかりなんだ。
後者の方を最初に言われた時は、
馴れ馴れしく接せられるのが嫌なんだと取った僕は傷ついたけど、
後から聞いてみたらそう言う意味じゃないらしい。
と言うことは、僕と桜っちのことだろうけど、
僕達が仲良くすると、何か困ることでもあるのかな?
市川さんと同じクラスになってしばらく経つけど、
その謎は、未だに解けないままだ。
「あっ、えっと、それじゃあさ、市川さんがいつも読んでる本ってどんな本なの?
よかったら見せて欲しいな~って・・・・」
「だっ、ダメ!絶対!」
「そっ、そうなんだ・・・・」
「ごめん。その、本当にダメなの」
「じゃっ、じゃあさ、好きな漫画は?
タイトルを教えるのが恥ずかしいなら、ジャンルだけでもいいからさ!」
これでも、結構気を遣った方だった。
でも、市川さんは首を振って、「ごめんなさい・・・・」と答えるだけだった。
この会話は、いつもしてる。
三年生で同じクラスになってから、何度も話しかけて仲良くなろうって試みたけど、
12月の現在まで全くの進展なし。
僕が話しかけることが迷惑なのかなって思ってしばらくの間様子を見ていたら、
向こうから話しかけてくれたので、嫌がってる訳じゃないとは思うんだけど・・・・。
せっかく学校外で会ったんだから、
学校の中ではしないような会話をしたいところだけど、
市川さんのことを全然知らないから、さっき聞いたようなことしか質問出来ないんだ。
「あのさ、漫画のネタって言うのは何なの?凄く難しそうだけど・・・・」
「難しいことなんかじゃない。普通に道を歩くだけ。
そうすることで、家の中では浮かばなかった発想やアイディアが浮かぶことがあるの」
「私は、漫画とか描けないけど、
華月と一緒に散歩をして、漫画を描くお手伝いが出来たらな・・・・って思って」
「そうなんだ!あっ、そう言えばさ、二人ってどうして仲良くなったの?
華月さん、うちの学校の生徒じゃないもんね?」
「そうだよ。私より1歳年上なの。私と華月が仲良くなったきっかけは、
私が、華月の売ってる漫画のファンで、勇気を出して話しかけてみたのがきっかけ」
「えっ!?漫画売ってるんですか!?」
「プロじゃないから、そこまで高い金額ではないけれど、一応はね」
「そうなんですか・・・・。へぇ~。どんな漫画なんですか?」
「一応恋愛もの。少女マンガみたいな」
「少女マンガ!?」
僕が思い切り食いついたのが驚きだったのか、二人がびっくりして半歩後ろに退いた。
それを見て苦笑いをする。
別に、僕だって、少女マンガが大好き!って訳じゃない。
でも、どちらかと言うと、少年マンガよりは少女マンガの方が好きなんだ。
だって、少年マンガに出て来る冒険みたいなことを僕はいつもしてるから、
少女マンガの「日常の中の幸せ」みたいなものに惹かれるんだと思う。
・・・・って、こんなこと力説してたら、きっと、変な目で見られるだろうな。
変な目を向けるであろう人物の方を振り返ってみると、
案の定、僕の想像より100倍以上の変な目を向けていた。
「だから、僕は、『非現実への旅立ち』よりも、
『日常の中の幸せ』が好きなだけだって!」
「・・・・」
「そんな目で見ないでってば!」
いくら言っても聞かないので、背中をバシバシと2、3度叩くと、
反撃されないうちに逃げる。
でも、目の前が赤信号の横断歩道だったから、嫌々足を止める。
と、そこで急に声をかけられた。
「おーい、宗介!」
「え?」
声のした方を見てみると、
花屋のエプロンをして両手を大きく振っている園田さんの姿があった。
あっ、園田さんはね、僕のクラスメートなんだけど、凄く元気で活発な性格なんだ。
だから、僕と相性抜群で、一緒にいて凄く楽しいんだけど、
僕と園田さんの共通点はそれだけじゃない。
園田さんの下の名前は、凛子って言うんだ。
僕も本名が凛だから、なんだかシンパシーって言うものを感じてしまう。
「こんにちは!どうしたの?」
「たまたま外に出たら宗介がいたからさ、声かけたんだ!」
「そうなんだ!ありがとう!」
何とか声を張り上げて会話をするものの、正直、園田さんに伝わってる自信はない。
僕が声を出す度に目の前を車が通り過ぎて、僕の発した声を消して行くんだもん。
でも、そんな僕の不安が通じたのか、
車道の信号が赤になり、横断歩道の信号が青に変わった。
すると、園田さんがこちらに走り寄って来た。
「お手伝いの最中みたいだけど、話してて大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫大丈夫!
お母さんさ、私が家にいるといつも手伝わせるから、
ちょっとぐらい勝手に休んでもいいの。って、あれ?華月さん?」
「・・・・知り合いなの?」
「うん。私も同じ場所でマンガを売ってるから、仲良くなったんだ。
あっ、そうだ。今から時間あります?
原稿が出来たから、一番に見てもらいたくって・・・・」
「別にいいよ」
「それじゃ、決まり!早速行きましょう!」
彼女はそう言うと、なぜか僕の手をつかんだ。
あの話し口調だと、華月さんに原稿を読んでもらいたいみたいだったけど、
どうして僕が手を引かれてるのかな・・・・?
「あっ、あの、私はここで待ってるね?」
「えっ、なんでよ?市川さんも上がればいいじゃん!」
「いっ、いいの?」
「当たり前!ほら、上がって上がって!」
市川さんは、園田さんの勢いに負かされ、、花屋の横にある階段を上って行く。
「あの、僕も?」
「当たり前でしょ!」
「じゃあ、えっと・・・・修も?初対面だけど・・・・」
「全然!むしろ大歓迎!さっ、上がって!」
園田さんの言葉に、亜修羅が小さくため息をついたのが聞こえて、
小声で注意をすると園田さんに背中を押されながら階段を上った。