寂れた世界
「ここは・・・・」
僕は、渦の中に入って一番最初に見た光景に驚きを隠せなかった。
地面は、水分が足りていないのか干からびていて、ところどころヒビが入っている。
そんな地面に草が生えることは難しいようで、
目を凝らして広範囲を見渡してみても、緑色を捉えることは難しかった。
あったとしても、地面にちょこっと生えてるだけで、樹木なんてもっての他。
人の気配はなく、建物はあると言えばあるけど、
ボロボロに崩れ落ちて、建物とは言えないような状況。
随分と前から放置されているようで、崩れた建物の中をのぞいてみると、
蜘蛛の巣や虫が入り放題の状態だった。
「驚いただろ?俺も、最初に来た時はびっくりしたぜ」
「・・・・なんだか、凄く寂しい感じがしますね」
「そうだよな。人の気配を感じないってだけで、こんなに不気味なもんなんだな」
神羅さんの言葉に大きくうなずくと、ため息をついた。
見渡す限りに、茶色く乾いた地面が続いていて、
視界をさえぎるような建物は、僕達の後ろにあるもの以外見つからない。
広大な砂漠の真ん中に取り残されたような気分だ。
そう思った途端、なぜだか物凄く怖くなって、それを振り切るように首を振る。
ここに来てから、なんだかおかしい。
感覚と言うか本能と言うか、説明が難しいけど、
なんだか、いろんなものが研ぎ澄まされてる感じがする。
「凛君、遅いですね・・・・どうしたんでしょうか?」
「なんか、トラブルでもあったみたいだな」
「うーん」
目を凝らして渦の向こう側の様子を見ようとしたけれど、
歪みが酷いせいで、シークレットランドの様子はほとんど見えない。
三影さん達には凛君の声も聞こえてるようで、何か会話を交わしてるみたいだけど、
僕達には凛君の声が聞こえていないので、状況がさっぱりわからない。
「なんかよ、この世界、妙に不気味に感じないか?」
「不気味・・・・ですか?」
「ああ。なんか、感覚が研ぎ澄まされるって言うかなんて言うか、そんな感じがするんだ」
「あっ、それ、わかります!」
「だよな?あーよかった。俺だけじゃなかったんだな!」
「はい!」
同じ感覚に陥って、共感し合える人がいるってわかったことで、
僕の不安は少しだけ軽減する。
なぜだかわからないけど、
この世界にいると、妙に寂しい気持ちになって悲しくなるんだよね・・・・。
僕は、ため息をつくと目をつぶる。
こんな気持ちになるのは、茶色の地面と風しか感じられないからだと思って、
一端、目の前の景色を消してしまおうとしたのだ。
でも、僕は、直ぐに目を開ける。
そして、目の前に何もないことを確認すると、もう一度目をつぶった。
そして、ため息をついた。
なぜなら、目を開けていては見えないものが、目をつぶると見えるからだ。
・・・・って言ってもわかりずらいかな?でも、その言葉の通りのことなんだ。
僕は、一番最初、特に意味もなく目をつぶった。
すると、目の前に白い炎のようなものがあることに気づいたんだ。
普通、目をつぶったら何も見えなくなるはずだから、僕は驚いて目を開けた。
てっきり、光か何かを当てられたのかなって考えてたんだけど、その要素は全くなし。
僕の向いている方向は、神羅さんに背を向けている状態で、
目の前には誰もいないし、何もないんだ。だから、明らかにおかしい・・・・。
もう一度確認する為に目をつぶる。
そこにはやっぱり、白い炎のようなものがフワフワと宙に浮いていて、
目を開けると、そこにあった炎は見えなくなっていた。
さっぱり訳がわからなくなって、神羅さんに相談しようと身を翻した時だった。
さっきの炎より少し小さな炎が、3、4個目の前を通過して行ったのだ。
それに驚いて、僕は目をつぶったまま尻餅をつく。
すると、さっきの炎よりも2周りくらい大きな炎が、
二つも僕の方に近づいてくるのが見えて、僕は慌てて逃げようとした。
すると、急に腕を掴まれたかと思ったら、声をかけられた。
「おっ、おい!なんで俺が近づいたら逃げようとするんだ?」
「え?」
慌てて目を開けると、そこには不思議そうな顔をした神羅さんが立っていて、
僕は苦笑いを浮かべながら首をかしげた。
目を開けた状態で見た神羅さんに、あの炎みたいなものは見えない。
僕は、もう一度目をつぶってみる。
すると、やっぱり神羅さんの姿が見えなくなった変わりに、
あの変な炎のようなものが見えた。
その色は白色で、勢いよく燃えている。
それは二つあって、目を開けたことでわかったんだけど、
一つは胸の位置、もう一つはおでこの位置にあった。
「おいおい。なんか、さっきからパチパチやってるけど、大丈夫か?
砂が目に入ったのか?」
「あっ、いっ、いえ、なんでもないです!」
慌てて答えると、今度は、水樹君達の方を見てみる。
すると、三人にも、神羅さんと同じように白い炎が見えた。
それを確認出来たことで、少しだけわかった気がした。
この白い炎は、人を見る時に出るのかなって。
・・・・でも、そうした場合、一つ疑問が残る。
それは、一番最初に見えた炎や、さっき見えた小さな3、4個の炎のこと。
さっき、神羅さんが動いてくれたからわかったけど、
炎の位置は固定されているらしく、
炎が動いていると、その方向に、人物も動いてることになる。
そうなると、さっきの炎の位置からして、誰かが僕の前を走り抜けなければいけない。
でも、三影さん達はずっと向こうで凛君と話してるみたいだし、
神羅さんの炎とは違った。
・・・・それじゃあ、一体なんなんだろう?
一番最初は、まさかの出来事に思い切り動揺したけど、
今は少しだけ慣れたおかげか、こうやってまともに考えることが出来る。
でも、まだまだ参考に出来る資料が少な過ぎて、全然わからない。
「あっ、あの、神羅さん、凛君の様子を見てもらってもいいですか?」
「そうだな・・・・。俺達からじゃ、向こうの状況がわからないしな」
神羅さんも僕の意見には賛成のようで、遠くを見つめると、そのまま黙った。
と思ったら、直ぐに驚いた声をあげて、その声に僕もびっくりする。
「どっ、どうしたんですか!?」
「いやよ、なんか、すっげぇことになってる!」
「えっと、全然話しが読めないんですけど、凛君に何かあったんですか?」
「いや、俺の方」
「えっ!神羅さんの方ですか!?」
「ああ。今もさ、いつもどおりに万里眼使って、凛の様子を伺ってたんだよ。
そしてらさ、凛の声が聞こえて来たんだよ!
普段は、声までは聞こえないって言うのに、心の声みたいなのが、聞こえたんだ!」
「ええっ!!?」
それを聞いて、おかしくなったのは僕だけではないとわかり、
さっきは遠慮していたものの、
目をつぶると見える炎のことについて神羅さんに聞いてみることにした。
「あの、実は、さっきのことなんですけど・・・・」
「あっ、俺を見て逃げようとしたことか?」
「はい。それにはちゃんと理由があって・・・・。
ここに来てからなんですけど、
目をつぶると白い炎のようなものが見えるんです・・・・」
「もしかして、さっき、驚いたのって、その炎とやらが見えたからか?」
「はい・・・・。その前にも何個か見ていたんですけど、
それよりも大きくて、
しかも、二つも並んでいる炎が近づいて来たのでびっくりして・・・・」
「なるほどなぁ~。だから、俺が近づいて来たのがわかってたのか。
実はあの時、お前のことびっくりさせてやろうと思ってたんだよな」
「えっ、そうだったんですか?」
「ああ。なんだかわかんねーけど目つぶってるからよ、
『ワァ!』って脅かしてやろうと足音を立てないように近づいてったのに、
急に振り返ったかと思ったら、しりもちをついて、目をつぶってて見えないはずなのに、
俺の姿を見て逃げるからよ、俺の方がびっくりさせられちまったぜ」
「あっ、そうだったんですか・・・・すみません」
「いや、別にいいんだけどよ。と言うことは、その炎、妖怪にだけあるのか?」
「いえ、僕も最初はそう思って、水樹君達の方を見ました。
そしたら、彼らにも炎が見えたので、
妖怪だけって訳ではなさそうです。それに・・・・」
「ん?どうした?」
「・・・・人間だけでもないようなんです」
僕はそこで言葉を切ると、ため息をつく。
その様子を見て、直ぐにピンと来たようで、ポンと手を叩いた。
「もしかして、アレか?」
「はい。さっきしりもちをついたのは、
白い炎が3、4個急に目の前を通り過ぎたからなんです。
・・・・その時、何か見えましたか?」
「いや、なんにも」
「ですよね。だから、もしかしたら、『霊』にもあるんじゃないかって・・・・」
「なるほどな~」
神羅さんは納得したように何度も何度もうなずくと、ふと首をかしげた。
「そういやお前、霊感あったっけ?」
「いえ。幽霊と言うものは、生まれてこの方、一度も見たことがないと思います。
それに、こんな風に、目をつぶったら白い炎が見えるだなんてことも・・・・」
「だよな?・・・・もしかしたら、この世界に何かあんのかな?」
「そうなんでしょうかね?
神羅さんの万里眼の性能もよくなってるみたいですし・・・・」
「こりゃ、一回あいつらに聞いといた方がいいかもしれないな」
「そうですね!」
僕がようやく元気を取戻し、話が一区切りついた時、
それを見計らっていたかのように、三影さんが話しかけてきた。
「丘本君は、何らかの理由で空接の門を通ることが出来なかったみたいなの。
だから、今回は、丘本君に留守番してもらうことになったわ」
「あっ、そうだったんですか・・・・」
「僕達にもりさっぱり理由がわからなくて・・・・。
今までそんなことはなかったものですから」
「ええ。だから、出来るだけ早くに済ませましょう。
さっきも言いましたが、この世界と外の世界とでは時の流れが違いますからね」
そう言うと、三影さんは合図もなしに歩いていってしまう為、
僕達は、置いていかれないように慌てて後を追いかけた。